「んまぁ♡ はぁ……幸せ」

 ピンクの壁紙、メルヘンでカラフルなユニコーンのオブジェ。
 女の子の大好きをコレでもかと詰め込んだ空間で、アリスは自分の顔より大きなパンケーキを頬張っている。
 こんな女子女子した空間なのに、意外と男性客もいる。男だけのグループなんてのもいるから不思議だ。俺なら恥ずかしくて絶対にごめんだ。
 今日はアリスと約束したから特別。

 正直いってソワソワして居心地が悪い。何だかやたらと周りの人達に見られている気がするし。
 アリスが超絶美少女だからか? 
 それとも……撮影で使った服を、そのまま着て帰ったからか? だって着て帰れってデザイナーのマーティンがうるせーんだもん。
 この服……普段着として着たら目立つのか? 今一番人気のブランドらしいからな(アリス調べ)見てる奴らは羨ましいのかもな。

 こっちをチラチラと見てキャッキャ騒いだ後は、食べずに写真ばっかり撮っている、お前ら食わねーの? よくわからない世界だ。
 まぁ考えた所で、答えは見つからないだろう。

「そういえばさ? アリス良かったのか? 柳木さんや大崎さんにあんな態度で?」
「んぐっ。………ごくん。何が?」
「いや……なんか必死に話してたじゃん?」
「ああ……あれね。ボソッ。あの二人アベル様に目をつけて専属モデルとして契約して欲しいって必死だったけど、そんな事してアベル様が大人気になっていっぱい女の子が集まって来たら困るじゃない! そんなの却下よ却下! 今だって女子どもがアベル様を見て目をハートにして興奮してるし。パンケーキは美味しいけど、こんな店早く出たいわ」

 急にアリスが早口で捲し立てる。どうしたんだアリス? 俺はそんな触れてはいけないような事を聞いたのか?

「ええっとアリス? 早口すぎて全く聞き取れないよ?」
「んん? だから大丈夫ってこと!」

 そういって口にパンケーキを放り込むアリス。目が笑ってないような気もするんだが、これ以上聞ける気がしない。

「そっそうか……なら良いんだが」
「はいっ♡ アヴェル様あ〜ん♡」
「……!!」

 アリスがパンケーキをいきなり口に持ってきた。こんな人前で恥ずかしいだろ。
 何やら周りの女どもまで騒ついてるし。

「やだっ何よあの女。これ見よがしに!」
「アーンとか私だってあんな超絶イケメンならしてあげたいよ」
「イチャイチャすんなし」

 何だろう言ってる事までは聞こえないが、良いように言われてないのは何となく分かる。
 アリスを見ると、なぜかドヤ顔をしているし。
 何にせよだ、こんなにも注目される中。

「その……恥ずかしいから……無理だって」

 そう断るとアリスが涙目で俺を見てくる。

「今日は……何でも言う事を聞いてくれるって、言ってたのに。アベル様の嘘つき……うう」

 アリスの目にドンドン涙が溜まっていく。
 こんなのどーすりゃ……はぁ。ったく。

「……そんな顔するなよ。分かったから」
「えっ本当? うふふ♡ はいあーん」

 ニコリと笑うと、口元に再びパンケーキを持ってくる。
 おいアリスよ? 目に溜まっていた涙は何処に消え去った?
 くそう……さっきの顔は演技か。やられたぜ。

「どう? おいち?」
「んぐっ」

 俺の口にパンケーキを入れると満足したのか、アリスがすこぶる可愛い顔で微笑む。くそう可愛いな。

 一ヶ月半ぶりのアリスだからか、余計に可愛く見える時があって困る。これはきっと、アヴェルの感情だと思いたい。

———そういや。

 もうすぐ学校が始まるんだが……俺って無断欠席一ヶ月半くらいしたわけだよな? 学期末テストも受けてないし……三学期始まったらヤベエんじゃ。

「なぁアリス? 俺って学校で何か言われてなかったか? 先生からアリスに無断欠席の質問とかさ?」
「んん? 何も? だってそもそもアベル様は学校休んでないし」
「へっ? 休んでないって……」
「ふふふっ。ほら? それはね? 私の神聖魔法でチョチョイっと」

 アリスがいつもの様にパチンっと指を鳴らした後、チラリと店の外を見る。
 すると外が見える窓ガラスの景色に、突如と巨漢デブが登場したと思った直後、姿を消した。
 それを見た人たちは、幽霊か幻でも見たんじゃないかと、その場が騒然となっている。
 おいアリスよ? 俺を変なことに使うな。

「まさか……」
「そう。そのまさか。神聖魔法でアベル様を創って、毎日アベル様のように学校に登校してもらっていたって訳」

 マジか……それはありがたいけど
「バレてねーのか? 喋ったり出来ないだろ?」
「今のアベル様に話しかけるのは、葛井たちくらいだし。話しかけられたら、アベル様のフリして、私が伝達魔法を使って代わりに喋ってたの」
「そんなっ。声とか違うだろ?」
「『おうっ俺アベル』似てるでしょ」
 俺の声真似をしたアリスの声は、俺よりもイケボだった。こんな風にお前の耳には俺の声が聞こえてるのか? 何だか居た堪れない。

「学期末テストだってちゃんと代わりに受けたからね?」
「そんな事までできるのか?」
「うん。でも私の回答だからいつものアベル様の半分くらいしか点は取れてないけど、赤点は取ってないからね? 安心して」

 そう言ってぺろっと舌を出すアリス。
 アヴェルの唯一良いところは、勉強が出来る事《《だけ》》だったんだぞ?
 それを赤点ギリギリって……。

 だけど……アリスのおかげで、何事もなく新学期を迎えれる訳だし、感謝しないとだよな。

「アリスありがとう」

 俺はそう言ってアリスに向かって感謝の気持ちを込めて笑った。

「あっわっ…………!」

 アリスが急に黙り込み、俯いてしまった。

「アリス?」
「…………だめだかんね? アベル様は笑うの禁止! 私以外の前で絶対に笑わないこと! 分かった」
「なんだよそれ」

 急に話し出したかと思ったら、訳のわからない事言いやがって。ったく。

 ———んん? あれ? って事はだ。

 俺はずっと豚のままで三学期を終えた訳で……二週間も経ってない間に、今の体に変化したのは流石におかしすぎる。
 新学期始まったらどーするよ? 
 この姿で登校したらどう考えてもおかしいよな。美容整形でも流石に無理だろう。

 一難去ってまた一難ってのは、こう言う事を言うんだな。