絶対守護領域の礫帝 ~人間ごときが魔王軍四天王を名乗るなと追放されたが、何故か魔王の娘がついてきて、気付けば他の四天王も俺のところに居候してる。仕方がないのでこのまま新魔王軍を作ろうと思う~


「アストリア! お前、何を──!」

 避けるのに精いっぱいで、最後まで言えなかった。

 アストリアは息もつかせぬ剣閃を繰り出し、俺に攻撃を加えてくる。
 俺はとっさに左へ跳躍してそれをかわす。
 その方向は庭先。本当は後ろに避けたかったが、屋敷の中に逃げ込むわけにはいかない。

 襲って来た理由はわからないが、とにかく彼をロゼッタたちに会わせるのはまずいと思った。
 邸内には幼いドロシーもいるのだ。
 たとえ無関係だったとしても、何かのはずみで危害が及ばないとも限らない。

 ありがたいことに、俺が逃げる方向へとアストリアは追ってきてくれた。
 周囲への心配はなくなったが、それでも彼の剣筋は気を抜けない。
 庭の草木が刈られ、花が舞う。
 俺は土魔法で壁を生成し、盾を作る。
 が、アストリアはそれをバターでも切り裂くように、軽々と両断してしまった。

「やめろ、アストリア! どうしたんだ!」

 俺は柔らかい土くれを彼の足もとに発射する。
 傷つけたくはない。少なくとも、理由がわかるまでは強い攻撃を仕掛けたくはなかった。
 しかし、アストリアは見事な足さばきでそれらをすべてかわすと、大きく飛び上がって剣を俺に降り下ろしてきた。

(いや、一拍遅い……! これなら俺のカウンターが先に入る!)

 黒曜石で出来た剣を瞬時に生成し、彼に向ける。
 だが、その時、ふと気付く。

 ──おかしい。

 仮にも四天王であるアストリアが、こんなに簡単に対処可能な攻撃をしてくるものか?
 人間の俺と違って、彼の身体能力は並外れている。
 それなのに、まだ俺は彼の剣を一撃も食らっていない。
 不可解だ。

 アストリアの身体が重力とともにこちらに落ちてくる。
 その時、逆光だったが、確かに見えた。
 彼の目に、涙が浮かんでいるところを。

(泣いてる……?)

 そう思った俺は、とっさに剣を投げ捨てて前に踏み込んだ。
 アストリアが剣を振る前に、彼を抱き留める形になる。
 俺に触れた瞬間、彼の身体は力が抜けていた。
 しなだれかかるアストリアに、俺は叫ぶ。

「お前──わざと俺に斬られるつもりだったな!」

「ごめんなさい……クロノさん、ごめんなさい……!」

 謝った直後、アストリアは嗚咽を漏らしてその場に崩れ落ちた。







 俺はアストリアを邸内に入れて、ダイニングのソファーに座らせた。
 ロゼッタにも事情を話し、その場に同席してもらうことにする。
 クラウディアは別室でドロシーを見ている。また先日の諜報部員のようなことがあっては困るからだ。

「それじゃあ、最初からわけを話してもらいましょうか」

 ロゼッタは、少しだけ怒気を含めた口調で言った。
 どうも彼女は、アストリアに敵意がないことを承知したうえで、俺に剣が向けられたことを怒っているらしい。
 まあ、自分の配下──つまりは自分に弓引いたようなものだから当然か。
 アストリアもそこは受け入れているらしく、ロゼッタの命に従い、素直に襲撃の理由を話し始めた。



「一言で言ってしまえば……これは海魔元帥の命令なんです」

 アストリアは絞り出すように言葉を述べると、唇を噛んだ。

 つまるところ、クラウディアの時と同じというわけだ。
 こちらの意向にかかわりなく、ロゼッタを王都へと連れ戻すための元帥たちの目論見。
 とはいえ、彼らの手の者を向かわせても説得の効果は薄いため、やはりクラウディア同様、四天王であるアストリアをここに遣わしたのだという。
 また、今回は可能であるなら俺をも斬り殺して来いと海魔元帥は命じたらしい。
 諜報機関のデーニッツが倒されたこともあって、少なくとも人間である俺は、彼らの敵とみなされてしまったようだった。

 ただ、今回の問題点はそこではなかった。
 元帥たちの思惑はわかる。
 わからないのは、どうしてアストリアが先刻のような強硬手段に出たかということだ。

 同じ四天王として、これまでともに戦ってきた氷帝アストリア。
 彼が元帥たちの横暴なやり方に賛同するとは思えず、また、実力からして無理矢理従わされるとも思えない。
 それに、さっきはわざと俺に斬られようとした。
 つまり、表向きは命令に従った振りをしたうえで、自ら死を選ぶほど、元帥たちに逆らえない何かが彼にはあるということ。

 けれど、そのことを追及すると、彼は口ごもってしまう。
 付き合いは長いが、すべてを知ってるわけじゃない。
 無理矢理口を割らせるわけにもいかず、俺とロゼッタはどうしたものかと顔を見合わせた。

 ──と、そこで、俺はふと思い出す。
 先刻、アストリアを止めた時のこと。
 彼を抱き留めた時、ちょっとした違和感があった。
 あまりこんなことを問いただすものじゃないと頭の片隅に追いやっていたのだが、もしやと思い、俺は彼に問う。

「アストリア。それって……もしかして、お前が女であること(・・・・・・・・・)と、何か関係があるのか」

 アストリアは俺の言葉を聞き、ぎょっとしたように目を見開く。
 ロゼッタも驚いて俺を見る。
 確信があったわけじゃない。
 ただ、その胸元に触れた時、女性のように柔らかい感触があった。
 俺も彼は男だと聞かされていたのだが……もしやと思い、カマをかけてみることにしたのだ。

 果たしてその予想は当たったらしく、アストリアはこくりと首を縦に振る。
 彼は──否、彼女は、俺たちに話し始めた。
 これまで種族の掟ゆえに男として振舞い続けていたこと、そして、その秘密を知った海魔元帥が、彼女に脅しをかけてきたことを。


 アストリアは、氷魔族という種族の出身だ。
 彼らは魔王軍領の北方に住み、氷を操る魔法に長けている。

 魔族は皆が同じ生態というわけじゃない。
 さまざまな種族ごとに細分化されれいる。
 それぞれが異なった社会を持ち、彼らは独自の規律によってコミュニティの秩序を保っていた。

 氷魔族もそんな種族の一つで、魔王軍内ではかなりの割合を占める大派閥だ。

 アストリアは四天王でありながら、その部族の長でもある。
 氷魔族は力あるものが上に立つ、実力主義の社会。
 若くして抜きんでた強さを持つ彼女は、満場一致で長の職責を拝命することとなった。

 しかし、そんな実力主義の氷魔族だったが、一つだけ時代にそぐわない掟があった。

 部族の長は男でなければならない──氷魔族は、男系社会だったのである。

 もともとそれは、男の方が魔力も体力も勝っていることから生まれた規律だった。
 だが、皮肉なことに、当代においてもっとも強い魔力を持つアストリアは女として生まれてしまう。

