救世の勇者☆彡 日本でいじめられっ子の白豚に転生する〜痩せたらモテて無双してました〜

「ふぃ~っ。やっとセーフティゾーンか」

 ここで少しゆっくり出来るな。
 俺たちは地下十階層まで下りてきた。
 紅蓮(グレン)雹牙(ヒョウガ)のおかげで楽々クリア出来たのもあるが、順調にレベルも上がっている。

 セーフティーゾーンとはダンジョンに数箇所設けられていて、その場所には何故か魔物が出現しないようになっている。
 前世でもこの場所で休憩したり、仮眠をとったりしていた。
 ただ……一つ気になるのは、ダンジョンを離脱できるワープゾーン。転移の魔法陣がない事。
 大体がセーフティーゾーンとペアになっていて、奥に転移の魔法陣があるのだが。

 ———それがない。って事はだ、このダンジョンは全てクリアしないと出れない事になる。
 
「まじか……」

 思わず生唾を飲み込んでしまう。
 何階層まであるかも分からない、未知のダンジョンをクリアって。
 紅蓮と雹牙に再会してなかったら……俺ヤバかった。絶ったいヤバかった。
 全くクリアできる気しないもんな。

 まぁ……あれだ。

 マイナスに考えず前向きに行こう! ダンジョンクリアして家に帰るんだ。
 学校とか急に無断で休んで、大丈夫なのかも心配だし。

『ワフッ!』
「わっ紅蓮! 急に飛びつくなよっ。分かったって腹が減ったんだよな?」

 俺がそう言うと、紅蓮と雹牙のしっぽの振りが激しくなる。

 調味料などが全く無いから、ただ焼くだけなんだがオーク肉も入手できたから、ウサギ肉よりはマシだろう。
 なんせオークは豚肉に味が似ているから。
 
 ……それにしても。
 このダンジョンに入って、どれくらいの時間が経ったんだろう?
 
 よくは分からないが……俺の腹時計がアピールしているので、朝にダンジョンに落ちて……二回目の食事だから今は夜って感じか?

「さてと調理するか」

 炎魔法でオーク肉を焼いて、石の皿に並べていく。
 紅蓮達が肉にがっついているのを横目に、俺も肉にかぶりつく。

「まぁ……ウサギよりはマシか。臭みはあるがな」
 
 ほんと調味料って大事だな。
 味付け無しの肉がこんなにも美味くないなんて……。
 だが食べないよりはマシだから、口っぱいに肉を頬張っていく。

 そういやレベルどれだけ上がったのかな?


【名前】 如月 アヴェル

【職業】 勇者
【レベル】 30

【体力】 180/300
【魔力】 200/350
【攻撃力】180/200
【素早さ】80/100
 
【スキル】 全属性魔法 Lv2 神眼 Lv1 アイテムボックス Lv2 状態異常耐性 Lv1 身体強化 Lv5


「おおっ上がってる!」

 体力も魔力もだいぶ良い感じだよな。
 これでEランク冒険者レベルくらいにはなったか?
 頑張ったかいがあったぜ。この調子で頑張るぜ。

 さてと……腹ごしらえも終わったし、もう一階層降りるか。

 階段を降りて行くと……石の洞窟だった景色が変わっていく。

「十一階層からは森か!」

 下まで降りると、大きな木々が鬱蒼と生い茂り、太陽に似た光が燦々と照りつけて来る。
 ほんとダンジョンって不思議だ。
 さっきまでは薄暗くって、ジメジメしていた洞窟だったのに。
 俺の目の前には、ただっ広い森が広がっている。

 森ゾーンって事は、果実や調味料になりそうなアイテムが入手できそうだ!
 よしっ! これは楽しくなってきたぞ。
「ふぅ……ふぅ。森ゾーンに入った途端急に暑いな……汗が止まらねぇ」

 まぁ俺が酷い汗っかきってのもあるが。
 それをデブだからともいう。

 さて、どんな魔獣がいるんだろうな。

 ———ん? これって。

 密集した草をかき分け歩いていると、ふと足元に生えているキノコが目にとまる。
「ここっこれ! 香辛料キノコじゃ!?」
 色といい形といい前世のそれとソックリなんだが。

 紅蓮(グレン)雹牙(ヒョウガ)ちょっと止まってくれ!

