救世の勇者☆彡 日本でいじめられっ子の白豚に転生する〜痩せたらモテて無双してました〜


「…………アリス」

「学校を途中で抜けて帰っちゃうし……家にも帰ってないみたいだし、心配したんだよ?」

 アリスが少し口を尖らせて、上目遣いで俺を見てくる。
 その瞳からは、心配していたのが伝わってくる。

「どこに行ってたの? なんか制服も汚れてるし……」

 それは自殺するために、橋の上から川に飛び込んだせいです。
 ……なんて心配しているアリスに、言えるわけねーし……。
 上手い言い訳も浮かばねぇ。
 こんな時は何も言わずにスルーに限る。

「何でもねーよ。じゃあな? お前も家に帰れ」
「えっ?」

 俺は誤魔化すように、アリスの頭の上にポンっと手を乗せた後、ヒラヒラと手を振りながら家の扉を開け、急いで中に入った。
 待っていてくれたアリスを置いて、家に入るのはどうかと思うが、アリスは隣の家なんだし今日は許してくれ。
 流石に色々ありすぎて一人で整理したい。

 ドアを閉める前に、アリスが何か言っていたような気もするが……そこまで今日は気を遣ってられない。
 明日フォローしとこう。

 とりあえずは風呂だー!

 そうだ身体強化も解くか。
 つい楽で、身体強化したまま帰って来てしまった。

「!? へあっ@Q!?」

 あがっ!?
 いだだっ

 身体強化を解くと足元から崩れ落ちた。

 マジか。

 この巨漢デブは体力も全くねーのかよ……まさかあんな少しの身体強化で、こんなに酷い筋肉痛になるのか!?
 これは……無闇矢鱈と使えねーな。

 俺は匍匐前進ほふくぜんしんで床を這いずりながら風呂場まで行った。

 困ったぞ。どうやって風呂に入る? 起き上がれねーんだが。
 後の反動が怖いが……もういち一度だけ、身体強化を使うか。

「おお!」

 さっきまでの鉛みたいに重かった体が空気のように軽い。
 よしっ。さっさと風呂に入って今日は寝るぞ!




★★★



「あースッキリした」

 いくら魔法で乾かしたからと言っても、臭えしめっちゃ汚れてたからな。
 この世界のシャンプーやボディソープは本当優秀だな。前世ではこんなにも良い匂いのは売ってなかった。
 これ前世で販売したらバカ売れしそうだな。
 
 ふんふふ~ん♪

 俺は鼻歌混じりに、二階にある自分の部屋へと上がっていった。
 この後……身体強化を解き、地獄を見ることになるのも忘れ。

「なっ!?」

 部屋に入り、俺は何とも言えない奇声を上げる。
 これは身体強化を解いたからではなく。
 
「アリス!」

「ふふっ♪ だって話の途中だったし、部屋で待ってようかなぁって」

 アリスがそう言ってニコリっと笑う。
 もこもこの部屋着を着て、当たり前の様にソファーの上で寛ぎながら。

 ふとベランダがある窓を見ると、少しだけ開いておりそこから侵入して来たのが分かる。
 俺の部屋のベランダとアリスの部屋が隣り合わせで、小さな時はよくこのベランダからアリスが遊びに来ていた。
 だが中学生になった頃からは、こんな風に遊びに来た事なんて一度もなかったのに。

 なんで急に?

「お前っこんな時間に男の部屋に入るのはダメだろ?」

 アリスは口をプクッとふくらませると「だってこうでもしないとアベル様とお話し出来ないし」と言った。

「話なんて明日でも……………え?」

 今……前世の発音異世界の言葉で俺の名前を言わなかったか?


 俺が何とも言えない顔でアリスを見ると、「んん? どうかした? アベル様」と言って再び笑った。
「お前……アベル様ってその言葉は……わっぷ」質問しようとしたら、俺の言葉を遮る様にアリスが抱きついてきた。
「やぁーっと前世の記憶を思い出してくれた! ずっと待ってたんだよ」

 俺の首に両手を回し、上目遣いで見てくる美少女。
 これはどう考えてもヤバイだろ! 前世の記憶が戻る前の俺アヴェルは、コイツの事を密かに好きだったんだ。中学に上がってからコミュ症が酷くなったせいで、あまり話はしてないが。
 これはアヴェルの感情に引きずられているのか、心臓がドキドキしてうるさい。