 一族の中から何としても長を輩出しようと考えた彼女の両親は、アストリアの性別を偽り、男として彼女を育てた。

 そして、不運なことにその秘密は、海魔元帥の知るところとなる。

 海魔元帥はアストリアを脅迫した。
 「女であることを明かされたくなければ、クロノを始末し、魔王ロゼッタを取り戻して来い」と。

 それが明るみに出れば、彼女は長の地位を下ろされるだけでなく、最悪の場合、家ごと取り潰しになってしまう。

 アストリアはその秘密をバラされたくない一方で、俺たちを裏切ることもできず、自らが斬られる覚悟で屋敷にやって来たのだった。



「えーと……それって……そんなに深刻なことなんですか?」

 アストリアの話を聞き終えたロゼッタは、よくわからないと言った様子で俺に尋ねた。

「……どういう意味かな」

 俺が問うと、彼女は「だって」と、不満げに唇を尖らす。

「だって、すべての魔族のトップである私は、女なんですよ? 魔王の私が女でもいいのに、アストリアが女だったらいけないなんて、おかしいじゃないですか。それなら私が氷魔族の領地に行って、彼らに認めさせれば済むことだと思うんですけど。『アストリアが女で、何の問題がある』って」

「いや、待て」

 と、俺は腰を上げかけたロゼッタを止める。

「事はそう単純じゃないんだよ。氷魔族には氷魔族の流儀がある。いくら魔王でもそこに介入することは、彼らの文化を否定する越権行為だ」

 まあ、いよいよとなれば強権を発動することもやぶさかではないだろうが、それはあくまで最終手段として取っておくべきだと思った。

 ただ、そうはいっても、このまま放置するわけにもいかない。
 アストリアは大切な仲間だし、氷魔族の間に亀裂が生じるのも避けるべきだ。

 だが、彼女の性別が明かされてしまうことは、もはや避けられないだろう。
 問題はそのうえで、どうやって同族の者たちにアストリアの立場を認めさせるかだが……。

「なぁ、アストリア。何かないのか? 女でも正式に長として認められるような方法って」

「あ、あの、クロノさん」

 アストリアはそこで、戸惑ったように声をうわずらせた。

「ロゼッタ様も……どうして僕を助けるような話になってるんですか? 僕はクロノさんを斬ろうとしたんですよ。てっきり僕は、お二人に断罪されるものとばかり思っていたんですけど……」

 おずおずとそう尋ねる彼女の言葉に、ロゼッタはきょとんとしてアストリアを見る。
 多分、俺も似たような顔をしていたに違いない。
 ロゼッタはこちらに目をやった後、意を得たりというような表情になり、右手で手刀の形を作ってアストリアのおでこに当てた。

「えいっ」

「って、あ、あの」

「そんなに裁かれたいなら、今のが私からの罰です。それともう一つ。何でもいいからあなたが当主として正式に認められる方法を探しなさい。私たちの力が必要なら手を貸しますから。それがかなうまでは他のことをするのを許しません。いいですね?」

「え……」

 腰に手を当て、精一杯の尊大さを保つようにしてロゼッタは言った。
 その仕草がどこか微笑ましくて、俺はクスリと笑みを漏らす。

「ま、要するにそういうわけだ。俺たちは全面的にお前に協力する。ていうか、ここでお前を断罪とかしたら、俺を嫌ってる元帥たちの思うつぼだからな。わざわざこっちの仲間を切り捨てるわけがないだろ」

 俺は彼女の両肩に手を置き、力を伝えるように重みをかけて言った。

「俺たちのことは気にするな。それよりちゃんと長になって、誰からも異議がないようにすることだ。悪いと思うならそれが一番の償いになる。同族の奴らに認めさせるのは大変だろうが……負けるなよ、アストリア」

 正直、長としての重圧だとか、性別を偽っていたことの後ろめたさなんて、俺には理解できない種類の悩みだ。
 それでも、そんなことのためにアストリアが潰れてしまうのは惜しいと思ったし、俺に斬りかかったことも、追い詰められた彼女の心情を思えば、とがめる理由にはならなかった。

「クロノさん……ロゼッタ様……。ありがとうございます……僕、頑張ります……!」

 俺たちの言葉にアストリアは声を震わせ、大きく頭を下げた。


 ──それで何というか、ちょっと拍子抜けする話なのだが、彼女が一族の長として認められる方法は、すぐに見つかることになる。
 というか、アストリア自身がそれを知っていた。

 その方法というのは、『決闘によって他の候補者を打ち倒すこと』。
 圧倒的な実力を見せつけることで、同族の者たちに自らの正当性を認めさせる。
 実力主義の氷魔族においては、そんな慣習が古くからまかり通っていた。

 ……であれば、随一の魔力を持つアストリアならそんなことは容易かと思えるのだが、そう簡単にはいかない。
 というのは、その決闘にすら男社会の縛りが及んでいたからである。

 氷魔族の女性が決闘によって己の正当性を主張する場合、男の代理人を立てる必要がある。
 その代理人が勝てば良し。しかし負ければ、アストリアの存在は彼らの社会の中で永遠に汚名を着せられることになる。

 だから、重要になってくるのは、誰を決闘の代理人にするか。
 氷魔族で一番強い魔力を持つのはアストリアなので、彼女に賛同する同族がいたとしても、それより劣る者になってしまうのだが……。

「それだったら、ぴったりの人がいるじゃないですか」

 と、ロゼッタがまるで心配ない口調で言った。

 あれ、ロゼッタってそんなに氷魔族に詳しかったっけ、と疑問に思い、俺は「そんな奴いるのかよ」と尋ねる。
 すると、ロゼッタの人差し指がスッとこちらに向けられた。

「って、まさか……俺かよ!?」

「そう。我らが礫帝、クロノ・ディアマット。これ以上の人選はいませんよ」

 驚いて声を裏返らせる俺に、彼女はにっこりと微笑んでうなずいたのだった。


 氷魔族の決闘の儀は、長を決める時のみならず、様々な場面で行われている。
 個人間の諍いや、兵士の等級を決める試験など。
 部族の方針を決める会議で意見が割れた時もそうだという。
 氷の名を冠するその印象とは真逆で、実のところ彼らは好戦的な種族なのである。

 アストリアが控えめな性格だったので、俺もそれを聞かされた時は驚いた。
 そんな種族の長を決める決闘で、俺なんかかが代理人になって勝てるだろうか……ちょっとだけ不安になる。

「大丈夫ですよ。そこは魔王である私が保証します」

 ロゼッタは笑顔で俺に言った。

 いや、でも俺、皆と違って人間なんだけどな……。
 魔力だって、諸々のバフを使って何とか同等にしてるようなもんだし。

 一方、決闘の当事者たるアストリアは、ロゼッタと同じで安心したように頬を染める。

「僕も、クロノさんが代理人になってくれるなら心強いです。信頼できますし……正直、これ以上の人は思いつきません」

「そうか。まあ……全力を尽くすよ」

 責任の重さを感じつつ、俺はロゼッタとアストリアとともに、氷魔族の領地に入った。
 すでに伝書鳩を飛ばして、彼らの意思決定機関である長老会に用件は伝えてある。

 俺たちが向かうのは、アストリアの両親がいる彼女の実家。
 その二人に、挨拶と決闘についての了解を得るためだ。

 とはいえ、アストリアに男の振りをさせたのは彼ら──つまり、その両親がそもそもの元凶なのだから、決闘の提案が拒否されることはない。
 むしろ、魔王軍のトップであるロゼッタに味方してもらえて、恐縮の至りというところだろう。
 その予想通り、ロゼッタと俺は丁重にもてなされることとなった。

 氷魔族の名家である彼女の屋敷に到着すると、アストリアと同じ青い髪の両親たちは、こちらへうやうやしく頭を下げる。

「ようこそおいで下さいました。このたびは私どもの娘のためにお手間をかけ、また、ご尽力頂きましたこと、お礼の申し上げようもございません」

「構いません。アストリア・ブリードは私にとっても大切な友人です。友のために力を尽くすのは当然のこと」

 魔王ロゼッタは威厳をもって彼らに応じる。
 だが彼女は、続く言葉に少しだけ威圧感を込めた。

「願わくば、私がする以上に、親であるあなたたちには彼女への支援を期待しています。──特に、アストリアが女性である(・・・・・・・・・・・)と判明した今後においては(・・・・・・・・・・・・)

