救世の勇者☆彡 日本でいじめられっ子の白豚に転生する〜痩せたらモテて無双してました〜

さてと、ここで食事にするか。
 ちょうど草が生えてない広場があったので、この場所で料理をする事にした。

 作るのはもちろんアレ(・・)だ。
 オークの肉をちょうどいい大きさに切って、石を並べて作った焼き台で炒めていく。
 フライパンがあればなぁと思うが、贅沢は言えない。
 これでも結構いい感じで焼けるから良しだ。

 そこに胡椒風味のキノコをふりかけ、キラービーの蜜を投入。
 さらに追加で見つけた生姜味のキノコを刻み入れる。照りが出てきたら完成。
 醤油がないのが悔やまれるが、これでもすんごく旨いはず。
 楽しみすぎて口の中が大洪水。

「そろそろか?」

 良い照りの焼き色。見てるだ食欲を掻き立てられる。

「どれどれ」
 俺はそのままパクッと一口頬張る。

「!! うまっ」

 やばい……旨すぎる!

 醤油などなくても、キラービーの蜜が濃厚だから充分旨い、さらに胡椒と生姜が甘さを引き立ててくれる。……キノコだけど。

 ダンジョンに入ってからずっと、何の味付けもしてない肉を食べていたからか、この蜂蜜とのハーモニーは泣けてくるほど旨い。
 ああ~体に沁み渡るぜ。

 ———ん?

 旨そうに肉を頬張る俺をジッと見つめる視線が四つ……。
 紅蓮と雹牙がお座りをして、涎を垂らすも賢く待てをしていた。
 お前達も腹が減ってるよな。

「紅蓮に雹牙めちゃくちゃ旨いぞ! 食べな」

 木で作った皿に肉を並べてやると、尻尾を揺らせながら、幸せそうに食べる二匹。
 うんうん。そうだろうとも。

 さっきチャチャっと風魔法を使って、木の皿を作ってみたのだ。
 これが意外と上手くできた。ついでに箸も作ってやったぜ。
 日本人なら箸は必須だろ。正確には半分だけ日本人だけど。
 俺才能あるかも。

 まさか風魔法を、こんな風な使い方をする事になるとは、思わなかったな。

 食べて少し休憩したら、森ゾーンを一気にクリアしたい所。
 調味料や食材集めはもちろんしながらな。
 久しぶりのダンジョン。
 レベルも上がり感覚を思い出してきたら、少し楽しくなって来た。
 旨い飯を食べたから、心に余裕が出来たってのもある。


★★★



「おおっ! ナッツの木だ」

 この木にはアーモンドみたいな味がする実がなってるんだよな。

「横にはアプルの木もあるじゃねーか!」

 アプルはりんごにそっくりの果実。見た目も味も同じだ。

 ふむ……このダンジョンの中は、前世で体験してきたダンジョンとほぼ同じだな。 
 魔獣もアイテムも全て相違ない。
 
 なら前世で何度も攻略してる分、レベルさえどうにかなれば余裕でクリアできるかもしれない。
 まぁ……このダンジョンが何階層まであるのか未知だから、余裕というのは語弊があるかもな。


 ええと次降りたら……何階層だっけ?
 森ゾーンがこれで連続五回目だから……次は十六階層か!

 なかなか順調に進んでるな。
 ただ森ゾーンの食材集めが楽しくて、ついつい滞在時間が長くなってしまった。
 だってこのわがままボディが欲しがるから。
 今の俺は、勇者だった時の何倍も食い意地が張っているのだ。

 時間の間隔が麻痺してるんだが、今日で何日目だ?
 食事の回数で日にちを考えたら、ダンジョンに入って大体十日くらいって所か。
 正確ではないかもしれないが。

 食べる量よりも運動量の方が圧倒的に多いからか、体も痩せて来た気がする。
 まぁ気持ち程度だけど。

 調味料類や食料もたっぷり調達したので、攻略スピードを上げるか。

「紅蓮、雹牙次の階層に降りるぞ」
『『ワフッ!』』

 俺は下の階層に繋がる階段を、勢い良く駆け降りて行った。

 次はそろそろ違うゾーンに変化してるかもだな。

 なんて考えながら、少し鼻歌を歌い駆け降りた先は一面砂地だった。
 少し潮の香りがする。

「もしかして海ゾーン?」
 
 森ゾーンは蒸し暑い感じだったが、同じ暑さでも今度はカラッとしてる暑さだな。
 地面が砂に変わった事で、少し慣れなくて歩きにくいが。

 海ゾーンか……。
 もしかして釣りとか出来ちゃう? 魚とか食べれちゃう?

