天才とは、『高度の創造活動を行い、または傑出した社会的業績を達成するなど常人よりもはるかに優れた能力、才能を示す人物』の事である。ただし、『この能力については二つの見方がある。第一は、天才と常人の差は量的なものにすぎないとする立場。第二は、その差は質的であると考える立場である』(日本大百科全書より)
この世はなんてつまらないのだろう。世界は皆一様にしか見えないのに、それでも尚。ここの住民は生き生きとしている。何故だろう。
僕の友人、いや、知人と言って然るべきか。世界に面白さを見出せない薄情な人間と友、だなんて。きっと嫌だろうから。ともかくその人は凄い。周囲の人間もそうだが、この人は格段凄いのだ。
まず何と言っても努力家なところ。僕が暇過ぎて死にそうなのに対して、その人は非常に勤勉な様子を見せる。高校時代の彼は、特別真面目だったのを覚えている。受験期でもないくせに机上に広がる参考書達と格闘しながら昼休みを過ごす彼。何をそこまでして勉学に夢中になれるのか知りたくて、話しかけに行ったのが、今では懐かしい話だ。尋ねに行ったところで彼が言ったのはこうだ。
『別に、普通じゃないかな』
へらりと笑って。まるでこの状況が至極当たり前だと仰るかの様に。否、彼には日常になっていた。話しかけに行ったその日から、僕は彼に夢中になったのだ。
二つ目に、謙虚と言うところだろうか。日本人の美徳その壱だろう。先に想起した台詞から読み取れる様に、彼は周りと違って勉強することに誇りを感じていないのだ。むしろその渇いた笑みから溢れでる表情の真を、僕が暴きたくなっている。全く鼻を高々と掲げることもなく、人に教えてあげる時も、酷く初心なのだ。
三つ目は、その誠実さだと、僕は思う。二つ目と何が違うのかと問われると思うが、正確には、ちょっとばかし違うのだ。僕が何事にもやる気を見せないと言うか、如何しても起きないそれに相反している彼。裏表なくこんな面白くもない僕と真正面から向かって喋ってくれる。とっても嬉しかった。いつでも僕は、一人だと思っていたから。
長くなりそうだから、これで最後。自分の将来像を持っている奴は、本当はものすごく凄いことだ。だってそうだろう? 何が面白い。何がそこまで君を狂わせた。周りの人間、皆んな可笑しいのだ。皆んなが皆んな、夢を持っているわけではなさそうだけど。それでも、凄いのだ。先が思いやられる将来像に、不安になる必要など、何一つないのだから。一つ二つの目的のために一生懸命に進んでいく。その長い長い時間を過ごせる忍耐力を持った人間を、僕は「天才」と呼ぶ事にしている。
現在は特筆する事もなく、適当な職に就職して、適当に生きている。
撫ぜてくる風が、喉奥を締め付けた様子だった。
世界に面白さを見出さないと、ほら。こんなにも生き辛いらしいよ。
彼は世に言う天才だ。そして僕は、俗に言う凡人だ。どこにでもいる、普通以下の人間である。
昼休みを削ってまで使った勉強の時間を、彼が同じ天秤に引っ提げたところで、結果は目に見えていた。要は負けているのである。単純に述べると、成績が。
努力する事は苦だ。だって終わりが見えないから。どんなに頑張っても、与えられた側の人間に勝てないのだと、最初から分かりきっているから。
僕にとっての必死は、彼にとっての適当なのだ。気だるげな様子で、凡人にはどんなに難しい事も、簡単に作業の如くこなしてしまう。そこまでを切り取れば、彼はやる気こそ欠けるが、完璧な人間に見えるだろう。完全無欠で、非の打ち所のない。そんな人間に。だが違うのだ。天才が世に生まれるには、何か大きな代償を彼ら自身が払わなければならない。それが常識だ。天才というのは、常々逸脱している。彼を見たら、よく分かる。
『ねぇ、彼、独り言多くない……?」
そう。彼はよく喋るのだ。
天才は変人だ。天才は狂人だ。故に彼らは大きな武器を軽々と持って、僕らに残酷性を見せつけてくる。天才など、なろうとしてなれるような存在ではないのだ。僕らはなれて、秀才ぐらいだろうか。
彼は人間として出来過ぎていたのだ。だから当然凡人民衆の僕等とは話が合わないので、マイノリティ扱いされる。除け者にされる。だけど彼は、目を背けてすらいない。分からないのだ、その思考が。その低俗な考え方が。知能指数の低い、誰かを貶めるだけでしか快楽を得られない哀れな人間の嗜好が。
なんて悲しいのだろうか。彼は僕らに理解されず、彼もまた、僕らを理解できない。天才は孤独だ。独りぼっちだ。辛いだろう。
……嗚呼。だからどうか、僕にそのような目を向けないでくれ。僕は何も応えてあげられない。何も与えてなどやれない。正解など、持ち合わせちゃいない。
何時迄も終わらない責め苦に、経験という宛にならない参考書を使って正答を探し続ける。僕は、こんな人間だから。本当は、天才と凡人が交わる事など、あってはならない事だったのだ。
それでも君は、側にいるね。不思議だよ。
薄汚い思考を偽って、今日も僕は、君を汚してしまうけど。
ああごめん。やっぱり、苦しいや――