「……っ。は、はいっ」

「そ、それはもう、心得ております」

 つまり、今の言葉は二人に向けた叱責と脅しだ。
 『アストリアに、無理に男であるよう振舞わせたことについては見逃してやる。しかし、今後同じように彼女に何かを強制すれば、今度は私が黙っていない』という。

 親二人は恐れ入ったとばかりにかしこまる。
 続いて、ロゼッタは彼らに俺を紹介した。

「さて──こちらに控えるのが、此度の決闘にてアストリアの代理人を務める礫帝、クロノ・ディアマットです」

「どうも、初めまして」

 俺が前に出て会釈をすると、彼らも同じように頭を下げ、挨拶を返した。
 ただ、礼儀は払っているものの、二人はロゼッタにするのとは対照的に、怪訝な表情を向けてくる。

「四天王のうち、お一人が人間だという噂は耳にしておりましたが……ほ、本当だったのですね……」

「あ、あなたが、アストリアの決闘の代理人をなさるので……? 他の魔族の方ではなく……」

 あからさまに不安げな態度を取られる。
 ……まあ、気持ちはわからないでもない。
 魔族と人間、外見こそさほど差はないが、基本的に身体能力は人間の方が劣っている。
 ましてや俺は何の特徴もない、ごく平均的な風貌の男。
 羽根が生えているわけでも、角が生えているわけでもない。
 俺の外見を見て、「わあ、頼もしい」なんて思う奴がいたら、むしろこっちからそいつの目を疑うだろう。

 ただ、彼らの反応にロゼッタは頬を膨らませ、不満そうな顔をしていた。
 そして、意外なことに逆隣りのアストリアも似たような表情をしている。
 二人は申し合わせたわけでもないのに、流れるように抗議の声をあげた。

「父上、母上。僕の代理人になってくれる方に、その物言いは失礼でしょう。それにクロノさんはまぎれもなく僕と同じ四天王です。彼の強さに疑いはありません」

「お二人の不安は理解しますが、このクロノの強さは、四天王の中でも最強を誇ります。あるいは、魔力だけなら魔王である私に匹敵するかもしれません。ご心配には及ばないかと」

 ……ちょっと待て、いつの間に俺は四天王最強になったんだ。
 ていうか、逆だ。素の状態なら最弱だし、契約魔法でのドーピングがあっても、他の三人に引き分けられるか怪しいところだというのに。

(いや、でも……ロゼッタの契約のせいでさらに底上げされたから、最弱ではなくなったのか……?)

 俺が戸惑っていると、ロゼッタたちの反論に、両親二人は「ほう」と感心したような顔になる。
 なんというか、着々と外堀を埋められているような感覚。
 これはいよいよ責任重大だなと、背中に冷や汗を感じていたところ──

「なるほど、そいつが今回の決闘の代理人か。だが、人間が相手とは俺も舐められたものだな」

 背後から嘲るような声。
 振り返ると、群青色の長髪に銀の甲冑。
 その言動から察するに、おそらくは今回の決闘の相手だろう──大剣を背に差した氷魔族の男が、侮るような視線を俺へと向けて立っていた。


 俺に声をかけたその男は、ウォドムと名乗った。
 ウォドム・ハーネット。
 彼はアストリアのブリード家と並ぶ名門貴族の出で、彼女がいなければおそらく長に選ばれていた実力者だという。
 筋力や敏捷性はアストリアよりも上。
 ただ唯一、魔力だけが大きくアストリアに差を付けられていたため、惜しくも長の座を逃したと聞いていた。

 ウォドムは魔王たるロゼッタに対し、片膝をついて臣下の礼をとる。
 だが、俺に対してはことさらに見下す視線を向けてきた。

「はっ、拍子抜けだな。氷魔族の長を決める名誉ある戦いに、まさか惰弱な人間が参加しようとは」

 その物言いにロゼッタが眉を寄せる。

「ウォドムとやら。このクロノは、四天王にして私がもっとも信頼する部下の一人です。口を慎みなさい」

 しかし、ウォドムはロゼッタの叱責に怯むことなく、反論の口上を述べた。

「いいえ、魔王様。恐れながら慎みませぬ。私の聞いたところによると、このクロノとかいう人間は、最近軍籍を剥奪されたと聞きました。魔王軍ですらなくなった者に、敬意を払う必要がどこにありましょうか」

「それは元帥たちが勝手にやったこと。私は許可しておりません。もう一度言います。慎みなさい、ウォドム」

 ロゼッタの声に苛立ちが混じり始めると、ウォドムは身を引いて彼女に謝罪する。
 ただ、やはりこちらには軽視する態度を崩そうとしなかった。

「いずれにせよ、そこな人間を打ち倒すことで、此度の決闘にて我が剣の強さをご覧に入れましょう。……ま、本音を申し上げれば、相手にとって不足有り(・・)なのですが……そこまで無理は望みますまい」

 そう言い捨てると、ウォドムは甲冑の上に羽織ったマントをひるがえして去っていく。
 彼の姿が見えなくなった後、ロゼッタはしばし呆然としてしていたが、ハッと我に返り唇を尖らせた。

「何あれ。失礼な人ですね」

「……ロゼッタ。素に戻ってるぞ」

「あら」

 俺が指摘すると、彼女は口に手をやり赤面する。

「……あの、それで、クロノさん。今のウォドムが明後日の対戦相手なんですが……どうでしょう。勝てるでしょうか……」

 アストリアが不安げにこちらへと尋ねた。
 とはいえ、一言二言話しただけで相手の強さがわかるわけでもなし。
 こればかりは、やってみないことにはどうしようもなかった。

 俺が「さあなぁ」と返すと、アストリアは「……そうですよね」と、申し訳なさそうに謝る。

 ただ──

「ただ、あの偉そうな態度。あまり乗り気じゃなかったけど……ちょっとだけ、燃えてきたかな」

 俺がそう言って笑みを見せると、アストリアは「はい!」と嬉しそうに拳を握った。







 そして、決闘当日。
 氷魔族の北端にある大決闘場で、俺とウォドムは対峙する。

「すごい盛り上がりだな……」

 詰めかけた人の熱気に、思わずそうつぶやいてしまった。
 その屋外決闘場は数千人以上の収容人数を誇るが、今はほぼ満席となっている。
 観客たちは誰もが好奇に満ちた視線で、中央の俺とウォドムに視線を注いでいた。

 観客席からは歓声と野次が飛び交い、酒やつまみを売り歩く売子もいた。
 一族の長を決める戦いだというのに、こんな娯楽じみたやり方でいいのかとも思う。

 相対するウォドムに目を向けると、彼は不敵に笑って剣を抜いた。

「クロノとやら、逃げずにここに来たことだけは誉めてやろう。だが、哀しいかな。貴様は我が剣の錆びとなるのだ」

 一昨日と変わらず、自信満々である。

 ウォドムは剣の腕に覚えがあるという。
 彼の得意技は魔法剣。
 愛用する鋼の大剣に氷結魔法をかけ、威力を増した刃によって、いかなる敵をも両断するのだそうだ。
 俺はそれを含めたいくつかの情報を、アストリアから事前に聞かされていた。

 そうであるなら──ある程度戦い方がわかっているのなら、付け入る隙はある。

 こちらの手札は、土魔法と契約魔法の恩恵で手に入れた魔力の結晶。通称、守護領域。
 そして、後者の守護結晶はおそらくネタが割れていない。
 であれば、これを最大限活用することが有効だろう。

