あたしは今、ある漫画にドハマりしていた。
「最高! 誰かとこの萌を語り合いたい!」
 少年誌で連載が始まったばかりのそれは、とある新人作家の作品だ。
「こんなん、ツイッターで絶対話題沸騰だし」
 あたしはその漫画のタイトル「走れ!」を検索窓に入力した。
 が、出てきたのは漫画とは全く関係のないツイートばかり。やっと出てきたと思ったら掲載誌の宣伝だけだった。
「おっかしいなあ」
 あたしは首を傾げた。が、まずは隗より始めよ。
「今週の『走れ!』見た!? 陸くん最高じゃね? ♯走れ! ♯走れ!好きと繋がりたい」
 あたしは「かなぽん」というアカウント名だ。ひとまず一人言でも叫べたことで満足し、あたしはツイッターを閉じた。

「やったね!」
 あたしはツイッターを開いてガッツポーズをした。リプが付いている。
「はじめまして! あたしも走れ! 好きなんです。フォローさせていただきました」
「仲間がいたw。私も陸くん推しです」
 あたしは二人をフォローして、早速お返事を返した。

「hsr ワンドロ企画!」
 一ヶ月ほど経ったある日のことだ。一人のお祭り好きの相互さん、わっしょいさんがワンドロを企画した。「走れ!」好きさんはやはりたくさんいて、既に相互さんは百人になっていた。最近はファンアートを超えて二次創作とも言える漫画が上がっていることも多くなっていったので、我々は検索避けの為「hsr」と略して呼んでいた。
 わあ、嬉しいなあ。神絵師たちによる、走れ! キャラの祭典。推しの陸くんもいるに違いない!
 わっしょいさんにリプをする。
「小説でもいいですか?」
「もちろん! かなぽんさんも是非参加してくださいね」
 ワンドロは大盛況だった。これまで「走れ!」を知らなかった人たちの目にも触れたようで、界隈は盛り上がっていった。あたしはわくわくした。
 もっともっと盛り上がりますように!

「え、やばー……」
 あたしはスマホを見つめて呆然とした。
 同人誌頒布イベントも近づいたある日のことだ。
「公式凸じゃん」
 掲載誌公式アカウントにはこうリプがついていた。
「走れ! の要くんと陸くんのBL漫画を頒布しようとしている人がいます。原作に対する冒涜だと思います。やめさせてください」
 はっきり言って、あたしは要×陸は地雷だ。「かなりく」はミュートワードに設定してある。かなりくを愛する人たちを否定するつもりは全くない。けれど見たくない。が、これを言われたら公式は「じゃあ二次創作皆禁止です」と言うしかないのだ。
 こうなったら下手に騒いではまずい。あたしはそっと鍵を掛けた。相互さんたちも読み専さん以外は鍵を掛けてしまった。
 あたしはため息をついた。あたし「かなぽん」も実は今度のイベントで小説本を出そうと思っていたのだ。陸くんメインのチームメンバーわちゃわちゃ健全本だ。鍵を掛けていてはリツイートしてもらえない。フォロワーさん以外の陸くん好きに届かない。
 と言っても、仕方ない。こちらは公式のおめこぼしの上で楽しませてもらっているのだ。息を潜ませるしかないのだ。
 でも。
 プチオンリーも開催するし、走れ! が他のジャンルの人たちにも認知されるいい機会だったのに!
 てか、誰だろ、このアカウント。『はしれ』さんって。プロフ画像は初期設定のまま変えてないしプロフィールも「走れ! らぶ」としか書いてない。他に呟いてないじゃん。
 つまり、これは一部ファンが善意と正義のつもりで凸したのではない。hsr界隈への嫌がらせだ。
「ちょーっと探りを入れちゃおうかな」
 あたしは胸にわずかに闘志を漲らせた。

 たったの一日だった。その「はしれ」アカウントが表示されていたのは。
 わっしょいさんのツイートは以下の通りだ。
「神絵師をhsrにとられたと思った別ジャンル界隈の人の嫌がらせだったみたいです」
 その下には「怒り」を表す顔文字が記されていた。
 公式凸のリプはアカウントの消滅と共に消えたので、公式アカウントからはなんの意思表示もなかった。もしくは、見なかったふりをしてくれたのかもしれない。
 プチオンリー主催者さんのツイートもある。
「残念ですが、イベントでのプチオンリーの開催は取りやめにします。そのかわり、WEBオンリー開催します! 是非皆さん来てくださいね!」
 まあ、また何かあったら怖いもんな。仕方ない。
 あたしは気を取り直して、薄い本の作成に取りかかった。

「え?」
 あたしはスマホの画面を見つめた。
 DMが来ている。
 送り主は、「花山小太郎」。
 走れ! 掲載誌の看板漫画を描いている漫画家さんだ。
 偽垢か? と思ってプロフィールを辿る。本物だ。
 首を傾げながらDMを開いた。
「かなぽんさん、こんにちは。花山です。最近の走れ! 人気はすごいですね。おかげで僕の漫画のファンアートで活躍していた絵師さんがそちらに流れていってしまったようで」
 花山さん、二次もチェックする派なのか。二次は絶対見ないという人もいるけど。
 ん? もしかして。
「わっしょいさんに『これ以上hsrに絡んできたら、特定する』って言われちゃいまして。とりあえずアカウント削除しましたよ」
 ーー花山さんだったのか! あの公式凸は!
 あたしは瞬間頭に血が上ったが、頭を一振りして次に目を移した。
「好きです」
 ーーは?
 あたしは、そこで時が止まった。
 待て、待て、待て、待て。意味がわからん。 深呼吸をしてから、続きを読む。
「かなぽんさん、金田梓先生ですよね。以前パーティーでご一緒した」
「デビュー作からファンです。そして、パーティーで一目惚れしました」
「わっしょいさんも、プチオンリー主催者さんも、かなぽんさんの相互さんのうち、三十人は金田さんですよね」
「金田さんが小説も書けて、絵柄を変えられるのも、ずっと見ていたので知ってますけど、イベントで売り子をどうするつもりだったんですか」
 あたしはそこで気付いた。
 ーーあたしは分裂できない!
「ずっと金田さんのこと気になって見てました。その金田さんの危機にいてもたってもいられなくなって、つい公式凸をしてしまった僕を許してくれるのなら」
「僕とお付き合いしてください」
 ーー花山さん、いい人!
 胸がときめいたあたしは、「好きです!」と入力し、送信ボタンを押した。
 「走れ!」の熱狂的最初のファン、それは作者であるあたしだ。