「ぐふふ……良いじゃねーか」
『ワフッ?』

 変な笑い方をしたせいか、紅蓮が首を傾げ不思議そうに俺を見ている。
 しまった。主としての威厳が……。

「ゲフン! ヨシッ。行くぞ」

 ただっ広い砂場が、地平線の果てまで永遠と広がっている様に見えるが、探索魔法(サーチ)を使って調べてみると、西の方角に海らしき水辺が広がっている。そりゃもちろん向かうはそこ。

 砂浜を海に向かって歩いていると、五十メートル先でピョンピョンと貝が飛んでいるのが見える。
 あれはもしや……ハマグリィーじゃ? 
 どれどれ? 神眼で確認してみるか。


【甲殻類魔獣】
 名称  ハマグリィー
 ランク C
 強さ  100
 
 スキル 塩吐き


 
 ———やっぱり! ハマグリィーだ。

 意外と素早くて、近付くと二枚貝にバッッチーンと挟まれて痛いんだが。
 コイツは雷魔法にめっちゃ弱いから、低ランク魔法でも一撃なんだよな。

 俺は広範囲雷魔法をハマグリィーに向けて放つ。
 すると雷で簡単にショック死するのだ。

 後はそれを回収して食べるのみ。
 ああ~醤油があればなぁ。絶対にうまいのに!

 まぁ肉ばっかり食べていたので、あっさりした魚介類はなかなか嬉しい。
 アヴェルのわがままボディが喜んでやがる。

 急いでハマグリィーをアイテムボックスに回収する。
 海に着いたら後で魚と一緒に食べよう。

『ワフッ!』
『ワウ!』
「紅蓮? 雹牙? 急にどうしたんだ?」

 食べ物の事を考えてニマニマしてると。
 突然海の方角へと、猛スピードで走って行く二匹。
 俺は慌てて後をついて行く。

 猛スピードの二匹について行くのは、かなり必死だ。

「はっはぁっ…………追いついた」

 結局引き離され、五分遅れで俺は二匹がいる場所へと到着した。

「……ん?」

 二匹の足元にいっぱい転がっているのは……海老?
 いやアレは海老の魔獣【オオテナガエビ】だ。
 ……そうだった。
 オオテナガエビは、前世で紅蓮の大好物だ。
 しかもこのオオテナガエビは、中々出会えない超レア種。

 紅蓮のやつ……匂いでエビの匂いを嗅ぎわけ気付いたのか。
 だからあんなに必死に走っていたんだな。

「ククッ。可愛いやつめ」

 ヨシ。ちょうど良い。
 ハマグリィーと一緒に焼いて食べよう。
 良い感じの石を、アイテムボックスに入れといて良かった。
 砂浜で焼き台になりそうな石が全然なかったから、取っといて良かった。

 慣れた手つきで石を並べて、その上にハマグリィーとオオテナガエビを並べていく。
 後は焼けるのを待つだけ。

 折角だから待ってる間に釣りもするか。

 紅蓮達にハマグリィーの番を頼んで、俺は釣りに徹するか。
 ふふふ。森ゾーンで木も何かに使えると思って、アイテムボックスに入れたんだよな。
 さっそく役にたったぞ。
 風魔法を上手く操り、釣り竿の形を作っていく。

「よっし! 出来た」

 我ながら良い出来。後はこれに釣り糸を……………!! って!

「いっ糸がない!」

 くっそ! 何やってんだよ俺。
 なんでこんな重大なことに気が付かないんだ。
 折角釣り竿作ったのに! 糸がなかったら……ただの良くしなる棒だ。

 くそう……糸はまた何かアイデアを考えないとだな。

『ワッフ♪』

 紅蓮が焼けたと教えにきた。
 とりあえず旨い貝とエビを食うとするか。
 見るとハマグリィーから良い出汁が溢れ出ていて旨そうに焼けている。
 出汁を吸いながら貝を口に入れる。

「はぁ……うっま!」

 うん。海ゾーン最高だ。
「はぁー食った食った」

 腹を撫でながらゴロンと砂浜に寝そべると、その横に紅蓮と雹牙も同じように寝っ転がる。そんな二匹の頭を撫でながらふと思う。
 コレじゃ海に遊びに来たみたいだなと。それがまさかダンジョンに居るだなんてな。不思議だな。

 なんでだろう。
 海ゾーンに入ってから全く魔物が出てこない。
 まぁ出ては来ているんだが、食料としか思えない奴らばっかり。

 こんな時は今までの経験だと、一匹だけ強え魔獣がいきなり登場したりするんだよな。
 なんて考えながらふと海辺を見ると、遠くの方から何かが物凄い勢いで泳いでくる。
 そうそう。あんな風に…………って!

「本当に来やがった!」
『グルル……!』

 飛び起きて臨戦態勢に入る。
 大きな水飛沫を飛ばしながらもうスピードでこっちに向かってきているのは……アレはなんだ?

 一瞬で俺の目の前に到着すると、車がドリフトするように急カーブしながら止まった。

「冷たぁぁぁぁっ!」

 俺に思いっきり塩水をかけて。

「………………」
『グッ……グル』

 静止したまま目があったんだが。
 なんだコイツ! 魚に足が生えてりゅ………アグ!
 ビックリしすぎて舌を噛んじまった。
 紅蓮と雹牙もちょっと気味悪がってる。その気持ちすっごくわかるぞ。

『………………』

 ギョロッとした大きな目が、無言で俺を見つめてくる。
 
 魚と目があうと、こんなに気持ち悪いのか?
 こんな魔物初めて見たんだが。
 その姿はタイのような魚の姿に、筋肉ムッキムキのふっとい足が二本生えている。この足で海の上をつっ走って来たようだ。
 この気持ち悪い奴は俺を攻撃するでもなく、ただジッと俺を見ている。

 そう黙って見ている。


「気持ち悪いって!」

 耐えきれずに雷魔法を魚野郎に放つ。

『ギョギョー!』

 なんとも言えない断末魔を叫びながら、海の上から陸地に飛んできてピクピクしながら息絶えた。

 …………本当に気持ち悪い。

【魚魔獣】
 名称  マッスルギョギョー
 ランク A
 強さ  50

 スキル 50メートル走
 焼いて食べたら美味しいよ♡


 マッスルギョギョーって……笑えねーよ。
 ほんと変な魔物と出会ってしまったぜ。
 
 焼いて食べたら美味しいって……正直言って食べる気は全くしない。

 神眼で見て、食べたら美味しいって書いてある奴初めて見た。
 少し気になるが、コイツは食べてもらいたいのか?

