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 透明少年のアカウントが炎上した。

 珍しく休日の昼間に萌先輩から慌てた連絡がきて、僕はすぐにアカウントを確認した。
 どうやら彼が先日投稿した踏切の写真が原因らしい。
 近く引退することが決まった電車の勇姿を見納めるために待っていた熱心なファンたちが写真を撮ったところ、現像した写真やデータに白い靄がかかっており、目的の電車は何ひとつ写っていないという、謎の現象が起きたらしい。
 その場にいた全員のカメラで同じことが起こっているにも関わらず、透明少年はぼやけてはいるけど遠くに車両がうっすらと写っている写真が撮れていた。これを見つけた一人が、写真を引用したうえで「拡散希望」と大々的に取り上げた。

『拡散希望! このアカウントは電車を独り占めしようとしている! いかに素晴らしい電車でも、誰の目にも触れないようにする悪質な悪戯は実に不愉快だ!』

 根拠もないのに何を言っているんだとは思うけど、一人の言葉に多くの人々が賛同した。コメント欄を埋め尽くしたのは誹謗中傷ばかりで、見ているだけで吐き気がする。
 透明少年が投稿したその場所は、彼らが撮影していた場所からかなり離れた小さな踏切だった。離れた場所にいるのに、どうやって邪魔をしようというのだろう。
 たった一枚の写真を投稿しただけでここまで批判されるのは、初めてだった。

 ひとつずつコメントを確認していると、下の階から僕を呼ぶ声が聞こえた。
 多少の苛立ちを抑えつつリビングに行くと、険しい顔つきの両親が待っていた。
 母親の手元には定位置に置いてあったはずのカメラと、先月僕が受けた塾のテストの結果が書かれた紙がある。すぐに成績のことだと察した。

 塾でも学校でも、僕はずっと上位の成績をキープしてきたにも関わらず、ここ最近は上手く伸びず、逆に成績を落としてしまったのだ。テストの答案用紙はすべて机の奥に隠しておいたのに、どうやら勝手に入って漁り、監視しているらしい。
 受験に影響しない程度で済んでいるとはいえ、結果を見た両親は怒鳴り散らし、テーブルを強くたたきつけた。

「カメラなんかに現を抜かしているからこうなるんだ! こんなもの、二度と使えなくしてやる!」
「あなたが見ているのは偶像なの。ちゃんと現実を見て頂戴。お母さんたちはあなたが心配なのよ。わかってくれるわよね?」

 目の前で奪われ、踏みつけられるカメラ。ぐしゃぐしゃに握り潰された答案用紙。
 わざとすすり泣く母親の声。――もう、限界だった。

「やめて!!」
「オイ! 逃げるのか!」
「葵! あなたはお兄ちゃんみたいに――」
「だったらなんでカメラを壊そうとするの!? これが大切なものだって、二人ともわかってるくせに!」

 僕は父親に踏まれたカメラを奪うと、制止する声を振り切って自室に逃げ込んだ。
 鍵をかけて誰も入ってこないようにすると、震える指先でカメラを起動する。

「お願い、お願いだから……動いて……っ!」

 電源は入ったけど、液晶モニターはついたけど横線が入って上手く起動せず、レンズは亀裂が入っていた。元々傷ついていた本体には新しい傷が増えている。多分動くだろうけど、レンズは交換しないといけないし、液晶モニターは使い物にならない。
 ファインダーにも綺麗に亀裂が走っている。ダメ元で覗くと、少年の後ろ姿が見えた気がした。手を伸ばせば届く距離。片手をそっと彼のほうへ伸ばすけど、掴むことはやっぱりできなくて空振りに終わった。

「……なんで、こうなっちゃったんだろう」

 かすれた声で呟いて、その場に座り込む。
 何もかも嫌だ。思い通りになんてならないし、何ひとつ成し遂げることもできない。
 唯一心の拠り所だったカメラを否定され、兄が好きだったものを貶されて――ひとつ指摘されたら全否定されたのと同じ感覚になる。
 ああ、気持ち悪い。

 ふと、ポケットに入れていたスマホが鳴った。おぼつかない手で開くと、SNSの通知だった。
 何千通も溜まったダイレクトメッセージには、相変わらず辛辣なものばかりが送られてくる。その中のひとつに目が留まった。

『以前の写真のほうが好きでした。本当に同じ人ですか?』

「……あーあ」

 ばれちゃった。