「ちょっ!? 離してくれ!」

 ドキドキした状況に耐えられなくなった俺は、首に回した両腕を無理やり引き剥がすと、ソファーに再び座らせた。

「アリス、とりあえず説明が先だろ?」

「むぅ~……せっかく再会の喜びを噛み締めてたのにぃ」

 アリスが口を尖らせ、ぶつぶつと文句を言っている。そんな姿まで可愛い。
 頼むから急に抱きつくのはやめてくれ。

「それで? お前は何者だ? アリスじゃないのか?」
「んん~? アリスだよ? 今世ではね?」
「……今世?」
「そう。アベル様と同じで、異世界転生したんだよ」

 えへへっと、アリスが小首を傾げて可愛く笑うが、俺は全く笑えねぇ。
 コイツは何で、俺が異世界転生した事を知ってるんだ?
 俺はさっき前世の記憶を、思い出したばかりだぞ?

「……………………お前は誰だ?」

「ええ~わかって貰えないか。悲しいなぁ」

 ソファーの背もたれにボスッともたれかかると。

「アリスティアだよ。一緒に魔王討伐の旅に出ていた聖女のアリスティア」

 …………え。

「アリスティア? …………だと」

「うふふ。思い出してくれた?」

 アリスが意味深に俺を見つめる。

 アリスティアは希代の聖女と言われ、歴代最高聖女として名を馳せていた。
 魔王討伐の時もアリスティアの神聖魔法にどれだけ助けられた事か。
 
 ただチョット……コイツには残念な所があって。
 やたらと俺の着替えをのぞいたり、気が付いたら俺のベットに潜り込んで来たりと……変わった趣味があり……。それにどれだけ困らされた事か。

 それだけ聞くと何が困るんだ? 羨ましいじゃねーか! なんて思われそうだが、前世の俺は二十八歳。アリスティアは十三歳と俺の半分以下。
 さらにコイツはハーフエルフと言う人種なのもあり、見た目は五~六歳児くらいの幼女にしか見えない。それのどこにトキメキを感じろと? どう考えても無理がある。
 
 そんなアリスティアが、何故俺と同じように日本に転生していて、さらには俺がアベルだと気付いてるんだ?
 意味が分からない。

「なぁ……アリスティア? お前はどうやって、俺がアベルの生まれ変わりだと分かったんだ?」

 俺がそう質問すると、アリスティアの目が輝きを増し

「そんな事、私からすれば造作もない事! アベル様の頭ポンの感触を、間違うわけが無いでしょう!
頭に触れた指や掌のタイミング、重力など全てがアベル様のソレだったもの」

 熱く語ってくれるのだが。
 ええと……頭ポンってのはなんだ? 
 俺には何が言いたいのか、全く伝わってこないぞ?


「……ゲフンッ。ではアベル様の記憶も戻った事だし、アベル様が知らないお話をしよっか」

 アリスティアは少し頬を赤らめると、俺が死んでから前世で何が起こったのかを話し出した。

「まず、アベル様が毒殺されたと分かったのは、アベル様が亡くなった翌日。エメラメ皇女様の寝室で惨たらしい姿で発見されました」
「ああ……俺はエメラメ達に殺されたからな」

 俺がそう言うと、アリスティアは唇をギュッと噛み締める。

「やっぱりね。でも相手が国の第一皇女だったから、その事について問える者などいる訳もなくて、うやむやに終わった。その一週間後に、エメラメ皇女とギールが結婚式を挙げた時は、流石にあの二人を神聖魔法で殺してやろうとも思ったけど………再びブラッドムーンが現れたの。だから殺すのはやめた」

「血の月ブラッドムーンだと!?」
「うん」

【血の月ブラッドムーン】とは魔界と人間界が近付く時に現れる大きな赤い月の事。
 だが俺が魔王を討伐した事により、ブラッドムーンは現れなくなったはず。

「まさか!? 魔王は死んでいなかったのか!?」
「そうなの。魔王はかろうじて生き延びていたの。それを側近の魔族四天王が蘇らせた。そしてブラッドムーンの日に大勢の死霊を引き連れ魔王がやって来た。なぜなら魔王は、アベル様が死んでいる事を知っていたから」
「そんな!? じゃあ王国はどうなったんだ!?」
「う~ん? 滅びたんじゃない?」

 そんな事どうでも良いって感じでアリスティアが話す。
「まさか……!?」

「うふふ。そう。アベル様の居ない世界なんて、生きている意味が無いもの。だから禁忌の神聖魔法《《輪廻転生リンネテンセイ双魂ソウルツイン》を唱えて死んじゃった。てへ♡」