 キノコに夢中になっていたら紅蓮達に置いてかれそうになってるし。

『ワウ!』
『キャッフ』

 二匹がピョンピョンっと俺の所に急いで戻ってくる。
 うん可愛い。

「前世のキノコと同じなら、これは役に立つんだが……どれ?」

 キノコを取り香りを嗅いでみる。
 おおっ! やっぱり香辛料キノコと同じ。

 笠の部分をちょっと舐めてみる。

「うおっ。ピリッとくる刺激。これは胡椒にそっくりだ」
 
 やはり同じだな。笠の部分が黒いのが胡椒なら、赤いのが唐辛子そして黄色いのがコンソメみたいな味のはず。
 ここに生えているのは黒と赤と黄だけだな。
 ふふふ……これは良いのを手に入れたぞ! 

「やったー! これでダンジョンでの飯が格段に美味くなるぜ」

 『くぅ?』

 紅蓮達が急に叫ぶ俺を不思議そうに見ている。
 許してくれ。良いものを手にいれて最高に気分が良いんだ。

 ふっふっふっ。
 これならいくらでもダンジョンに潜っていられる。
 飯の不安が消え去ったぜ! 
 なんせこのアヴェルの体が、すこぶる食い意地張ってるからな。頭の中でついつい飯の事を考えちまう。
 前世の俺じゃ考えられねーな。飯なんてどうでも良かったからな。
 それもこれも、この世界の旨い飯のせいだ!

 おっとツイツイ興奮しちまった。

 この調味料キノコは、風魔法と水魔法の複合魔法で水分を一気に抜き、乾燥させて使うんだ。

 黒いキノコと赤いキノコは、粉微塵にして使うのが一般的。
 黄色いのはそのまま入れてスープなどに入れて使う。
 だが黄色いキノコも粉微塵にして使っても良さそうだな。
 なんせコンソメ味なんて利用価値無限大!

 俺は生えているキノコ全てを根こそぎ収穫していく。
 こんな時無限空間収納(アイテムボックス)があって良かったと本当思う。
 前世では当たり前のスキルだが、今の世界ではそんなの夢物語だ。

 だからこそ、なぜ今の俺が前世のスキルや魔法が使えるのか……?
 その理由は、平和な日本に突如現れたこのダンジョンに、何か意味があるんじゃ。さらには魔王が関係して……おおっと。あの変態野郎のことは無視だ。関係ねえ。

「よしっ! 行くか」

 キノコも収穫し、俺はご機嫌で森を探索して行く。

『ワフッ!』
『ガルッ!』

 紅蓮と雹牙が敵を見つけたようだ。
 森ゾーン初めての敵はキラーアント。分かりやすく言うとデカいアリの化け物。
 三十センチくらいの大きさか?
 こんなのが普通に街を闊歩してたら大騒ぎだよな。
 ザッと見て二十匹くらいか?
 
「さてと、俺がどれくらい強くなったか試させて貰いますか!」

 俺は広範囲風魔法を放つ。

《ウインドストーム》

 嵐のような風が刃物のように研ぎ澄まされ、キラーアントを切り刻んでいく。
 二十匹以上いたキラーアントの群れが、ほんの数分で全滅した。

「よしっ!」

 キラーアントレベルなら余裕になってきたな。
 初めはスライムにさえ苦戦してたのが懐かしい。

 うん。俺強くなった。
 だがこんなもんで満足しねぇ。もっともっと強くなってやるけどな。

 この後も蝶やバッタが進化して化け物みたいな虫ばかり登場したが、どれも森ゾーンの魔獣はレベル二十前後くらいか。

 あの魔獣はいねーのかな? ハチの魔獣キラービー。
 アイツらは甘くって美味しい蜜を作ってるからなぁ。
 どうせなら、ゆっくり森ゾーンを探して見るのも良いかもな。

「ぐふふ……この後の飯も楽しみだし。森ゾーンなかなか楽しいな」


「いたっ!」

 キラービーだ! 一匹見つけたら近くに百匹はいるからな。
 基本群で行動する奴ら。
 レベルが低い時にコイツに出くわすと、酷い目に遭うんだよな。
 可愛い見た目に反して、意外に攻撃力が高い。
 毒によって死に至る奴もいるくらい、前世でも高ランク冒険者しか手が出せなかった蟲魔獣。

 まぁ見た目はミツバチが拳大の大きさにデカくなっただけなんだが。

 ——ん? 
 
 キラービーが紅蓮達を見て一目散に引き返していく。
 どうやら、俺たちが危険だと察知したみたいだ。
 意外に賢いな。蟲系の魔獣は、全体的に危機管理能力に優れている奴らが多いのも特徴かもな。
 なんせ森ゾーンに入ってから、数回程度しか魔獣に遭遇していない。
 みんな紅蓮達に恐れをなしているんだろう。

 だが折角の獲物を逃すわけにはいかない!
 
