他の参加者が一斉に走り出す中、朝海も走って椅子を探しに行った。園内はそれなりに広く、なかなか椅子は見つからない。時間だけが過ぎていった。20分が過ぎた頃、やっと椅子を一脚見つけることができた。その椅子の背中には『る』と書かれていた。
 やった!椅子を見つけたぞ!しかし、一脚見つけるのに思いのほか時間がかかった。すでに20分もたっている。あと10分後からはいつ音楽が止まるかわからない。他の椅子を探しに行くより、この『る』の椅子をキープして音楽が止まるのを待っていたほうが賢明かもしれない。
 『る』の椅子の傍らで音楽が鳴り止むのを待った。
 音楽が止まると、朝海は急いで椅子に座った。しばらくすると、ケータイから声が聞こえてきた。
《皆さん、お疲れ様でした。第1ターン終了です》
 長いようで短かった。椅子を見つけられなかったらと思うと、ゾッとした。しかし、まだわからない。消される椅子が『る』なら即失格となる。まだ1ターン目。法則も何もわからない現状ではただただ祈るしかない。
《このターン、1人が椅子を見つけることができなく、座ることができませんでした。よって、この1人は失格となります》
 椅子を見つけることができなかった人がいてるんだ!椅子は12脚あるとはいえ、この広い遊園地内で探し出すのはやはり、容易ではなかったようだ。
《それでは、消える椅子を発表します》
 ここが問題だ。どの椅子が座っていてはいけない椅子なんだ。
《消える椅子は……『い』です》
 『い』かぁ。よかったぁ。助かった。
《今回、『い』の椅子に座っていた人はいてなかったので9人で第2ターンを始めたいと思います》
 なるほど。今はまだ、椅子の数のほうが多いからそういう場合もあるのか。
《それでは、第2ターンスタート》
 オクラホマミキサーが鳴り、9人と11脚で第2ターンが始まった。

 同じ椅子には連続で座れないから、2ターン目にはこの『る』の椅子には座れない。とはいえ次のターンになれば、また座れるようになる。この椅子はどこかに隠して確保しておきたいところだ。
 朝海はとりあえず見つかりにくいところに椅子を隠して他の椅子を探しに行った。しかし、なかなか椅子は見つからない。2脚、椅子を確保できれば使いまわして座り続けることができる。
 時間は刻一刻と過ぎていく中、なかなか椅子を見つけることはできない。走り回っていると、やっとの思いで1脚、椅子を見つけることができた。その椅子の背中には『ぬ』の文字が書かれていた。
 そうこうしていると音楽が鳴り止み、朝海は『ぬ』の椅子に座った。
《第2ターン終了です》ケータイから聞こえてきた。《このターンも1人が椅子に座れませんでした》
 やはり、椅子を見つけるのは難しいということか。
《それでは、消える椅子を発表します。消える椅子は……『ろ』です。今回も『ろ』の椅子に座っていた人はいてませんでした》
 椅子のほうが多いからとはいえ、次のターンはどうなることか……。早く法則を発見しなければ、いつ自分が座った椅子が消されるかわからない。
《それでは第3ターンを始めたいと思います。第3ターンスタート》
 オクラホマミキサーが鳴り、8人10脚で第3ターンが始まった。

 朝海は『ぬ』の椅子を隠して他の椅子を探しに行った。椅子は確実に消されていくんだ。2脚確保したとはいえ、まだまだ椅子は確保しておきたい。
 先ほどのターンも椅子に座れなかった人がいてた。それほど、椅子を探すというのは難しいということだ。2脚見つけられたのはラッキーだ。この先も1人で椅子を探せるとは限らない。
 仲間を探したほうがいいかもしれない。仲間がいてたほうが椅子の確保が容易になる。少なくとも、今、生き残っている人は1ターン目、2ターン目に座った椅子を所持しているはずだ。
 椅子を探しながら、仲間になってくれそうな人を探すことにした。といっても、知り合いは湖口琵道しかいない。湖口琵道が協力してくれればいいのだが……。しかし、この広い遊園地で湖口琵道を探し出せるとは限らない。その前に別の誰かに出会う可能性のほうが高いだろう。この際、誰でも構わない。とにかく仲間を見つけなければ……。
 そう思っていたところにSNSで通話がかかってきた。忘れていたが、確かにプレイヤー間で通話ができると言っていた。見ると湖口琵道からだった。
「湖口か」
「ああ。お互い、2ターン目までは生き残れたみたいだな」
「みたいだな」
「どんな感じだ?」
「このゲーム、なかなか難しいよ」
「俺も同意見だ。……そこで朝海に提案があるんだけど」
「提案?なに?」
「協力し合わないか?」
「それ、俺も考えてた」
「じゃあ、協力してくれるか?」
「ああ」
「じゃあ、ふたりで協力し合ってこのゲームを勝ち抜こう」
「どちらかが勝ち抜くことを目指すってことか?」
「ああ。そして、どちらが勝っても賞金は折半する」
「なるほどな。賞金は半分になるけど1人でやっているよりも可能性は上がる。情報も共有できるし、椅子も持ち寄れるからな」
「ああ。だから、とりあえずは1ターン目、2ターン目に座った椅子について教え合おうぜ。これで俺たちは2人で4脚保持していることになる」
「そうだな」そう言って朝海は『る』の椅子と『ぬ』の椅子の隠し場所を教えた。その代わりに湖口琵道が隠した椅子の在処を教えてもらった。
 通話を切ると朝海は一安心していた。よかった。椅子の在処を教えてもらったのもあるが、仲間ができたというのが大きい。
 朝海は意気揚々と教えてもらった場所へと向かった。その場所へ着くと椅子を探した。しかし、探しても椅子は見つからない。隠し方うますぎるだろ。ある場所はわかっているので、その周辺を隈なく探した。しかし、見つからない。
 もう1つ教えてもらった隠し場所にも行った。しかし、そこにも椅子はない。
 どうなってるんだ!場所を聞き間違えたか?
