私にとって夏祭りとは、
 恋の思い出そのものだったりする。


「かき氷下さい、二つ!
 あ、お金を払うのはコイツで!」


 お互いただの幼なじみだと思っていた時。
 食べるカキ氷は、それぞれの手に一つずつ。


「かき氷ください、二つ。
 あ?いーよ、俺が払うから」


 私が女の子として意識され始めた時。
 食べるかき氷は、相変わらず一つずつ。

 だけど初めて見る彼の気遣いに、
 妙なくすぐったさを覚えた。


「かき氷ください、一つ。
 けど、スプーンは二つ貰えますか?」


 お互いの気持ちを確認し付き合い始めた時。
 間接キスすら恥ずかしくて、
 互いに自分のスプーンを求めた。

 きっと彼よりも、
 芽生えた恋を意識していた私。

 そんな私が持つかき氷のカップには、
 すごい勢いで水滴が浮かび続けていた。


「かき氷ください、一つ」


 付き合って、一年が過ぎた時。
 カップもスプーンも、一つだけ。

 何度もキスをしてきたからか、
 間接キスは気にならなかった。
 むしろ、一つのスプーンが「当たり前」。

「今の一口、多かったよ」――
 なんて言いながら。
 互いの手を、カップが行ったり来たりした。


「かき氷ください、一つ。
 あぁ、お前は?」


 付き合いが長くなった時。
 彼の買ったかき氷は、彼だけの物になった。

 二人の関係は、悪い意味で平和すぎた。
 退屈を顔に浮かべる彼は、
 だんだん「隣」を見なくなり。

 その瞳に写る私の姿は、
 ついに「群衆の一人」となった。


 そして、現在――


「かき氷ください。えっと……」


 彼と付き合っていた頃と同じ浴衣に身を包み、同じ屋台に顔を出した。

 かき氷、何個買おう。
 スプーンは、いくつもらおうか。

……いや。


「今日は、私一人だった」


 買う個数も。
 スプーンの数も。
 お金をどちらが払うかのジャンケン勝負も。
 どちらが多く食べたかの、小さな言い合いも。

 そして、彼自身も――

 これから先、
 私の隣で見ることのない物ばかり。


「水に流したいのに、カチコチだ……」


 胸の中にある思い出が、凍っている。
 そのせいか。
 私の心は、いつまでも冷たいまま。


「……あれ?ブドウ味のシロップ?」


 店の台の上に、色んな味のシロップがある。
 そこに、珍しい「ブドウ味」を見つけた。


「あー、これね!珍しいでしょ!色も紫だし、映えにはもってこいだよ!」

「紫色……」


 じゃあ、それにします――と。
 私はブドウ味のかき氷を一つ頼んだ。

 屋台のおじちゃんはすぐに作ってくれ、
 私に手渡す。
 冷たくて、気持ちがいい。

 おじちゃんにお金を渡し、人混みを外れる。
 すると僅かな間で、カップの表面は水滴だらけになった。


「氷、溶けちゃう」


 急いでシロップと氷を混ぜる。
 色は、紫。
 確か紫色は、赤と青を混ぜた色。


「うん、美味しい」


 一口だけ、口へ運ぶ。
 すると体の中に「冷たい」が来たあと、
 すぐに「温かい」へ変わった。


「冷たくて、温かい……」


 この時、ふと思った。
 かき氷って、今の私だ。

 彼と一緒にいない、冷たくて青い気持ち。
 それでも、
 あの時は楽しかったと思える、温かくて赤い気持ち。

 それが混ざった――紫色。


「シャリ、シャリ……」


 その紫色を、私はコクリと。
 自分の深い所まで届くように、
 静かに呑み込んだ。

 それらは複雑な温度と色で私の中を通り、
 優しく浸透する。

 まるで、

 どっちの色も大事にしていい。
 無理に忘れなくていいんだよ、って。
 そう言われた気がして……

 無色だった心が、僅かに色づき始める。


「私の氷――やっと、溶け始めた」


 カップの外側の水滴。
 その雫の中に、過去の私が写っている。

 雫は私の手の熱さにあてられ、
 すごい勢いでカップを滑る。

 そして花火が上がる音と共に、
 まるで自由を手にしたように――


 広い地面へ、穏やかに落ちていった。


【 fin 】