「おっおまっ! てへ♡じゃねーよっ」

 そんな事に禁忌の神聖魔法を使ってどーするんだよ。

「だって~アベル様と同じ世界に転生するためにはこの方法しかなくって」

 と言ってアリスティアはぺろっと舌を出した。
 【輪廻転生双魂(リンネテンセイソウルツイン)】とは魂が生まれ変わる時、同じ時と世界に二つの魂が転生できると云われている古代神聖魔法。
 使う時に術者が死んでしまうので、禁忌魔法とされている。

 アリスティアはその禁忌魔法を使って、俺と同じ世界に転生して来たんだと言う。
 伝承で伝えられてはいたが、本当に出来るなんて……。
 
「私はね? 生まれた時から前世の記憶を持っていて、お隣にアベル様が同い年で誕生していた事に気付いた時は、歓喜の絶叫をしたんだから……ふふ」

 アリスティアが遠い目をして、幼き日のことを教えてくれるんだが。

「そ……そうか」
「だって前世ではこの年の差が、どれほど大きな障害としてついて回ったか! それがないなんて! ああっ最高すぎ……っと。ゲフン」

 何だろう……聞けば聞くほどに、何とも言えない気持ちになるのは。

「なのに当のアベル様は、前世のことなんて全く覚えてないし、見た目もブクブクと肥え太って行くしで……まぁ正直見た目は、アベル様ならどんな姿でも良いんだけど」

 最後に怖いことを言われた気もするが、スルーしておこう。

 この世界のアリスが、幼き頃から俺につきまとっていた訳がやっと分かった。
 前世の記憶を幼い時から持っていたからなんだ。

 なのにアヴェルはそれに振り回されて、もしかして俺のこと好なのかも? とかまで思った時もあったな。
 だがアリスと自分のレベルの差に、中学生の時に気づいて愕然とし、自ら離れて行ったんだよな。

 だが当のアリスは、そんなアヴェルの気持ちなどさておき。
 なりふり構わず関わりを持とうとして来るから、分不相応だと思いながらも、アヴェルはアリスに対する気持ちを、諦めきれずにいたんだよな。

 だが今の俺はアヴェルであって、アベルでもある。
 ……そんなアヴェルの気持ちも分かるし、前世の記憶も入り混じりアリスティアに対して、正直何とも言えない感情になっている。

「とりあえずだ。もう遅いしアリスも部屋に戻れ」
「ええ~。一緒に添い寝しても良いんだよ?」
「ぶっ! なっ何言ってんだよ」

 その見た目で変な事を言わないでくれ!

「はい。さっさと部屋に帰る」

 俺はアリスをベランダに追いやった。

「む~。おやすみアベル様」
「おっおう」

 アリスは渋々部屋に戻っていった。
 窓の鍵をちゃんと閉めると。

 はぁーーーーーっ。

 大きなため息の後、俺はベットにダイブした。

 今日は一日が長かったなぁ。
 イジメられて、自殺して、前世思い出して、ちょっとだけやり返して、聖女に再会する。

 おいおい何だこの濃密な一日は。
 

 そして恐ろしい事を思い出す。

「………そういえば身体強化解いてなかった」

 恐る恐る身体強化を解くと。

「あがっ!」

 恐ろしい激痛と怠さで俺は意識を失った。




★★★



 

「…………うん? もう朝か?」

 燦々と照りつける朝日が眩しくて目が覚める。

 いつの間に寝て?

 そうだった意識を失って、そのまま朝まで寝ちゃってたのか。

 ……? 
 
 右肩に違和感があるな。左肩に比べ明らかに重たい。

 何となく右肩に触れると、サラッと明らかに自分の髪の毛ではない滑らかな髪の感触が……!?

「へっ?」

 目を凝らしてみると、アリスが俺の右肩を枕にし、気持ちよさそうに眠っていた。

「ちょーっ!?」

 驚きのあまり、慌ててベットから飛び起きた。

 いきなり枕が消えたので、その衝撃でアリスが目を覚ます。
 まだ眠そうに目を擦りながら。

「おまっあっ……アリス! なんで俺のベットで寝てるんだよ」

「……? ふあっ……そんな今更。前世でも何回も一緒に寝た仲じゃない。ふふ♡」

 アリスが背伸びをしながら、変な言い回しで返してくる。
 ……前世のお前は、腹を出して横で寝てただけだろ。何かあったみたいに言うな。
 
 ってか寝る前に、俺……窓の鍵閉めたよな? 
 何でコイツが入って来れるんだ?

