「そうか。そうじゃなあ、祭りか」
 なんだかしみじみした口調で女神さまは繰り返されます。そうですよねえ、お祭りの主神たる当人からすれば妙なお気持ちでしょう。

「今年の聖衣はどんなかな? 行列を見に行こうね、ファニ」
「そうじゃな」
 聖衣とは神殿の女神さまの似姿に捧げられる衣です。それを掲げ持つ行列を自らが見送ることになろうとは。苦笑い半分、おもしろそうなのが半分と、女神さまは選択に困ったような表情でお笑いになったのです。




「おや、ちんちくりん様。ごきげんうるわしゅう。チーズのパイをいかがですかな?」
 禿ちょろびんの男性の呼びかけに一瞬むっとしたお顔をなさったものの、チーズと蜂蜜ののった大麦のパイを差し出されたとたん、女神さまは機嫌よくそれを受け取って男性をねぎらいました。
「うむ。くるしゅうない」

 女神さまがあごを上げるしぐさを見て、役者たちが頷き合っています。どうも女神さまの言動が芝居のネタにされているような気がするのは、わたしの気のせいでしょうか。

 大祭を前に劇場のまわりも、いつもよりざわめいていました。普段は見かけない他所の劇団の人々も練習に来ているようです。芝居の競技会に参加するのは今年は四作品とか。
「当然うちが優勝だがな」
 禿ちょろびんの男性が胸を張ります。
「ずいぶんな自信じゃのう」

「ファニ、食べかすをこぼさないでよ」
 木の椅子に座ってパイを食べる女神さまの前でしゃがんで陶器の仮面を拭いていたデニスが、眉をしかめます。
 そのとき、神殿が建つ丘の上から透き通るような歌声が聞こえてきました。

「今日も聞こえてきたな」
 禿ちょろびんの男性が髭をなでながら耳を澄ませるように目を閉じます。伸びやかで高い音色の少女たちの歌声。祭礼歌を練習しているようです。

「今年の〈聖衣の乙女〉はべっぴんぞろいだぜ」
 にやにやと俳優のひとりが話します。それを聞いて、パイを食べ終わった女神さまが目を鋭くしました。
「まさか覗きに行ったのか?」
 俳優たちは気まずそうに下を向いたり横を向いたり、上を見上げたり。
「俺は止めたんですがね」
 禿ちょろびんの男性が肩をすくめているのに対して、デニスまでばつの悪そうな顔をしています。

 大祭のクライマックスで神殿の女神さまに捧げられる聖衣、その特別な布を一年かけて織りあげるのが〈聖衣の乙女〉たちです。街の有力氏族の娘たちの中から選ばれる未婚の乙女たち。聖衣を掲げて神殿に向かう行列の主役でもあります。