 湖口琵道に連絡をとった。
「教えてもらったところに椅子ないんだけど……」
「ハハハ」湖口琵道は笑っていた。
「何を笑ってんだよ。笑ってないで、どこに椅子を隠したのか教えろよ!」
「大事な椅子の在処を教えるわけないだろ」
「どういうことだよ!協力し合うって言っただろ!」
「協力してもらったよ。俺はちゃんと『ぬ』の椅子も『る』の椅子も別の場所に隠し直したからな」
「俺には嘘の場所を教えたのか!」
「そういうことだな」
「俺を騙したのか!」
「ハハハ。騙されるほうが悪いんだよ」そう言って、通話を切られた。
 クソー!!騙されたー!!
 落胆している暇はない。急いで他の椅子を探さないと時間が来てしまう。もうあまり時間がない。しかし、それよりも前にしなければいけないことがある。
 朝海は確認のために『ぬ』の椅子を隠した場所へと向かった。そこには椅子はなかった。『る』の椅子を隠していた場所へも向かった。そこにも、もう椅子はなかった。
 湖口―!!うおおおぉぉぉ!!
 もう30分は過ぎている。いつ音楽が止まってもおかしくない。もう無理か。湖口琵道に騙されて負けてしまうのか。呆然として歩いていると植え込みに椅子が隠れているのが見えた。するとその時、音楽が止まった。急いでその椅子を引っ張り出して座った。
《第3ターン終了です》ケータイから聞こえてきた。
 よかった間に合った。完全に諦めていたが奇跡的に椅子が見つかった。本当によかった。しかし、ギリギリで座ったのでこの椅子に何の文字が書かれているか見る余裕がなかった。
 突然、ケータイが鳴った。湖口が通話をかけてきた。ターン終了のアナウンスの最中に通話ができることに驚いたが、朝海は出た。
「椅子に座れたみたいだな」
「どこかから見てるような口ぶりだな」
「後ろを見てみろよ」
 朝海は振り返った。すると、遠くのほうに湖口が椅子に座っているのが見えた。ここは元々、『る』の椅子を隠していた場所の近くだ。湖口はきっと『る』の椅子に座っているのだろう。
「湖口!よくも騙してくれたな!」
「まぁまぁ、朝海にいいことを教えてやろうと思ってな……」
「なんだよ」
「消される椅子の法則性なんだけどな」
「ああ」
「……実は、いろは唄の順番になってるんだよ」
「いろは唄?」
「『いろはにほへと』ってやつ。『い』の次が『ろ』だっただろ?」
「ああ」
 そうか!いろは唄か!気付かなかったな。
「ということは、この第3ターンに座れなくなる椅子は『は』ってことになるだろ」
「だからなんだよ」
「実はここから朝海が座っている椅子の文字が辛うじて見えるんだけどな……」
「まさか!」
「そう。お前の座っている椅子が『は』なんだよな。……ハハハハハ!」湖口琵道は笑いながら言った。
 そんな……。まさか……。せっかく座ることができたのに失格になるってことか。
《今回、椅子に座れなかった人はいてなかったです》
 そんなことはいい。どの椅子に座ってたら失格なんだ!
《それでは消える椅子を発表します。消える椅子は……『は』です》
「ハハハ。朝海、失格だな」湖口琵道は嬉しそうに笑いながら言った。
 朝海は愕然としていた。クソー!!ここで失格かー!!
《今回も『は』の椅子に座っていた人はいてませんでした》
「ハハハ。朝海、失格だ!……ハ!?いてない?」湖口琵道は訝しげに言った。
「え!?」朝海も不思議だった。てっきり失格になるものだと思っていた。どういうことだ、これは?
 朝海は立って自分が座っていた椅子の背中を見た。そこには『ほ』と書かれていた。
 ハハハ。ハハハハハ。湖口のやつ、『ほ』と『は』を見間違えたな。確かに遠くから見たら『ほ』と『は』の区別は付きにくいかもしれない。棒、一本の違いしかないからな。
 よかった。危ないところだった。
「見間違えてんじゃねぇよ。バーカ」朝海はそう言ったが、すでに通話は切られていた。
《それでは第4ターンを始めたいと思います。第4ターンスタート》
 オクラホマミキサーが鳴り、8人9脚で第4ターンが始まった。
 後ろを振り返ったが、すでに湖口と椅子はそこにはなかった。