「うおっ!?」

 まじまじと見ていたら
 魚野郎が急に飛び上がり、再び海の上に立つと猛ダッシュで沖に向かって走っていった。
 
 ———コイツ死んでなかったんだ。

『くうう?』

 雹牙が困った顔で俺を見る。

「気持ち悪かったよな。気を取り直して先に進むか」

 紅蓮と雹牙の頭を撫でると、俺は再び歩き出した。
 ちょっと気持ち悪かったってのもあるが。

 前世のダンジョンと同じと思っていたが、全く同じではないんだな。
 未知の魔物もいるってのが、あの変な魚野郎が証明してくれた。

 俺はダンジョンに慣れてきて、少し気持ちが緩んでいたのかも知れない。これから先は初心に戻り、気を引き締めていかないとだな。

 
「はぁっ………はっ……」

 どうにか倒せた。
 マジで死ぬかとオモタ。

「紅蓮、雹牙よく頑張ったな」
『クウ』

 大の字で地面に寝っ転がる俺の両横に座ると、腹の上に顔を乗せ寝そべる二匹。その頭を、わしゃわしゃと撫でる。

 ダンジョンに潜って今日で約41日目。
 まぁご飯時間判断なんで正確でないかもだが。

 今の俺はというと、ぜぇぇぜぇと息をするのもやっと。
 空気が薄いんじゃないかと思うほどに息苦しい。

 そんな俺の目の前には九つの首がある竜、ヒュドラが横たわっている。
 ダンジョン八十八階層のラストに現れたボス。

 ここに来るまで順調とは言わないが、紅蓮達の活躍によりどうにかこうにかダンジョン攻略を進めてきた。

 とうとう最下層に到着かと、意気込んだ時に現れたのがこの九つの長い首を持つヒュドラ。

 コイツは前世でも戦かった事があるんだが、勝つためにはコツがある、それがかなり面倒。

 ヒュドラの九つある首を同時に殺らないと、何度でも首が復活してくる。
 だからコイツと戦う時は、大人数のパーティを組み其々が担当する首を決め、一斉に討伐するんだ。

 だが今の俺たちは一人と二匹。
 どう考えても不利なわけで。
 よくそんな状況下で勝つことが出来たなと、自分を褒めてやりたい。

 俺すげえ。

 ここに来るまでレベル上げを必死に頑張り、前世のベストに近いレベルまで自分を鍛えることが出来たんだ。

 本当よく頑張った俺。
 もちろん紅蓮と雹牙も!

 二匹の助けがなければ、流石に一人でヒュドラの討伐は無理だった。

 九つのうち三つの首を俺が担当し、残りの六つは紅蓮と雹牙に仕留めてもらった。一人で九つ全部となると無理だが、俺たちが協力したらこんなもんよ!
 再びヒュドラに目を向けると。
「あれは……?」

 ヒュドラの奥に扉が見える。
 きっとその扉の奥にダンジョンコアがあるんだろう。
 あれを取るとこのダンジョンは消滅するはず。
 ……前世と同じならだが。

 呼吸もだいぶ整ってきたな。

「さてと……行くか」
『ワフッ』
 腹に乗ってる二匹の頭を再び撫でると、俺は起き上がり扉に向かって歩き出した。

 そうそう。このヒュドラもアイテムボックスに収納しとくか。鱗や血から色々なものが作れるからな。肉も美味いらしいし。……ジュルリ。
 おっと。腹が減ってないのに、肉のことを考えただけでヨダレが。
 相変わらずの食いしん坊な体(わがままボディ)だな

「おおやっぱり! ダンジョンコアだ」

 扉を開くと、見てくれと言わんばかりの金色の台座に、直径三十センチほどの丸い球が置かれていて、その様は威風堂々としている。

 これを頂いたらこのダンジョンともおさらばだ。
 やっと家に帰れる。
 俺はダンジョンでの色んな事を思い出しながら、ダンジョンコアを手に取った。
 次の瞬間。
「うおっ!」
 ダンジョンコアが虹色に煌めき目を開けていられない眩しさに。
 虹色の光が俺たちを包んでいく。

 再び目を開けると、俺はダンジョンコアを持ったまま外に出ていた。

「やった! 外だぁぁぁぁぁ!」
『ワウ♪』
『くう♪』
「暑ぃ……」

ダンジョンの外の景色は相も変わらず、アマゾンに生息しているような植物が生い茂り熱帯雨林気候のまま。
 
ダンジョンに一ヶ月以上潜ってたはずだから、もう十二月? か一月になってるはず、本来なら真冬でクソ寒いはずなのに。
本当この変な気候は、どうなってやがるんだ?
ダンジョンが消滅したら、元の富士の樹海の姿に戻るのかと思っていたのに。
ってか、そういやダンジョンは消滅したのか? 
俺は振り返りダンジョンがあった場所を確認すると、謎の建物はなくなり木々が生い茂っていた。

