第8ターンが始まると、話し合いが始まった。このターン、『ち』の椅子が消される以上、ついにチームから失格者を出さなければならない。しかし、朝海は誰がなってもいいと思っていた。どうせ、誰が勝っても賞金は3等分。あまり誰が勝つかは問題ではない。
「じゃんけんで椅子に座らない人を決めようか」朝海は言った。
「それがいいかもな」猪俣は言った。
「ええ、わかったわ」
 じゃんけんをした結果、猪俣が椅子に座らないことになった。
 そして、朝海は『を』の椅子を隠している場所へ、鵜飼は『り』の椅子の元へ行った。
 朝海が『を』の椅子を確認して、次からのターンのことを考えていると鵜飼から通話がかかってきた。
「どうした?」朝海は通話に出た。
「椅子が盗まれた!」
「どういうことだ?」
「湖口のチームに『り』の椅子を盗まれたの!」
 湖口のチームに盗まれただと!こちらの椅子が1脚減って向こうの椅子が1脚増えることになる。
 もう終盤戦に突入している。ここでの椅子の増減は痛い。いくら『を』の椅子を保持しているからといって無視することはできない。いや、もはや『を』の椅子を保持しているとかは関係ない。
 どうするべきか考えた。SNSでルールを確認しながら、しばらく考えていると、ある作戦が思いついた。
 朝海はその作戦を伝えるために、すぐに猪俣に連絡を取った。
「どうした?」猪俣が出た。
「今すぐ『ち』の椅子のところに行け!」
「『ち』の椅子に?座っても失格になるだけだろ」
「違う!座るんじゃない。壊すんだよ!」
「壊す?そんなことしてどうなるんだ」
「ルール説明のときに言ってただろ。1度、座れなくなった椅子は宣言されることはないって……」
「それは1度消された椅子が、もう一度宣言されることはないってことだろ!」
「そういうことじゃない!」
「じゃあ、どういうことだよ?」
「物理的に座れなくしても、その椅子が宣言されることはないんだ!」
「そんなことが可能なのか?」
「できる!どんな形であれって言ってただろ!」
「しかし、そんなことしてどうなるんだ?」
「湖口たちに『り』の椅子を盗まれたんだ。このままでは湖口のチームは『り』の椅子に座り生き残る。俺たちのチームは俺が『を』の椅子に座って次のターンで終わりだ。でも、『ち』の椅子を壊して座れなくすれば、このターン消される椅子に『ち』は宣言されなくなり、次の『り』になる。そしたら、湖口が間抜けに『り』の椅子に座ったなら、そのまま殺すことができる。もし湖口ではなく、もう1人の仲間でもいい。確実に向こうに攻撃できる」
「なるほどな」
「だが、そうはならないだろう。湖口たちは『ぬ』の椅子と『る』の椅子を確保してるからな。『り』の椅子に座るとはかぎらない。でも、『ち』の椅子を壊して『り』の椅子が消されることになれば、次のターンは椅子が3脚になりセントラルゾーンでの戦いになる。そうしたら、『ぬ』の椅子にも『る』の椅子にも座るチャンスはいくらでもできる。狭いエリアに限定されれば2脚を抱え込むのは難しくなる。自分が座れない椅子に手をかけてることは禁止行為になるからな」
「わかった。今すぐ『ち』の椅子を壊しに行く」
「頼む。俺は鵜飼さんにも説明しとくから」
 通話を切ると、すぐに鵜飼にSNSで連絡した。そして、このターンで行う作戦について説明した。
 通話を切ると、すぐに別の通話がかかってきた。猪俣からだったので、すぐに出た。
「どうだった?壊せたか?」
「ああ、ちゃんと壊した」
「よし。じゃあ、あとは音楽が鳴り止むのを待とう。このターンで、もう俺しか生き残れないけど、必ず勝つからな」
「ああ、頼むぞ」
 通話を切ると音楽が鳴り止むのを待っていた。そして、音楽が鳴りやんだ。
《第8ターン終了です》
 8ターン目が終わった。
《このターン、3人が椅子に座れませんでした》
 3人座れなかった?ということは、湖口のチームも1人失格になったということか!なぜだ!?向こうのチームには『り』の椅子と『ぬ』の椅子と『る』の椅子があるはずなのに……。
《それでは、消える椅子を発表します》
 今回、『ち』の椅子ではなく『り』の椅子が消されることになる。
《消える椅子は……『ぬ』です》
 ハァ!『ぬ』だと!?どういうことだ!『ち』の椅子を壊したから『ち』の椅子はすでに座れなくなっている。ということは『り』の椅子が消される椅子に宣言されるべきじゃないのか!なのになぜ『り』の椅子も飛ばして『ぬ』なんだ!『り』の椅子も壊したっていうのか!
《『ぬ』の椅子に座っている人はいてませんでした》
 すると、湖口から通話がかかってきた。
「はい」朝海は無愛想に出た。
「『ち』の椅子を壊して座れなくするとは中々、策士だったな」
「なぜ、『ち』の椅子を壊したことを知ってるんだ!」
「お前の作戦なんて筒抜けなんだよ」
「どういうことだよ!」
「もしかしてお前、俺が2人でチームを組んでると思っているだろ」
「違うのかよ」
「全然違う。俺のチームは2人じゃないんだ」
「2人じゃない!?何言ってるんだよ!俺のチームが3人なんだから2人以外にありえないだろ!」
「それが間違ってるんだよ。もっとよく考えろよ」
「意味がわかんねぇよ。じゃあ、お前は1人で戦ってたっていうのかよ」
「そうじゃない。俺にも仲間はいる」
「だから2人チームだろ!」
「ハハハ。だから……鵜飼陽菜も俺の仲間なんだよ」
「鵜飼さん?」
「そう。鵜飼陽菜は俺が送り込んだスパイだ。『り』の椅子を盗んできてくれたのも鵜飼陽菜だ」
「鵜飼さんがスパイ?」
「そうだ。俺のチームは最初から3人だったんだ。だからお前のチームの作戦も筒抜けだったんだよ」
「……」
 あまりのことに朝海は言葉を失っていた。
「どうした?ショックのあまり、言葉が出てこないか?」
「あ……いや……。じゃあ、鵜飼さんに聞いて『ち』の椅子を壊すことも知っていたっていうのか?」
「そうだ。お前の作戦は筒抜けだったんだよ」
 クソー!!たった3人の中にスパイが紛れていたとは!そう言われれば仲間になるときに鵜飼陽菜のほうから声をかけてきた。
「でも、なぜそれで『り』の椅子を壊したんだ?」
「それは、このターン、朝海が『を』の椅子に座ると知ったからな。最後はお前と一騎打ちをしたいと思ったんだよ。しかし、この一騎打ち。お前に勝目はないけどな。ハハハハハ」湖口は高笑いをしながら言った。
 しまった!そういうことか!
 残っている椅子はあと2脚。『る』の椅子と『を』の椅子だ。最後は『を』の椅子に座らないと勝つことはできない。しかし、この第8ターンで朝海は『を』の椅子に座っている。ということは次の最終ターンでは『を』の椅子には座れない。これではどうしたって勝つことはできない。
「ウウォーー!!」朝海は叫んだ。
 このままでは負けてしまう。何か策を考えなければ……。
「ハハハ。それでは一騎打ちを楽しみにしてるよ」
 通話は切られた。
 2人2脚となり最終ターンが始まろうとしていた。