「まだそんな目が出来るとは大したものだ。だが気に食わぬな」


 叩かれて、泣き叫び許しを乞うとでも思っていたのだろう。まだ怒りが収まらない皇帝は倒れた私に近づいてくる。

 金を持ち逃げして人の人生を台無しにした男も最悪だと思ったけど、この男はそれ以下ね。

 人としても最低すぎる。

 なんでも自分の思い通りにならなければ気が済まない。そんな男を皇帝にしている時点で、この国も終わっているわね。


「……サイテー」

「なんだと! 今おまえ、朕に向かって何と言った!」


 皇帝は私の髪を引っ張りながら、無理やり立ち上がらせる。


「いったいってば。離して!」

「自分の立場と言うものを、その身に分からせてやるわ!」

「父上、そこまでです!」


 激高する皇帝と取っ組み合いになりかけた時、玉座の間の扉が開かれた。

 一人の青年を先頭に、兵士たちも部屋に流れ込む。

 よく見れば兵士たちの鎧には、帝国の紋章が描かれていた。


「きゃーーーー」


 後ろから甲高い妃たちの声が聞こえたかと思うと、妃たちはそのまま雲のように玉座の間から散っていく。

 反乱だ。いや、この場合は謀反とでも言うのかしら。

 よく見れば短く黒い髪のその整った顔の青年も、皇帝と同じ赤みを帯びた黒い瞳をしていた。


「貴様ぁぁぁぁぁぁどういうつもりだーーー!」


 皇帝が先ほどよりもさらに大きな声で叫ぶ。

 
「貴様たちは朕を誰だと思っているのだ!」

「狂王ですよ、父上」

「なんだと! 誰のおかげでここまで、この帝国を大きくしてきたと思っておるのだ!」

「大きければいいという問題でもありません。あなたは母たちを手に入れるためだけに、残虐の限りを尽くしてきた。そろそろそれも終わりにいたしましょう」

「生意気な! 貴様ごときに何が出来るというのだ!」

「この国の兵力を掌握し、あとはあなたをとらえるだけとなっています。あなたは敵を作りすぎたのですよ。中にも外にも、ね」


 青年は剣を構えたまま、ゆっくりと近づいてくる。

 偶然なのか何なのか。どちらにしろ助かったことには変わりない。

 もしかしたらあれだけお父様に言ったから、圧力がかかったのかもしれないわね。

 でも良かった。出戻りでもなんでもいいから、これでまた恵まれヒロインポジに戻れるし。

 すごくすごーーーーく痛くて死ぬほど腹が立ったけど、体を張ったかいがあったってことね。


「ふざけるな! そのようなことなど認めぬわ!」


 この期に及んでと言うように、武器を持たぬ皇帝はただ叫んでいた。

 巻き込まれたら大変だとばかりに、私はゆっくり青年の方へ歩み寄ろうとした時、背中から皇帝に羽交い絞めにされる。


「ちょっと、離して! 離しなさいよ!」


 人を盾にしないでよ。あんたの盾になるほど仲良くもなければ、そんな趣味なんて私にはないですから。

 もぞもぞと体を動かそうとしても、皇帝も必死に私を離そうとはしなかった。


「まったく無駄な抵抗をなさる……」


 そう言いながら青年はゆっくり距離を縮めてくる。

 いやいや、その剣は私にも危険ですけど?

 まさかと思うけど、父が父なら子も子ってことはないでしょうね。

 いやよ。さすがに一緒に刺されたら、恨む以上だからね。

 どうにかしてこの状況をと考えた時、私の頭にふと昔見た映像が浮かんできた。