放課後の図書室は騒がしい教室とはちがって、しんと静まり返り居心地がいい。
今日のわたしは1番奥の席で数学の宿題をしながら、ともやくんが来るのをひとりで待っていた。
暖房くらいつければいいのかもしれないけれど、自分だけのために電源を入れるのはなんだか気が引けてしまい、結局部屋の中は廊下と同じくらい寒いまま。
ひんやりとした乾いた空気にむかって、ほんのりとした煙のような息を吐いてみる。
うっすらとしていて一瞬で消えてしまう息は、今のわたしの心の中にいるともやくんと同じみたいに、儚くてすぐに手が届かなくなってしまう存在と似ている。
もうすぐ本格的な冬が終わり、春がやってくる。
そしたらわたしは、ともやくんともお別れをしなければならない。
今まで寂しいとも、悲しいとも、辛いとも。何も思ったことなかった卒業式が、なんだか今年はとても辛く思えてしまい、こなければいいのにって思ってしまう。
それはきっと・・・・・・。わたしがきみに出会ってしまったから。
ともやくんの優しさというものを知ってしまったから。
だから、あと少しくらい、残りわずかな時間くらい、本当はもっと一緒の時間を過ごしていたい。
だけど、わたしがそんなこと許されるわけなんてなくて、近寄って仲良くする資格すらなくて。
みなみにもあの時はっきりと言われてしまったことで、今までずっと自分の中でかすかに期待していたものが、完全に崩れ去ってしまった。
あぁ、自分はともやくんにとって単なる邪魔者だったんだなって。迷惑でしかなかったんだって。
そう、はっきりと、自覚した。
きみの存在はいつの間にか自分が想像できないくらいに、ずっと大きくなっていた。
ともやくんがクラスメイトのみんなに優しいように、わたしにも毎日優しく、あたたかな笑顔を見せてくれることに、わたしはきっと甘えていたかったのだと思う。
だけどわたしは・・・・・・。
その優しさにばかりすがってはいけない。
ともやくんの眩しすぎる笑顔を奪い去ってはいけない。
そしてこれ以上、自分の中で大きな存在にしてしまってはいけない。
こんな気持ちが芽生えてしまう前に、気がついてしまう前に、わたしから立ち去るべきだった。
今日こそきちんと伝えるべきだと思う。わたしの想いを、ともやくんにはっきりと・・・・・・。
ガラガラ・・・・・・。
「ゆりな、お待たせ。あれ、暖房くらいつければいいのに。寒すぎじゃね?」
ともやくんが紺色のマフラーを口元まで上げながら暖房のスイッチを入れると、ゴーっという低い機械音が無音だった部屋の中に鳴り響いた。
「パズルだいぶ完成に近づいてきたな。あと少しじゃん」
そう言いながらともやくんはいつも通りわたしの席の向かい側に座ると、箱の中に入っていたパズルのピースを探しはじめた。
大きな二重の瞳はとてもきれいで、ともやくんが瞬きをするたびに思わずわたしはどきってしてしまい、手元からピースを落としそうになってしまう。
こんなの、ずるいよ。
誰だって好きになってしまうよ。
「ゆりな今日もバイトあるの?」
時計の秒針と暖房の風の音だけがかすかに聞こえている部屋の中で、ともやくんの声が突然響きわたり、わたしのパズルのピースを持つ手の脈が速くなった。
ドクン、ドクンって波打っているのが、触って確認しなくてもすぐにわかる。
「ううん、今日はおやすみ。多分ゆうくんも今日はおやすみのはずだよ」
そう答えるとこの前のゆうくんの言葉が頭の中に浮かんできて、わたしは目線をパズルからそらした。
『ゆりなさんも自分の気持ち、はっきり伝えたほうがいいっすよ』
あの時たしかにそうだなって心の底から思った。
自分の気持ちを相手に伝えるということは、今まで幼い頃からずっと避け続けてもいたし、どうしても苦手としていてできなかったこと。
だって、なんて言葉にして相手に伝えたらいいのかわからないし、迷惑がられるかもしれないっても思うし、嫌われたらどうしようって怖くもなってしまうから。
だから喉元まで出てきた心の叫びも全て唾と一緒に飲み込んで、自分でも気がつかないふりをしながら、どうにかここまで生き延びてきた。
だけどあの日、ゆうくんに言われた言葉はわたしの心をふさいできた大きな壁を壊してくれたような気がしたし、それに自分が変わっていかなければならないって思うきっかけにもなった。
だから、今日ともやくんにきちんとここで謝るべきだと思う。
今までたくさん迷惑をかけてきてごめんなさいっていうべきなんだと思う。
わたしはゆっくり深呼吸をして、しっかりともやくんの方を見つめて口を開いた。
