歓喜に満ちた大歓声の中。

 俺の目の前には体長十メートルはあるんじゃなかってくらいの、大きな亀が威風堂々と姿を現した。

「嘘だろ……!? なんで召喚できるんだよ?」

 あいつも俺と同じで、デタラメを言ったんじゃなかったのか? 
 カメを見た爺さん達は、抱き合って喜んでいる。
 召喚した本人が一番びっくりしているのか、クソでかいカメを呆然と見つめていた。

「おいお前! なんで詠唱の言葉が分かるんだよ!」

 俺は思わず男の所に走り寄り「なんでだよ」と問いかけた。

「わっ……私にもよく分からないのですが、腹に描かれているカメを召喚したいと思ったら、目の前に詠唱の文字が浮かび上がってきたのです」
「なっ!? マジで?」
「はい」
 
 嘘だろ? 目の前に文字が浮かび上がる? 俺の時はそんな事なかったぞ?
 やはり俺のは偽物だからか? ただのタトゥーじゃ召喚できないってか。

「うおっ? 痛っ!?」

 男の横で茫然自失となっていた俺を、爺さん達がまるで要らないものを捨てるように、邪魔だと押し退ける。

「さぁ大召喚士様! 次は足に描かれている狼を召喚してください」
「亀の召喚獣は過去にもいましたが、こんなに大きいのは初めて見ました」

 男の所に続々と人が集まり、俺はドンドン端に追いやられて行く。
 なんだってんだよ。俺の扱い雑すぎ。

「はぁ……」

 異世界に来てこの扱い、この先嫌な予感しかしないんだが。
 用無しの俺は、この後ちゃんと日本に帰してくれるんだよな?

 俺は端っこに座り込むと、ひと時の間爺さん達と男のやりとりを、ただ黙って見ていた。


★★★


「クシュン!」

 ううっさみぃ~。あれ? 俺はいつの間にか寝ちゃってたのか?
 ただっ広いホールの端っこで、どうやら俺は眠っていたらしい。
 辺りを見渡すと、あんなにたくさん居た爺さん達の集団が誰一人いない。
 俺一人が、広いホールに取り残されたらしい。

「はぁ!? なんで誰もいないんだよ!?」

 誰もいないホールに、俺の声だけが虚しく響く。
 ちょっと待ってくれ! みんな何処に行ったんだよ?
 いつの間にいなくなったんだ!? 何処かに移動するなら俺も連れて行ってくれよ!

「……困ったな。こんな全く知らない場所、それも異世界で無闇矢鱈と動き回るもんじゃねーよな」

 ん? 
 
 どうしたら良いもんかと困っていたら、掃除道具を持った三人の男が扉を開け入ってきた。

 よっしゃ! 

 アイツらに聞いたら何か知ってるかも!
 

「よしっ」

 気合を入れて立ち上がると。
 男達がいる場所へと、一目散に走って行った。

「おおーい! ちょっと教えてくれねー……ませんか?」

「「「えっ!?」」」

 走りながら声をかけると、一斉に男たちが俺を見て固まった。
 なんだ? 様子が変だぞ。

「すごい聖印の数……」
「こんな凄いの見た事ねー!」
「大召喚士様!」

 男たちは床に頭を擦りつけるようにして、俺に向かって平伏した。
 なんでだよ! 
 
 もしかして……このタトゥーを見て、大召喚士様とやらと勘違いされたのか?

「ちょっと待ってくれ! そんなことしなくって良いから! 顔を上げて普通にしてくれ!」

 なんったって、俺はさっきポンコツの烙印を押されたばっかだし。

「ですが我らは、なんの力もない最下級の下民です。大召喚士様の前で、普通になんて出来ません」

 男たちは震えながらにできないと言う。
 なんだよ? 最下級の下民って? 酷過ぎるだろ? この国はそんな階級制度があるのか?

「……最下級の下民って、酷い言葉だな。俺は大召喚士様とやらじゃねぇから、普通にしてくれ」

「大召喚士様じゃない? そんな馬鹿な」

 男たちは俺の言う事を全く信じちゃくれねぇ。それほどにこの世界では、このタトゥーの威力が凄いんだな。

「まぁ信じてくれなくても、そうなんだよ! そんでな? ちょっとこの国の事を、教えてくれねーか? 俺は異世界人なんだ。さっきこの国に召喚されたばっかでよ。よく分かんねーんだわ」

 そう言うと、一人の男が顔を上げた。

「異世界人様でしたか! そのお話は長老様たちが話していたのを偶然聞きました。沢山の魔導師を使って異世界人を召喚すると」

「そうなのか。それだよ、それ。その召喚で俺はこの世界に来たんだよ」
「やはりそうでしたか。その体に描かれた沢山の紋も異世界人様なら納得です」

 男が一人勝手に納得して、うんうんと頷いている。ちょっと違うぞ? 俺のは聖印じゃなくてただのタトゥーだからな。そんな憧れの目で見ないでくれ。俺は何も召喚できないんだから。

「で……その爺さっ長老とやらはさ、何処に行ったんだ? さっきまで俺と一緒に、この部屋にいたんだよ」

「ああ、それなら今は異世界人様と(うたげ)の最中だと思います。宴の会場はこの塔の隣になります」

 そう言って男は、俺を窓に連れて行くとそこから見える塔を指差した。

「まさか異世界人様がもう一人いたなんて、我らが会場まで案内いたします」
「そうか……それは助かるよ。ありがとうな」

 俺は男達に連れられこのだだっ広いホールを後にした。