「紅蓮、雹牙! キラービーをの後を追いかけてくれ」

『『ワフッ!』』

 ものすごい速さで、必死に反対方向へと逃げていくキラービーを、余裕で後を追いかける二匹。さすがだな。
 キラービーは逃げながら、群れの数を増やしていく。
 あの特徴的な羽音で仲間を集めているのか?

 キラービーの数が増えるのは、黄金の秘宝が近い証拠!
 ククク……それさえ手に入れる事が出来たなら……じゅるり。

 おっと、想像するだけで涎が垂れてきた。

『ワオーン!』

 口元の涎を拭っていると、紅蓮の遠吠えが聞こえる。
 どうやらアジトを突き止めたみたいだな。
 こうしていると、前世で一緒に色々と探索したのを思い出し、楽しくなってくる。

 俺は足に身体強化をかけ、思いっきり走った。
 レベルアップしたおかげで、身体強化にも耐えうる体になってきた。
 安心して身体強化スキルを使える。

 紅蓮達の所に辿り着くと。

 大きな木の下で、二匹がおすわりをして待っていた。
 俺を見つけた途端に、褒めてくれと言わんばかりに、二匹の尻尾がご機嫌に揺れる。
 可愛すぎるだろ。
 俺は「ありがとうな」と言いながら紅蓮と雹牙の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 木を見上げると、百メートルほど上にキラービーが集まっている。もう数え切れないほどの数がブンブン飛び回っている。明らかに下にいる俺たちを警戒してるな。

 用があるのは黄金に煌めく蜜壺だから。
 それを頂くお礼として、無闇矢鱈にキラービーを討伐したくない。

 ふむ……どうするか?

 いっそ刺される覚悟で木を登って蜜壺を頂くか? 俺の状態異常耐性スキルのレベルアップにもなるし。
 身体強化していたら、刺されてもさほど痛くないだろう。
 毒が回ればさっき偶然入手した、毒消し草を噛めば大丈夫なはず。

「よっし! 行ってやる。紅蓮、雹牙、ここでちょっと待っててくれ」

 俺は身体中を身体強化をすると、木に指をブッ刺しながら登って行った。
 その姿は傍目から見ると、ゴリラが木を登っているようだろう。

 蜜壺の近くに行くと、案の定キラービーに刺されまくるが、まぁ大丈夫。
 一瞬毒が回り、目がぐらりとしたんだが直ぐに毒消し草を噛み回避した。

「あぐっ!」

 くっそ苦かったけど。
 この後の極上のご褒美を想像したら、このくらいの苦さ何ともなかった。

「よしっ蜜壺をとったぞー!」

 ぴょんっと木から飛び降りると、俺は一目散にこの場を離れた。
 だって黄金の秘宝を取られたキラービーが怒って追いかけてきたから。
 討伐しないのはお礼だ。

「ふぅ……ここまで逃げたら大丈夫か?」

 俺は座り込むと蜜壺に指を入れ蜜をとる。そのまま口に放り込むと……!!

「うんまー!」

 ヤバすぎる! 極上のハチミツだ。こんな旨いのは市販でも手に入らないぞ。
 手にとって紅蓮と雹牙にも舐めさせてやる。

『ワフッ♪』
『くう♪』

「だろー? めっちゃ旨いよな」

 後はこれを使って飯の時間だ。
 作るのはもちろんあれ。




【名前】 如月 アヴェル

【職業】 勇者
【レベル】 30

【体力】 180/300
【魔力】 200/350
【攻撃力】180/200
【素早さ】80/100
 
【スキル】 全属性魔法 Lv2 神眼 Lv1 アイテムボックス Lv2 状態異常耐性 Lv3 身体強化 Lv6

 
 ステータスを確認したら、Lv1だった状態異常耐性がLv3にまで上がっていた。
 
 
さてと、ここで食事にするか。
 ちょうど草が生えてない広場があったので、この場所で料理をする事にした。

 作るのはもちろんアレ(・・)だ。
 オークの肉をちょうどいい大きさに切って、石を並べて作った焼き台で炒めていく。
 フライパンがあればなぁと思うが、贅沢は言えない。
 これでも結構いい感じで焼けるから良しだ。

 そこに胡椒風味のキノコをふりかけ、キラービーの蜜を投入。
 さらに追加で見つけた生姜味のキノコを刻み入れる。照りが出てきたら完成。
 醤油がないのが悔やまれるが、これでもすんごく旨いはず。
 楽しみすぎて口の中が大洪水。

「そろそろか?」

 良い照りの焼き色。見てるだ食欲を掻き立てられる。

「どれどれ」
 俺はそのままパクッと一口頬張る。

「!! うまっ」

 やばい……旨すぎる!