「各々方、準備はよろしいか」

 審判役の氷魔族が前に出て問う。

 俺とウォドムが互いにうなずくと、彼は右手を挙げ、それを勢いよく下ろして開始の号令をかけた。

「それでは──始めいッ!」

「おおおおッ!」

 その声と同時に、ウォドムがこちらに突っ込んでくる。
 大剣にはすでに氷結魔法の属性付与(エンチャント)がかかっており、氷の刃が陽光に強く反射していた。

「『守りの土壁よ、在れ(ランド・アンデュレイション)』!」

 俺は土魔法で防御の壁を作る。

「小賢しいわ! このような土くれなど、すべて叩き斬ってくれる!」

 目の前に複数生み出した土壁を、ウォドムはいとも簡単に切断していく。
 思っていたよりもスピードが速かった。
 無駄がなく、洗練された動きだ。
 このままでは防御が追いつかない。
 俺は即座に後退して距離を取り、土壁の数を増やす。

「はっ、逃げるしか能がないのか、人間よ!」

 生成した途端に防御壁は真っ二つに切り裂かれる。
 二つ、三つ、四つ。
 次々と斬られていく土壁たち。
 さすがに剣技に自信を持っているだけのことはある。
 だが、あえてそうさせるのがこちらの狙いでもあった。

「──終わりだ!」

(──ここだ!)

 白刃が目の前に迫る。
 最後の土壁ごと俺を斬ろうというのは、その剣の軌道からして明らかだった。
 しかし、得意気に切り裂いていた氷の刃は、五つめの壁に食い込んだ瞬間、強く弾かれる。

 ガキィン!

「何ぃっ!?」

「『硬き飛礫よ、降り注げ(フラグメントラッシュ)』!」

 俺は剣を握った彼の右手に、石つぶての雨を叩き込む。
 ウォドムはその攻撃によって、自らの武器を取り落とした。

 実を言うと、俺が作った五つめの土壁には、連結した守護結晶を埋め込んであった。
 だから、それまでの土壁とは硬さがまるで違う。
 どんな剣の達人でも、たとえばプリンを斬る時と、石を斬る時では握り方は異なるものだ。
 予想外の硬いもので弾かれれば握りは緩む。
 その瞬間に、剣を持った手をはたき落とす。
 つまり、俺の狙いは最初から彼の持ち手にあった。

「おっ、おのれ!」

 ウォドムは慌てて大剣を拾おうとする。
 その数瞬の隙こそが、こちらが求めたもの。
 俺は自分の背後に土壁を生成し、その壁から、さらに真横に土の塊を生えさせ、自身の身体を押し出させた。

「──行けえッ!」

 ドゥッ!

 土の防御壁を発射台にした高速突進。
 俺の身体は勢いをつけてウォドムにぶつかり、そのまま二人して決闘場の壁にぶち当たる。
 ウォドムは剣を拾えていない。
 魔力を高めつつ、彼の上に馬乗りになる。
 苦し紛れに氷結魔法を当てようと、右手が突き出される。
 そう来ることもわかっていた(・・・・・・・・・・・・・)
 俺は空気中の魔力を収束させ、彼の右手を守護結晶で隙間なく覆った。

「な……!」

 このまま魔法を発射すれば、守護結晶によって暴発し、自らの手が傷つくのみだ。
 その恐れからウォドムは怯み、反撃が遅れる。

 俺は土魔法を発動させ、右手に黒曜石の剣を具現化する。
 それを相手の首へと降り下ろす。
 視線が交錯し、死を覚悟した表情になるウォドム。
 刃が肌に触れる直前でビタリと剣を止めると、彼はぐっと息を吞み、「……まいった!」と声をあげた。

「──勝負あり! 勝者、クロノ・ディアマット!」

 審判が決着の声とともに右手を挙げると、闘技場を包むほどの大きな歓声が巻き起こった。


 「……見事だ」と、ウォドムは俺に言った。

 さっきまでの尊大な態度が別人かと思うほど、彼はあっさりと負けを認めた。

 俺が立ち上がり手を差し伸べると、彼は素直にその好意を受けてくれる。

「先刻までの無礼な態度を詫びよう。さすがは四天王というべきか……。いや、敗因はそれだけでなく、『人間などに負けるはずはない』と侮った俺の未熟さにあるのだろうな」

 ウォドムは自嘲気味に笑って言った。

「いや、あんたは強いよ。だからこそ、悪いけど事前に対策を立てさせてもらったんだ。俺が勝てたのはそのおかげさ」

 その言葉の通り、彼に勝つことができたのは、俺があらかじめ作戦を立てていたからだった。
 彼の戦い方をアストリアに聞き、いくつかのパターンや対処法を想定していたからこそ、こちらが望む流れに乗せることができたのだ。

 身体能力に劣る人間の俺は、そうやって事前の準備を整えることで、何とかこれまで勝ちを拾ってきたのである。

「……それにしても。最後に俺の右手を覆った魔力の強さには驚いたな。見ただけでこれは逃れられないと思ったよ。あれはどういう技なんだ?」

「技というか……身体からあふれた魔力を結晶化して固めただけだよ。土壁の中にも同じ結晶を仕込んであったんだ。ただ、自分でも驚くほど強度があってね。これが俺の切り札ってところかな」

(……まあ、身体からあふれるほど魔力が湧き出るのも、俺自身の力じゃなくて、ロゼッタのおかげなんだけどな……)

 俺は心の中で彼女に感謝する。

 と、その時。
 まさにそのロゼッタが、闘技場中央へと降りて来た。

 彼女は浮遊魔法を発動させ、上階の貴賓席からふわりと宙を舞って着地する。
 観客たちはそれを目にしてにわかにざわめき立つ。

「魔王様だ……」

「え、あの女の子が……?」

「馬鹿。最近即位されたんだよ、知らねえのか」


「ロゼッタ──」

 俺は言いかけて口をつぐんだ。

 公衆の前で魔王を呼び捨てにしかけたこともそうだが、彼女自身が手振りでこちらを制するような動作をしたからだ。
 「ここは控えて」という意思表示。
 俺はその意を汲み取って、すぐに片膝でひざまずく姿勢を取った。

 それを見たウォドムも同じように膝を屈すると、観客たちも雰囲気を察して会話をやめ、皆が彼女へと耳を傾ける。

「──(わたくし)はロゼッタ・アグレアス。初代魔王、オセ・アグレアスの娘にして、今代におけるそなたらの(あるじ)となる者です」

 その言葉に、闘技場の全員が一斉にひれ伏した。

「此度の決闘、両者ともに見事な果し合いでした。この決闘の勝敗に従い、そなたら氷魔族の長を、これまで通り氷帝アストリアとすることをここに宣言します」

 「全員、(おもて)を上げて楽にして下さい」、続けてロゼッタがそう言うと、氷魔族たちは大きく息をつき、その呼吸音が波のように響き渡った。

(……ああ、そうか。ロゼッタが氷魔族たちの前で宣言することで、アストリアの長としての正当性に異議を挟ませないようにしたわけか……)

 彼女の考えと手際の良さに、俺はなるほどと感心する。

「──魔王陛下」

 そこへ、長老会の席から一人の老魔族が進み出て言った。

「陛下。私は長老会の筆頭でございます。一つうかがってもよろしいでしょうか」

「許します。何でしょう」

「お尋ねしたいのは、まさにこの度、正式に長となった我らが同胞、アストリア・ブリードについてのことです。そもそも今回の決闘は、アストリアが女であることが判明したため開催されたものでありますが、その発端は王都の海魔元帥が彼女を脅迫したことにあると聞きました。それはまことのことでございましょうか」

 その老人の問いに、観客席からざわめきが起こった。

「ええ……事実です」

「では、そのことにつき、陛下はいかにお考えでしょうか。思うところをお聞かせいただきたく存じます」

 彼が言い終えると、場の空気がピンと張り詰め、聴衆の間に緊張がはしった。

 つまりこの老人は、暗にロゼッタを問い詰めているのだ。
 「自分たちの同胞を脅すなど、上層部は何を考えているのか」と。
 それは、アストリアが女であっても彼らの仲間として認められていることを示しており、ある意味喜ばしいことではある。が、ロゼッタを試す一触即発の質問でもあった。
 下手をすれば、次のロゼッタの返答次第で氷魔族全体が敵に回る恐れもある。

(これは……大丈夫なのか……。ちょっとヤバくないか……?)