「ダンジョンがない」

ってことはやはり……クリアすると消滅する仕組みは、前世の世界と同じってことか。

さてとだ、家に帰るわけだが。
どうやって帰る?
空を飛んで帰る……はたまた転移魔法で帰るか。
もうほとんどの魔法が使えるようになったからな。
余裕だ。
魔法が使えなかったらやばかったな。金が全くねーから電車にも乗れねーし。
歩きで帰らないといけなくなる。
ほんと魔法さまさまだな。

『くぅ?』

紅蓮と雹牙が不思議そうに俺の事をじっと見ている。
何を考えてるのか不思議なのかもなって! ちょっと待てよ?
こんな目立つ奴ら連れて帰ったらやべえ!

炎のように赤い紅蓮の毛並みに、深い海のように蒼い雹牙の毛並みはどう考えても目立つ! そして犬にしてはデカすぎる。
だからって困ったぞ……コイツらと離れるなんて俺が耐えられない。

連れてても目立たない、良い魔法何かなかったっけ?
ええと……なんか……なんかあるだろ?

———あっ!

「そうだ! あれがある影魔法」
前世でテイマーの奴が、使役した魔獣達を影魔法を使って、自分の影の中で飼っていた。影魔法は本来ならテイマーしか使えないんだが。
俺には全属性魔法というスキルがある。
どんな魔法でも使いこなせてしまうんだ。

確かテイマーのやつが教えてくれたっけ。前世では使う事もなかったから、そんな事忘れてた。

ええと。そうそう。

《シャドーハウス》

そう詠唱すると俺の影が大きく広がる。

「紅蓮、雹牙この影の中に入っててくれるか? 俺が呼んだら出てきてくれ」
『『ワウ!』』

二匹は尻尾をブンブンと大きく振ると、大きくなった俺の影に向かってダイブした。

するとスッと影の中に消えていった。

「おおっすげえ」
このシャドーハウスの中は、無限に広くて俺の魔力に包まれて気持ち良いんだよな。
テイマーの奴がそう言って自慢してた。

よし! 家に転移しますか。
空を見上げると、太陽が西に沈みかけている。時間は夕方か?
この時間ならアリスも学校から帰って来てるかも知れないな。
心配しているだろうから、帰ってきたとアリスに報告しに行かないと。

なんて考えながら家の玄関の前へと転移した。

「家だ……」

よっしゃ! ちゃんと転移魔法が使えるのか不安だったが、大成功だ。
まずは風呂だよな! いくら水魔法で綺麗にしてたとは言っても湯船にゆっくり浸かりたい。
俺はニマニマしながら家に入った。

———え?

閉めたはずの玄関の扉が勢いよく開くと。

「アベル様!」

アリスが転がりそうになりながら、飛び込んできた。

「アリス!」

その勢いのまま俺に抱きつく。

「しっ心配してたんだからぁ! 良かったぁぁ無事に帰って来てくれて。でっでもこんなに痩せてぇ……うううっ」

怒りながら泣くアリス。その体は震えている。
こんなにも心配させていたんだと、少し……ほんのちょっとダンジョンを満喫しちゃってた事を反省した。

「アリス心配かけてごめんな」
「ううっすんっ」

俺はアリスが泣き止むまでずっと頭を撫でた。


「落ち着いたか?」
「……うん」

 アリスがホウッと息を吐きながらコーヒーを飲む。
 ミルクたっぷりの甘々使用だ。

 玄関でずっと立っているのもアレだから、泣き止んだタイミングで部屋に移動した。
 ついでにコーヒーもいれて。

「まさか……こんなにも長くダンジョンから帰って来ないなんて思わなかったから、本当に心配したんだよ。あの場所はアベル様追跡(ストーキング)システムが適用されないから、どこにいるのかも分からなくて……毎日不安で不安で、そしたら今日急にアベル様の反応が家にあって、慌てて飛んできたら……アベル様がいた」

 そう言ってまた泣きそうな顔をするアリス。
 俺はその怖いストーカーシステムの事を考えると、泣きそうだが?

「いやな? 俺ももっと早く帰れると思ったんだが、あのダンジョン八十八階層まであってさ、時間かかっちまった」

「八十八階層!? そんなにあったんだ」

 アリスが大きな目をまん丸に見開き驚いている。

「ああ。よくクリア出来たと自分でも感心するよ」
「ふふっ元気そうな顔を見て安心した」

 ソファーに座っていたアリスが、いきなりすくっと立ち上がると、ベットに座っている俺の横に座り直す。
「なっ……」
 そっと太ももに手を置き、上目遣いで俺を見る。なんか良い匂いするし、久々だからかやけに緊張する。
 心臓がヤベエ速度で早鐘を打っているのが分かる。アリスに聞こえてないか不安になるほど。バレたらなんか恥ずかしい。