 醤油などなくても、キラービーの蜜が濃厚だから充分旨い、さらに胡椒と生姜が甘さを引き立ててくれる。……キノコだけど。

 ダンジョンに入ってからずっと、何の味付けもしてない肉を食べていたからか、この蜂蜜とのハーモニーは泣けてくるほど旨い。
 ああ~体に沁み渡るぜ。

 ———ん?

 旨そうに肉を頬張る俺をジッと見つめる視線が四つ……。
 紅蓮と雹牙がお座りをして、涎を垂らすも賢く待てをしていた。
 お前達も腹が減ってるよな。

「紅蓮に雹牙めちゃくちゃ旨いぞ! 食べな」

 木で作った皿に肉を並べてやると、尻尾を揺らせながら、幸せそうに食べる二匹。
 うんうん。そうだろうとも。

 さっきチャチャっと風魔法を使って、木の皿を作ってみたのだ。
 これが意外と上手くできた。ついでに箸も作ってやったぜ。
 日本人なら箸は必須だろ。正確には半分だけ日本人だけど。
 俺才能あるかも。

 まさか風魔法を、こんな風な使い方をする事になるとは、思わなかったな。

 食べて少し休憩したら、森ゾーンを一気にクリアしたい所。
 調味料や食材集めはもちろんしながらな。
 久しぶりのダンジョン。
 レベルも上がり感覚を思い出してきたら、少し楽しくなって来た。
 旨い飯を食べたから、心に余裕が出来たってのもある。


★★★



「おおっ! ナッツの木だ」

 この木にはアーモンドみたいな味がする実がなってるんだよな。

「横にはアプルの木もあるじゃねーか!」

 アプルはりんごにそっくりの果実。見た目も味も同じだ。

 ふむ……このダンジョンの中は、前世で体験してきたダンジョンとほぼ同じだな。 
 魔獣もアイテムも全て相違ない。
 
 なら前世で何度も攻略してる分、レベルさえどうにかなれば余裕でクリアできるかもしれない。
 まぁ……このダンジョンが何階層まであるのか未知だから、余裕というのは語弊があるかもな。


 ええと次降りたら……何階層だっけ?
 森ゾーンがこれで連続五回目だから……次は十六階層か!

 なかなか順調に進んでるな。
 ただ森ゾーンの食材集めが楽しくて、ついつい滞在時間が長くなってしまった。
 だってこのわがままボディが欲しがるから。
 今の俺は、勇者だった時の何倍も食い意地が張っているのだ。

 時間の間隔が麻痺してるんだが、今日で何日目だ?
 食事の回数で日にちを考えたら、ダンジョンに入って大体十日くらいって所か。
 正確ではないかもしれないが。

 食べる量よりも運動量の方が圧倒的に多いからか、体も痩せて来た気がする。
 まぁ気持ち程度だけど。

 調味料類や食料もたっぷり調達したので、攻略スピードを上げるか。

「紅蓮、雹牙次の階層に降りるぞ」
『『ワフッ!』』

 俺は下の階層に繋がる階段を、勢い良く駆け降りて行った。

 次はそろそろ違うゾーンに変化してるかもだな。

 なんて考えながら、少し鼻歌を歌い駆け降りた先は一面砂地だった。
 少し潮の香りがする。

「もしかして海ゾーン?」
 
 森ゾーンは蒸し暑い感じだったが、同じ暑さでも今度はカラッとしてる暑さだな。
 地面が砂に変わった事で、少し慣れなくて歩きにくいが。

 海ゾーンか……。
 もしかして釣りとか出来ちゃう? 魚とか食べれちゃう?

「ぐふふ……良いじゃねーか」
『ワフッ?』

 変な笑い方をしたせいか、紅蓮が首を傾げ不思議そうに俺を見ている。
 しまった。主としての威厳が……。

「ゲフン! ヨシッ。行くぞ」

 ただっ広い砂場が、地平線の果てまで永遠と広がっている様に見えるが、探索魔法(サーチ)を使って調べてみると、西の方角に海らしき水辺が広がっている。そりゃもちろん向かうはそこ。

 砂浜を海に向かって歩いていると、五十メートル先でピョンピョンと貝が飛んでいるのが見える。
 あれはもしや……ハマグリィーじゃ? 
 どれどれ? 神眼で確認してみるか。


【甲殻類魔獣】
 名称  ハマグリィー
 ランク C
 強さ  100
 
 スキル 塩吐き


 
 ———やっぱり! ハマグリィーだ。

 意外と素早くて、近付くと二枚貝にバッッチーンと挟まれて痛いんだが。
 コイツは雷魔法にめっちゃ弱いから、低ランク魔法でも一撃なんだよな。

 俺は広範囲雷魔法をハマグリィーに向けて放つ。
 すると雷で簡単にショック死するのだ。

 後はそれを回収して食べるのみ。
 ああ~醤油があればなぁ。絶対にうまいのに!

