カイは目の前でどんどんと吸い込まれていく串焼きの数々に戦慄の念を覚えていた。
多くの女性はカイよりよっぽど多く食べるのだが、藤堂はその中でも頭一つ抜けていた。アルコールにはさほど強くないのか、とにかく出てくる料理を会話を途切れさせることなく咀嚼していくのは、彼の食欲を大きく削ぐ要因だった。食べ方には品を感じるし、どれも美味しそうに口にするのだが、如何せん仕事と同じで速い。
「そんな速度で食べてたら、お腹壊しませんか」
思わず心配になって、カイはそう尋ねてしまった。
「確かに、もうちょっとよく噛んで食べた方が良いですよね。友だちにもよく言われます。逃げないからもうちょっと落ち着いて食べろ、って。意識すれば出来るんですけど、気を抜いちゃうとまたテンポ速くなっていくんですよね」
その快活な様は、自身の食欲に与える影響を脇に置けば、見ていてとてもすがすがしいものがあった。生きることの喜びみたいなものを自他ともに与えるような気がした。
「そういえば赤間さんって、大学は何学部だったんですか?」
酔いが回ってきたのか、藤堂の頬の辺りはうっすらと赤くなっている。店内のオレンジライトが瞳を照らせば、女慣れしていない男ならすぐにでもやられてしまうような色香が漂う。ましてや自分の過去を尋ねてくるのだ。興味があるのかと勘違いする者は少なくないだろう。
「文学部」
「えぇ意外、赤間さんってもっと派手な感じかと思ってたのに」
「派手って、例えば?」
「社会学部とか、経済とか?」
「そう言う藤堂さんは?」
「私は国際コミュニケーション学部です」
若干呂律が回っていない感じで聞き慣れない学部名を言うせいで、カイは一瞬聞き間違いかと思った。
「私も普通の学部名にしといたら良かったなあ。人に言う時かっこ悪くないですか?」
どうやら悪酔いするタイプらしく、藤堂は唇を尖らせながら駄々っ子のような空気を出し始めた。
「何するんですか、その国際何とか学部って」
だがカイの心は解けない。藤堂にどんな心積もりがあるのかはしれないが、今までだってお酒の席でカイの気を引こうとしてくる者は少なくなく、この手の会話を上手く終わらせる術はよく知っていた。要は、あくまでもただの会話に留めれば良いのだ。
「色々ですよ。まあ悪く言えば外国のことについて調べてまとめるんです。大学の案内とかにはかっこよく書いてますけど、ちょっと国際交流したり留学するだけじゃ、大して実にはなりませんよね」
前の仕事といい大学といい、藤堂は自身の経歴にいくらかコンプレックスを抱いているようだった。頭の出来や仕事の出来についての正当な自己評価もしないあたり、どこかで挫折を味わったのかもしれないとカイは感じた。
「まあ文学部よりはマシじゃないですか。本読むだけですから、あそこは。しかも本読まなくても卒業できますし。それに大学生なんて、ほとんどはバイトとボランティアと遊びしかしてないでしょ。国際交流とか留学とかしてるのは、ちゃんとやってる方です」
カイは自分の言葉を虚しく聞いた。彼の会話の基本方針は、相手を認めることにある。そうすれば大抵の人は良い気になって、程良い人間関係が築ける。それは良好であるが至高ではなく、そこから先には何も生まれない。
そうでしょうか、と尚も認めたがらない藤堂から少し焦点を外して、彼はバンダナを巻いた女性店員に目をやった。それは初めてカンナを目にした時のことを思い出させた。
(不思議なもんだな。離れて思い出すのは、いつ以来だ)
多くの元彼女たちは、一緒にいない間は想いもしてやらなかった。それは彼がつくづく薄情な人間であることの証拠に思えた。
「赤間さん、私の話聞いてますか?」
だが藤堂は彼を物思いに耽らせてくれない。彼女はやはり、美羽と付き合うまでの彼が多く接していたような、日の当たるところに暮らしている女性らしい。
「ああ、何でしたっけ」
「もう。サークルの話ですよ、サークル。赤間さんは何か入ってました?」
「サッカーのに」
「ああ、そんな感じします」
カイは嘘を吐いた。正しくは半分嘘、といったところか。サッカーサークルとは名ばかりの、ただの集まることが名目の集団だった。
「私はベリーダンスサークルに入ってたんですけど、喧嘩して途中でやめちゃいました」
その時初めて、カイは藤堂が心底悲しそうな表情をしたのを目にした。前職や学部の時は、苦笑い程度に済ませたのに、今度のは明らかに書き換えたい過去について話しているようだった。
「仕切ってた子の彼氏が私を好きになっちゃったとかで、完全にとばっちりでした。私は友だちのつもりだったけど、向こうは違ったみたいで」
グラスの淵に手を沿わせて語る藤堂は、カイの目にも色っぽく映った。
「その子のことは好きだったし、ずっと仲良くしてたかったけど、もう全然話聞いてくれなくて、私も随分、酷いことを言っちゃいました」
永遠と続くと思えた光の道に、一点の黒。それまでずっと対岸にいるとばかり思っていた藤堂が、同じ岸に立っているように見えた。
