今日の休み時間の出来事を頭の中で何度も再生しながら、わたしはぼんやりとした状態のままバイト先へと向かった。
あれは夢だったんじゃないか?って否定する気持ちと、あれが現実なんだよって肯定する気持ち。
だけど何度考えてみても、みなみはともやくんに告白をしていたし、ともやくんにはほかに好きな人がいると言っていた。
その1番気になる「ほかの人」っていうのは、聞き出せていないから結局だれなのかはわからないままだけれど・・・・・・。
わたしは薄っすら雲がかかっている空を見上げながら、はぁーと大きなため息を吐いてマフラーを口元まで上げた。
たんすの中のような、ちょっとほこりっぽいような、そんな独特な匂いが鼻をすーっと抜けていく。
今日のバイトはラストまでゆうくんもいると、この前言っていたことをふと思い出した。
ゆうくんならともやくんが好きな人、だれか知らないかな? 聞いてみようかな。
そんなずる賢いような魔が一瞬さしたけれど、さすがにそんなことはできないよなって思って、再び現実に引き戻されてしまう。
今日は朝から小さな雪が舞っていて、すごく気温が冷え込んでいる。
普段はあまり着ないセーターを中にもう一枚着込んできたけれど、それでもやっぱり寒くて、身体が小さく丸まってしまう。
わたしは途中にあるコンビニに自然と吸い込まれるようにして中に入ると、ホットココアを手に取りレジに並んだ。
「150円になります。今日は寒いですね」
いつものお兄さんに優しい口調で話しかけられて、思わず今日あったモヤモヤを相談して聞いてもらいたくなってしまった。
口が自然に動いてしまいそうになったけれど、ぎゅって手のひらを握りしめると目線を足下に逸らした。
わたしの好きな人が今日、告白されてすごく不安になったんですって。
だけどその人にも好きな人がいるっていうことを知って、どうしたらいいのか悩んでいるんですって。
そう、言いたかった。
だけど、わたしは「ほんとですね」と短い返事だけをして、レシートとお釣りを受け取るとそのままコンビニをあとにした。
わたしなんかが人に相談するべきではない。
わたしが話したりなんかしたら、みんな迷惑するに決まってる。
ホットココアで指先を温めながらゆっくりと飲んでいると、全身が少しだけあたたかくなったような気がして「わたしは大丈夫。なんとかなる」って、そう思い込ませながら急いでバイト先へと向かうことにした。
冬の空は夕方前でも薄暗くて、なんだか今日のわたしの気持ちを大きく反映してるようにも見える。
この前、偶然ともやくんと展望台で会った時の空はオレンジ色に輝いていて、とても綺麗だったのにな・・・・・・。
数秒前に自分を励ましたばかりなのに、やっぱり今日は何度もともやくんのことばかりを考えてしまって結局落ち込んでしまう。
残りのホットココアを一気に飲み干してゴミ箱に捨てると、ベージュ色の手袋をもう一度付け直した。
「今からバイトなんだから、切り替え、切り替え」
わたしはマフラーの下で小さな声に出して言うと、急ぎ足で歩き始めた。
小学生がベンチでゲームをしている公園を通り過ぎて、右のかどを曲がると信号待ちしているゆうくんが立っていることに気がついた。
ゲームなのかメールなのかわからないけれど、スマホに夢中でどうやらわたしのことに気がついていないみたい。
ゆうくんも今からバイトに行くのかな?
これ以上ひとりで歩いていると余計なことばかり考えてしまいそうだったので、わたしは小走りでゆうくんの元へと向かった。
教科書が入ったカバンの角が足に当たって、バシバシといたい。
信号が青に変わった瞬間、顔を上げたゆうくんが一瞬こちらを見ると、いつもの笑顔で大きく手を振ってくれた。
気がついてくれたみたい。
もう、ひとりじゃない。
「ゆりなさんも今からバイトですよね? 今日ひまだといいっすね。ま、ひまだと時間が長く感じるか」
わたしがゆうくんに追いついたのを確認してから、ゆうくんはゆっくりと歩き出した。
誰かといるときはスマホをポケットになおして触らないようにするところは、なんだか優しいなって思う。
今どきの男子ってみんなこんなものなのだろうか・・・・・・?