 まぁ肉ばっかり食べていたので、あっさりした魚介類はなかなか嬉しい。
 アヴェルのわがままボディが喜んでやがる。

 急いでハマグリィーをアイテムボックスに回収する。
 海に着いたら後で魚と一緒に食べよう。

『ワフッ!』
『ワウ!』
「紅蓮? 雹牙? 急にどうしたんだ?」

 食べ物の事を考えてニマニマしてると。
 突然海の方角へと、猛スピードで走って行く二匹。
 俺は慌てて後をついて行く。

 猛スピードの二匹について行くのは、かなり必死だ。

「はっはぁっ…………追いついた」

 結局引き離され、五分遅れで俺は二匹がいる場所へと到着した。

「……ん?」

 二匹の足元にいっぱい転がっているのは……海老?
 いやアレは海老の魔獣【オオテナガエビ】だ。
 ……そうだった。
 オオテナガエビは、前世で紅蓮の大好物だ。
 しかもこのオオテナガエビは、中々出会えない超レア種。

 紅蓮のやつ……匂いでエビの匂いを嗅ぎわけ気付いたのか。
 だからあんなに必死に走っていたんだな。

「ククッ。可愛いやつめ」

 ヨシ。ちょうど良い。
 ハマグリィーと一緒に焼いて食べよう。
 良い感じの石を、アイテムボックスに入れといて良かった。
 砂浜で焼き台になりそうな石が全然なかったから、取っといて良かった。

 慣れた手つきで石を並べて、その上にハマグリィーとオオテナガエビを並べていく。
 後は焼けるのを待つだけ。

 折角だから待ってる間に釣りもするか。

 紅蓮達にハマグリィーの番を頼んで、俺は釣りに徹するか。
 ふふふ。森ゾーンで木も何かに使えると思って、アイテムボックスに入れたんだよな。
 さっそく役にたったぞ。
 風魔法を上手く操り、釣り竿の形を作っていく。

「よっし! 出来た」

 我ながら良い出来。後はこれに釣り糸を……………!! って!

「いっ糸がない!」

 くっそ! 何やってんだよ俺。
 なんでこんな重大なことに気が付かないんだ。
 折角釣り竿作ったのに! 糸がなかったら……ただの良くしなる棒だ。

 くそう……糸はまた何かアイデアを考えないとだな。

『ワッフ♪』

 紅蓮が焼けたと教えにきた。
 とりあえず旨い貝とエビを食うとするか。
 見るとハマグリィーから良い出汁が溢れ出ていて旨そうに焼けている。
 出汁を吸いながら貝を口に入れる。

「はぁ……うっま!」

 うん。海ゾーン最高だ。
「はぁー食った食った」

 腹を撫でながらゴロンと砂浜に寝そべると、その横に紅蓮と雹牙も同じように寝っ転がる。そんな二匹の頭を撫でながらふと思う。
 コレじゃ海に遊びに来たみたいだなと。それがまさかダンジョンに居るだなんてな。不思議だな。

 なんでだろう。
 海ゾーンに入ってから全く魔物が出てこない。
 まぁ出ては来ているんだが、食料としか思えない奴らばっかり。

 こんな時は今までの経験だと、一匹だけ強え魔獣がいきなり登場したりするんだよな。
 なんて考えながらふと海辺を見ると、遠くの方から何かが物凄い勢いで泳いでくる。
 そうそう。あんな風に…………って!

「本当に来やがった!」
『グルル……!』

 飛び起きて臨戦態勢に入る。
 大きな水飛沫を飛ばしながらもうスピードでこっちに向かってきているのは……アレはなんだ?