「ともやくん、今までありがとう。ずっと迷惑かけてきてごめんね。もうここで一緒にパズルするのもやめよう。残りはわたしひとりで家でやってくるから。だからこれからはわたしと関わることはしてこないで」
言い終わった瞬間、ドクンドクンと速い鼓動がわたしの中で響わたり、手にはうっすらと汗をかいてきた。
「え、なんで? どうしたのいきなり? これからも一緒にやろうよ」
「むり。できない。これ以上わたしには話しかけてこないで。お願い、もう関わってこないで」
図書室に反響するほどの大きな声が響き渡る。
「なにか嫌なことでもあったの? 俺、話聞くから教えてよ」
ともやくんの声は怒っているというよりも、むしろ心配しているように聞こえる。
「何もないから。本当に嫌なことなんて何もない。ただ、わたしがともやくんとこれ以上一緒にいたくないって思っただけ」
「今までふたりで頑張ってきたじゃん。最後までやろうよ。なんでそんなこと言うんだよ」
ともやくんの声がだんだん消えかかりそうになってきて、悲しんでいるのが伝わってくる。
だけど、わたしだって悲しい。
胸がぎゅっと締め付けられて、いたい。
でも、どうしたらいいのかわからない。
なんて伝えたらいいのか、わからない。
これ以上一緒にいるなんて、無理だよ。
「わたし、ともやくんと一緒にいると辛くなる。素直に楽しめない。心がいつもしんどい。もう、耐えられない」
涙が勝手にポロポロとあふれてきて声が震えてしまい、ともやくんにきちんと伝えることができたかわからない。
だけど、ともやくんの苦しそうな「俺こそいつもごめん。わかった」という声が聞こえてきて。
なにしてるんだろう、わたし。
自分の想いを伝えるってこういうことじゃないよね。
どうして本当のことを伝えることができないの。
これじゃあ、ただともやくんを傷つけただけじゃん。
だけど・・・・・・。だけど・・・・・・、これが今のわたしの精一杯。
なんてことを言っちゃったんだろうって後悔の気持ちが込み上げてきて、息を深く吸い込むことができない。
今まであったどんなことよりも苦しくて、辛くて、どうしようもなくて。
こぼれ落ちる涙を制服の袖で拭いながら、わたしはパズルを片付けると走って図書室を飛び出した。
今日のわたしは1番奥の席で数学の宿題をしながら、ともやくんが来るのをひとりで待っていた。
暖房くらいつければいいのかもしれないけれど、自分だけのために電源を入れるのはなんだか気が引けてしまい、結局部屋の中は廊下と同じくらい寒いまま。
ひんやりとした乾いた空気にむかって、ほんのりとした煙のような息を吐いてみる。
うっすらとしていて一瞬で消えてしまう息は、今のわたしの心の中にいるともやくんと同じみたいに、儚くてすぐに手が届かなくなってしまう存在と似ている。
もうすぐ本格的な冬が終わり、春がやってくる。
そしたらわたしは、ともやくんともお別れをしなければならない。
今まで寂しいとも、悲しいとも、辛いとも。何も思ったことなかった卒業式が、なんだか今年はとても辛く思えてしまい、こなければいいのにって思ってしまう。
それはきっと・・・・・・。わたしがきみに出会ってしまったから。
ともやくんの優しさというものを知ってしまったから。
だから、あと少しくらい、残りわずかな時間くらい、本当はもっと一緒の時間を過ごしていたい。
だけど、わたしがそんなこと許されるわけなんてなくて、近寄って仲良くする資格すらなくて。
みなみにもあの時はっきりと言われてしまったことで、今までずっと自分の中でかすかに期待していたものが、完全に崩れ去ってしまった。
あぁ、自分はともやくんにとって単なる邪魔者だったんだなって。迷惑でしかなかったんだって。
そう、はっきりと、自覚した。
きみの存在はいつの間にか自分が想像できないくらいに、ずっと大きくなっていた。
ともやくんがクラスメイトのみんなに優しいように、わたしにも毎日優しく、あたたかな笑顔を見せてくれることに、わたしはきっと甘えていたかったのだと思う。
だけどわたしは・・・・・・。
その優しさにばかりすがってはいけない。
ともやくんの眩しすぎる笑顔を奪い去ってはいけない。
そしてこれ以上、自分の中で大きな存在にしてしまってはいけない。
こんな気持ちが芽生えてしまう前に、気がついてしまう前に、わたしから立ち去るべきだった。
今日こそきちんと伝えるべきだと思う。わたしの想いを、ともやくんにはっきりと・・・・・・。