「ねぇアベル様? 急にそんなカッコ良くなるなんて困る」

 アリスが口をプクッと膨らませ俺を見る。何言ってんだカッコいいとか。

「まぁ……カッコ良いかは置いといて、確かに痩せたよな。これでもう白豚とは言わせねぇ」
「んん? アベル様本気で言ってるの?」
「え? ちょっ!?」

 アリスがいきなり俺の着ていたシャツのボタン開きはだける。
 そのせいで上半身が丸見えに。

「ほらっこの体! 女子が喜びそうなバッキバキの細マッチョ筋肉。それだけでもモテちゃうよ!」

 そう言ってアリスが俺の腹筋を撫でる。

「なっ! いきなり触るなよっ。くすぐったいだろ?」
「だってアベル様が悪いんだよ? 私が見てないところで、こんなに変わるなんて……その変化を一番近くで愛でたかったのに! 悔しい」

 いやいやアリス。最後の方は何を言ってるんだ? 理解に苦しむぞ。
 いきなり服をはだけられ、体を触られて。
 俺の脳内がプチパニックをおこし、色々と追いつかない。

 落ち着け俺。

 こんな時は話を変えるに限る。

「そっそうだ。今日は何日なんだ? 俺はどれくらいダンジョンに潜ってた?」
「今日は一月四日だよ。ダンジョンに入ってから四十五日過ぎたよ」
「そうか正月過ぎちゃってたのか!」
「そうだよ! アベル様と元旦に初詣とか行きたかったのに」
 再びアリスが口を膨らませる。
 予想通りというか、結構な時が経っていたんだな。俺の腹時計なかなかやるじゃん。
「……ってことは今は冬休みか」
「そう! お詫びとして明日は私に一日中付き合ってね?」

 そう言ってアリスが、俺の胸に顔を埋めて来た。
 ちょっと待て、いくら水魔法で綺麗にしていたとはいえ、風呂に何日も入ってないんだ。臭いかも知れないし、こんな至近距離で直接肌に触れるのはダメだ! 
 さらけ出した俺の胸に、アリスの髪や肌の感触が直に伝わりなんともいえない恥ずかしさが。

「わわっ分かったよ! 明日付き合うから! なっ?」

 俺はそう言ってアリスを無理やり引き剥がすと、その勢いのままベランダに追い出す。

「わっ! 一日中だからね? 約束だよ」

 捨て台詞をはいて、アリスはしぶしぶ自分の部屋に戻って行った。

「…………ふぅ」

 久しぶりだからなのか、いきなり体に触れられたからなのか、胸のドキドキがまだ収まらない。
 落ち着け俺。あいつは元残念聖女だぞ。

 とりあえず明日は心配させたし、アリスに一日付き合ってやるか。
 ……まぶしっ
 もう朝か。
 久しぶりのベットは良く寝れたな。
 ダンジョンでは紅蓮と雹牙のもふもふに包まれて一緒に寝てたから、まぁそれも幸せだったけど。
 やっぱり眠り慣れた居場所は快適だ。
 さてと今日はアリスに付き合う約束もしたし、そろそろ

「起きるか……え?」

 起きあがろうとすると、右肩に得体の知れない重みと、違和感がある事に気づく。
 この感覚は知っている。
 顔をギギギと恐る恐る右に向けると、アリスがすやすやと気持ちよさそうに寝ていた。
 俺の右腕を枕のように使って。
 痩せたからかアリスの顔がやけに近い。さらに右を向いたせいで、口元にアリスの艶のある前髪が触れる。おでこに俺の口が当たりそうな距離なんだが。
 ———うっわ! なんだこれ。

 何とも言えない恥ずかしさで、飛び起きる。
 そのせいでアリスの頭がボフッとベットに落ちたので、目が覚めたようだ。

「うゆ……んみゃ」

 眠そうに目を擦るアリス。

「あああっアリス! 前に言っただろ? 男のベットに忍び込むなって! なんかあったらどうするんだ!」

 恥ずかしいのもあって、いつもより早口で捲し立てる俺。
 動揺しすぎなのは重々承知である。だけどこんな状況下で、冷静でいられるわけねーだろ。そんなヤツがいるなら教えてくれ。

「ん……アベル様。朝から大声出して……うるさいよ〜。別に私は何かあっても良いし。んん〜っ」

 アリスはそう言いながら、両手を上に上げ軽く伸びをすると、ベットに両膝をつけて女座りをする。その姿がまた可愛いんだが、口が裂けてもそんなこと言えない。

「とっとりあえず、この後お前に付き合うんだろ? 家で用意とかして来いよ。後で迎えに行くからさ」

 俺がそういうと、目を爛々と輝かせへにゃりと口を緩ませて笑う。

「ふふ♡ デートだね。じゃあ用意してくるね〜」

 スキップしながらアリスはベランダから出ていった。

 デートってなんだよ。一日付き合うだけだ。
 てか俺……何着て行こう?
 今まで着ていた俺の服は、もちろん大きすぎて着れない。
 親父が着てた服でサイズが合うの何かあるか?
 よし。ちょっと見てみるか。
 普段はほぼ入る事のない、両親の寝室の扉を開け中に入る。