 一瞬で俺の目の前に到着すると、車がドリフトするように急カーブしながら止まった。

「冷たぁぁぁぁっ!」

 俺に思いっきり塩水をかけて。

「………………」
『グッ……グル』

 静止したまま目があったんだが。
 なんだコイツ! 魚に足が生えてりゅ………アグ!
 ビックリしすぎて舌を噛んじまった。
 紅蓮と雹牙もちょっと気味悪がってる。その気持ちすっごくわかるぞ。

『………………』

 ギョロッとした大きな目が、無言で俺を見つめてくる。
 
 魚と目があうと、こんなに気持ち悪いのか?
 こんな魔物初めて見たんだが。
 その姿はタイのような魚の姿に、筋肉ムッキムキのふっとい足が二本生えている。この足で海の上をつっ走って来たようだ。
 この気持ち悪い奴は俺を攻撃するでもなく、ただジッと俺を見ている。

 そう黙って見ている。


「気持ち悪いって!」

 耐えきれずに雷魔法を魚野郎に放つ。

『ギョギョー!』

 なんとも言えない断末魔を叫びながら、海の上から陸地に飛んできてピクピクしながら息絶えた。

 …………本当に気持ち悪い。

【魚魔獣】
 名称  マッスルギョギョー
 ランク A
 強さ  50

 スキル 50メートル走
 焼いて食べたら美味しいよ♡


 マッスルギョギョーって……笑えねーよ。
 ほんと変な魔物と出会ってしまったぜ。
 
 焼いて食べたら美味しいって……正直言って食べる気は全くしない。

 神眼で見て、食べたら美味しいって書いてある奴初めて見た。
 少し気になるが、コイツは食べてもらいたいのか?

「うおっ!?」

 まじまじと見ていたら
 魚野郎が急に飛び上がり、再び海の上に立つと猛ダッシュで沖に向かって走っていった。
 
 ———コイツ死んでなかったんだ。

『くうう?』

 雹牙が困った顔で俺を見る。

「気持ち悪かったよな。気を取り直して先に進むか」

 紅蓮と雹牙の頭を撫でると、俺は再び歩き出した。
 ちょっと気持ち悪かったってのもあるが。

 前世のダンジョンと同じと思っていたが、全く同じではないんだな。
 未知の魔物もいるってのが、あの変な魚野郎が証明してくれた。

 俺はダンジョンに慣れてきて、少し気持ちが緩んでいたのかも知れない。これから先は初心に戻り、気を引き締めていかないとだな。

 
「はぁっ………はっ……」

 どうにか倒せた。
 マジで死ぬかとオモタ。

「紅蓮、雹牙よく頑張ったな」
『クウ』

 大の字で地面に寝っ転がる俺の両横に座ると、腹の上に顔を乗せ寝そべる二匹。その頭を、わしゃわしゃと撫でる。

 ダンジョンに潜って今日で約41日目。
 まぁご飯時間判断なんで正確でないかもだが。

 今の俺はというと、ぜぇぇぜぇと息をするのもやっと。
 空気が薄いんじゃないかと思うほどに息苦しい。

 そんな俺の目の前には九つの首がある竜、ヒュドラが横たわっている。
 ダンジョン八十八階層のラストに現れたボス。

 ここに来るまで順調とは言わないが、紅蓮達の活躍によりどうにかこうにかダンジョン攻略を進めてきた。

 とうとう最下層に到着かと、意気込んだ時に現れたのがこの九つの長い首を持つヒュドラ。

 コイツは前世でも戦かった事があるんだが、勝つためにはコツがある、それがかなり面倒。

 ヒュドラの九つある首を同時に殺らないと、何度でも首が復活してくる。
 だからコイツと戦う時は、大人数のパーティを組み其々が担当する首を決め、一斉に討伐するんだ。

 だが今の俺たちは一人と二匹。
 どう考えても不利なわけで。
 よくそんな状況下で勝つことが出来たなと、自分を褒めてやりたい。

 俺すげえ。

 ここに来るまでレベル上げを必死に頑張り、前世のベストに近いレベルまで自分を鍛えることが出来たんだ。

 本当よく頑張った俺。
 もちろん紅蓮と雹牙も!

 二匹の助けがなければ、流石に一人でヒュドラの討伐は無理だった。

 九つのうち三つの首を俺が担当し、残りの六つは紅蓮と雹牙に仕留めてもらった。一人で九つ全部となると無理だが、俺たちが協力したらこんなもんよ!
 再びヒュドラに目を向けると。
「あれは……?」

 ヒュドラの奥に扉が見える。
 きっとその扉の奥にダンジョンコアがあるんだろう。
 あれを取るとこのダンジョンは消滅するはず。
 ……前世と同じならだが。

 呼吸もだいぶ整ってきたな。

「さてと……行くか」
『ワフッ』
 腹に乗ってる二匹の頭を再び撫でると、俺は起き上がり扉に向かって歩き出した。

 そうそう。このヒュドラもアイテムボックスに収納しとくか。鱗や血から色々なものが作れるからな。肉も美味いらしいし。……ジュルリ。
 おっと。腹が減ってないのに、肉のことを考えただけでヨダレが。
 相変わらずの食いしん坊な体(わがままボディ)だな

