「えっと、なになに~?」

 後宮の入れ替わりが行われるから、婚姻を結んでいない16から21までの娘は一月後に後宮前の広場に集まるように、か。

 んー。ここから後宮までって、歩いてどれくらいかかるのかしら。たぶん私の足でも、半月はくだらないと思うけど……。ただ悪天候で動けなくなることもあるとして、数日後には出発しないと間に合わないわよね。

 遠い……。皇帝からの御触書じゃなかったら、絶対に無視してたのに。だけど米に綠かぁ。観光気分で行くにしても、お金貰えるわけだし損はないわね。

 どうせココにいても、狩りをしてただ一人生きていくしかないわけだし。万が一……ないだろうけど、女官にでもなれたらもう少しはマトモな生活が出来る。

 まぁ、そうじゃなくても皇帝陛下の顔が見られるかもしれないし。一生に一度なら、行く価値はあるわよね。

「蓮花じゃないか、見たのかぃ? 御触書を」

 ややでっぷりとして、頭が寂しくなった村長が見計らったかのように私に声をかけてきた。

 自分が見るようにとか言っていたくせに、見たのかいも何もないでしょうに。村長は撫でまわすように私の体を下から上まで見たあと、ぽんと肩に手を置いた。虫図が走るとは、たぶんこういうことを言うのだろう。触られた方から寒気が全身に走る。

「ええ、見ました。皇帝からの~ですので、明日には出発いたします」
「女の一人歩きじゃあ大変だろう。そこで、どうだろう。うちから牛車を出すから一緒に都まで行くのは」
「は?」

 なんであんたと一緒に行かきゃいけないのよ。だいたい、保護者でもないのに。

「御触書にはダメだったとしても幾ばくかの禄が出る。それを旅費として渡してくれれば、帰りも一緒の牛車で行けるだろう?」
「……いえ、大丈夫です」
「困った時はお互い様ではないか」

 肩に置かれた手はもぞもぞと動き、気持ち悪さが加速していく。

 困った時はお互い様? 幼い頃、母を亡くして一人で必死で生きてきた時には何にも手を差し伸べてなんてくれなかったくせに。成長して欲しくなったから、手を伸ばしてきただけじゃない。

「結構です。元より、一人で生きてきた身です。鍛えてありますので、ひと月もかからぬうちに都へはたどり着くでしょう」
「な、生意気な! 着いたところで、お前のような色なしなど相手にされるものか!」
「そうですね」

 そんなこと、大声で言われなくたって自分が一番良く分かっている。何の力もない役立たずだって。

「途中で野垂れ死んでも知らぬからな!」
「ええ。大丈夫です。それなら私の命運はそこまでなのでしょう。どうぞお気になさらずに」
「くそっ。減らず口叩きおってからに。優しくしてれば付け上がりおって!」

 村長の振り上げた手を、私はひらりとかわした。外の動物などより動きはよほど鈍い。打たれてあげる必要性もないものね。
途中で私が死のうがどうしようが、本当はどうでもいい癖に。まったく良く言うわ。

 まぁそうね、各いう私もあまり執着はないのだけどね。怒りに震える村長を無視し、騒ぎが大きくなる前に私は一人暮らした家を出た。

 荷物は狩りに行く時と同じモノと、母が残した唯一の形見だけ持ってーー