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 両親の制止も聞かずに飛び出した僕は、カメラもスマホも部屋に置いたまま、当てもなく歩く。
 ふらふらしている僕を、すれ違う人は皆不安そうな顔を浮かべていた。

 気がつけば、いつか訪れた踏切の近くまで来ていた。線路の脇には満開に咲いた自生のひまわりが風に小さく揺れている。ふと、ひまわりの根本で紙のようなものがかさかさと揺れているのが見えた。根元の草をかき分けて見つけたそれは白と青のラッピング紙。

「ああ、そっか」

 ひまわりの自生は日本では珍しい。だから誰も手入れしていない線路脇で咲いていることに違和感があった。
 でももし、誰かによってヒマワリの種がここに落ちたとしたら?
 この踏切で亡くなった人に向けたお供え物の花束にひまわりが入っていて、その種が地面に落ちて運よく成長し、今日までに咲くことができたとしたら。

「……兄さんは全部、わかってたんだね」

 まるで僕が今日、ここに来ることをわかっていたかのように、ひまわりはここでずっと待っていたんだ。
 踏切の真ん中までくると、踏切の警告音が鳴った。
 カンカンと音とともに降りてくる遮断棹が完全に周囲の出入りを禁ずると、僕一人が取り残された。動じない僕に向かって、向こう側から誰かが逃げるように叫ぶ。

「お、おい! 何をしているんだ!」
「早くこっち来て! 電車が来るわよ!」

 わかってる。わかっているけど、足が動かない。
 まるで鎖が巻き付いたように足が重く、恐怖からかガクガクと震えている。線路脇まで行けたらいいけど、きっと間に合わない。
 僕が動かないのを見て、周囲の人が慌てた様子で何度も呼びかけてくる。そのうちの一人が遮断機についている緊急停止ボタンを押そうとするけど、こんな時に限って故障中のようで、全く反応がない。
 数メートル先に電車の先端が見える。向こうは僕に気付いていないらしい。

 これでごっこ遊びはおしまい。そういうことなんだろう。

「――――だったなぁ」

 兄を見捨て、助かった卑怯者に未来なんてない。
 同じこの場所で息絶えるなら、本望とすら思う。

 もうすぐそこまで迫ってくるのを確認して目を伏せた――その瞬間。
 誰かが僕の腕を掴んで、足に巻き付いて離れない鎖を引きちぎるように勢いよく引っ張った。
 驚いて目を開くと、ファインダー越しでずっと見てきた背中が視界いっぱいに広がる。あの少年の後ろ姿だ。彼は槍を投げるように、僕を遮断棹の向こう側へ投げ飛ばした。反動で振り返った途端、初めて正面から彼の素顔を見た。
 あの時と同じ、安堵の笑みだった。

「葵ちゃん!!」

 横を通り過ぎていく電車を呆然と見ながら、道路の真ん中に座り込んでいると、後ろから萌先輩が息を切らしてやってくる。動けない僕を引きずるように道路の端に連れて行くと、「なにしてんのよ…怪我してない!?」と叱りながら僕が怪我をしていないか確認していく。

「先輩、なんでここが……?」
「連絡途絶えたから、それに……これ」

 息を整えながら先輩がスマホの画面を見せる。見慣れたSNSの透明少年のアカウントに、今日の投稿がされていた。
 おかしい、今日はまだアカウントを開いただけで、投稿どころか写真を選んだ覚えもない。もちろん予約投稿なんてやったこともない。
 一番上に投稿されたものは動画だった。音声は入っていない。線路脇にあるひまわりを映し出し、その流れでアングルが踏切の真ん中に立つ少年に向かう。すると、振り向きざまに口がゆっくりと動いた。何かを伝えようとしている。

「口パクだけど、確かに『助けて』って言ってる。だから葵ちゃんになにかあったんだって思って……」
「そんな……こんなのありえない、だってあのアカウントは」
「わかってるよ! でも……っ」

 萌先輩が僕の胸ぐらを掴んで声を荒らげた。すでに溢れていた涙が反動で僕の頬に落ちる。

「遥が葵ちゃんを――自分の妹を見捨てるわけがないでしょ!!」

 車の横断が終わって、また次の電車がくる。
 警告音とともに遮断棹が降りてくると、先程まではいなかった踏切の真ん中に少年が現れた。

 初めて目があった彼はーー兄は、こちらに向かってはにかんだ。