「あの、これいります? よかったら食べてください。うまいんで」
ゆうくんがスマホを入れたポケットと反対側のポケットから、一粒のチョコレートを取り出した。
「あ、もしかしてダイエットとかしてます? でも、ゆりなさんめちゃくちゃスタイルいいから痩せる必要ないですからね」
ひとりで勝手に焦っているゆうくんを見ていると「ゆうくんらしいな」って思って、なんだか自然と笑みがこぼれてしまう。
「ダイエットしてるけど、今日はおやすみすることにする。もらうね。ありがとう」
「なんか今日のゆりなさん、元気なさそうというか、疲れているっていうか。いつもとちょっと違うなって思ったから。これ食べて元気出してください」
そう言ってゆうくんは、ピンク色のチョコレートをわたしの手のひらにそっと乗せてくれた。
わたし、そんなに顔に出てたかな・・・・・・。
とは思いつつも、さっそく袋を開けて口の中に入れてみる。
甘くて、美味しい・・・・・・。
「どうっすか? うまいですよね。それ兄ちゃんも大好きなんですよね。いつも取り合いになるんです」
お兄ちゃん・・・・・・。ってことは、ともやくん・・・・・・。
さっきまで忘れようとしていたともやくんの顔が一瞬で思い浮かび、胸がちくりといたい。
「すごく美味しい。もう元気になったから安心して。ありがとう」
「やっぱ、ゆりなさんは笑っている方がいいっすよ。よかったまた笑ってくれて」
ゆうくんはなんて優しいんだろう。
ともやくんも優しいから、きっと家でけんかとかもしたことないんだろうな。
学校以外でのともやくんってどんなことしているんだろう?
学校ではみんなと騒いでいるけれど、家でもよくおしゃべりとかするのかな?
「ねぇ、ゆうくん。聞いてみたいことあるんだけど、いい?」
「いいっすよ。なんですか?」
「ともやくんって家でどんなことしてるの? やっぱりよくおしゃべりとかしてるの?」
わたし、ゆうくんに何聞いてるんだろう?
これじゃあ、単なるストーカーと一緒じゃん。
自分から聞き出しているのに、言い終わった瞬間、恥ずかしさと、後悔で心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
だけど、答えなくていいよって思う自分と、詳しく教えてって思う自分のふたりがわたしの中にいて、激しく葛藤している。
さっきまで普通におしゃべりしていたはずなのに、隣にいるゆうくんの顔すらまともに見ることができなくて、わたしは早歩きになった。
どんな言葉も怖くて聞きたくなかった。
「そうっすねー。毎日勉強ばっかりしてますよ。うちの親、俺には何も言わないけれど、兄ちゃんにはめちゃくちゃ口うるさいんですよね。だからよくけんかっぽくもなってるし」
「え、ともやくんも怒ることあるの?」
「親とかなり仲悪いですよ。まともに口すら聞いたことなかったと思う」
意外だった。いや、かなり意外だった。
学校ではあんなにみんなに優しくて、いつも笑っているともやくんがご両親とけんかをするだなんて。
怒っている姿なんて、全く想像できない。
「あ、でも俺思うんですけど。兄ちゃん、ゆりなさんの話をするときはすっごい幸せそうだし、楽しそうなんですよね。だから、もしかしたら好きなんじゃないかなーて思ったり」
「え、ともやくんわたしの話とかもするの?」
「この前うちに来てくれた時も、あのあとずっとゆりなさんの話を部屋でしてましたよ。かなり嬉しかったんだと思う。あんなに喜んでる兄ちゃん、久しぶりに見ましたもん」
身体が、あつい。
こんなに寒いはずなのに、わたしの全身が一気にほてっていくのを感じて、顔を両手で隠してしまいたくなる。
たぶん、というか絶対にわたしの顔は今、真っ赤になっていると思う。
ブーブー。とその時、わたしのスマホがタイミングよく鳴った。
『ゆりな、今度またうちに来ない? パズルを手伝って欲しい』
画面に映り出された「ともやくん」という名前に、心臓の鼓動が一気に早くなった。
わたしの中で大きく感情の波が揺れ動いている。
『いいよ。おじゃまさせてもらうね』
送信ボタンを押してすぐに、返信がとどいた。
『ありがとう。助かるよ』
スマホを握る手が小さく震えているのがわかった。寒さのせいじゃない。
わたし、オッケーしちゃったよ・・・・・・。
「ゆうくん、今日は本当にありがとう」