「お前どうやってこの部屋に?」
「どうやって? 神聖魔法で?」

 アリスが指をピンっと動かすと、鍵が閉まった。

 神聖魔法をしょうもない事に使うなよ。
 
「アベル様を起こしに来たんだけど、気持ち良さそうに眠ってたからつい一緒に寝ちゃった」

 そう言った後、ぺろっと舌を出すアリス。
 あざといと分かっていても、可愛いので何も言えずに許してしまう。

「じゃっまた後でね? 着替えたら一緒に学校に行こうね」

 そう言ってアリスは部屋に帰っていった。

「はぁ~……」

 朝からどっと疲れた。

 アリスが迎えにくる前に、先に学校行こうかな。
「おはよーアリス」
「おはよん」
「アリスちゃんおはよう」
「んっおーっす」

 学校が近付くと、同じ制服を着た奴らが、男女問わずにアリスに挨拶して行く。
 その横に、こんなにも大きな存在の俺が歩いているんだが、みんなの視界には全く入ってない。
 たまに視界に入ると、顔を歪めて目を逸らす。
 何だその態度は、傷付くぞ。

 だがこれがアヴェルの日常だった。
 そしてこの後、クラスが別なので「じゃあアベル様また後でね」っとアリスが俺の側を離れて行くと集中攻撃(イジメ)が始まるんだ。

 アリスの奴、「学校ではアベル様呼びはやめろ」っとあれ程言ったのに、全然治ってねーじゃねーか。

 俺が下を向き教室へと歩いていると。

「おい~白豚? 何無視して行こうとしてんだよ?」
「俺達の前を通る時の挨拶は、土下座だろ?」
「あっそうそう俺さ。昼メシ買う金ねーんだわ。食堂でパン買っといて」

 はぁ……早速だな。コイツら三人も葛井達と一緒になって俺をイジメている奴ら。
 俺が全裸にされた時、楽しそうに写真を撮ってやがった。

「おいっ白豚! 何無視してんだよっ」
 
 何も反応しなかったのが苛立ったのか、いきなり胸ぐらを掴んで来た。

「地面に頭を擦り付けて謝れ!」
「はぁ……何で? 悪い事してないし」

 掴まれていた胸ぐらから手を無理やりどけた。

「イダっ!? えっ?」

 まさかそんな態度を取られるなんて、思いもよらなかったんだろう。

 三人はポカンっと固まる。

「しっ!? 白豚のくせにっ。そんな態度をとって良いいと思ってるのか」

「別に……どんな態度を取ろうが、お前らの許可はいらないと思うが?」

 コイツらに構っている時間が勿体無い。
 その場を去ろうとすると。

「今日は別人みたいだな」
「昨日は泣いて豚の出荷(ネット拡散)だけは許して下さいって、地面に頭擦り付けてたの誰だっけ?」
「そうだえ~。コレコレ!」

 ニヤニヤと笑いながら、携帯の画像を見せてくる。
 そこには腹に【百円から競りスタート】っと書かれた、真っ裸の姿で横たわる俺が写っていた。

 正直見てて良いもんじゃねえ。
 このせいで、アヴェルは自殺まで追い込まれたんだ。

「お仕置きが必要だな」

 俺は雷魔法を小さな声で詠唱し、三人の携帯電話を暴発させた。

「うわっ!?」
「何だ!? テロ!?」
「買ったばっかなのに?」

 携帯が暴発した事で、三人は俺どころじゃなくなったみたいだ。
 粉々になった携帯の破片を半泣きで拾い集めている。
 ククッ もうその携帯は使い物になんねーよ。中も粉々に粉砕してやったからな。

 俺は教室へと歩き出した。


★★★


 教室の中に入ると、騒がしかったクラスが一瞬だけ静まり返り
 みんなの視線が俺に集まる。
 そんなに注目してくんなくても、良いんだが。

 奥で葛井達が、俺の様子を静かに見ているのがわかる。
 流石に昨日の今日だからな。絡んでこないか。

 佐田の足にはギブスが巻いてある。あの後病院に行ったのかもな。

 いつもなら真っ先に絡んでくる葛井達が、今日は何も俺にしかけて来ないので、不思議に思ったクラスメイトの一人が「葛井~? 今日はこの豚をどんな風に調理する?」っと話しかける。

「…………今日はそんな気分じゃねぇ」

 葛井はそうポツリと言うと、何も喋らなくなった。
 横にいる佐田と右崎も同じく喋らない。

「変な葛井」

 その様子に不思議そうに首を傾げている。

「まぁ良いか。今日は一限目から体育だからな。白豚も頑張ってくれよ?」
「そうそう! サッカーの試合だよな。コイツと同じチームは嫌だな。負け確じゃん」
「もーそんな事言ったら可哀想だよ? キャハ」

