「アバターの魔法を解くね?」
「あっそうだな。誰が来たんだって思われるな」

 事務所の前で誰も居ないことを確認し、魔法を解いてもらった。

「おはようございま〜す」
「おっ……おはようございます」

 挨拶をしてモデル事務所に入って行くんだが、なんだろう夕方なのになんで挨拶が『おはようございます』なんだ? って考えてしまって(ども)ってしまった。
 だってさ? 普通なら『こんにちは』とかじゃん。
 業界の挨拶はよく分からん。

 などど一人考えていたら、ザワザワと何やら騒がしい。
 今日はやけに人が多い。
 モデルかな? 事務所に造られた高そうなソファーとテーブルが置かれた場所で、数人の男女がリラックスして寛いでいる。

 その数人がアリスに気付きキャーキャーと騒ぎ出した。

「ヤバイっ! アレクサンダーのモデルした子じゃん」
「生はヤバいね!」
「はぁ……カッコ良すぎるよ」

 何言ってっか分からんが、まぁアリスを見て興奮してるんだろう。
 学校と同じだな。

 ——ん?

 ソファーに寛いでいる奴らの中に知ってる顔が。
 ……あれは尾崎か? 葛井達に奴隷紋を入れた謎の男。たぶんだが俺と同じ異世界からの転生者。
 両脇に四人の女を侍らせて……中々のモテっぷりだな。

 ——あっ!

 しまった。ついマジマジと見てたら目が合ってしまった。
 ソファーから立ち上がると、俺たちの方に向かって一目散に歩いてくる。

「どうも初めまして。謎のモデルさんに、こんな所でお会い出来るなんて光栄ですよ」

 尾崎はそう言うと、俺に握手を求めるように右手を差し出す。
 その手を握り返しながら、返事を返すつもりが。

「はっ? 初めまして?」
「あははっ。なんで疑問系なんすか。日本語あんまり得意じゃないんすか?」

 尾崎の態度が、予想に反して好意的だったのにビックリしたのと、《《初めまして》》と言われた事にも困惑して、変な喋り方をしてしまった。だって俺らは前に会ってるじゃん。忘れたのかよ? ってそうか!

 ……俺、痩せて別人の姿になってるんだった。

 っと一人で勝手に悩んで解決している内に、柳木さんがやって来た。

「待たせちゃってゴメンね。じゃ向こうの個室に行こうか」
 柳木さんに言われ移動しようとすると。
「柳木さん。僕にも紹介して下さいよ」
 尾崎が俺たちを引き止める。
「……ああっ尾崎君《《も》》いたのか」

 柳木さんが気付いてなかった事が気に入らなかったのか、眉がピクリと動く。

「いたのかって……ヒドイっすね〜。彼は誰なんですか? 人気雑誌Voyageの表紙を飾るばかりか、Alexanderの専属モデルにまで抜擢されたんですよね? 紹介して下さいよ」

 どうやら。いきなり現れた俺の事が、気になっているみたいだな。好意的に見えたが、ライバル心が隠し切れてねーな。前は巨豚と下に見下されていたからな、それよりはずっとマシだが。

「ああっ。ゴメンね? 彼の事はまだ極秘なんだ。方針が決まり次第、雑誌などで告知があると思うよ。じゃっ急いでるから後でね?」
「へっ?」

 柳木さんは「VIPルームを用意しているから案内するね」そう言って俺とアリスを奥の部屋へと連れて行った。
 VIPルームと聞いて尾崎が「なっ俺でさえ入った事ないのにっ」っとボヤいていたのが聞こえてきて。ついニヤついてしまった。

「さっここだよ。中に入って」

 柳木さんがドアを開き俺たちを中へとエスコートしてくれる。

「わっ! なんだこの部屋」
「ふふっ。すごいよね? こんな仕事だから国際的な付き合いが多くてね。外国の方達に気に入ってもらえるように作った部屋なんだ」

 柳木さんが得意げに部屋の説明をしてくれるが、確かにすごい。
 照明は全て間接照明かシャンデリア。バーラウンジまであって、バーテンダーまでいる。大きなソファーが何セットも置かれていて、こんな広い空間にいるのは……

「アヴェル! あいたかったデスよ。会えない時間がこんなにも切ないなんて初めて知ったデス」

「マーティンさん」

「あっしもいますぜ? アヴェルどの?」
「ふふっ。ボーイ。会いたかったわ」

「ディーンさん。イライザさん」

 濃ゆい外人たちが集まり、シャンパン片手に夕方から宴をしている。あっパーティか。もしかして俺は、今からこのパリピな会に参加しないといけないのか?


 …………俺。給料取りに来ただけなんだけど。