「遥は、葵ちゃんのことを絶対責めたりしない。優しい人だって、葵ちゃんが一番わかっているでしょう?」
 
 萌先輩はそう言って私を抱きしめた。
 兄さんが電車に引かれそうになって線路脇に転げ落ちた時、電車が通過しているにもかかわらず駆け寄ろうとした私を、先輩は必死になって引き止めた。
 目の前で恋人が死にかけているというのに、危険に晒した張本人がいるのに、先輩は決して責めたりしなかった。
 透明少年だって、本当は兄さんが動かしていることも知っていたのだろう。だからずっとアカウントを見ていた。
 もしかしたら、私が投稿していたこともわかっていたのかもしれない。

「お願いだからやめないで。カメラも生きることも全部。綺麗事でしか生きられないなら、それでいい。いつか、自分の我儘に従って生きる日が来る。その日まで嘘ついていたっていいの。遥だって、そうだったんだから」

 綺麗事で世の中が変わるとは到底思えない。人災も殺人も事故も減ることはない。
 ただ、小さな綺麗事ひとつがあるだけで生きる糧になるのなら、私は信じてみてもいいのだろうか。
 兄さんの代わりではなく、わたしとして生きてもいいのだろうか。

「いつか……わたしも、兄さんよりもっと上手く撮れるかな」
「うん。撮れるよ。きっと」

 踏切の中心にいた兄さんはいつの間にか消えてしまっていた。
 心配性なのは、幽霊でも変わらないのか。

「……今までごめん。もう大丈夫だよ」

 もう間違えない。兄さんになるんじゃなくて、私は私として生きていく。
 先輩のスマホに連絡が入った。途端、先輩は目を見開いて驚いた顔をする。

「葵ちゃんのお母さんから。……遥が、目を覚ましたって」

 電話を終えてそう言った先輩は、涙が零れそうになる。
 私は先輩の手を掴むと病院に向かって走り出した。
 半年間も止まっていた時間がようやく動き出す。
 さぁ、ここからリスタートだ。
 視界の端で揺れたひまわりが、小さく煌めいた気がした。