「この蝶、すっごく気に入ったわ。ありがとうね乱ちゃん。さすが天才彫り師だね」

 そう言った次の瞬間、お嬢の唇が俺の頬に軽く触れた。

「ふふっ♡」

 お嬢は八重歯を見せ悪戯っぽく笑う。

「……ったく。 えっちいお嬢だな。こっから先は特別料金だぜ?」

「ええー?! なんでそうなるかなぁ? そうやっていっつもふざけて……」

 そう言ってお嬢は、頬をぷくりと膨らませる。

「あはは、ふざけてねーんだけど?」

「そんな(とこ)だよ? ……まっそれが、乱ちゃんの良さかもね。次もまた良い絵をお願いね」

「はいよー。いつもありがとな」

 今日の蝶は中々生気(いき)が良く描けた。今にも飛び立ちそうだったよな。ふふふ我ながら自信作だ。

 まだまだ彫師(ほりし)としては未熟だが、俺にタトゥーを入れて欲しいと言ってくれる客もやっと増えて来た。

 もっと実力を付けて少しでも師匠に近付きたいもんだ。
 師匠はこの俺を、この彫師と言う世界に、引き込んでくれた人なんだが……。
 今思いだしても……師匠との出会いは不思議だったな。

 俺が十八の時、世界をもっと知りたいと思い、無計画に色んな国へと歩き旅(バックパッカー)をしていた。そんな時出会ったのが師匠だ。

 初めて師匠の絵を見た時、雷に打たれたような衝撃を受けた。大袈裟じゃなくて本当に。目が離せなかった。
 俺はその時持っていた全財産を出して、それでも足りない分は働いて返すって必死に頼み込んで、俺の背中に神龍(コイツ)を描いて貰った。

 それほどまでに必死に何かを欲したのは、これが生まれて初めてだったのかも。
 そんな師匠魂心の神龍は、今も尚まるで生きてるかのように圧倒的な存在感放っている。

 いつか俺もそんな絵を誰かに描きたいもんだぜ。
 この神龍に惚れて、弟子入りをお願いしたんだよな。まぁ秒で断られたけど……ははっ。


 さてと……いま何時だ? 


 机の上に無造作に置かれた、時計に目をむける。
 0時過ぎか、次の予約客までまだ時間があるな……汗いっぱいかいたし、風呂にすっか。

「はぁーあちぃあちぃ。Tシャツが汗でビショ濡れだな……」

 絵を描く時はいつもこうだ。
 気持ちが入り過ぎて、めちゃくちゃ体力を使うんだよな。

 俺は雑にTシャツを脱ぎ捨て、上半身裸で風呂場に入ると、ふと中にある鏡と目が合う。

「我が身体ながらすげ~#模様__からだ__#だな。もう墨入れる場所空いてねーじゃん」

 右肩から腕まで描かれている、存在感抜群の鳳凰は、墨入れを覚えて師匠に初めて褒めてもらえた、思い入れのある作品。

 ははっ懐かしいや。

 なんだろうな。今日はヤケに師匠の事を思いだす。

 師匠は元気にしてるのか? 今はどの国を旅しるんだろうな。

 師匠の事を思い出し、魂心の作品が見たくなり、思わず背中を鏡に写してみる。

 すると、師匠が描いてくれた神龍が、俺を睨み付け鏡越しに威嚇(いかく)してくる。

「くそぉ……めっちゃイカツイなぁ。いつ見ても見惚れる」

 これを見ると、自分がまだまだ未熟なのが身に沁みて分かる。

 まだまだ頑張らないとな。

「なぁ琥珀(こはく)

 俺は左ふくらはぎに描かれた、歪な白虎に話しかける。線も綺麗に引けてないし……なんなら顔だって少し歪んでいる。

 この琥珀は、墨入れの仕方(絵の描き方)も知らなくて、でも師匠に認められたくって、必死に描いた俺の処女作白虎。

 下手だが俺は琥珀(こいつ)に一番思い入れがある。
 琥珀(これ)を見て師匠は俺を弟子にしてくれたから。

 その時師匠に……。

「……見た目は置いといてコイツには魂が宿ってる。だが白虎にしては少し可愛いかもな。クク」

 なんて言われたっけ……今思いだすと、可愛いとか見た目は置いといてって、失礼な話だな。

 まぁ……師匠らしいけどな。


 などど感慨深く思い出に浸っていたら。

「はっ!? 何だよこれ?」

 急に足元を照らすナゾの光、その輝きはどんどん増し、床一面に広がっていく。

「うわっ!?」

 魔法陣みたいな模様が俺の足元に現れっ?! あっ……やばい意識が飛んでいくのが分かる。これ……ちょっと待ってくれ俺どうなっちゃ……

 ここで俺の意識は完全に途絶えた。




★★★




「素晴らしい! なんと身体中に聖印(せいいん)が何十紋もあるぞ!?」
「あり得ない……」
二紋(にもん)でもすごい事なのに」
「これは大召喚士様だ!」
「こんなお方は過去に例を見ないぞ!」
「ああああっきっと素晴らしい召喚を見せてくれるに違いない」

 セイ……イン?
 ショウカン?
 なんだ?

 何やら騒がしい声が頭にガンガン響き、余りにも五月蝿くて飛び起きる。

「………うるせえな!」


 目が覚めた時には、見た事もない服を着た奴らが何十人も周囲に集まり、俺を見つめている。ッて言うか服を着ていない裸の上半身を、恍惚とした表情で見つめていた。
 
 ———なんだ!? 

 この気味の悪い奴等は。
 
 それにこの場所は何処なんだよ? 
 さっきまで風呂場にいたってのにさ。
 丸い形をしたホールのような何も無いただっ広い空間に、二十人ほどの男たちが俺を囲んで見ている。

 ハッキリ言って気味が悪い。

 ちょっと待ってくれ!? 
 俺に何があったんだ。
 ここはどこだよ!?
 
 コイツらは何で、俺の裸をそんな目で見てくるんだよ! 

 お前ら変態の集まりか?! 
 正直気持ち悪いわ。

 余りの気持ち悪さに、ボウッと思考停止していた脳みそが、パキッと甦り冷静になる。

 落ち着いて周りを見回すと、どうやら俺以外にもう一人、困惑している男が横にいる事が分かる。

 変な服を着ている奴(コイツ)らの言っている言語は理解できる。

 どう考えても姿形は日本人に見えないのに。
 なんなら俺の隣で呆然としている、同じ状況の男も何人なんだ?! ハリウッド映画に出て来そうな、服装と顔をしてるし。ホントにここはどこなんだよ……。

 俺が怪訝そうな顔をしながら、周りを観察しているのを気付かれたのか、一人の男が近寄ってきて「さぁ大召喚士様、その体に描かれている美しい聖印から、召喚獣を召喚してください」と瞳を輝かせ言ってきた。

 なにを言ってるんだ? 
 
 俺の体に描かれた聖印!? 

 神龍の事か?

 ええと……これはタトゥーですが?

 お前ら何を言ってるんだ?