 う〜ん。困ったぞ、スーツなどのカッチリした服しかない。
 もっとラフな服で良いんだが。ガサガサとクローゼットを漁っていると

「おっロンT見っけ。ジーパンもあるじゃん」

 後はパーカーとかあれば良いんだけど、見つからないからジャケットを羽織るか。
 親父と身長は同じくらいだからサイズは問題ないだろう。

 まだ寒いし、コートも拝借しよう。お高そうなブランドタグが付いているが、今は着てないんだから良いよな。

「アリスを呼びに行くか」

 支度を終えアリスを迎えに行くと、家の前で何故か緊張して来た。
 よくよく考えたら、アリスの家を訪問するのなんて小学生ぶりだ。
 インターホンを押せずに玄関の前でどーしようかと、うんうん唸っていたらいきなり扉が開いた。

「アベル様! ふふっ入り口でずっと何してるの?」
「まぁ! アー君なの? 久しぶりに見たらカッコ良くなって、おばちゃんドキドキしちゃう」

 扉からアリスがひょこっと飛び出し、その後ろからアリスのお母さんが出てきた。久しぶりすぎて思わず固まる。

「もう。ママったら何言ってるの。はいはい、向こう行って」
「何でよ〜久しぶりにアー君にあったんだよ? ちょっとくらい話しさせて?」
「分かったから!」

 少し恥ずかしそうに頬を染めたアリスが、無理やりおばさんを家に入れる。

「アー君。いつでも遊びに来て良いんだからね」
「あっはい。またお邪魔します」

 アリスに押されながらおばさんは家に入って行った。

「は〜もう。ママったら」
「ははっ。相変わらず仲が良いな」
「ええ〜そうかな? でアベル様、その服どうしたの?」

 アリスが俺の着てる服をマジマジと見てくる。

「あっコレか? サイズの合う服がなかったから、親父の服を借りたんだ。もっとラフなのが良かったんだけど、そんな事言ってられねーし」
「すっごくカッコいいよ? だけどアベル様ならもっと別な感じの服も、似合いそうだね」
 そういうアリスの服装は黒いミニスカートにグレーのハイネック、靴はサイドゴアの黒ロングブーツを合わせている。羽織るコートは白いダッフルコート。
 ……何だろう。
 アリスにしては珍しい落ち着いたモノトーンコーデ。
 前世を含めてアリスは、派手なカラーの色合いをよく着ていた記憶がある。

「アリスにしてはシンプルなコーデだな」
「むぅ〜。初めに言う言葉がそれ? 可愛いとか、大人っぽいとかないの?」

 アリスは俺を上目遣いで見ながら口を尖らせる。そんな顔されても、なんて褒めたらいいのか分かんねーんだ。

「え……あ。似合ってる……よ?」
「なんで疑問系なの。まぁアベル様っぽいけど」

 アリスはそう言って、俺に向かってベェっと舌を出す。

「そんで何処に行きたいんだ?」
「ええ? それはぁ。まずは初詣に神社行くでしょ? それから行きたかったカフェに一緒に行って貰ってぇ。その後はカラオケ! あっ一緒に買い物も行きたいし……新しくできた観覧車にも……」
「わっ分かった。分かった! 行ける範囲で付き合うから」
「わぁい♪ ありがと」
 一日で回れるか? アリスよ?

 プルルルル♪

 そんな中アリスの携帯電話が鳴る。

「あれ? 編集者さんからだ。どうしたんだろ?」

 アリスは電話に出ると、どんどん顔が険しくなって行く。
 どうしたんだろう?

「はぁ……分かりました。でも午前中だけですからね?」

 電話を切ったアリスは明らかにふてくれている。

「アリス?」

「アベル様……ちょっとだけ雑誌の編集部に行っていい? 断れない撮影が入っちゃって」
「んん? いいよ」

 雑誌の編集部か、どんな場所なんだろうな。

 この時の俺は、まさかこの後色々な騒動に巻き込まれる事になるなんて、考えもしてなかった。
柳木(やなぎ)さんおはようございまーす」

 アリスが元気よく挨拶をしながら、扉を開け入っていく。

 すると大慌てで、こっちに向かって走ってきた中年の男性。
 よほど焦っているのか、額から汗が止まらない。

「アリスちゃん! ごめんね〜。本当に助かったよ。撮影が始まったら急にブランド側から、用意していたモデルではイメージと違うとゴネられてね」

 そう言いながら両手を合掌し、アリスに何度も頭を下げている男性。

「えっそうなんですか」

 ここは港区にある、オフィスビル六階にあるモデル事務所。さすが大手事務所だけあって好条件な立地でかなりの広さ。
 すげえ。なんか俺……場違いじゃねーかな。物珍しくてついキョロキョロしてしまう。

「さっきね。日本でのプロデュースを、ブランド側から全て任せられている、クライアントの大崎さんから、半泣きで連絡があってね。それで急なんだけど、今から直接撮影現場に向かっていい?」
「私で大丈夫ですかね? そのブランドって今世界中が注目している新進気鋭のブランド【Alexander(アレクサンダー)】ですよね?」
「そうそう! アリスちゃんなら大丈夫だよ。現場で宣材写真を見て、この子が良いってデザイナーのマーティンが指名したんだ。時間がないから、後は現場に行きながら話すね」
「了解です。それと……この彼も一緒でいいですか」
「彼?」

 慌てていて、俺の存在に気づいてなかった様子。上から下へと舐めるように俺をみる。

「ほう……これは。ふむふむ」

 何なんだよ。そんなに見ないでくれ。

「アリスちゃんの友達? もしかして彼氏かな?」
「ええ〜♡ やっぱり? 分かっちゃいます?」

 アリスが彼氏という言葉に反応するが違うだろ?

