お苦しいのでしょうか。ああ、見ていられません。やさしい海の妖精たちが女神さまを取り囲み海面へと押しやってくれました。
「ぶは……っ」
 女神さまはどうにか海上に頭を出されました。一緒にわたしも飛び出します。

「いたぞ!」
 その場にいた船乗りたちが海に入って女神さまに手を貸してくれました。
「大丈夫か? 水は飲んでないか?」
「だ、大丈夫じゃ……」
 浅瀬の砂地の方に引き上げられて、女神さまは重そうに体を起こされました。
「大丈夫みたいだな」
「ああ。ありがとう」
 女神さまがお礼を言われると、船乗りたちは安心したように波止場へと戻っていきました。代わりに真っ青になったテオが駆け寄ってきます。

「ファニ! おまえはまったく!」
「怒るな。ほら、ブローチならここに……」
「そうじゃないだろ!」
 目を剥いてテオは怒鳴ります。
「おまえはなにか? 潜りの名人なのか?」
「いや、そんなことは」
「泳ぎが達者なのか?」
「それほどでもないが」
「なら、どうしてこんな無茶をする!?」
 怒りながら涙目になっているテオを女神さまはきょとんと見上げられます。

「なんじゃ、そんなに心配して。さてはおぬし、わらわのことが……」
「心配するに決まってるだろう! この馬鹿がっ」
 へなへなとしゃがみこんで頭をかきむしるテオの前で女神さまは立ち上がり、濡れた衣の裾を絞りながら器用に肩をすくめました。
「そう嘆くな。ブローチなら、ほれ」
 かわいらしい手のひらをテオに向かって差し出されます。
「大切なものなのだろう」

 逆光でまぶしいのか、目を細めながら今度はテオが女神さまを見上げます。淡い金の御髪(おぐし)が光に縁どられ、一瞬うるわしのお姿に戻られたかのようでした。テオも一瞬言葉をなくしたようです。

 女神さまは小首を傾げて膝をかがめられ、テオの手にブローチを押しつけながらにやりと微笑まれました。
「なんじゃ、なんじゃ。そのほうけた顔は。さてはおぬし、わらわに惚れ……」
「そんなことあるかああ!」
 まったくおまえはっと、テオの小言が堰を切ったようにあふれ出します。
 わたしはやれやれと近くの岩の上に移動して、濡れたはねを乾かし始めたのでした。