「──待って下さい!」

 すると、観客席から中断の声がかかる。
 声の主は、まさに渦中の人であるアストリアだった。
 上階にいた彼女は、席を飛び出し闘技場中央へ下りてくる。

「長老、ロゼッタ様は僕への脅迫とは無関係です。というか、むしろ逆です。ロゼッタ様やそこにいるクロノさんが協力してくれたからこそ、今回の決闘が行われ、僕はこうして正式に長になることができたんです」

「それは……どういうことかね」

 長老の問いを受け、アストリアは説明する。
 三元帥がロゼッタを軽視しており、彼女を傀儡として権勢をほしいままにしようとしていることを。
 アストリアはその手駒として利用されかけたのであり、彼女への脅しはそのための手段だったことも。

 無論、元帥たちが自らの胸の内をアストリアに明かしたわけではないが、ここに至るまでの経緯からすれば、もはや彼らの真意は明らかだった。

「元帥たちはともかく、ここにいるお二人は僕の味方です。そして、僕もお二人の力になりたいと考えています。王都の上層部は腐敗していて、ロゼッタ様はそれに心を痛めておられるんです」

「……そうなのですか?」

 長老がロゼッタに尋ねると、彼女は無言で目を伏せた。
 立場上明言を避けたものの、その所作が肯定を意味していることをその場の誰もが理解する。

 アストリアは一旦言葉を区切る。
 彼女は大きく声を上げ、闘技場の同族たちに訴えかけた。

「皆さん! 僕は四天王として、氷魔族の長として、ロゼッタ様にお力添えしたいと思っています! ですが、王都の腐敗を正すことは、僕一人の力では到底不可能です! 僕のことを長と認めて下さるなら、どうか皆さんの力を貸してもらえませんか! 魔王軍を正しい方向に導くために、皆さんの力が必要なんです!」

 聴衆たちのざわめきが大きくなる。
 アストリアの言葉に、ひざまずいていたウォドムがおもむろに立ち上がった。
 彼は剣を高く頭上に掲げると、誰へともなく賛同の声を上げる。

「俺もアストリアに協力しよう。決闘に負けはしたが……いや、負けて力の差を思い知ったからこそ、彼らについていく価値があるとわかった。俺を倒したこのクロノという人間の強さは本物だ。そして、彼を従えている魔王陛下を疑う理由はない。俺は、彼らこそが魔王軍にふさわしいと思う」

 「おお」と、歓声が上がる。
 一番遺恨があるであろう対戦相手が認めたのだ。これは信じても良いのではないか──
 ウォドムの宣言を皮切りに、観客席からも好意的な声が聞こえはじめた。

「……確かに、さっきの戦いはなかなかのものだったな」

「ああ。正々堂々、それでいて無駄な血を流すこともなく、あのウォドムを制したんだ」

「クロノって奴も、人間らしいけどやるじゃねえか」

「それに、アストリア本人がああ言ってるんだ。疑う必要なんてないだろう」

「むしろアストリアを脅したっていう元帥たちの方が許せねえよ」

「俺はロゼッタ様についていくぜ!」
「俺も」
「俺もだ!」

 それらの声はだんだんと大きくなり、闘技場全体を埋め尽くしていく。
 やがて闘技場そのものが一つのかたまりとなったような響きを発すると、アストリアはそれを意思の統一とみなし、再びロゼッタへとひざまずいた。

「ロゼッタ様……いえ、陛下。我ら氷魔族一同、御身に尽くすことをここに誓わせていただきます」

 そして、その場の氷魔族全員が、彼女と同じ姿勢を取る。

「我ら、魔王陛下の(おん)ために!」
「「「我ら、魔王陛下の(おん)ために!!」」」

 ウォドムが朗々たる声で口上を発すると、皆がそれに続いて声を合わせた。

「……ありがとう。皆の忠節、とても嬉しく思います。これからよろしくお願いしますね」

 そう言って、ロゼッタはちらりと俺を見る。
 このような展開になるとは思っていなかったのだろう。表情にこそ出さなかったが、こちらに泳いだ視線が氷魔族たちの気勢に戸惑っていることを示していた。

 俺が小さくうなずくと、彼女はそこでようやく安堵したような笑みを見せる。

(……ま、かくいう俺も、さすがに部族全体の忠誠を得られるなんて予想してなかったけどな……)

 ともあれ、こうして俺たちは、図らずも氷魔族の全員を味方につけることになったのだった。


「氷魔族が公文書で離反を突き付けてきただと!?」

 三元帥の定例会議にて。
 海魔元帥はその報告を聞くと、思わず席を立って叫んだ。

「おお、その通りよ。アストリアを脅した『誰かさん』のせいでな」

「しかも、魔王軍への離反ではないぞ。送られてきた文書は、我々の命令には従わないが、ロゼッタ個人には忠誠を誓うというものだった。海魔元帥よ、そうなったのもおぬしが安易にアストリアを縛ろうとしたからであろう。この責任、どう取るつもりだ」

 先に報告を受けていた空魔元帥と陸魔元帥が、見下す視線とともに彼を責めた。

 普段なら競争相手の失敗を喜ぶ彼らであるが、二人の声に歓喜の色はない。

 何故なら、これまでの経過をあわせ考えれば、その事実はロゼッタが自分たちに手向かう意思を明確にしたことを意味するからである。

 その文書には以下のようなことも書かれていた。
 『魔王陛下は、彼女を支える四天王たちと協力し、今回のようなことが二度と起きぬよう、中央の腐敗を正していく旨をおっしゃられた』と。

 すなわち、三元帥とロゼッタの対立は、もはやどうあっても避けようがないものとなったのである。

「何故だ……。何故こうなった……!?」

 海魔元帥は席に着くと、焦りの色を浮かべて言った。

「理由を考えても貴様の失態がなくなるわけではなかろう。それより重要なのは、次の一手をどうするかであろうが」

 空魔元帥がそれに悪態をつくと、海魔元帥は「何だと!?」と声を荒げた。

「よさんか、二人とも。今はもう我らがいがみ合っている時ではない。失敗の原因究明、今後の対策、ともに協議して、次の策を考えるべきではないのか」

「う、うむ……」

「確かに……そうではあるが……」

 陸魔元帥の言葉に、残りの二人は渋々ながらも口をつぐんだ。

 陸魔元帥はあごに手をやり、続けて言った。

「私が思うに、そもそもの失敗の始まりは、あの礫帝(れきてい)のクロノを追放したことにあると思う。奴を追い出してから、すべてが狂い始めたような気がしてならんのだ」

「……何だと。ではお前は、あの人間に頭を下げて戻って来てもらえとでもいうのか?」

「そうではない、逆だ。今のうちに、奴の泣き所を押さえるべきだと言っているのだ」

 陸魔元帥はそこでニヤリと笑うと、その意味を説明し始めた。

「つまり、奴の大事なもの──奴が守らざるを得ないものをこちらで確保すべきということだ。奴は惰弱な人間の生まれで、この魔王軍には少数ながらも人間の兵士がいる。そこを突くのだ」

