森を歩き出して五分って所か、琥珀の言うように魔獣? っていうのには今の所出くわしていない。
 
『ね? 大丈夫でち? 後ちょっと行った先に、さっき話した泉があるはずでち』

 俺の一歩先を琥珀がテチテチと歩く。
 なんで泉を目指しているかというと、まぁ琥珀がクリームでベッタベタだからだ。
 ついでに俺も汗を流したいし。
 風呂に入ろうとしたら、この世界に召喚されちまったからな。

「水で洗いてーなっ」って愚痴ったら琥珀が「近くに綺麗な湖があるっぽいでち」って言うからじゃぁ行くか? って事で今に至る。何の目的もなく森を探索するよりは、その方が良いしな。

 先を歩く琥珀の目は、ピッカーと懐中電灯のように暗闇を照らしている。
 こんな真っ暗な森だと、その何ともいえない姿も逆に有り難い。

『らんどーちゃま! ついたみたいでち』

 琥珀がダッシュで走り出した!

「ちょっ! 待ってくれよ! お前が近くにいねーと真っ暗で怖っ……ンンッ。待て琥珀!」

 二足歩行で恐ろしいスピードで走る琥珀。お前そこは四足歩行しねーのか?
 どうにか必死について行くと……。

「…………おおっこれはすげーな」
 
 想像を遥かに超えた大きな泉が目の前に広がっていた。
 なんて言うんだろうな、神聖な神がかった美しさを感じる。
 こんな綺麗な泉で水浴びして良いのか。俺が少し戸惑っていると

『らんどーちゃま♪ きっもち良いでちよー♪』

「おまっ!?」

 クリームまみれの琥珀が、泉をスイスイと泳いでいた。

『早くはいるでち!』

 琥珀が水飛沫をパシャンっと俺にかけてくる。
 せっかく神聖な湖に浸っていたのに……琥珀め。

 まぁ……良いか!

 服を脱ぎ俺も泉に飛び込んだ。
 思ってたより冷たくってビビったけど、気持ちよかった。



★★★


「はぁ……」

 ゴワゴワするし、ホコリ臭えけど仕方ねーな……。

 何も考えずに泉に入ったものの、体を拭くタオルなどがなかった事に今さら気づく。
 さっき盗んできた中に大きなマントがあったので、仕方なしにそれで拭くことにした。

 明日は街に行って生活品を購入だな。
 金は琥珀のおかげでたんまりアイテムボックスに入ってるからな。
 必要なものは買えるはず。

 琥珀はブルルっと体を震わせ水を飛ばす。そんな所は動物っぽいな。

 さっぱりした後は、腹ごしらえだな。
 良い肉をいっぱい手に入れたから、これをどうにか調理したい。

 火さえおこす事ができたら、どうにか出来そうなんだがなぁ。

 何もないからな、原始的な方法になってしまう。俺にそんな方法で火を起こす事できるか?
 不安だがやってみるしかないな。

 俺は小枝を拾ってきて、木の板に擦り合わせる。摩擦で火が起きたらラッキーだな。
 こんな事をしたことねーから、やり方があってるのかも分かんねーけど。

 十分ほど必死に擦り合わせるも、何も起こらない。
 ただ汗が垂れ流れてくるだけ。
 せっかくサッパリしたのに。

「らんどーちゃま? さっきから何の遊びをしてるんでち?』
「遊んでねーよ! 火を起こしてるんだよ」

 琥珀が不思議そうに覗き込んできた。

『火? 何で火魔法を使わないでち?』

「えっ? 俺って魔法使えるの?」
『当たり前でちよー! 召喚師は魔法師の上でち。どんな魔法もレベルが上がれば使えるでち』

 琥珀が余裕でちって感じで言うが、俺魔法の使い方知らねーんだが? どうやって火を出すんだ?

「じゃあどうやって火を出すんだよ?」
『ええとでちね? 簡単でちよ。頭で炎を想像して、なんか言うでちよ! ファイヤーとか』

 お前……最後の方適当じゃねーか。それが一番重要じゃねーのか?

 とりあえず、さっきまで必死に擦り合わせていた木の板に向かって、ファイヤーっと言ってみた。

 するとボウッっと木が一気に燃え上がる。

「すげぇ……!」

 ね? 簡単でち? っとでも言ってるかのように、俺をみる琥珀。
 これは褒めとくべきだよなっ……琥珀の頭を撫でようとした時。

「なっ?! これっは……?」

 急に地面がぐにゃりと歪む様な感覚が。
 それは俺が召喚された時の感覚に似ている。

『らんどーちゃま! これは嫌な感じがするでち!』

 小さな琥珀が、俺を守るように前に立つ。

 これは何が起こってるんだ!? 地面がぐらぐら揺れているよう。
 立っているだけで精一杯だ。

 次の瞬間! 

 大きな爆風に吹き飛ばされた。

「うわっっっ?!」

 何なんだよ急に……?

「いてて……琥珀? 大丈夫か?」

 …………琥珀は俺を庇う様に、上に覆いかぶさっていた。

「えっ!? 琥珀!? 大丈夫か?」
 
 琥珀が俺の腹の上でぐったりとしている。
 さっきまであんなに元気だったのに。

「琥珀!? 大丈夫か? おいっ」

 声をかけるも大きな目は閉じたまま。

『グルルルルルッ!』

「なっ!?」

 地の底を這う様な恐ろしい咆哮が急に聞こえる。
 声が聞こえる方を見ると……!!

 目の前には、三メートルは余裕であるんじゃないかって位の、真っ黒で九本の尻尾を持った魔獣が、俺たちを睨んでいた。

 ちょっと待ってくれ!?

 何で急にこんな奴がいきなり現れたんだ!?