「ありがとう…!喉乾いてたの」
ありがたく筒を受け取り、私はひと口水を含む。
冷たい水が喉を潤し、ほんの少し疲れが飛んだような気がした。
「お寺さんまではもうすぐ着くからな。菖蒲(あやめ)寺は山奥やから、道のり険しいもんなぁ」
"菖蒲寺"…?
ポツリと呟いた幸枝ちゃんの言葉に私は目を丸くする。
「…菖蒲寺?今から行く所の名前って菖蒲寺って言うの!?」
「え…う、うん。正式には違う名前やけど、ここらの人はそう呼んでるんよ。今はあまり見ないけど昔はお寺さんまで続く道に菖蒲の花が咲き誇ってて、それで菖蒲寺って…それがどうかしたん?」
突然の私の食いつきように幸枝ちゃんは、目を見開いて、キョトンとした表情を浮かべた。
「あ、ごめん…なんでもないの…。な、なんか聞き覚えがあるような気がして…あはは」
記憶がないという設定なので、当たり障りのない答えを返す私。
そんな私の嘘にも「そうやったんやね。やっぱり葵ちゃんもここらの人やったんかも!」と、嬉しそうな幸枝ちゃんに少しだけ胸が痛んだ。