酔いで火照った顔に初冬の風が当たるのはとても心地良かった。
 まだまだこれからが盛り上がり時な歓楽街では男女の二人連れを見逃す者などいるはずもなく、二人は何度となく会釈や身振りで断った。
「あの人たち見てると、自分のメンタルがいかに弱いかが分かります」
 ふいに藤堂が漏らしたのを、カイは聞かなかったことにしようかと思った。彼女のメンタルが弱いのだとしたら、自分のは消し炭になってしまうと思えたからだ。
「俺だったら一日でやめる自信がありますよ」
 だが彼に無視することは出来なかった。彼にとって、女性とはそういう存在だった。
 夜を照らす街灯の明かりは心に微妙な揺らめきを生む。藤堂の口数の多さは、今ばかりは少し有難かった。
「デザート、買っても良いですか?」
 コンビニの前で立ち止まって尋ねた彼女に、カイは小さく頷いた。
「俺はそこで風に当たってます」
 彼は歩道の柵を指さして言った。藤堂は「すぐ済ませますね」と口にして店に入った。
 柵に軽く腰掛けると、カイは目を瞑った。全ての関係がこうであったなら、と思う。とても穏やかで、苦しみとは無縁な時間。どうして人は、それ以上を求めてしまうのだろう。そう考えると、この素晴らしい時間もあっという間に不安の色に染まりそうな気がした。
 社会人には出逢いが少ない。それでいて一人と濃い時間を過ごすことは多い。一人でいるのを厭う人間なら、容易に距離を詰める。誰かと一緒に過ごさなければならないように感じるこのシーズンにおいて、彼は何度となく誰かと特別な関係になった。そしてその度に自分の有り様を悔いてきた。同じ聖夜を二度過ごせたことが、彼にはない。
 藤堂とはいつまでもこの距離感でいたいと思った。だが彼の世界では、男女間の友情は成立しない。そう遠くない内に、この穏やかな時間は次の段階に移るだろう。親密な関係か、あるいは思い出されない過去に。
 藤堂は言葉とは裏腹に、なかなか出てこない。女性だな、と感じた。彼とは違う存在。ただそれだけのことで、彼は彼女との間に多くのことを考える。もしそれが同性なら考えようのないことを。
 そしてふいに、今までの付き合いの全ては彼がそうなるように望んだから叶ったことではないかと思えてしまった。彼はまるで自然の成り行きのように受け止めていたが、本当のところは彼が女性たちに痛みを和らげてほしいと願って、それが叶ってしまったのではないだろうか。
 一人でいられない男。それでいて、いつまでも一緒にいようともしない男。
 彼は首を横に振った。一人で佇んでいると、彼はそんな風に独りの世界に迷い込んでしまう。それも、ロクな思考に行き着かない場所に。
 気を紛らわせたくて、携帯を手に取った。ロック画面には購入時に設定されていた標準の壁紙が映っているだけ。だが何も無いそこは、カンナのことを思わせた。
 結局彼女は何なのだろう。
 恋人ではないし、恋人とは呼ばない都合の良い相手でさえない。友だちでもなく、知り合いというわけでもない。だが究極の所は、恋人と呼ぶのが一番近い存在ではあった。決して触れることの無い、清い頃の付き合いとよく似ている。
 だがカンナを恋人と考えることは彼には出来なかった。中途半端に残った倫理観は彼女を二十歳に満たない少女と映し、二つに分裂した自分が彼女を壊したく守りたく思うせいでどうすることも叶わない。
 そのせいで、あるいはそのおかげで彼はカンナとの歪な関わりを続けていられるのだが、不安定な状態は必ず安定に移ろうとする。そう長く続かないのは十分分かっていた。
 もし彼女を恋人と呼べないのなら、その他の何者にも出来ないカイは、やがてカンナとの時間を終わらせるしかない。
 自動ドアが開いて、「赤間さん! お待たせしました!」と元気な声で藤堂が帰ってきた。
 身の丈に合っていて、真っ当であること。もうどうしようもないほど逸脱しているはずなのに、いまだに彼は幼い頃から敷かれ続けてきたレールからはみ出すことをよしと出来なかった。
 仕事の外にいる藤堂を見れば見るほど、彼は自分の今が誤っていると思わずにいられなかった。
 どうして彼は、藤堂と逢ってしまったのだろう。カンナと過ごす時間の中に、まだいくらかは酔っていられたというのに。
 まるで彼女は、カイを現実に引き戻すために現れたような。
「赤間さんの分もデザート、買ってきたんです。ホテルでもうちょっとだけ飲み直しませんか?」
 カイは仕方ないな、という感じに微笑して、小さく頷いた。
 彼にはもう、人間関係というのが分からなかった。なぜ人は、関わり合おうとするのだろう。
 それでも彼は、断ち切って孤独の中に生きることも出来ない。
 夜灯りが、彼の心を強く責めた。もういっそ潰れてしまえたらどれだけ楽だろうと思っても、彼の心は狂いきれなかった。