 クラスメイト達が楽しそうに話している。
 バスケやサッカーの試合の時は、俺の惨めな姿を見て笑うのが、コイツらの定番だからな。

「おいっ! 今日は一組と合同体育らしいぜ」
 
 一人の男が慌てて教室に入ってきた。

「えっ? じゃあ。東雲さんと一緒?!」
「アリスちゃんが一緒とか! ヤベェー良いとこ見せないと」

 クラスの奴らが盛り上がっているが……アリスのクラスと合同体育? 
 
 何だろう。
 嫌な予感しかしないのは。
「ぷっ……見てあれっ」
「コントの服? あはは」
「ないわ~。いつ見てもウケる」
「きもっ」

 女どもが俺を見てクスクスと笑っている。
 理由は簡単。
 俺の体操服のサイズが、体と全く合ってないから。
 一番大きなサイズなんだが、ピッチピチで下腹がどうしても見える。
 パンツなんて急に座ると尻からビリッと破れそう。
 なんだこの罰ゲームは。
 もっと大きいサイズの体操服ねーのかよ!

 ……まぁ。このわがままボディが全ての原因なんだが。

 はぁ。絶対に早く痩せてやる。何が何でも痩せてやる。
 こんな恥ずかしい思いは二度とごめんだ。

「アベル様! 今日のサッカーがんばろうね。アベル様が本気出したら一瞬で終わりそうだけど。ふふ」
「アリス」

 ポツンと一人寂しく立っていた俺の所に、アリスがやって来た。
 へにゃりと何とも言えない可愛い笑みを浮かべて。
 こんなタイミングで話しかけられたら、嬉しくってアリスが天使に見える。

「アリスちゃんまた白豚に……」
「キモいのうつっちゃうよ?」
「アリスちゃん早く目を覚まして」

 アリスが俺に近寄った途端、ヒソヒソと悪口を言い出す奴ら。
 聞こえてるよ?

「むぅ……アベル様はキモくないよ!」

 アリスにも聞こえたんだろう。口を尖らせ怒ってくれる。
 
「まぁ……流石にこの姿はキモいんじゃないか」
「そうかなぁ? 私には分かんないや」

 アリスが何を言ってるんだろうと小首を傾げる。

「…………そっそうか」

 急にそんなことを言われると、嬉しくてどう返していいのか分からない。
 コイツは本当にあの拗らせ聖女なのか?
 アリスの対応に困っていると。

「男子集まれー! 一組vs七組で試合始めるぞー! 女子は男子の次に試合するからな。しっかり準備運動しとくんだぞ」

 先生が集合をかける。今日は一組vs七組らしい。

「アベル様がんばってね」
「おう。頑張るわ」
 
 そんな時だった。俺とアリスの間に割って入る男が。

「アリス? お前は一組の応援だろ? 敵の七組を応援してどうするんだよ」
「あっ池野君」

 馴れ馴れしくアリスの肩を抱き、呼び捨てする男。
 女子どもがキャーキャー騒いでいる。カースト上位に君臨するモテ男。

 そんな池野に肩を抱かれて、アリスはというと……顔を歪めて嫌そうに手を払っていた。
 
「僕にそんな態度を取るのは、アリスくらいだよ?」
 
 うっうわぁ~。
 なんてキモいセリフをサラッと言うんだコイツは。
 俺には無理だ。

「アベル様! 応援してるから! 頑張ってね」

 池野の忠告などマルッと無視して、アリスが再び俺に話しかける。

 それを見た池野が、アリスの後ろから恐ろしい顔で俺を睨む
 ……ヤメテ。

「アリス。一組はあっちだからもう行こう」
「あっ……! アベル様、また後でね」

 池野に手を引っ張られながら、アリスは一組側に戻っていった。

 さてと……サッカー頑張りますか。

 

「おい白豚~。今日はちゃんとボール取れよな?」
「ギャハハッ。豚はいつもみたいにブヒフビ歩くだけだろ」
「白豚は邪魔にならない所で、おとなしくしてろ」
「一組にクッソ勝ちてえ!」

 クラスの奴らは一組との勝負に勝ちたいらしく、ピリピリと殺気立っている。
 どうやら一組には女達から、塩顔イケメンと言われている池野もいるし、天界から舞い降りた天使アリスもいるから、どうしても勝ちたいんだとか。
 クラスの奴らがそう言って騒いでた。
 塩顔イケメンってなんだ? アリスに至ってはもはや理解に苦しむ。