「人間……?」

「要するに……人質か」

「そうだ。とはいえ、別に人間どもを実際に捕える必要はない。『我らに従わねば、王都にいる人間がどうなっても良いのか──』、クロノに一言そう言ってやるだけで、奴は身動きが取れなくなるだろう」

「おぉ、なるほど……。同族を押さえるというのは、なかなかの策ではあるな」

「人間どもは下等種族のくせに、仲間意識だけは強いからな。確かにその手なら、かなりの効果を期待できそうだ」

 さらに陸魔元帥は、『失敗の原因』──クロノのことのみならず、それ以外の『今後の対策』についても言及する。

「現在、王都には最後の四天王、『炎帝』フレイヤが常駐している。だが、今までの四天王のように、フレイヤにロゼッタの奪還を命じることはすべきでない。むしろフレイヤが従おうと従うまいと、その身を王都に縛り付け、他の四天王と分断させるのが得策だろう」

「……そうだな。四天王が全員そろわれては厄介だ」

「うむ。奴らが一つになるというその事実だけでも、周囲への影響力は計り知れんからな。打てる手はすべて打っておくに越したことはない」

 空魔元帥、海魔元帥もうなずき合い、彼らは早速フレイヤに適当な命令を下すことで、その身柄を王都に留めようとする。

 そのためにまずは配下の者をやり、フレイヤを会議室に呼びつけようとしたのだが──

「──失礼いたします、閣下。炎帝様をこちらにお呼びせよとのご命令ですが……。あの、炎帝様は三日前から特殊任務とのことで、王都を発っておられます。当任務は、陸魔元帥直々のご命令とお聞きしておりますが……?」

「何? 何を言っている。私はそんな命令など下していないぞ」

「いえ、ですが」

「……いや、待て。それはどういう任務だ。言ってみろ」

「は。あの、何でも、人間の国にスパイを送り込むとかで……。魔王軍内の人間をすべてフレイヤ様が招集されて、ご一緒に発たれたとのことですが……。まずは準備のために礫帝様の村に寄る必要があり、そちらへ向かわれたとか……」

「……な、何だと……?」

「まさかっ……」

「しっ……しまったぁあっ!」

 彼らはそこで、ようやくフレイヤに先を越されたことに気付く。
 考えた策謀が一足遅かったことを知り、空魔元帥、海魔元帥はその場に固まり──陸魔元帥はひときわ大きな声を上げたのだった。


 フレイヤから連絡が来たのは、十日ほど前のことだった。

 彼女の使い魔のフクロウが、森の屋敷に水晶玉を運んで来て、話したがっていると俺に告げる。
 その通信用の水晶玉で久しぶりに顔を合わせると、彼女は他の四天王と同じようにこちらに移りたいと言ってきた。

「みんなでそっちで楽しくやっててずるいー。私も引っ越したいー。もう上層部のお守りは嫌なのよー」

 わざとらしくすねたような口調で駄々をこねるフレイヤ。ちょっと可愛い。

 まあ、来るのは別にいいとして、それならば俺は彼女に頼みたいことがあった。

 それは、王都にいる俺以外の人間たちのこと。
 氷魔族が味方について、いよいよロゼッタと元帥たちの対立が明確になった今、向こうが俺の弱みとして、人間たちを盾に脅しをかけてくることは容易に想像できた。

 なので、フレイヤがこちらへ移住するにあたって、いっしょに彼らを連れて来てもらうことを俺は要請する。

 もちろん、元帥たちにバレてはいけないので、あくまで任務の(てい)を取り、内密にという形である。
 落ち合う日時を決め、また、追手の恐れも考慮して、合流地点には俺やアストリアも護衛として向かうことにした。

 加えて、合流の日までの短い間、俺は人間たちの住居を土魔法で建てることにする。

 魔王軍に籍を置く人間は、それなりの数に上る。
 俺の屋敷がいくら広くても、全員は入りきらない。

 ただ、以前より魔力は高まったとはいえ、その人数分の家を建てるにはさすがに時間が足りなかった。
 よって、まずは仮宿ということで、大人数を収容できる避難所的なものを作ることにした。

 居住のための土地は、屋敷周辺の草木を伐採することでなんとか場所を確保した。
 近いうちに、ちゃんとした職人を呼んで家を建ててもらうつもりなので、どうか今回はこれで勘弁してもらいたい。

 そうやって準備を整え、約束の日。
 俺とアストリアは、フレイヤたちとの合流地点へ向かう。
 元帥側の追手に襲われることもなく、予定通り俺はフレイヤと再会した。

「──クロノ!」

「フレイヤ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 こちらが軽く手を挙げると、燃えるような赤髪の少女が、笑顔で駆け寄ってくる。

 『炎帝』フレイヤ。
 女性にしては長身で、赤い瞳と髪の色をした、炎を操る四天王。
 活発な感じの、一見どこにでもいるような少女に見えるが、彼女も他の四天王と同じく一騎当千の強さを誇る。

「そっちも変わりないみたいで良かったわ。それと、アストリアも久しぶり。……でも、氷魔族の通告書面を読ませてもらったけど……あなたって女の子だったのねぇ」

 フレイヤはそう言って、アストリアの顔をまじまじと眺めた。

「すみません。今まで隠していて」

「ううん、責めてるんじゃないのよ。むしろこれから話題が広がって、楽しみだなって思ってるの。オシャレの話とか、お化粧の話とか……そういう女の子ならではのこと、興味あるでしょ? クラウディアも交えて、今までできなかった分、いっぱいお話しましょうね」

 気さくな笑顔を向けるフレイヤに、アストリアは頬を染めてはにかみ、こくりとうなずいた。

礫帝(れきてい)様、今回はお手間をおかけしまして……どうもありがとうございます」

 続いて、移動の際に殿(しんがり)を務めていた、人間の中でもっとも階級の高い兵士が俺に頭を下げる。

「いや、俺の方こそ、下らない権力闘争に巻き込んでしまってすまなかった。けど、ここまで来たら手出しはさせないから。皆のことは俺が責任をもって守るから、安心して欲しい」

 俺がそう言うと、彼は胸に染み入ったような表情を見せて敬礼し、他の兵たちも安堵の息を漏らした。


 ──と、そこで。
 彼らが来たのとは別方向、南方の街道の方から、人の叫ぶような声が聞こえてきた。

 俺たちは追手かと即座に身構える。
 だが、少しばかり様子が違っていた。
 それは声の感じからして、すでに争っているような喧騒であり、その中には悲鳴も混じっていた。

「……フレイヤ。うちの兵は全員そろってるんだよな?」

「ええ。私も彼と一緒に最後尾を歩いていたから……脱落者はいないはずよ」

 フレイヤも聞こえてくる声に首を傾げながら、怪訝な様子で答える。

「じゃあ、何だ……? 無関係の喧嘩ってことなのか……?」

 いまいち状況がつかめないでいると、喧騒はどんどん近づいてきた。
 どちらにしろ皆を守る必要があると思い、俺は兵を下がらせて戦闘態勢を取る。

 そうして、バサバサと茂みをかき分ける音とともに、飛び出してきたのはエルフの女性たち。

 長い耳に、白い肌。
 美しい顔立ちの金髪のエルフが十名弱。
 彼女たちはこちらを見て、一瞬ぎょっとした表情となる。

 だが、走ってきた方向に追手がいるらしく、俺たちの服装から無関係の人間だと理解すると、「助けて下さい!」と駆け寄って来た。
 そして、それに続いて、他よりも身分の高そうな装飾品をまとったエルフが遅れて駆けこんでくる。

