まさか、こうなるなんて思わなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう────
どうしようもない。
始まりは一つのアカウントだった。
とても素敵なアカウント。可愛いキャラクターグッズ、流行りのコスメ、人気の動画、話題のフードメニュー……。
ただ一つ、私と同じ内容で無ければ。
全部、全部が丸被りだった。
DMが止まらない。通知が凄い。
最初は気付かなかった。いつものフォロー通知かな? くらいの気持ちだった。
それが、その日は違って。
通知は三桁を越えた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう────
私の視線は、手の中の画面に釘付けになって、手はガタガタ震えた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私がパクり認定されたら……揺れる画面に新しい通知。
通知には、名前とメッセージの始めの部分が開かなくても表示される。
“パクられてませんか?”
私は、目を、見開いた。
“パクり投稿されてませんか?”
“このアカウント狙われてますよ?”
“大丈夫ですか?”
“酷いですね”
“相手の人、わからないと思っているんでしょうか? 最低ですね”
私を気遣うメッセージが、たくさん、DM欄に溢れていた。
私は口元が、ゆるむのを止められなかった。
“てゆか、イミフな加工してるし。こんなん、いる? 気味悪い”
良かった! 誰も私がパクったなんて疑ってない! 良かった────私は労りで満ちた画面を握り締め、安堵しながら胸に抱いた。
けれど。
新たな通知が来た。
そこには、
とあるURLのみ。
タップ。開いたのは、URLが例のアカウントの投稿記事のものだと、わかったからだ。
URL先の、ページが開かれた。
何のメッセージも書いてなかった。
画像には真っ白な背景で
htt……と殴り書きされていた。
有名で、今や触れたことが無い人のほうがめずらしいのでは? と言う程生活に根付いた動画配信サービス。
ここのチャンネルの一つだ。
明記された説明からして、暴露系、とでも言う風な。
個人の生放送なのだろう。
「はーい! ばんわっすー! えー……今日のゲストはー……」
現在、動画では目で追うのもやっとの速さで流れるコメント欄に反応しつつ、無駄に明るくチャンネルの主だろう男が、挨拶と紹介をこなして行く。
対するは。
「こんばんは……よろしくお願いします」
随分暗く、小さな囁きみたいな、
男の声。
「えーっと! で、今回はどんなご相談で?」
「実は、まったく同じ投稿が、あるアカウントからされていて……」
「あー……パクり投稿ってヤツですかね?」
したり顔と如何にも同情した声音で主が言う。動画のコメント欄も
“ひどーい!”
“信じられない!”
“訴えちゃえば?”
と、ゲストへの憐憫溢るる文言で埋め尽くされている。けれども。
「ち、違うんです……っ!」
突如、ぼそぼそ喋っていたゲストの男が大声を発して、事態は急変する。
「え、どゆこと、どゆこと?」
「違うんです……その、投稿されて行くのは彼女のブログで投稿されたものと同じ内容でっ……」
「ああ、彼女さんがパクられちゃってるってこと? あー、ブログのヤツならバレずにパクれるって、悪知恵働くヤツの話かな?」
「でも、なくて!」
「え? 何? え? 彼女さんのブログ記事をパクったアカウントが在るって話だよね?」
「違うんです……」
だんだんとゲストの発言が要領を得ないものになり、主もコメント欄も疑問で塗り替えられて行った。
「え、じゃあ何? 何なの?」
訝しむ主に「……」しばし沈黙したあと、男は語った。
「違うんです……そのブログと同じ内容が投稿されたアカウントは、……彼女が一週間前に作ったものなんです……」
「ん? じゃあ、彼女さんがブログの記事をコピペして移植してるんじゃないの?」
「……のに?」
「ぇ? ぁ、ごめん、聞こえな────
「──────その二日後に死んでいるのにっ?」
男の断末魔染みた否定に、一瞬、動画の主は絶句し、
次いで
「え、はあっ? どゆこと!」
盛大に叫んで突っ込んだ。
コメント欄はひたすらに“え”が続き、
わっ、と
“怖い!”
“嘘でしょ?”