 試合は一組A、B。七組のA、B。と四つのチームに分け戦う。
 ちなみに俺は七組のBチーム。

 一組のBチームと勝負するんだが、さっきアリスに絡んでいた池野って奴がいるな。
 ええとウワサの塩顔イケメンだっけ。
 キャーキャーと女達の歓声を集めている。
 あんなヤサ男のどこが良いんだか。
 

『ピィ——————————————-ッ!!』


 試合開始の笛の音が鳴り、皆がいっせいに走り出した。
 さてと、どうするか? 
 どうせ俺にボールなんて、まわしてくれねーからな。

 わざと取れないようなボールをパスしてきて、オロオロする俺にヤジを飛ばすくらいだろうし。
 それ以前に、俺はサッカーのルールを全く知らない。
 アヴェルの奴がスポーツに興味がないのと、団体競技はイジメの的だったってのもあるが。

 まずは大人しく傍観するか。

 なんて考えてたら、池野があっと言う間にゴールを決めた。
 次の瞬間。外野から黄色い声が飛んでくる。
 キャーキャーと五月蝿い。
 その声援に池野が応えるように右手を上げてポーズを決めると、さらに大きな歓声が。

「何カッコつけてんだ?」
「たかが一点だろ?」

 七組の男どもがブツクサと文句を吐いている。
 

「もう一点取るぞー!」

 池野がそんな男達をバカにしたように、更に煽ってくる。

 だが、池野の奴は有言どうり、もう一点軽々と決めた。
 ナルボドな、サッカーってあんな競技なのか。
 
 記憶にサッカーのルールが全くなかったので、傍観させてもらっていたが、見ていて大体覚えた。
 こんなお子様ゲーム、勇者の俺からしたら茶番のようなもんだ。

「よし! 今から巻き返すぞ」

 俺が声を荒げると、何とも言えない残念な目でみんなが見てくる。

「…………おい。白豚がなに張り切ってんだよ」
「お前は端っこでおとなしくしてろ!」
「まともにボールも触れねーくせに」
「邪魔なんだよ」

 チームメイト達が、何もせずにじっとしてろとバカにする。

 ……まぁそうなるか。

 アヴェルの奴は、ボールに触れることすら出来なかったからな。
 いつもなら、ここで俺をバカにして笑いたいから「じゃあやってみろよ?」っと、ボールをパスして来そうなもんだが、今日は一組に勝ちたいみたいだからな。
 俺の存在をマルっと無視してやがる。

 そうは行くか。俺だって馬鹿にされてイラついてんだよ。

 俺は身体強化を使い、ゴール間際までドリブルで走って来ていた池野(塩顔イケメソ)のボールを颯爽と奪うと、そのまま敵ゴールへと蹴り入れた。
 ボールは勢い良くゴールネットを突き破ると、その奥にある体育館の壁に当たって破裂した。



「「「「「…………え?」」」」」



 なにが起こったのか理解できないのか、その場にいた全員がゴールを見たまま固まってしまった。



「さすがはアベル様です!!! ナイスゴール!」


 シーンっとした空気の中、アリスの歓喜の声だけが響き渡るのだった。
 
「ちょっと、ちょっとぉ? みんな何で拍手しないの? スーパーゴールだよ?」

 シンっと静まり返った中、アリスだけが拍手しながら俺を褒める。

 するとその発言を皮切りに、静まり返った場が一気に騒めく。

「なんだ今のゴール!?」
「マンガみたいだったんだが」
「いやアニメだろ?」
「んなのどっちでも良いよ! 蹴ったの白豚だぞ?」
「見たか? 一瞬で池野からボール奪って……ゴクッ」
「ボールがネットを破って……」