「あなたたち、何をやってるの! 止まらずに逃げなさいって言ったでしょう!」

 同族に叫んだそのエルフの女性の顔を見て、俺は「あっ」と声を上げた。
 向こうもこちらに気付いたらしく、お互いの名を呼び合う形になる。

「──クロノ君!?」

「フィーネさん!? 何でこんなところに──」

 それはダンジョンでお世話になったエルフの長、フィーネだった。
 しかし、俺が続く言葉を言いかけた時、彼女たちが逃げてきた方向から矢が飛んでくる。
 矢は木の幹に刺さり、エルフたちから甲高い悲鳴が上がる。
 同時に奥から現れたのは、甲冑をまとった人間の男たち。

「──なんだなんだ。人間がいるじゃねえか。どうなってんだ」

「おい、待てよ。どうも様子が変だ。こいつら魔王軍の軍服着てやがるぜ」

(これは──……)

 なんとなく、もうその状況だけで察してしまった。
 野盗か、敵兵か。
 いずれにせよ俺たちは、抜き差しならないトラブルに巻き込まれてしまったようだった。

 魔王軍と異なり、この世界における人間の国はいくつもある。
 魔族たちは少数精鋭だが、対して人間はそれより数が多く、民族ごとで各地に散らばっているからだ。
 その中でも俺たちの領土に近い人間の国は三つ。

 ハシュバール。
 アルマフィア。
 イザルキスタン。

 そして、この時遭遇した男たちは、浅黒い肌と甲冑の下の紫色の布から見て、ハシュバール国の兵士たちだと思われた。

「……フィーネさん、手短に答えてくれ。こいつらは敵か?」

 もはや一見しただけで明らかだったが、俺は確認のため、小声でフィーネに問う。

「ええ、そうよ。彼らはハシュバールの兵士たち。もとはエルフと不可侵の関係にあったのに、つい先日、急に攻め入ってきたの。逆らう者は容赦なく殺し、問答無用で略奪する……。私たちは里を焼かれ、逃げる途中だったのよ」

 フィーネは口惜しそうに唇を噛んで言った。

 通常なら、一方だけの意見を鵜呑みにするのは良くないが、状況が状況だ。
 それに彼女とは深い仲ではないにしろ、悪人じゃないことは知っている。
 ならば、目の前の男たちこそが敵。
 フィーネたちエルフは被害者と考えるのが妥当だろう。

「なら……助けは要るかい? もっとも、この間はこっちの素性を明かさなかったけど、実を言うと、俺たち──」

「──魔王軍なんでしょ。それはあなたたちの装いを見ればわかるわ。……そうね、たとえ魔族の助けを借りることになっても、ここで辱めを受けるよりはずっとマシでしょう。庇護してくれるのなら、ぜひ頼みたいところね」

 フィーネはその言葉に続けて、「クロノ君なら信用できそうだし」と付け足した。
 それはこちらとしても同じだった。
 彼女なら信用できると思う。
 俺はうなずき、声を張り上げ、自軍の兵たちに命令を下す。

「全体、密集体形! ここは俺たち上級士官が応戦する! それ以外の者は、エルフたちを守って後方で備えよ!」

 部下たちは即座に号令に応じ、素早く後ろに退がる。
 フレイヤとアストリアは剣を抜いて前へ出ると、人間たちに向けて構えを取った。

「おおぅ、出会い頭で刃を向けるたぁ、さすが悪名高い魔王軍だな」

「ハハッ、とはいえ、むやみに恐れることはねぇ。こいつら見たところ、ほとんどが人間じゃねえか。今の俺たちが裏切り者なんかに負けるわけがねえよ」

 ハシュバールの男たちは下卑た笑みを見せながら、こちらを嘲り笑った。
 ただ、『今の俺たち』という言葉、そのどこかおかしな物言いに違和感を覚える。
 そもそも彼らは三十名ほどしかいない。それなのに、数で勝る俺たちを前に、恐れる様子がないのはあまりにも妙だ。

「クロノ君、気をつけて! 竜鱗を着込んだこいつらには魔法が効かないの!」

「──竜鱗?」

 フィーネが杖を構えながら言う。
 彼女は警戒態勢のまま、俺たちに説明する。
 いわく、ハシュバールは北方に拠点を持つ竜の国と同盟を結び、竜たちの支援を受けるようになったのだという。
 同国の兵には竜の鱗で作られた甲冑が支給された。その甲冑は攻撃魔法を通さず、しかも身体能力が何倍にも跳ね上がる代物らしい。
 目の前の男たちを見やると、なるほど全員が蒼緑色のそれらしき鎧に身を包んでいた。

(少数なのに妙な自信の根拠はそれか……。でも、こっちとしても、それがわかれば対処のしようはある)

「フレイヤ。あいつら『乞食鶏(こじきどり)』にしてやろうと思うんだが。タイミングを合わせて、火球をぶち込んでくれるか」

「……ふぅん、わかったわ。そういう戦法ね」

 俺がフレイヤに作戦を伝えると、彼女は口角をあげてうなずいた。
 それとは対照的に、フィーネは俺の言葉を聞き、慌てたように声を上げる。

「ちょっと、今の話を聞いてなかったの!? こいつらに魔法は──」

「おらあぁっ!」

 その言葉が終わらないうちに、ハシュバールの兵が斬りかかってきた。

「クロノ、危ないっ!」

 フレイヤが応撃し、剣を交えると男を蹴り飛ばす。
 そのタイミングで俺は土魔法を発動させる。

「『守りの土壁よ、在れ(ランド・アンデュレイション)』!」

 土の壁が盛り上がって男たちを足止めした。
 続いて俺はその壁を円状に曲げて包囲させ、土壁の円柱によって敵を一点に閉じ込める。

「なめやがって! こんな土くれなんざはね飛ばして──……うおっ!?」

 男の一人が体当たりをしかけるが、土壁はびくともしなかった。
 それもそのはず、前のウォドムとの決闘でやったように、壁の中には防御結晶を仕込んでいたからだ。
 こいつらの甲冑が魔法を受け付けないとしても、物理的な堅さまで無効化するわけじゃない。

 そして、それは他の魔法でも同じだ。

「──フレイヤ!」

「わかってるわ、『灼熱の果実よ、在れ(ファイアバレット)』!」

 『炎帝』フレイヤの火炎魔法が発動する。
 無数の火球は上空から土壁の輪の中へ。
 しかし、狙いはハシュバール兵そのものではない。
 火の玉は兵たちに直接当たることなく、そのまま地面へと吸い込まれていく。

「これで仕上げだ──『収束せよ(ジェイリング)』!」

 俺は唯一空いていた天井部分を、土壁を流動させて蓋をした。
 それによって土壁はドーム状になり、中は完全に密閉空間となる。
 この戦法の肝はそこにある。フレイヤの火炎球は超高熱の特別製。一見、地面に吸収されたかに見えるが、その熱は魔力のおかげで失われることはない。

 すなわち、『乞食鶏』とは土で蒸し焼きにする調理法のことであり、ここでは高温と酸素不足による殲滅を意味する。

「こんな戦い方が……」

「魔法そのものが通じないとしても、熱を全部遮断できるとは限らないだろ」

 呆然とするフィーネに向けて俺は言った。
 壁が破られることはなく、兵たちは中から突破するため体当たりを続けていたようだが、しばらくするとその音も聞こえなくなる。
 数分の後、解析魔法で土塁の中の生命反応を見ると、男たちは全員が息絶えていることが確認された。