 その後も俺を舐めるように見る柳木さんとやら。

「へぇ……お友達はかなり身長が高くて、スタイルが良いね。アリスちゃんの頼みだ。もちろんオッケーだよ」
「わぁい♪ ありがとうございます」
「さっ急ぐよ。地下の駐車場までみんなで走って行くよ」

 柳木さんを先頭に、駐車場に向かって走っているんだが。
 俺からすると柳さんは急いでるように見えず、ハフハフと苦しそうに歩いているようにしか見えない。
 急ぐんだろ? 抱えて走ろうか?
 ヒョイっと抱え上げ「ええと柳木さん。俺が運んでやるから駐車場まで案内してくれ」と言うと。
「え……っ♡」
「ちょっと柳木さん! なに頬赤らめてるの! アベル様? お姫様抱っこするなら私だよう。ねぇっ」

 アリスが訳の分からないことを言って急にむくれる。
 いい歳したおっさんが、男の俺に抱えられて頬を赤らめる訳ないだろ!
 ふと、柳さんを見ると、なぜか目を閉じて頬がほんのり桃色に染まっている。
 ———っておいっ! 案内してくれ。目を閉じたら案内できねーだろうが。


 ★★★


「大崎さん! お待たせしました」
「おおおっ柳木くん! 待ってたんだよー」

 撮影現場に着くと、クライアントの大崎さんとやらが半泣きで走って来た。

「急にデザイナーのマーティンが、イメージと違うって言い出してね。モデルの子たちを全員帰しちゃったんだ。はぁ……」

 どうやらマーティンって人が面倒な感じか? そして誰も文句を言えない偉い立場の人って事だよな。

「他のブランドで、こんな事をいきなり言われたら、クライアント同士で話し合いが始まるんだけど。今世界中で注目されているブランド【アレクサンダー】だからね。初めて日本での独占掲載させて貰えるのもあって、僕たちは逆らうなんて出来ないよ。これでゴネられて『掲載はやめた』何て言われたら最悪だ」

「ですよね。それだけは絶対に避けたい」
「で……この子がマーティンの選んだ子?」

 柳木さんとやらがアリスを見る。

「そうそう我がモデル事務所一押しの女の子アリスちゃんだよ」
「なるほど確かに可愛いね。今日は急にごめんね」

 などと話していたら、髪が腰まである派手な服を着た外人男性がこっちに歩いてきた。

「おう!  来たデスネ。うんうん。良い。思った通り可愛い」

 アリスをジロジロと見る、派手な外人。
 大崎さんと柳さんがペコペコと頭を下げているので、コイツがどうやらそのデザイナーっぽいな。服もそれっぽいし。

「この子なら良い撮影が出来そうデスネッ!?………なぁっ!?」

 アリスの後ろに立っていた俺と、不意に目が合うと奇声を発するデザイナーらしき男。
 何だってんだ?

「「「えっ?」」」

 急に俺を見て奇声を上げたせいで、その声に反応してみんなも俺を振り返って見る。注目するのやめて。

「こここっこの彼は!? 誰デスカ? ああああああっ! インスピレーションがぁ溢れてくる! イライザこっちに来て! 早くっ」

 急に独り身悶えている怪しい外人。どうしたんだよ?

「マーティン、なぁに? 急に奇声を上げて?」
「いっイライザ、落ち着いていられるワケないですよ! かかっ彼!」
「彼?」

 マーティンが俺を指差す。
 派手な美人に、俺を見ながら何かを訴えているのが分かる。

「わぁ! この素材はヤバイわっ」
「でしょ? ヤバイデス。大崎! 決めました。彼でイキマス。さすがですよ? 大崎。良いモデルを用意してくれましたね」

 そう言って大崎さんの肩にポンと手を乗せる。

「えっ? かっ彼? あっそそっそうでしょ? もう最高の人材を用意しましたから」

 大崎さんが一度俺をチラッと見た後、再びマーティンに媚を売る。
 ちょっと待て、さっきから嫌な予感しかしないんだが。

「イライザ! さぁ彼を最高の出来に仕上げて」
「ふふっ。任せて? さぁボーイ? 行くわよ」
「はっ? えっちょっと」

 イライザとやらが急に俺の手を引っ張り、何処かへと連れて行こうとする。
 助けを求め柳木さんを見るが、柳木さん、大崎さんの二人が俺に向かって合掌し頭を下げていた。いつもなら文句を言うアリスもなぜか黙っている。

 ちょっと待ってくれ! 俺はアリスについて来ただけだろ?
「ちょっ!? あのっええと……」
「イライザよ? ボーイ」
「ああイライザさん。俺をどこに連れて行くんだよ」
「ふふふっ。それはねボーイ? 今からボーイに魔法をかける所よ」
「え? 魔法?」

 日本に魔法なんてないと思っていたが、魔法が使えるやつがいたのか。俺だけだと思い上がっていた。
 しかしだ。堂々と魔法をかけるとか言って良いのか?
 そうか! コイツらは俺が魔法を使えるなんて、知らないからな。もし魔法をかけられても、いつでも大丈夫なように、気を引き締めとかないとだな。

