三つも歳が離れている兄妹ーー優秀でかっこよくて優しい兄に憧れるのは必然で、僕は……いや、僕はいつも大きくて広い背中を追っていた。
 だから兄が夢を掴んだときは本当に嬉しかった。不特定多数の人が兄の存在を認めてくれたのだと誇らしかった。

 それがあの日、世界が一気に崩れる音がした。

 学校が終わり、久しぶりに一緒に帰ることになった放課後。萌先輩も交えてお祝いだと、踏切を渡ったところにあるケーキ屋に向かう途中だった。
「踏切の写真が撮りたい」と足を止めた兄を置いて渡っていた僕は、遮断棹が降りてくるのを掻い潜って走り抜けようとした小学生とすれ違った。
 危ないなと思ったのもつかの間、小学生が線路の隙間につま先を挟んで転んでしまったのだ。
 かなり痛かったのだろう、顔を上げた途端、大きな声を上げて泣き出した。遮断棹はすでに下まで下がっており、警告音は大きく響いている。電車の先端が、数メートル先から顔を覗かせた。
 早く彼を踏切から連れ出さないと大変なことになる!
 周囲が慌てた様子の中、僕は荷物を放って踏切の中に立ち入った。
 案の定、小学生の顔は強く打って口を切っており、膝も擦りむいていた。立てるか訊ねても、警告音と泣きじゃくる声に負けて聞こえていない。
 半ば強引に抱き上げて出ようとしたときには、すぐそこに電車が迫ってきていた。
 これだけ野次馬がいるのに、誰一人緊急停止ボタンを押すことをしない。電車は僕たちの存在にまだ気付いていない。
 もうダメだと思ったーー途端、後ろから兄が僕の背中を押して踏切の外へ追いやった。
 目の前には萌先輩が受け止めるように待っていてくれて、外へ出たと同時に振り返った。
 ーー兄は安堵の笑みを浮かべたまま、転がるようにして線路脇へ落ちていった。

 半年経った今も、兄は病院のベッドの上で眠り続けている。
 目を覚ます可能性は期待しない方がいいと、医師からも言われている。

 どうして兄だったんだろう。
 小学生が転ばなかったら、誰かが緊急停止ボタンを押していてくれていたら。
 僕が助けに行かなければ、兄は昏睡状態に陥らなかったかもしれない。
 どうしてあの時、僕が死ななかったんだろうと、何度も何度も思った。
 僕が殺したと言ってもおかしくない。
 神様はやっとスタートラインに立った人を、どうして地獄へ突き落とそうとするのか。

「にい……さん」

 僕はーー私は、あなたになりたかった。 
 あなたになれば、両親は期待を寄せたままずっと笑顔でいてくれるから。
 あなたと一緒に始めたカメラを続けていたら、そばにいてくれるような気がしたから。
 SNSを私が更新していけば、先輩がまた前を向いてくれると信じてたから。
 髪を短くして男らしい格好を選んで、自分を偽っていれば、いつかあなたになれると思っていたから。

 あなたになりたかった。両親や友人に愛される人になりたかった。