「おおやっぱり! ダンジョンコアだ」

 扉を開くと、見てくれと言わんばかりの金色の台座に、直径三十センチほどの丸い球が置かれていて、その様は威風堂々としている。

 これを頂いたらこのダンジョンともおさらばだ。
 やっと家に帰れる。
 俺はダンジョンでの色んな事を思い出しながら、ダンジョンコアを手に取った。
 次の瞬間。
「うおっ!」
 ダンジョンコアが虹色に煌めき目を開けていられない眩しさに。
 虹色の光が俺たちを包んでいく。

 再び目を開けると、俺はダンジョンコアを持ったまま外に出ていた。

「やった! 外だぁぁぁぁぁ!」
『ワウ♪』
『くう♪』
「暑ぃ……」

ダンジョンの外の景色は相も変わらず、アマゾンに生息しているような植物が生い茂り熱帯雨林気候のまま。
 
ダンジョンに一ヶ月以上潜ってたはずだから、もう十二月? か一月になってるはず、本来なら真冬でクソ寒いはずなのに。
本当この変な気候は、どうなってやがるんだ?
ダンジョンが消滅したら、元の富士の樹海の姿に戻るのかと思っていたのに。
ってか、そういやダンジョンは消滅したのか? 
俺は振り返りダンジョンがあった場所を確認すると、謎の建物はなくなり木々が生い茂っていた。

「ダンジョンがない」

ってことはやはり……クリアすると消滅する仕組みは、前世の世界と同じってことか。

さてとだ、家に帰るわけだが。
どうやって帰る?
空を飛んで帰る……はたまた転移魔法で帰るか。
もうほとんどの魔法が使えるようになったからな。
余裕だ。
魔法が使えなかったらやばかったな。金が全くねーから電車にも乗れねーし。
歩きで帰らないといけなくなる。
ほんと魔法さまさまだな。

『くぅ?』

紅蓮と雹牙が不思議そうに俺の事をじっと見ている。
何を考えてるのか不思議なのかもなって! ちょっと待てよ?
こんな目立つ奴ら連れて帰ったらやべえ!

炎のように赤い紅蓮の毛並みに、深い海のように蒼い雹牙の毛並みはどう考えても目立つ! そして犬にしてはデカすぎる。
だからって困ったぞ……コイツらと離れるなんて俺が耐えられない。

連れてても目立たない、良い魔法何かなかったっけ?
ええと……なんか……なんかあるだろ?

———あっ!

「そうだ! あれがある影魔法」
前世でテイマーの奴が、使役した魔獣達を影魔法を使って、自分の影の中で飼っていた。影魔法は本来ならテイマーしか使えないんだが。
俺には全属性魔法というスキルがある。
どんな魔法でも使いこなせてしまうんだ。

確かテイマーのやつが教えてくれたっけ。前世では使う事もなかったから、そんな事忘れてた。

ええと。そうそう。

《シャドーハウス》

そう詠唱すると俺の影が大きく広がる。

「紅蓮、雹牙この影の中に入っててくれるか? 俺が呼んだら出てきてくれ」
『『ワウ!』』

二匹は尻尾をブンブンと大きく振ると、大きくなった俺の影に向かってダイブした。

するとスッと影の中に消えていった。

「おおっすげえ」
このシャドーハウスの中は、無限に広くて俺の魔力に包まれて気持ち良いんだよな。
テイマーの奴がそう言って自慢してた。

よし! 家に転移しますか。
空を見上げると、太陽が西に沈みかけている。時間は夕方か?
この時間ならアリスも学校から帰って来てるかも知れないな。
心配しているだろうから、帰ってきたとアリスに報告しに行かないと。

なんて考えながら家の玄関の前へと転移した。

「家だ……」

よっしゃ! ちゃんと転移魔法が使えるのか不安だったが、大成功だ。
まずは風呂だよな! いくら水魔法で綺麗にしてたとは言っても湯船にゆっくり浸かりたい。
俺はニマニマしながら家に入った。

———え?