 みんなが俺に注目する。
 あれ? さじ加減間違えたか? 
 こんなに騒つかせるつもりは無かったんだが。

「お前……サッカー出来たのか?」

 チームメイトの一人が、目を見開き恐る恐る聞いてきた。

 ……出来た? 
 アヴェルは出来なかったが、俺は出来る。
 だがそれは皆知らない訳で、うーむ。なんて答えたら……。

「まっ……まぐれだろ? その男が僕のボールを、簡単に奪えるわけがないだろ?」

 俺が返事をする前に、池野が勝手に答える。
 ボールを取られたのが、プライドを傷つけたんだろう。
 みんなには笑顔なのに、俺に対してだけ物凄い形相で睨んでくる。

 それを聞いたみんなが「だよな。マグレだよな」「白豚だしな。ありえねー」っと池野にのっかる。
 ……まぁ俺が出来る男だとか、みんな思いたくないんだろうな。

 それを見学していた葛井達三人だけが、静かに傍聴している。
 アイツらが大人しいと気持ち悪いな。
 真っ先に騒ぎそうな奴らなのに。

 まぁ信じないなら。
 何度もゴールするまで。

 再開の笛の音がなると、俺は再びボールを奪う。
 今度は颯爽とドリブルで走っていく。
 そんな俺の前に池野が立ち塞がるが、それをひらりと交わし、今度はチョンっとつま先で軽く蹴って、ゴールを決めた。
 身体強化してるから、思いの外ボールが飛ぶからな。
 蹴ったと言うよりも、つま先が触れたくらいの感覚。

「さすがアベル様! かっこいいー♡」

「「「……………嘘だろ」」」

 アリスだけが俺のことをうっとりと褒める。
 他の奴らは、呆然として固まっている。この状況が未だ理解できていないって感じだ。

「まだまだ! こんな奴に、やられっぱなしで良いのか?」

 そんな中、池野だけが唇をぎゅっと噛み締め、仲間達を鼓舞するように声を荒げる。
 アリスが俺のことばかり見ているのが、気に入らないみたいだな。


「そっそそうだ! 白豚が調子乗ってんじゃねーよ!」
「ほんとそれ!」
「このままマグレが続くと思うなよ」

 固まっていた一組の奴らは、池野の言葉にハッとし俺を睨む。
 どうやら俺に、集中攻撃が始まるらしい。
 まぁ。何人かかって来ようが余裕だ。

 試合再開の笛の音が鳴り響く。

 よーし。
 もっとゴールを決めてやるか。
 サッカー……意外と楽しいかも。
 前世で遊ぶ事なんてなかったからな。

 ドヤ顔で、得意げにドリブルしている池野のボールを、俺は再び軽々と奪ってやった。
 
「なっ!?」
「白豚いつのまにあんな場所に!?」
「さっきまでもっと後ろの方の位置にいなかったか!?」

 池野からボールを奪うと、俺はすぐさまセンターバックの位置から、ボールを蹴ってゴールを決めた。
 ボールは再びネットを破り、体育館の壁に当たって裂けた。二個目だ。
 そっと蹴ったつもりなんだが、なかなか加減が難しい。

「……嘘だろ?」
「俺は夢を見てるのか?」
「アイツは本当に白豚なのか?」

 さすがにこの一点で、追い打ちをかけたのか、みんなが立ち止まり動かなくなった。
 俺を何とも言えない顔で見ている。

「三点めー!! アベル様すごい」

 皆が呆然と固まる中。アリスだけがキャッキャと楽しそうだ。
 さすがに池野も、さっきまでの元気がなくなったようだ。

 そんな中先生が
「如月! お前実力を隠していたのか? サッカー部に入らないか? こんなに贅肉がついてるのに、よく動けるもんだな」
 などと試合中に言ってきた。審判しなくていいのか? まぁ試合中と行ってもみんな呆然と固まっているから、試合にはなってないんだが。

 結局その後は、俺も静かに傍観し(これ以上ボールを破裂させるのもあれだし)七組の勝ちとなった。

 試合後に数名のクラスメート達から
「白豚、見直したぜ! お前って動ける豚だったんだな」
「すげーよ。すごい豚だ」
「そうだな。本当すげえ! 今日から白豚改め凄豚だな」

 などど新たな愛称を頂いたが……結局豚じゃねーか!

 池野を含む一組の奴らは、全員が俺を睨んでいった。
 ……何か企んでそうな雰囲気だな。

「如月! お前太いのに中々良い筋肉してるじゃねーか!」
「……そっすか。あざす」
 サッカー部の顧問もしている中田先生が、俺の腕を揉みながら筋肉を褒める。
 今の俺は身体強化しているからな。そら固いわ。

 この先生に話しかけられるのって、初めてじゃねーか?
 まぁアヴェルの奴は、体育の時大人しく身を潜めていたからな。
 中田先生の興味の対象には、ならなかったのかも。
 
