第3話

「私が貴方の専属料理人に……?」

 ダージュはセリナにこれまでの経緯をざっくりと説明した。

 エルフの里を出たものの、風穴の中で腹が減りすぎて死にそうだったこと。
 セリナの腕があれば、ジジイを説得できるかもしれないということ。


 すると彼女は驚いたような顔をしたあと、少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「随分と期待されているみたいだけど、私はただの旅人よ? 偏食なハイエルフの舌を満足させるなんて、私にはできないわ」

 一見すると謙遜のようにも見えたが、どうやら彼女にも事情がある様子。

「料理人じゃないのは本当。私が生まれ育ったロードガード帝国では、女が料理人になることは認められなかったの」

 あまりの理不尽さに、まるでエルフの里みたいだと憤るダージュ。

「なら尚更、俺のためにその料理の腕を振るってくれないか?」

 駄目押しとばかりに、もう一度頼み込む。彼女はしばらく悩んだ後、小さく溜め息を吐いた。

「これでも私、帝国では剣聖と呼ばれるほどの腕利き冒険者なの。もし専属で雇うとしたら、依頼料は高いわよ?」

 当然ながら彼は金なんて一銭も持っていない。
 代わりに払える報酬は何だと頭をフル回転させて考えた結果、ある結論に達した。

「だったら、エルフの里で店を開けばいい! セリナには是非、そこの料理人として働いてほしい」

 そう提案すると、彼女は大きな黒い瞳をパチクリとさせた。

 懇願するダージュに根負けしたセリナは、彼の提案に乗ることにした。
 こうしてダージュは、エルフの里へ新しい風を吹き込むための一歩を踏み出したのであった。

「それで、これからどうするの? さっそく里に戻る?」

 セリナの問い掛けに、ダージュは首を横に振る。
 早く祖父を説得したいのは山々だが、彼の本当の目的を遂げるためには、当初の予定通り世界を旅する必要があったのだ。

「いや、まだ帰れない。この大陸のどこかにある、『グルメの種』を探し出さなきゃいけないんだ」

「グルメの種……? 初めて聞く名前だけど、どうして今それが必要なの?」

 実はダージュには、祖父にすら打ち明けていない秘密があった。
 それを打ち明ける覚悟を決めると、懐から一冊の本を取り出した。

「それがないとこのままじゃ、エルフの里が滅びるかもしれないんだ」