「あああ、もーーーー行きたくない!」

「翁主さま!」

「大丈夫よ、そんな顔しなくても行くには行くから……」

「も、申し訳ございません」


 一旦部屋へと戻された私は、ベッドに腰かけると大きくため息と本音を漏らした。

 そんな様子を女官たちが遠巻きに、顔色を伺いながら見ている。

 まったく情報が回るのが早いことね。人の口に戸は立てられぬ、か……。

 まぁ、でも彼女たちが心配する気持ちは分かる。

 だって私が行かなければ、ココは間違いなく滅ぼされてしまうもの。

 国とは言うものの、要は帝国内の小さな県みたいなものだし。

 あれほど私を甘やかし、大切にしてくれていた人たちはもう誰もいない。

 むしろ、17年は幸せに生きられたのだから、諦めろってことね。

 こんな時は大丈夫よって言ってあげるのが模範解答なんだろうけど。でも、嫌なものは嫌なんだもん。 

 17歳の娘を差し出せという爺なんて、ロリコン通り過ぎて、頭おかしいでしょう。あああああ、行きたくない……。

 だけどある国では、その国の王妃を差し出せと言われ断ったら、その一族全て滅ぼされたんだっけ。

 御年64のはずだが元気なことだ。こういう人ってどこの世でも長生きしそうね。


「はぁ」


 ホントなら泣き叫んで嫌だと、のたうち回りたいくらいよ。

 ただ、どこかこの状況を冷めて見ている自分がいる。

 世の中、そうもうまい話はないのだと。

 前回だって、尽くした人に結婚式の前にお金を持って逃げられたくらいだ。

 生まれ変わっても結婚には運がないと諦めるしかないのだろう。

 ただそれにしても、なんだかなぁ。二度目の人生ぐらい、もっとこう……なにかないの?

 なんかさ、もっとこう力があったりしたらなぁ。チートとか授けてくれてもよかったのに、神様。

 この世界に魔法とかチート能力がないのが残念過ぎる。

 中華風ファンタジーの世界に転生とか、優雅でいいなぁって思って生きて来たのに。

 でも、ただこのまま言いなりになるのは癪なのよね。

 だから絶対結婚したって、爺さんの思い通りになんてさせないんだから。

 とりあえずは、後宮で成り上がる方法を考えないと。

 一人ガッツポーズを決める私に不安がる女官たちを、私はそっと無視した。



     ◇     ◇     ◇




「よ、よろしいですか翁主さま、そろそろ出発のお時間です」


 翌日びくびくとしながら、女官の一人が声をかけてきた。

 どうやら向こうからの条件として、ここからは何ひとつ持ち出すことは許されないと先ほど聞かされた。

 向こうの用意した牛車に乗り、一人で向かうのだ。そう、女官すらも連れていけない。

 ある意味、本当に捕虜のような扱いね。

 私が泣き崩れ、弱らせてから手に入れようなんて魂胆が透けて見える。

 なんという性格の悪い皇帝なのだろう。あああ、殴りたい。一回殴りたい。

 しかも元30歳でトータル47の私が、そんなぐらいで泣く気なんてあるわけないじゃない。

 そう考えると、60と47なら大差ない気もするわね。かといって、嫁ぎたいかどうかは別の話だけど。


「で、お父様は?」

「それが……この件で体調を崩されて」

「は? つまりは、見送りすら来ないと?」

「……」

「そう」


 殴りたいヤツが増えたわね。

 危ない、危ない。思わず本音を吐き出しそうになり、思い留まる。

 翁主として、最低限の言葉遣いと行動は気を付けないと。

 喧嘩っ早いとか、短気とか絶対にダメでしょう。

 いや、翁主の前にダメね。短気はダメダメ。

 じっと我慢して、チャンスを待たないと。


「はぁ……」

「も、申し訳ございません!」


 女官はよほど私が怖いのか、目に涙を溜めている。

 こうなると私、悪役みたいじゃない。えええ。さすがに悪役は嫌なんですけど。

 ごめんね、でもこっちが素なのよねー。今までは優雅で優しい翁主を演じてきたが、ここまで来るとソレすら無意味で、ついつい素が出てしまったわ。


「いいのよ、あなたのせいではないのだから」

「桜綾翁主様」


 私は下を向き、盛大にため息を吐いたあと、立ち上がった。

 部屋にいた女官たちがほっとしたような顔をしている。

 それがとてつもなく腹が立つのと同時に、仕方ないとまた諦めた。

 だけど露骨すぎると思うのよね。

 そう、この着てくるように送られてきた服も、だ。

 普段漢服といって、長いワンピースのような服を着ていたのに、送られてきたのは背中がぱっくりと開いたチャイナドレス。

 こんなの妃の着る服ではないでしょうに。

 幸い、靴だけはお気に入りのモノで行けるけど。

 もう一度ため息をつき17年暮らした部屋を眺めた後、私は部屋を出た。