多くの女性はカイよりよっぽど多く食べるのだが、藤堂はその中でも頭一つ抜けていた。アルコールにはさほど強くないのか、とにかく出てくる料理を会話を途切れさせることなく咀嚼していくのは、彼の食欲を大きく削ぐ要因だった。食べ方には品を感じるし、どれも美味しそうに口にするのだが、如何せん仕事と同じで速い。
「そんな速度で食べてたら、お腹壊しませんか」
思わず心配になって、カイはそう尋ねてしまった。
「確かに、もうちょっとよく噛んで食べた方が良いですよね。友だちにもよく言われます。逃げないからもうちょっと落ち着いて食べろ、って。意識すれば出来るんですけど、気を抜いちゃうとまたテンポ速くなっていくんですよね」
その快活な様は、自身の食欲に与える影響を脇に置けば、見ていてとてもすがすがしいものがあった。生きることの喜びみたいなものを自他ともに与えるような気がした。
「そういえば赤間さんって、大学は何学部だったんですか?」
酔いが回ってきたのか、藤堂の頬の辺りはうっすらと赤くなっている。店内のオレンジライトが瞳を照らせば、女慣れしていない男ならすぐにでもやられてしまうような色香が漂う。ましてや自分の過去を尋ねてくるのだ。興味があるのかと勘違いする者は少なくないだろう。
「文学部」
「えぇ意外、赤間さんってもっと派手な感じかと思ってたのに」
「派手って、例えば?」
「社会学部とか、経済とか?」
「そう言う藤堂さんは?」
「私は国際コミュニケーション学部です」
若干呂律が回っていない感じで聞き慣れない学部名を言うせいで、カイは一瞬聞き間違いかと思った。
「私も普通の学部名にしといたら良かったなあ。人に言う時かっこ悪くないですか?」
どうやら悪酔いするタイプらしく、藤堂は唇を尖らせながら駄々っ子のような空気を出し始めた。
「何するんですか、その国際何とか学部って」
だがカイの心は解けない。藤堂にどんな心積もりがあるのかはしれないが、今までだってお酒の席でカイの気を引こうとしてくる者は少なくなく、この手の会話を上手く終わらせる術はよく知っていた。要は、あくまでもただの会話に留めれば良いのだ。
「色々ですよ。まあ悪く言えば外国のことについて調べてまとめるんです。大学の案内とかにはかっこよく書いてますけど、ちょっと国際交流したり留学するだけじゃ、大して実にはなりませんよね」
前の仕事といい大学といい、藤堂は自身の経歴にいくらかコンプレックスを抱いているようだった。頭の出来や仕事の出来についての正当な自己評価もしないあたり、どこかで挫折を味わったのかもしれないとカイは感じた。
「まあ文学部よりはマシじゃないですか。本読むだけですから、あそこは。しかも本読まなくても卒業できますし。それに大学生なんて、ほとんどはバイトとボランティアと遊びしかしてないでしょ。国際交流とか留学とかしてるのは、ちゃんとやってる方です」
カイは自分の言葉を虚しく聞いた。彼の会話の基本方針は、相手を認めることにある。そうすれば大抵の人は良い気になって、程良い人間関係が築ける。それは良好であるが至高ではなく、そこから先には何も生まれない。
そうでしょうか、と尚も認めたがらない藤堂から少し焦点を外して、彼はバンダナを巻いた女性店員に目をやった。それは初めてカンナを目にした時のことを思い出させた。
(不思議なもんだな。離れて思い出すのは、いつ以来だ)
多くの元彼女たちは、一緒にいない間は想いもしてやらなかった。それは彼がつくづく薄情な人間であることの証拠に思えた。
「赤間さん、私の話聞いてますか?」
だが藤堂は彼を物思いに耽らせてくれない。彼女はやはり、美羽と付き合うまでの彼が多く接していたような、日の当たるところに暮らしている女性らしい。
「ああ、何でしたっけ」
「もう。サークルの話ですよ、サークル。赤間さんは何か入ってました?」
「サッカーのに」
「ああ、そんな感じします」
カイは嘘を吐いた。正しくは半分嘘、といったところか。サッカーサークルとは名ばかりの、ただの集まることが名目の集団だった。
「私はベリーダンスサークルに入ってたんですけど、喧嘩して途中でやめちゃいました」
その時初めて、カイは藤堂が心底悲しそうな表情をしたのを目にした。前職や学部の時は、苦笑い程度に済ませたのに、今度のは明らかに書き換えたい過去について話しているようだった。
「仕切ってた子の彼氏が私を好きになっちゃったとかで、完全にとばっちりでした。私は友だちのつもりだったけど、向こうは違ったみたいで」
グラスの淵に手を沿わせて語る藤堂は、カイの目にも色っぽく映った。
「その子のことは好きだったし、ずっと仲良くしてたかったけど、もう全然話聞いてくれなくて、私も随分、酷いことを言っちゃいました」
永遠と続くと思えた光の道に、一点の黒。それまでずっと対岸にいるとばかり思っていた藤堂が、同じ岸に立っているように見えた。