“まさか幽霊?”
“そんなばかな”
“コレが本当の心霊投稿”
「ちょ、コメ欄! 誰が上手いこと言えと! ……いやいやいやいや。家族が投稿してるとか」
「有り得ないですよ! だってっ……
彼女の端末は彼女が車で轢かれたときに大破したんですよ?
スマートフォンも鞄に入ってたPCもタブレットも!」
離れて暮らす家族が、作ったばかりのアカウントのパスワードなんて、知る由も無い。
私は、タップした。──────割れた液晶画面を。
ぐにゃりと曲がり、基盤は食み出て、およそ使い物にならなそうな端末。
だのに、不思議と、操作出来る。私は額を拭った。手に、べったりと付着したものを振り払う。
骨が砕けた手首は、ぶるんっ、と在らぬ方向へ回った。
私は再び液晶を指で叩いた。払い切れなかったのか、赤い液体が線を引いて痕を作る。
さぁ、最後の投稿だ。
「……わ、ぅわあああああ」
「ひぃ……っ!」
生放送の動画が阿鼻叫喚の体を成している。今し方、投稿した記事を見たのだろうか?
ところで。私はふと考える。
この動画で、ゲストとしてリモートで話している男は、誰だろう?
私には付き合っている男など、いないはずだけど。
心当たりが在るとすれば、ブログのDMに、しつこくメッセージして来た男だろうか。
怖くて堪らなくて、ブログを畳もうとSNSのアカウントを作った。
それもバレて、新しく作り直した。
一週間前。
記事を移す前で、やっと、この五日間で終わった。
端末が壊れているせいか、ちょっと黒ずんでて、血のシミみたいで画質が悪いけど。
最新の投稿も、ブレブレだし。
私が撮った、最期の写真。私の背中を押してトラックの前へ飛び出させた男が、写っている。
まぁ、良いか。
男の顔はしっかり写っているし。
コレでもう、思い残すことは無い。
私は未だ悲鳴が飛び交う動画に、笑みを浮かべた。
【 了 】
どうしよう、どうしよう、どうしよう────
どうしようもない。
始まりは一つのアカウントだった。
とても素敵なアカウント。可愛いキャラクターグッズ、流行りのコスメ、人気の動画、話題のフードメニュー……。
ただ一つ、私と同じ内容で無ければ。
全部、全部が丸被りだった。
DMが止まらない。通知が凄い。
最初は気付かなかった。いつものフォロー通知かな? くらいの気持ちだった。
それが、その日は違って。
通知は三桁を越えた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう────
私の視線は、手の中の画面に釘付けになって、手はガタガタ震えた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私がパクり認定されたら……揺れる画面に新しい通知。
通知には、名前とメッセージの始めの部分が開かなくても表示される。
“パクられてませんか?”
私は、目を、見開いた。
“パクり投稿されてませんか?”
“このアカウント狙われてますよ?”
“大丈夫ですか?”
“酷いですね”
“相手の人、わからないと思っているんでしょうか? 最低ですね”
私を気遣うメッセージが、たくさん、DM欄に溢れていた。
私は口元が、ゆるむのを止められなかった。
“てゆか、イミフな加工してるし。こんなん、いる? 気味悪い”
良かった! 誰も私がパクったなんて疑ってない! 良かった────私は労りで満ちた画面を握り締め、安堵しながら胸に抱いた。
けれど。
新たな通知が来た。
そこには、
とあるURLのみ。
タップ。開いたのは、URLが例のアカウントの投稿記事のものだと、わかったからだ。
URL先の、ページが開かれた。
何のメッセージも書いてなかった。
画像には真っ白な背景で
htt……と殴り書きされていた。
有名で、今や触れたことが無い人のほうがめずらしいのでは? と言う程生活に根付いた動画配信サービス。
ここのチャンネルの一つだ。
明記された説明からして、暴露系、とでも言う風な。
個人の生放送なのだろう。
「はーい! ばんわっすー! えー……今日のゲストはー……」
現在、動画では目で追うのもやっとの速さで流れるコメント欄に反応しつつ、無駄に明るくチャンネルの主だろう男が、挨拶と紹介をこなして行く。
対するは。
「こんばんは……よろしくお願いします」
随分暗く、小さな囁きみたいな、
男の声。
「えーっと! で、今回はどんなご相談で?」
「実は、まったく同じ投稿が、あるアカウントからされていて……」
「あー……パクり投稿ってヤツですかね?」
したり顔と如何にも同情した声音で主が言う。動画のコメント欄も
“ひどーい!”