「え、なにがですか? 俺、なんかしましたか?」
「してくれた。すっごくしてくれた。わたし、なんとかやれるかもしれない。今日もバイト頑張ろうね」
太陽が傾き、空一面が黄金色に輝きはじめると、足下にはふたりが隣り合う影が長くのびていた。
あれは夢だったんじゃないか?って否定する気持ちと、あれが現実なんだよって肯定する気持ち。
だけど何度考えてみても、みなみはともやくんに告白をしていたし、ともやくんにはほかに好きな人がいると言っていた。
その1番気になる「ほかの人」っていうのは、聞き出せていないから結局だれなのかはわからないままだけれど・・・・・・。
わたしは薄っすら雲がかかっている空を見上げながら、はぁーと大きなため息を吐いてマフラーを口元まで上げた。
たんすの中のような、ちょっとほこりっぽいような、そんな独特な匂いが鼻をすーっと抜けていく。
今日のバイトはラストまでゆうくんもいると、この前言っていたことをふと思い出した。
ゆうくんならともやくんが好きな人、だれか知らないかな? 聞いてみようかな。
そんなずる賢いような魔が一瞬さしたけれど、さすがにそんなことはできないよなって思って、再び現実に引き戻されてしまう。
今日は朝から小さな雪が舞っていて、すごく気温が冷え込んでいる。
普段はあまり着ないセーターを中にもう一枚着込んできたけれど、それでもやっぱり寒くて、身体が小さく丸まってしまう。
わたしは途中にあるコンビニに自然と吸い込まれるようにして中に入ると、ホットココアを手に取りレジに並んだ。
「150円になります。今日は寒いですね」
いつものお兄さんに優しい口調で話しかけられて、思わず今日あったモヤモヤを相談して聞いてもらいたくなってしまった。
口が自然に動いてしまいそうになったけれど、ぎゅって手のひらを握りしめると目線を足下に逸らした。
わたしの好きな人が今日、告白されてすごく不安になったんですって。
だけどその人にも好きな人がいるっていうことを知って、どうしたらいいのか悩んでいるんですって。
そう、言いたかった。
だけど、わたしは「ほんとですね」と短い返事だけをして、レシートとお釣りを受け取るとそのままコンビニをあとにした。
わたしなんかが人に相談するべきではない。
わたしが話したりなんかしたら、みんな迷惑するに決まってる。
ホットココアで指先を温めながらゆっくりと飲んでいると、全身が少しだけあたたかくなったような気がして「わたしは大丈夫。なんとかなる」って、そう思い込ませながら急いでバイト先へと向かうことにした。
冬の空は夕方前でも薄暗くて、なんだか今日のわたしの気持ちを大きく反映してるようにも見える。
この前、偶然ともやくんと展望台で会った時の空はオレンジ色に輝いていて、とても綺麗だったのにな・・・・・・。
数秒前に自分を励ましたばかりなのに、やっぱり今日は何度もともやくんのことばかりを考えてしまって結局落ち込んでしまう。
残りのホットココアを一気に飲み干してゴミ箱に捨てると、ベージュ色の手袋をもう一度付け直した。
「今からバイトなんだから、切り替え、切り替え」
わたしはマフラーの下で小さな声に出して言うと、急ぎ足で歩き始めた。
小学生がベンチでゲームをしている公園を通り過ぎて、右のかどを曲がると信号待ちしているゆうくんが立っていることに気がついた。
ゲームなのかメールなのかわからないけれど、スマホに夢中でどうやらわたしのことに気がついていないみたい。
ゆうくんも今からバイトに行くのかな?
これ以上ひとりで歩いていると余計なことばかり考えてしまいそうだったので、わたしは小走りでゆうくんの元へと向かった。
教科書が入ったカバンの角が足に当たって、バシバシといたい。
信号が青に変わった瞬間、顔を上げたゆうくんが一瞬こちらを見ると、いつもの笑顔で大きく手を振ってくれた。
気がついてくれたみたい。
もう、ひとりじゃない。
「ゆりなさんも今からバイトですよね? 今日ひまだといいっすね。ま、ひまだと時間が長く感じるか」
わたしがゆうくんに追いついたのを確認してから、ゆうくんはゆっくりと歩き出した。
誰かといるときはスマホをポケットになおして触らないようにするところは、なんだか優しいなって思う。
今どきの男子ってみんなこんなものなのだろうか・・・・・・?