閉めたはずの玄関の扉が勢いよく開くと。

「アベル様!」

アリスが転がりそうになりながら、飛び込んできた。

「アリス!」

その勢いのまま俺に抱きつく。

「しっ心配してたんだからぁ! 良かったぁぁ無事に帰って来てくれて。でっでもこんなに痩せてぇ……うううっ」

怒りながら泣くアリス。その体は震えている。
こんなにも心配させていたんだと、少し……ほんのちょっとダンジョンを満喫しちゃってた事を反省した。

「アリス心配かけてごめんな」
「ううっすんっ」

俺はアリスが泣き止むまでずっと頭を撫でた。


「落ち着いたか?」
「……うん」

 アリスがホウッと息を吐きながらコーヒーを飲む。
 ミルクたっぷりの甘々使用だ。

 玄関でずっと立っているのもアレだから、泣き止んだタイミングで部屋に移動した。
 ついでにコーヒーもいれて。

「まさか……こんなにも長くダンジョンから帰って来ないなんて思わなかったから、本当に心配したんだよ。あの場所はアベル様追跡(ストーキング)システムが適用されないから、どこにいるのかも分からなくて……毎日不安で不安で、そしたら今日急にアベル様の反応が家にあって、慌てて飛んできたら……アベル様がいた」

 そう言ってまた泣きそうな顔をするアリス。
 俺はその怖いストーカーシステムの事を考えると、泣きそうだが?

「いやな? 俺ももっと早く帰れると思ったんだが、あのダンジョン八十八階層まであってさ、時間かかっちまった」

「八十八階層!? そんなにあったんだ」

 アリスが大きな目をまん丸に見開き驚いている。

「ああ。よくクリア出来たと自分でも感心するよ」
「ふふっ元気そうな顔を見て安心した」

 ソファーに座っていたアリスが、いきなりすくっと立ち上がると、ベットに座っている俺の横に座り直す。
「なっ……」
 そっと太ももに手を置き、上目遣いで俺を見る。なんか良い匂いするし、久々だからかやけに緊張する。
 心臓がヤベエ速度で早鐘を打っているのが分かる。アリスに聞こえてないか不安になるほど。バレたらなんか恥ずかしい。

「ねぇアベル様? 急にそんなカッコ良くなるなんて困る」

 アリスが口をプクッと膨らませ俺を見る。何言ってんだカッコいいとか。

「まぁ……カッコ良いかは置いといて、確かに痩せたよな。これでもう白豚とは言わせねぇ」
「んん? アベル様本気で言ってるの?」
「え? ちょっ!?」

 アリスがいきなり俺の着ていたシャツのボタン開きはだける。
 そのせいで上半身が丸見えに。

「ほらっこの体! 女子が喜びそうなバッキバキの細マッチョ筋肉。それだけでもモテちゃうよ!」

 そう言ってアリスが俺の腹筋を撫でる。

「なっ! いきなり触るなよっ。くすぐったいだろ?」
「だってアベル様が悪いんだよ? 私が見てないところで、こんなに変わるなんて……その変化を一番近くで愛でたかったのに! 悔しい」

 いやいやアリス。最後の方は何を言ってるんだ? 理解に苦しむぞ。
 いきなり服をはだけられ、体を触られて。
 俺の脳内がプチパニックをおこし、色々と追いつかない。

 落ち着け俺。

 こんな時は話を変えるに限る。

「そっそうだ。今日は何日なんだ? 俺はどれくらいダンジョンに潜ってた?」
「今日は一月四日だよ。ダンジョンに入ってから四十五日過ぎたよ」
「そうか正月過ぎちゃってたのか!」
「そうだよ! アベル様と元旦に初詣とか行きたかったのに」
 再びアリスが口を膨らませる。
 予想通りというか、結構な時が経っていたんだな。俺の腹時計なかなかやるじゃん。
「……ってことは今は冬休みか」
「そう! お詫びとして明日は私に一日中付き合ってね?」

 そう言ってアリスが、俺の胸に顔を埋めて来た。
 ちょっと待て、いくら水魔法で綺麗にしていたとはいえ、風呂に何日も入ってないんだ。臭いかも知れないし、こんな至近距離で直接肌に触れるのはダメだ! 
 さらけ出した俺の胸に、アリスの髪や肌の感触が直に伝わりなんともいえない恥ずかしさが。

「わわっ分かったよ! 明日付き合うから! なっ?」

 俺はそう言ってアリスを無理やり引き剥がすと、その勢いのままベランダに追い出す。

「わっ! 一日中だからね? 約束だよ」

 捨て台詞をはいて、アリスはしぶしぶ自分の部屋に戻って行った。

「…………ふぅ」

 久しぶりだからなのか、いきなり体に触れられたからなのか、胸のドキドキがまだ収まらない。
 落ち着け俺。あいつは元残念聖女だぞ。

 とりあえず明日は心配させたし、アリスに一日付き合ってやるか。