“信じられない!”
“訴えちゃえば?”
と、ゲストへの憐憫溢るる文言で埋め尽くされている。けれども。
「ち、違うんです……っ!」
突如、ぼそぼそ喋っていたゲストの男が大声を発して、事態は急変する。
「え、どゆこと、どゆこと?」
「違うんです……その、投稿されて行くのは彼女のブログで投稿されたものと同じ内容でっ……」
「ああ、彼女さんがパクられちゃってるってこと? あー、ブログのヤツならバレずにパクれるって、悪知恵働くヤツの話かな?」
「でも、なくて!」
「え? 何? え? 彼女さんのブログ記事をパクったアカウントが在るって話だよね?」
「違うんです……」
だんだんとゲストの発言が要領を得ないものになり、主もコメント欄も疑問で塗り替えられて行った。
「え、じゃあ何? 何なの?」
訝しむ主に「……」しばし沈黙したあと、男は語った。
「違うんです……そのブログと同じ内容が投稿されたアカウントは、……彼女が一週間前に作ったものなんです……」
「ん? じゃあ、彼女さんがブログの記事をコピペして移植してるんじゃないの?」
「……のに?」
「ぇ? ぁ、ごめん、聞こえな────
「──────その二日後に死んでいるのにっ?」
男の断末魔染みた否定に、一瞬、動画の主は絶句し、
次いで
「え、はあっ? どゆこと!」
盛大に叫んで突っ込んだ。
コメント欄はひたすらに“え”が続き、
わっ、と
“怖い!”
“嘘でしょ?”
“まさか幽霊?”
“そんなばかな”
“コレが本当の心霊投稿”
「ちょ、コメ欄! 誰が上手いこと言えと! ……いやいやいやいや。家族が投稿してるとか」
「有り得ないですよ! だってっ……
彼女の端末は彼女が車で轢かれたときに大破したんですよ?
スマートフォンも鞄に入ってたPCもタブレットも!」
離れて暮らす家族が、作ったばかりのアカウントのパスワードなんて、知る由も無い。
私は、タップした。──────割れた液晶画面を。
ぐにゃりと曲がり、基盤は食み出て、およそ使い物にならなそうな端末。
だのに、不思議と、操作出来る。私は額を拭った。手に、べったりと付着したものを振り払う。
骨が砕けた手首は、ぶるんっ、と在らぬ方向へ回った。
私は再び液晶を指で叩いた。払い切れなかったのか、赤い液体が線を引いて痕を作る。
さぁ、最後の投稿だ。
「……わ、ぅわあああああ」
「ひぃ……っ!」
生放送の動画が阿鼻叫喚の体を成している。今し方、投稿した記事を見たのだろうか?
ところで。私はふと考える。
この動画で、ゲストとしてリモートで話している男は、誰だろう?
私には付き合っている男など、いないはずだけど。
心当たりが在るとすれば、ブログのDMに、しつこくメッセージして来た男だろうか。
怖くて堪らなくて、ブログを畳もうとSNSのアカウントを作った。
それもバレて、新しく作り直した。
一週間前。
記事を移す前で、やっと、この五日間で終わった。
端末が壊れているせいか、ちょっと黒ずんでて、血のシミみたいで画質が悪いけど。
最新の投稿も、ブレブレだし。
私が撮った、最期の写真。私の背中を押してトラックの前へ飛び出させた男が、写っている。
まぁ、良いか。
男の顔はしっかり写っているし。
コレでもう、思い残すことは無い。
私は未だ悲鳴が飛び交う動画に、笑みを浮かべた。
【 了 】