ガラガラ・・・・・・。
「ゆりな、お待たせ。あれ、暖房くらいつければいいのに。寒すぎじゃね?」
ともやくんが紺色のマフラーを口元まで上げながら暖房のスイッチを入れると、ゴーっという低い機械音が無音だった部屋の中に鳴り響いた。
「パズルだいぶ完成に近づいてきたな。あと少しじゃん」
そう言いながらともやくんはいつも通りわたしの席の向かい側に座ると、箱の中に入っていたパズルのピースを探しはじめた。
大きな二重の瞳はとてもきれいで、ともやくんが瞬きをするたびに思わずわたしはどきってしてしまい、手元からピースを落としそうになってしまう。
こんなの、ずるいよ。
誰だって好きになってしまうよ。
「ゆりな今日もバイトあるの?」
時計の秒針と暖房の風の音だけがかすかに聞こえている部屋の中で、ともやくんの声が突然響きわたり、わたしのパズルのピースを持つ手の脈が速くなった。
ドクン、ドクンって波打っているのが、触って確認しなくてもすぐにわかる。
「ううん、今日はおやすみ。多分ゆうくんも今日はおやすみのはずだよ」
そう答えるとこの前のゆうくんの言葉が頭の中に浮かんできて、わたしは目線をパズルからそらした。
『ゆりなさんも自分の気持ち、はっきり伝えたほうがいいっすよ』
あの時たしかにそうだなって心の底から思った。
自分の気持ちを相手に伝えるということは、今まで幼い頃からずっと避け続けてもいたし、どうしても苦手としていてできなかったこと。
だって、なんて言葉にして相手に伝えたらいいのかわからないし、迷惑がられるかもしれないっても思うし、嫌われたらどうしようって怖くもなってしまうから。
だから喉元まで出てきた心の叫びも全て唾と一緒に飲み込んで、自分でも気がつかないふりをしながら、どうにかここまで生き延びてきた。
だけどあの日、ゆうくんに言われた言葉はわたしの心をふさいできた大きな壁を壊してくれたような気がしたし、それに自分が変わっていかなければならないって思うきっかけにもなった。
だから、今日ともやくんにきちんとここで謝るべきだと思う。
今までたくさん迷惑をかけてきてごめんなさいっていうべきなんだと思う。
わたしはゆっくり深呼吸をして、しっかりともやくんの方を見つめて口を開いた。
「ともやくん、今までありがとう。ずっと迷惑かけてきてごめんね。もうここで一緒にパズルするのもやめよう。残りはわたしひとりで家でやってくるから。だからこれからはわたしと関わることはしてこないで」
言い終わった瞬間、ドクンドクンと速い鼓動がわたしの中で響わたり、手にはうっすらと汗をかいてきた。
「え、なんで? どうしたのいきなり? これからも一緒にやろうよ」
「むり。できない。これ以上わたしには話しかけてこないで。お願い、もう関わってこないで」
図書室に反響するほどの大きな声が響き渡る。
「なにか嫌なことでもあったの? 俺、話聞くから教えてよ」
ともやくんの声は怒っているというよりも、むしろ心配しているように聞こえる。
「何もないから。本当に嫌なことなんて何もない。ただ、わたしがともやくんとこれ以上一緒にいたくないって思っただけ」
「今までふたりで頑張ってきたじゃん。最後までやろうよ。なんでそんなこと言うんだよ」
ともやくんの声がだんだん消えかかりそうになってきて、悲しんでいるのが伝わってくる。
だけど、わたしだって悲しい。
胸がぎゅっと締め付けられて、いたい。
でも、どうしたらいいのかわからない。
なんて伝えたらいいのか、わからない。
これ以上一緒にいるなんて、無理だよ。
「わたし、ともやくんと一緒にいると辛くなる。素直に楽しめない。心がいつもしんどい。もう、耐えられない」
涙が勝手にポロポロとあふれてきて声が震えてしまい、ともやくんにきちんと伝えることができたかわからない。
だけど、ともやくんの苦しそうな「俺こそいつもごめん。わかった」という声が聞こえてきて。
なにしてるんだろう、わたし。
自分の想いを伝えるってこういうことじゃないよね。
どうして本当のことを伝えることができないの。
これじゃあ、ただともやくんを傷つけただけじゃん。
だけど・・・・・・。だけど・・・・・・、これが今のわたしの精一杯。
なんてことを言っちゃったんだろうって後悔の気持ちが込み上げてきて、息を深く吸い込むことができない。
今まであったどんなことよりも苦しくて、辛くて、どうしようもなくて。
こぼれ落ちる涙を制服の袖で拭いながら、わたしはパズルを片付けると走って図書室を飛び出した。