…………三日で五キロ減か。
俺は風呂から出ると、体重計に乗って数値を確認する。
元が太いだけに、痩せるのが早いな。
まぁ、何回も気絶する程に、身体強化を使ったからってのもあるかもだが。
普通ならあり得ない速度で痩せている。
今日は初めて三キロ走ってみたが、思っていたよりも走れたのが意外だな。
こんなにもブクブクと肥え太ってるんだ、一キロも走れないと思っていたから。
重たい体重を支えているだけあって、足の筋肉はしっかりしているのかも。
この調子で毎日走り、少しづつ距離をのばし、いずれは朝晩十五キロずつ、計三十キロを毎日走れる様になれるのを目標にしたい所。
「はぁ~すっきりしたな」
パンツ一枚履いただけの姿で部屋に入ると、まるで自分の部屋かのように寛いでいるアリスがいた。
「おっかえり~♪」
「はうわっ! おおおっお帰りじゃねーだろ! 男の一人暮らしの部屋に、こんな時間にそんな格好で忍び込んでっ……なっなんかあったらどうすんだよ!」
「ええ~? 何かあるの?」
アリスはそう言って悪戯に笑う。クッソ完全に俺で遊んでやがる。
「何もねーよっ」
俺はそう言って、アリスが座っているソファーの反対側にあるベッドに、ドカッと座った。
———これが間違いだった。
もこもこ素材の大きめパーカーに、履いてないようにしか見えない丈のショートパンツ姿のアリスが、横に座ってきた。パンイチ姿のデブの横に。
「何もしないって言いながらぁ? 私を誘ってるの? アベル様になら覚悟はできてるよ?」
アリスがそっと俺の太ももに手を置き、上目遣いで見つめてくる。
いや……可愛すぎ。
「ねぇ……アベル様」
どう対応して良いのか全く分からず固まっていると、さらにアリスが近寄ってくる。
だから近いって!
「ん?」
アリスが首をコテンって傾げて俺を見る。
「ええと……そのっ。俺! そうっ! もう一回走ってくるわ! お前も自分の部屋に帰れよ?」
俺は慌てて部屋を飛び出した。
「もう! アベル様のい………」
アリスが何やら叫んでいたが、動揺した俺の耳には何も入ってこなかった。
★★★
「んん~! もう朝か」
流石に昨日は走りすぎた。
身体中が痛くて痛くて……急に運動するもんじゃねーな。
「いてて……」
寝返りを打つのさえ痛い……。
身体が重くて、金縛りにあったのかと思うほどに全く動かない。
これはまたアリスが忍び込んで、勝手に俺を枕にしてるからか? と思ってしまうが……ふふふ。
今朝は流石にアリスも忍び込めないはず。
なんせ部屋に結界を張って寝たからな。
などど考え、痛む身体をゆっくりと横に向けると………!?
「ああああああああああっ!? アリス? 何でっ」
「うみゅ……うるさっ……」
アリスが目を擦りながら眠そうに口を開く。
「おまっ!? 部屋に結界が張ってあっただろ? 何で入って来れるんだよ?」
「……ううっ……声が大きい」
アリスはまだ眠そうにしながら、指をパチンっと鳴らした。
すると神聖な結界が、この家全体を包んで行くのが分かる。
「それをこうやってぇ……」
アリスが再び指を鳴らすと、神聖な結界が消滅した。
「マジか……」
俺渾身の結界よりも凄い結界を、最も簡単に消滅させやがった。
解せぬ。
もっとレベル上げしないとダメだな。
前世の時なら、俺の結界の方がレベルが上だったってのに。
この世界じゃどうやら、アリスの方が格段に上みたいだ。
「とりあえずだアリス? 頼むから俺の部屋に勝手に入ってくるな、びっくりして毎回心臓に悪い」
「ええ。どうして? アベル様は私が嫌いなの?」
アリスが何で? っと首を傾げる。
「……そう言うんじゃなくってだな? 好きとか嫌いとかの問題じゃないんだよ。付き合ってもいない年頃の男女が、こんな事しないだろ?」
「ムゥ……やっとアベル様と再会できたから……嬉しくて。この世界で何年も覚醒するのを待ってたんだよ?」
「ぐぅっ」
アリスが瞳を潤ませ言ってくる。
そんな顔されたら、何も言えなくなる。
「まぁとにかくだ。自重してくれ」
「あっちょ!?」
俺はそう言ってアリスを部屋から出した。
★★★
「アベル様用意出来た~? 学校いくよー」
「へーいっ」
いつものようにアリスが迎えに来て、一緒に登校していると。
突然目の前に、時空の歪みが現れた。
それは空気を切り裂いたように切れ目が入り、切れ目の中からは全く違う景色が見える。
「え? 何だあれは?」
「あれってもしかしてだけど【時空門】?」
「…………みたいだな」
【時空門】とは、前の世界では偶に現れる天然の転移門みたいなもんで、アレに触れるとワケの分からない所に転移してしまう。
何でそんな門がこっちの世界に?
「アリス!あれに近づくと訳の分からねー所に飛ばされてしまう! 走って逃げるぞ」
「うん! 分かった」
二人で反対側に走り去ろうとした瞬間。
時空門の前に、小さな子供が走って行く姿が目の端を過ぎる。
「危ない!」
俺は思わず子供の前に滑り込んだ。
時空門は俺をパクッと飲み込むと、そのまま消えた。
「アベル様ぁぁぁぁぁぁっ」
遠くでアリスの必死に叫ぶ声を聞きながら。
俺は何処かに飛ばされてしまった。