 でも巨漢デブだから、否が応でも目立っちゃうんだよな。
 それをアヴェルは気付いてなかったんだよなぁ。
 気付いてたら痩せていただろうしな。

「じゃ真剣に考えてくれよ? サッカー部で待ってるからな!」

 中田先生は手を振り去って行った。

 さてと、俺も教室に戻るか。
 次の授業に遅れたら大変だ。
 中田先生に捕まっていたおかげで、運動場には俺だけが取り残されている。

 ……身体強化解いて大丈夫かな?
いや待てよ? また動けなくなったらヤバいよな。家に帰るまで解くのはやめとこう。
 長く身体強化を続けていると、また家で気絶しそうだが……いま倒れるより良いよな。

 体育館から廊下を抜けて、教室に向かって歩いていくと

「…………よう。白豚」

「……葛井」

 葛井と佐田それに右崎の三人が、通路にもたれかかるようにして俺を待っていた。

「放課後、その裏で待っているから来いよな?」
「逃げるんじゃねーぞ!」

 葛井達は俺の返事も聞かず、それだけ言い放つと踵を裏返し歩いて行った。

 そっちは教室の方角じゃないだろ? 
 サボるつもりか?

 勝手に言うだけ言って、返事を聞かずに去って行くなよな。

 ハァ~……めんどくせえ。
 行かずに帰ろうかな。

教室に戻ると、数名のクラスメートが凄豚と話しかけてくれたが、まぁ豚の評価はそう急に変わったりはしない。
 八割のクラスメートが、俺の事を嫌な感じの目で見ている。
 これは勇者だったからなのか、俺に対して嫌悪感を抱いている人物の感情が、敏感に感じ取れる。

 机に歩いていくと、俺の椅子に画鋲が貼り付けてある。
 どうせ気づかず座って、痛がる俺の姿が見たいんだろう。
 お望み通り座ってやるよ。
 座ろうとすると、ニヤニヤと俺を見ている連中が数名。

「「「「「はっ!?」」」」」

 俺が何の反応もしないので目をまん丸にして驚いている。
 何で痛がらないのか、不思議なんだろうな。
 今の俺は絶賛身体強化中だから、鋼鉄の体に画鋲なんて効かないんだよ。
 全く痛がりもせず、何の反応もないまま授業を受け続けたからか。
 俺が席を立った瞬間。椅子を見にきて、へしゃげた画鋲の先を見て「なんで!?」っと驚いていた。
 ブックク。バカな奴らだ。

 ちょっとクラスの奴らと遊んでいたら、もう放課後になっていた。
 葛井の奴らは、あれから教室に戻って来なかった。
 言われた場所に素直に行っても、居ないんじゃ。
 もしかして遠くから俺を見てバカにするんじゃ? とかも考えたが、何処にいるのかなんて探索魔法(サーチ)を使えば一目瞭然なのでとりあえず行ってみる事にした。

 体育館裏近くになった時にサーチを使うと、三人の気配を感じる。
 どうやらちゃんと居るみたいだな。

「……おう」
「わざわざ俺の事を呼び出して何の用なんだ?」

 俺がそう言うと葛井はジロっと俺を睨む。

「昨日からお前は……全く違う奴に見える。お前は本当に、俺の知っている白豚なのか?」

 葛井のやつ……中々めざとい。
 確かに今の俺は、アヴェルであってそうじゃない。
 別の世界で生きてきた勇者アベルの記憶の方が、今は多く占めているからな。

 だがそんな事を葛井にいう必要はない。

「……そうだよ。俺は如月アベルだ。それ以外何者でもない」

 そう言うと、葛井は黙り込んでしまった。

 …….一体何なんだ?

 今日の葛井は様子がほんと変だ。

「お前はさ……得体の知れない存在って信じるか?」

 ……葛井はマジで何がいいたいんだ?

「得体の知れない存在?」

「ああ。俺は昨日そんな存在に出合ったんだ」

「そうだ! 昨日お前に絡んだ日に」
「気味の悪いやつに合ったんだ! 今のお前はそいつに似ている!」

 ……なんだ? 俺みたいな奴? 
 それって俺がいた世界の奴って事か?
 
 いやそんな訳ないよな。
 まだ葛井が何を言いたいのかが分からない。

「俺はそいつに……変な呪いをかけられたんだ!」

 葛井はおもむろに制服を捲り、腹を俺に見せた。

「なっ!?」

 その模様は……よく知っている。
 葛井の腹には、俺が元いた世界の奴隷に入れる術式が描かれていた。

「……やっぱり。その顔は知ってるんだな」

 葛井はそう言うと俺の前に平伏し

「頼む! 助けてくれ! 俺はまだ死にたくない」

 っと懇願してきた。



 ……昨日俺と別れてから、コイツらに一体何があったんだ?