悠真が立ち去っていくのを、俺は安堵と悲痛な思いが入り混じった、複雑な気分で見とどけた。
 予定通り、悠真とは離れることができた。とはいえ親友を失うのはつらいものだ。
 だが、親友だからこそ、俺はこうするしかなかったのだ。

 その理由は、俺が三ヶ月ほど前からストーカー被害にあっていたからだった。
 日常のスナップ写真を撮るのが趣味だった俺は、写真関係のアカウントを作り、同じ趣味の人たちとSNSで交流をしていた。
 フォロワーの中に、写真を始めたばかりだという女性がいた。一眼レフやミラーレスカメラの選び方や撮影方法についてあれこれ質問していたので、俺は時々リプライして、親切に教えてやった。いつも俺の写真に「いいね」をくれていたので、お返ししてあげたい思いもあったのだ。
 
 女性の質問はやがて職場の人間関係や心身の悩みなど、写真以外のことにも及ぶようになった。時折切羽詰まったメッセージを送ってくる彼女を見かねた俺は、出来る範囲で相談に乗った。
 彼女の俺に対する依存と好意は徐々に増していき、どうやって調べたのか(おそらく投稿したスナップ写真を細かくチェックしたのだろう)、自宅や顔を特定されてしまい、彼女から様々なプレゼントが届くようになった。
 自分で言うのも何だが、俺は優しいだけでなく、見た目も韓流スターみたいなスラッとした二枚目だったから、二十代前半の彼女があっという間に恋に落ちるのも無理はなかった。
 けれども、高価なカメラのレンズやブランド物のバッグが送られてきたり、一緒にどこかに行きたいという趣旨のメッセージが頻繁に届いたりと、彼女の行動はどんどんエスカレートしていった。しまいには自宅前で待ち伏せを受け、自分と付き合ってほしいと懇願された。俺はできるだけ彼女を傷つけないように配慮しながらも、きっぱり申し出を断り、プレゼントもすべてつき返した。そして、二度と送ってこないよう念押しした。
 泣きながら去って行った彼女は、その後しばらくの間沈黙していたが、一週間ほどすると、再びこちらへコンタクトをとるようになってきた。
 ある日、彼女は俺と悠真のツーショット写真を大量に送りつけてきた。一緒に食事に行ったり、悠真のアパートに出向いた際に、いつのまにか尾行され、隠し撮りされたらしい。
「私の方に振り向かないのは、あいつと付き合ってるからね?」
「あいつなんかのどこがいいの?」
「私は男に負けるほど魅力がないの?」
「あいつさえいなくなれば、私と付き合ってくれるよね?」
 写真に続いて送られてきたメッセージを読んだ俺は、強い危機感をもった。
 何の因果か、俺は高校時代にも社会人女性からストーカー被害を受けたことがあったのだ。その時には女性が刃物を持って俺に心中を持ちかけ、警察を呼ぶ騒ぎとなった。
 ストーカーの狂気に直にふれた経験のある俺は、このままでは彼女が見当違いの思い込みから、親友に危害を加えかねないと感じた。
 俺はすぐに対応策を考えた。
 とりあえず悠真にこの件を話して、気をつけてもらわなければ。二人で会うのも当分やめた方がいい。でもそれで大丈夫だろうか?
 きっと悠真は、自分は平気だから一緒に彼女を説得して問題を解決しようなんて言いかねない。あいつはそういう奴だ。そうやってやり取りを続けている俺たちを、きっと彼女は常に監視しているに違いない。そしていつか凶行に及ぶかもしれない。
 もっとはっきり悠真と離れられる状況にしなければだめだ。
 でも、どうやって?
 俺は誰かに相談したかったが、悠真に相談するわけにもいかなかった。とはいえ実家の親に相談するのも、余計な心配を掛けるのが嫌で抵抗があった。
 ネットでストーカー被害への対応について調べてみたが、今の状況に対処する具体的な方法はなかなか見つからなかった。
 何時間かネットの中を駆けずり回った俺は、とある探偵事務所のホームページに目を留めた。「別れさせ屋的な方法も含め、ストーカーへのありとあらゆる対抗手段を親身になって検討します」と謳っていた。そして「24時間体制で迅速に対応」とも書かれていた。
 俺は藁にもすがる思いで、すぐにその事務所に電話をかけた。
 大まかな状況を電話で確認した探偵事務所の受付所員は、深夜にもかかわらず、さっそく佐々木という探偵が直接打ち合わせに伺うので、ストーカーに気づかれにくい場所を指定してほしいと言った。俺は、自宅の最寄り駅から一駅離れた駅前のカラオケ店で待ち合わせることにした。
 約束の時間に現れた佐々木探偵は、すでに具体策を用意していた。
「私とあなたで、悠真君に怪しげな投資話を持ちかけるのはどうでしょうか?」
 先ほどの電話ヒアリングで、俺は悠真に関する情報をできるだけ教えてほしいと言われ、あいつの父親が投資詐欺に遭って苦労したことなども話していた。
「友人からいきなりマルチ商法的な投資話を強引に勧められたら、かなりの抵抗感があると思います。父親が詐欺被害に遭っている悠真君でしたら、余計に拒絶反応を示すと思います」   
 なるほどと思った俺は、自分は何をすればいいのか聞いた。
「用件を告げずに急用とだけ言って、悠真君をどこかの喫茶店に呼び出してください。私が小野寺という偽名で投資コンサルタント役をやりますので、あなたはできるだけ彼が嫌いそうなタイプの人物になりきって、一緒に勧誘してください」

 翌日の夕方、俺はさっそく悠真を渋谷のスターバックスに呼びつけ、探偵と一緒になって打ち合わせ通り、ことを進めた。そして親友と離れるというミッションを見事に遂行したのだった。
 金銭関係で悠真と決別した事実を彼女に突きつければ、当面、悠真が狙われることはないだろう。実際、あいつとはもう、顔を合わせることもないのだから。
 
 悠真を避難させた俺に残された問題はただ一つ、いかにして彼女から離れるかだった。