「さぁ着いたわよボーイ」

 ある部屋へと俺を連れてきたイライザ。部屋の中には数人の女がいるだけで、何かされるような雰囲気はしない。
 緊張しながらも中に入ると。

「服を脱いでくれる?」
「へっ? 脱ぐ?」

 急になにを言ってるんだ? なんでこんな人前で裸にならないといけないんだよ!
 俺がなにもしないでいると、イライザが人差し指をチッチッチと言いながら顔の前で動かす。

「もうボーイはワガママね? 脱がせて欲しいの?」
「ふぇ!?」

 イライザが俺の肩にそっと手を添える。
 なんだかその手つきがイヤらしくて……思わず変な声が出てしまう。
 それが恥ずかしくて固まっていたら。

 ———え? なんで?

 俺はパンツを履いただけの、あられもない姿になっていた。

「ちょー!?」

 これが魔法ってやつか? こんな一瞬で俺をパンイチ姿にするなんて! なにが目的なんだ。
 辱める魔法か? ……もしや魅了魔法?

「これがイライザの言っていた魔法か?」
「んん? なにを言っているのボーイ? 魔法はこれからよ? だけど魔法をかける前にやることがあるのよ? お楽しみは後でねボーイ♡」

 ———やる事? だと。

 イライザがそう言って、人差し指で俺の鼻先にチョンと触れた後、妖艶に笑いながらウインクした。

「みんなー!ボーイの採寸して、隅々までよ?」
「「「「ハイ。ボス」」」」

 ———え? 魔法はこれから? どゆこと?

 驚き固まっていると。
 四人の女が俺の体に群がり、いきなり触れてきた。
 そして、ヒモのような物を色んな部位に巻いては外すのを繰り返す。
 なにをしているんだ? もしや俺を測っている?

 何にしろだ、パンイチ姿でこんな至近距離で女達に囲まれたのは、前世も含め初めてだ。
 恥ずかしくて死にそう。


「ボス計測完了しました」
「そう? お疲れさま。じゃあエヴァンを呼んで来てちょうだい」
「ハイ。ボス」

 やっと女達が離れてくれ、部屋には俺とイライザの二人だけになった。
 まさかこれから何か魔法を使うのか?
 そんな事を考え、ピリリと緊張が走った次の瞬間。

「はぁい♪ イケてるボーイってのはどこにいるの?」

 ドアがバァンっと開き、銀色の短髪に顎髭を生やした男性? が入ってきた。
 話し方は女性のアレみたいだ。困惑しながら見ていると、目があう。

「んまぁ! ちょっと! なんて可愛いボーイなのっ。最高じゃないのっあああっ」

 男は自分の体を抱きしめ、身悶えている。
 何だろう。少し悪寒がするのは気のせいだろうか? きっと服を脱がされたせいだろう。

「ボーイ? 名前はなんて言うの?」

 男はそう言って、野生のヒョウが獲物を見つけた時のように、目をギラリと光らせ俺の目を捉えて離さない。

「えっあっ俺の名は如月(きさらぎ)アヴェルだ」
「アヴェル! んまぁ♡名前まで良い」
「わっちょ!? 離れてくれ!」

 いきなり抱きついてくる男。俺は裸同然だぞ? 勘弁してくれ。
 おっさんと抱き合って喜ぶ趣味は無い。

「もうっ。つれないんだからぁ」

 そう言いながらも、俺を上から下へとジロジロと舐めるように見てくるオネエ喋りの男。

「ふぅん……せっかく綺麗な目をしているのに、鼻まである前髪のせいで全て隠れているじゃない。そのヤボったい髪型を変えるだけでも変わるわね」
「エヴァンもそう思う? ボーイはダイアモンドの原石よ。ちゃんと光輝くように魔法をかけて頂戴ね?」
「任せて頂戴♡ 最高の魔法をかけてあげるわ」

 なんだと? 魔法はこのエヴァンて野郎が使うのか!
 俺の体に再び緊張が走る。

「さぁ! 楽しみにしててね」


 ★★★


「——これが俺?」
「どう? 見違えたでしょう? 私の最高傑作よ♡」

 エヴァンが鏡越しに俺を見て笑う

 どんな魔法を使うのかと警戒していたら、なんて事はない髪をカットされ眉や肌の手入れをされただけだった。ややこしい言葉を使わないでくれ。
 まぁ顔の手入れなんてされたのは、生まれて初めてだったから少し驚いたが。

「サイズぴったりの服も用意したから、これに着替えて?」

 イライザが俺に洋服を手渡す。見るからに生地の良い高そうな服。

「すげえ……なんて気持ちいいんだ。着てないみたいに軽い」

 大袈裟だが、こんなにも着心地のいい服は初めて着た。服に興味のない俺でさえ感動するレベル。

「ふふ? でしょう? この着心地の良さも、アレクサンダーの人気に火をつけた一つの要因でもあるんだからね。さっマーティンが今か今かと待っているわ。みんなの所に戻りましょう」

「おう……」

 俺たちは部屋を出て、アリス達がいる撮影現場へと再び歩いて行った。

 この姿を今からアリスに見られると思うと、何だか照れ臭いな……。