穏やかで実直な優しい祖父。
声を荒らげることなど殆どなかった彼が激情をあらわにしたあの時──壱子はまだほんの子どもだった。

「そんなあべこべな約定は反故だ。誰が可愛い孫娘を×××に遣るものか!!」
「ふむ。まあ一理ある。貴殿の立場にしてみればそういうものか」
「立ち去れ」
「承知した。だが最後にひと目──」
「ならぬ」
「はは。爺様の護りは鉄壁だ。まあ今でなくとも次の×××がある。われてもすえに、とはよく言ったものだね」
「去ね!」

そうだ。
決して部屋から出てはならぬときつく言いつけられ、おとなしく絵を描いていたあの日。壱子は激昂した祖父の声を初めて聞いた。何が起きたのかと恐ろしさのあまり部屋を飛び出し、祖父を呼びながら廊下を駆けて──客間の襖を思い切り引いたのだ。

「おや、まだいとけない童じゃないか」

ここで出会うも奇しき運命の戯れか──

そう呟く声の主はあまりに人間離れした×××をしていて、壱子は腰を抜かして泣き喚いた。
祖父は時遅しと判っていつつも客人の視線から遮らんと掻くように壱子を抱き上げたが、そこにいつもの優しい笑顔はなく、憤怒に波打った皺に刻まれた面相はこの世のものとは思えず、それが更に壱子を怖がらせた。
自分をひと目見て泣き出したというのに客人はまったく気分を害した様子も見せずに、穏やかな声音のまま壱子に語りかけた。

「童、この爺様の言うことを良く聞いて育つのだよ。いずれお前は──」