また今年もその日がやってくる。
 秋田県大仙市大曲の花火大会。全国花火競技会
 全国の花火師たちの想いと成果を試す日。
 大勢の人がこの花火を観るために集まる。
 そしてその観客の一人に私も入る。
 ただ、私が観る花火の場所は特別な場所だ。
 大きな木や建物で仕掛け花火などは見えない。
 夜空にあがる大輪の花火しか見えない場所。この場所は私と、私の大切な人との秘密の場所。

 誰もこの場所には訪れる人はいない。

 この場所は偶然に見つけた。さまよい歩きたどりついた場所だった。
 誰も来ない静かな夜の静寂が広がる少し小高い川の堤防。
 打ちあがる花火はその静寂の夜の空に大きな花を咲かせる。ほんの数秒の(はな)の命。儚くそして雄大でいて静寂な夜空に咲く花火。
 人の心の様にもろくそして儚い。
 それでも花火は打ちあがり夜空に輝く。

 もう何度目の大曲の花火なんだろう。
 あの震災からすでに7年の月日が経とうとしている。いや、正確に言えば8年だろうか。私の1年間はどこかに消え去ってしまっていたから

 いろんな想いが……打ちあがる花火の様に現れては消えていく。

 私はこの大曲の花火があったから今がある。
 歩むのを止めてしまった私にその手を差し伸べてくれた人、杉村将哉。
 彼とは偶然この花火大会で、そしてこの場所で出会った。
 震災ですべてを失くし、自分まで失いかけていた私に彼は手を差し伸べてくれた。
 そして、その彼もまた大切な人を失くし、自分の心に自分で傷をつけ苦しみと悲しみの最中にいた。
 私達はその傷ついた心を互いに支え合い、自分の一歩を歩むことが出来た。

 そしてお互いの夢に向かい歩んだ。

 今年の花火も綺麗だ。
 左の薬指にはめた指輪を夜空に華麗に咲く花火の光に向ける。

 歩実香姉さん。

 今年も来たよ。大曲の花火に……

 私に手を差し伸べてくれた人、杉村将哉を愛した人、辻岡歩実香。
 そして彼女がその心を自ら傷つけてまで愛した人、その人は杉村将哉。
 二人の想いは永遠に繋がっている。
 そう、私の想いの中でも……

 そして自らの命を犠牲にして私を助けてくれた。私が愛した人、大島和也。
 彼の想いも今私の中で生き続けている。
 この想いは花火の様に消える事は無い。
 すべてを受け止め、そしてその全てを私はこの想いの中に持ち続けるだろう。
 私だけではなく、私と共に歩む彼と共に……

 その彼が今日、私たちのもとに帰ってくる予定だ……でもそれはあくまでも予定に過ぎない。本当は1か月前に戻ってくる予定だったのに、今だ彼はその姿を現さない。そして1週間前から音信不通状態。
 無事でいる事は確認している。でも1週間も音信不通と言うのは許せない。
 どうしたら、そんな事が出来るんだろ。
 二人分のシートは今年も私一人だけのシートになりそうだ。

 次の花火が揚がる合間の時間。その時はこの場所は静かなそして暗い夜の闇に飲み込まれる。
 でも、静かに耳に聞こえる虫の声。
 もうじき夏が終わる。

 今年の夏も何にも出来なかったなぁ

 そんなちょっと悔しい思いを胸に抱いて次の花火が揚がるのを待つ
 何時だったろう、二人でこの花火を見に来てこの場所で手を握りキスをしたのは
 そんな遠い昔じゃないのにはるか昔の様に感じる。

 逢いたい。

 今すぐにでも彼の温もりに包まれたい。
 歩実香姉さん、良く耐えてたね。えらいよ、私もう駄目かもしれない。
 でも、また昔の様に私は戻ることはないだろう。
 私には向かべく道がある。その道を私は歩まなければいけない。
 そして彼もまた今、その自分の歩むべく道を進んでいる。
 だから……だから、私は待ち続ける。
 歩実香姉さんと一緒に、彼、杉村将哉が帰ってくるのを