「土塁のおかげで断末魔が聞こえなかったのはラッキーだったな。野郎のうめき声なんて聞きたくもないし」

「……やっぱり、ただものじゃなかったのね、あなたって……」

 フィーネは畏怖を伴った表情で、こちらへ感嘆の言葉を述べた。

「ま、種族は人間だけど、俺も魔王軍だからな。そこらへんの死生観は、普通の人間よりシビアなんだろうと思うよ」

「いや、そうじゃなくて……。強さっていうか……まあいいわ」

 彼女は何かを言いかけて、そこであきらめたように言葉を切った。
 俺はフレイヤとハイタッチを交わした後、全員に警戒態勢を解くよう通達する。

「さて、村を焼かれたっていうんなら、休めるところが必要だよな。どうせうちの部下たちを収容するつもりだったし。少しばかり増えたって変わらないだろう」

 俺は「来るかい?」と、親指を立ててフィーネに尋ねる。
 彼女はエルフたちを見やった後、その同族たちを安心させるように笑みをつくると、「お願いするわ」と俺に答えた。

 こうして俺たちは、人間の兵だけを連れていくつもりが、何の因果かエルフたちも保護下におくことになったのだった。



「……ところで、今日はロゼッタちゃんはどうしたの?」

「自宅で留守番してるよ。さすがに魔王がほいほいと外を出歩くわけにはいかないからな」

「……え、魔王?」

「おかえりなさい、クロノ! ……って、何か予定より人数が多くないですか?」

 人間の兵を連れて屋敷に戻って来た俺たち。
 ロゼッタは先頭の俺を見て、パッと表情を輝かせて駆け寄ってくるが、その中にエルフの女性が混じっているのを目にすると、少しばかり眉を寄せた。

「ああ、帰る途中でちょっとトラブルに出くわしたんだ。彼女たち、襲われていたからうちで保護することになったんだよ」

 俺が言うと、すぐ後ろについていたフィーネがひょこりと顔を出す。

「お久しぶりね、ロゼッタちゃん」

「え、フィーネさん!?」

 ロゼッタは驚いて声を上げる。
 とはいえ、彼女にとってもフィーネは見知った仲でもある。
 ロゼッタはフィーネたちのここに至るまでの事情を聞くと、すぐに納得してエルフ全員を歓迎した。

 一方、フィーネはロゼッタの装いを見ると、しみじみと感じ入ったようにつぶやく。

「本当に……魔王なのね……」

 今のロゼッタは、町娘の服装ではなく、王都にいた頃の黒いドレスを着用している。
 完全な正装とまではいかないが、それなりに魔族然とした格好だ。
 兵たちを迎え入れるため、威厳を損なわないようにとクラウディアが提案したのだが、それも相まってロゼッタの姿は見る者に高貴な印象を与えていた。

 ちなみに、もともと村に住んでいた人間たちには、彼女が魔王であることはすでに明かしてある。
 村長などには腰を抜かすほど驚かれたが……まあ、こちらも大っぴらにできなかった事情があるわけで、そこは許してもらいたい。

「えっと……クロノ君もあなたも、ずっと普通のカップルとしか思ってなかったから……。私、出会った時に何か失礼なことしてないかしら……」

「何言ってるんですか。むしろ私たちの方がフィーネさんにお世話になったんですよ」

 どこか遠慮がちなフィーネに、ロゼッタは笑顔で答える。

「困った時はお互い様です。どうぞゆっくりしていって下さいね」

 彼女がそう微笑むと、そこでフィーネはようやく安心したように「ありがとう」と礼を述べた。

「あ、でも……クロノ。今の私たちの状況について、フィーネさんに言っておいた方がいいですよね」

「ああ、そういえばそうだな。元帥たちとのことを知らないで、王都に行かれたりするとまずいもんな」

 『今の私たちの状況』。つまり、魔王軍は元帥一派とロゼッタ&四天王で対立状態にあるということだ。
 俺たちは現在、内部分裂の状態にある。
 身内の醜聞を外部に明かすのは良くないが、無関係の者を危険に晒すわけにはいかない。
 もし元帥たちが実権を握ったなら、おそらくエルフも含めた他種族すべてを排斥するに違いないからだ。

 俺はそれらの事情をかいつまんで説明する。
 話を聞き終えたフィーネは、合点がいったようにうなずくと、一つの質問を俺たちに投げかけた。

「なるほどね……。けど、それなら、その元帥たちが魔族至上主義だっていうのなら……あなたたちはその逆と考えてもいいのよね?」

「……逆っていうのは?」

「つまり、他種族を差別したりはしないってことよ。まあ、ロゼッタちゃんの隣に人間のクロノ君がいることから見ても、大丈夫だとは思うんだけど」

「ああ、そりゃあ当然。というか、ロゼッタの親父さんである先代魔王が共存派の人だったからね。だから、俺たちは血統だけじゃなく主義的にも、それを継いでるってことになるのかな」

 魔王軍は、そもそも初代魔王が荒れて統制に欠ける魔族たちを抑えるために作ったのが始まりだとされている。
 魔族は寿命が長いゆえに代替わりは少ないが、それは逆に言えば先代魔王が長い間一人で同族たちを治めて来たということでもあった。
 俺たちはそんな彼の遺志を違えることなく承継しているのであり、いわば魔王軍の正道といっても差し支えないはずだ。

「それじゃあ私たち……お互いに同盟を組むというのはどうかしら」

 フィーネは俺の返事を聞くと、そんな提案を持ち掛けた。

「同盟?」

「そう、エルフと魔族の協力関係ってこと。私たちエルフも各地区に長が点在していて、私がトップってわけじゃないんだけど、あなたたちとだったら皆が上手くやっていけると思うの。最近、他国との情勢もきな臭くなってきているし……。いざという時に助け合えれば、お互いにメリットがあると思うんだけど」

「同盟関係……それはエルフ全体とってこと?」

「ええ。もちろん、そちらの事情もあるでしょうから、すぐに決めてくれなくていいわ」

 その提案に俺はなるほどとうなずいた。
 確かに、彼女たちと協力関係を結べるのなら、こちらとしてもメリットは大きい。
 向こうは魔族の後ろ盾を得られるメリットがある一方で、こちらも高貴なエルフに認められたという箔付けになる。
 なかなか魅力的な申し出だった。

 俺が同盟のことについて前向きに考えていると、今度はロゼッタが怪訝な表情でフィーネに尋ねた。

「あの、フィーネさん。それはいいんですけど、『他国との情勢がきな臭い』っていうのは……」

「ん、ああ、それね。たとえば、さっき襲って来たハシュバールの人間たちとか……。あと、それに援助しているドラグニアが、ちょっとね……。良い噂を聞かないのよ。実を言うと、そのこともあって私たちの村も色々と対策を考えないといけないなって思っていたところだったの」

 ドラグニア。それは竜が治める竜族の国の名前である。
 先刻フィーネが教えてくれたように、同国はハシュバールに竜鱗の甲冑などを支給して、軍備増強の手助けをしているという。

「ハシュバールも、以前はそんなに悪い国じゃなかったんだけど、ドラグニアの援助を受けるようになってから、まるで国民の意識が変わったみたいに好戦的になっちゃってね……」

 「人間って、力を手にするとそうなっちゃうのかしら」と、フィーネはつぶやく。

 確かに個人個人ではそういうこともあるかもしれないが、民のすべてが急にそうなってしまうというのは、聞く限りでは妙な話だった。

(兵士に……援助……。竜鱗の甲冑、か……)

 そういえば、さっきの兵士たちも妙に好戦的だった。
 イキっているというか、まるでどこぞのチンピラのような印象を受ける。

(あんなのが人間の正規兵とは思いたくないが……力がアップする防具を付けて、気が大きくなったってことなんだろうか……いや、待てよ?)

 不意にあることを思いつき、俺ははたと顔を上げた。

「フィーネさん。悪いんだけど、さっきの兵士と戦ったところまで、もう一度ついて来てくれないか。同盟の申し出は受けようと思う。ただ、その前に……一つだけ気になることがあるんだ」