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 少年は、僕がカメラを構えるとたびたび現れるようになった。
 ファインダー越しの僕に背中を向けたまま、棒立ちでそこにいる彼との時間は随分静かなものだ。お互いに言葉を発することはない。……いや、幽霊と会話が成立するなら、地縛霊なんてとっくに成仏しているかもしれない。

 休日の今日も逃げるようにして家を出た僕は、少し離れた町まで足を伸ばした。
 道中、線路脇に撮影用の三脚がずらりと並んだ群衆と遭遇した。どうやら熱心な鉄道ファンのようで、何十年も運行している有名な電車が一週間後に引退することが決まったようで、この線路を通る情報を掴んで張り込んでいるらしい。
 熱心なことはいいけれど、他人様の畑に片足を突っ込んでいるものはいかがなものか。
 そんなことを思いながらそっと横切っていく。

 群衆からかなり離れたところまで歩いてくと、ある踏切を見つけた。
 線路脇は住宅街に近く、わずかでも車両が傾いたら家まで崩れてしまうんじゃないかと思うほど狭い場所だ。
 踏切は好きだ。
 境界線のように延びる線路やだんだんと下がってくる遮断棹や「立ち入ってはダメ」だと引き留める蛍光色の黄色、頭の中まで響く鳴り止まない警告音。どれをとっても魅力的で、そこにあるだけで成り立つ世界観がたまらなく切なくて、愛おしく思う。

 僕がリュックから一眼レフカメラを取り出していると、ちょうど警告音が鳴り響き、遮断棹が下りてくるところだった。もうすぐ彼らがお目当ての電車が通り過ぎるらしい。
 電車が入ってくる前に、警報灯が赤く点滅する間にシャッターを切る。残像で二つとも点灯しているように見えたが、これもこれで面白い。
 ファインダーを覗いていると、端にまたあの少年が入ってきた。珍しく横を向いているその立ち姿は、まるで電車が通り過ぎるのを待っているようだった。
 最近、透明少年のアカウントの投稿にも当然のように登場し、閲覧数はぐんと増え、連日トレンド入りまで果たしている。
 そんな彼は今、何を思うのだろう。

「……どうして、僕の前に現れたの?」

 僕の問いかけは、電車が横切る音にかき消されていった。