 ずっと待っている。

 帰国するのが1か月ずれ込んでしまった。
 予定通りにはなかなかいかないものだ。それにこっちで使っていたスマホが壊れてしまった。あと数日で帰国できる、今更新しいものを購入することもないだろう。ただ、巳美に連絡が出来ない。

 怒ってるんだろうな……

 そんな事を想うとちょっと身震いがする。
 一時帰国した時、会うたびにその姿が歩実香に見えてくる。
 性格までも同じような性格に感じる時があった。
 でも、巳美は歩実香じゃない。どんなにその姿が似ようが僕が今一番大切にしたい人。それが巳美だ。
 歩実香と共に歩んできた道。
 そして巳美と共に歩んだ道。これからもこの道は続く道だ。
 僕らはこの道を歩みは遅くともどんなに険しくとも、お互いに支え合い歩まなければいけない。
 そう、それが僕らを想う人達の願いだから

 私はもう一人ではない。
 一人っきりの孤独はもう私の前には現れる事は無いだろう。
 私には待ち続けている人がいる。そしてともに一緒に私の心の想いと生きる歩実香姉さんがいる。
 例え何かが起きてまた一人っきりになっても……そんなことは考えたくはないでも、それでも私は前に進むだろう。
 それを教えてくれたのは将哉さんだから……
 花火の終了時間が迫ってきている。次に上がる花火がフィナーレだろう。
 静かな暗闇の中、虫の声に交じりながら少しづつ近づいてくる音。
 誰も来ない場所なのに、その音は次第にはっきりと聞こえてくる。
 ゆっくりと近づく足音。
 そしてその音は私の後ろで止まった。
 花火が打ちあがる。暗闇が花火の光に照らされる。
 その光に照らされる人の影

「その席、まだ空いているかな?」

 懐かしい私がずっと待っていた声が聞こえる。
 私達が待っていたあの人の声

「空いているよ。ずっと、ずっと空けていたんだよ……将哉」
 シートから駆け上がるようにして将哉に抱き着いた。
「ただいま。随分待たせちゃったね」
「馬鹿、遅いよ……遅いよ、将哉……さん」
 泣きじゃくり彼のシャツを涙で濡らした。
 フィナーレの花火が打ちあがる。
 まるで夜空は陽の光が注いでいるかのように明るくなった。
 その花火を私達はしっかりとその目にした。その時私たちの手は固くしっかりと結ばれていた。
 今までいろんなことがあった。
 本当にいいきれないほどの想いを私はこの躰に沁み込ませた。
 だから、私はもう自分一人だけの躰と心じゃないんだ。受け継いだその想いを私は生涯消す事は無いし消せないだろう。
 それは重荷なんかじゃない。
 しっかりと私を見守ってくれている暖かい想いだから……

 最後の終了の花火がパンパンと鳴り響いた。

 今年の大曲の花火が終わった合図だ。
「終わったね」
「終わったな花火」
 ゆっくりとシートに肩を寄せ合う様に座り、静かに聞こえる虫の音を聞きながら
 私は一言言った。
「夏も終わっちゃうね」
「ああ、夏は終わる。でも……僕たちはこれからまた新たに始まるんだ」
 そっと私の左手の薬指にはめてあるリングを外し右手の薬指にはめなおした。そして空いた左手の薬指に新たなリングがそっとはめられた。

「巳美……遅くなってごめん。そして今までずっと待っていてくれてありがとう

 ……巳美、結婚しよう」

 静かな虫の音の中、彼の結婚しようと言う声だけがずっと私の中に入り込んで行く。
「うん、ありがとう……将哉……さん」

 歩実香姉さんようやく、ようやく私幸せになれたよ。ありがとう……
 またいろんな想いが湧き上がる。止める事も止める気もない涙が頬をつたい流れ出す。
 ありがとう。本当にありがとう……
「幸せになれよ」そう言って消えていった和也の想い。その想いを今ようやく果たす事が出来た。
 和也私幸せになれたよ。ありがとう和也……

 そして私は……私のすべてをかけてあなたを愛します。

 私がこうして幸せになれたのは、この大曲の花火があったから

 そう、僕がもう一度……愛する人に出会えたのは……


 君と、あなたと出会えたのは、あの夜空に輝く花火があったから。


終わり。