「あの、これいります? よかったら食べてください。うまいんで」
ゆうくんがスマホを入れたポケットと反対側のポケットから、一粒のチョコレートを取り出した。
「あ、もしかしてダイエットとかしてます? でも、ゆりなさんめちゃくちゃスタイルいいから痩せる必要ないですからね」
ひとりで勝手に焦っているゆうくんを見ていると「ゆうくんらしいな」って思って、なんだか自然と笑みがこぼれてしまう。
「ダイエットしてるけど、今日はおやすみすることにする。もらうね。ありがとう」
「なんか今日のゆりなさん、元気なさそうというか、疲れているっていうか。いつもとちょっと違うなって思ったから。これ食べて元気出してください」
そう言ってゆうくんは、ピンク色のチョコレートをわたしの手のひらにそっと乗せてくれた。
わたし、そんなに顔に出てたかな・・・・・・。
とは思いつつも、さっそく袋を開けて口の中に入れてみる。
甘くて、美味しい・・・・・・。
「どうっすか? うまいですよね。それ兄ちゃんも大好きなんですよね。いつも取り合いになるんです」
お兄ちゃん・・・・・・。ってことは、ともやくん・・・・・・。
さっきまで忘れようとしていたともやくんの顔が一瞬で思い浮かび、胸がちくりといたい。
「すごく美味しい。もう元気になったから安心して。ありがとう」
「やっぱ、ゆりなさんは笑っている方がいいっすよ。よかったまた笑ってくれて」
ゆうくんはなんて優しいんだろう。
ともやくんも優しいから、きっと家でけんかとかもしたことないんだろうな。
学校以外でのともやくんってどんなことしているんだろう?
学校ではみんなと騒いでいるけれど、家でもよくおしゃべりとかするのかな?
「ねぇ、ゆうくん。聞いてみたいことあるんだけど、いい?」
「いいっすよ。なんですか?」
「ともやくんって家でどんなことしてるの? やっぱりよくおしゃべりとかしてるの?」
わたし、ゆうくんに何聞いてるんだろう?
これじゃあ、単なるストーカーと一緒じゃん。
自分から聞き出しているのに、言い終わった瞬間、恥ずかしさと、後悔で心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
だけど、答えなくていいよって思う自分と、詳しく教えてって思う自分のふたりがわたしの中にいて、激しく葛藤している。
さっきまで普通におしゃべりしていたはずなのに、隣にいるゆうくんの顔すらまともに見ることができなくて、わたしは早歩きになった。
どんな言葉も怖くて聞きたくなかった。
「そうっすねー。毎日勉強ばっかりしてますよ。うちの親、俺には何も言わないけれど、兄ちゃんにはめちゃくちゃ口うるさいんですよね。だからよくけんかっぽくもなってるし」
「え、ともやくんも怒ることあるの?」
「親とかなり仲悪いですよ。まともに口すら聞いたことなかったと思う」
意外だった。いや、かなり意外だった。
学校ではあんなにみんなに優しくて、いつも笑っているともやくんがご両親とけんかをするだなんて。
怒っている姿なんて、全く想像できない。
「あ、でも俺思うんですけど。兄ちゃん、ゆりなさんの話をするときはすっごい幸せそうだし、楽しそうなんですよね。だから、もしかしたら好きなんじゃないかなーて思ったり」
「え、ともやくんわたしの話とかもするの?」
「この前うちに来てくれた時も、あのあとずっとゆりなさんの話を部屋でしてましたよ。かなり嬉しかったんだと思う。あんなに喜んでる兄ちゃん、久しぶりに見ましたもん」
身体が、あつい。
こんなに寒いはずなのに、わたしの全身が一気にほてっていくのを感じて、顔を両手で隠してしまいたくなる。
たぶん、というか絶対にわたしの顔は今、真っ赤になっていると思う。
ブーブー。とその時、わたしのスマホがタイミングよく鳴った。
『ゆりな、今度またうちに来ない? パズルを手伝って欲しい』
画面に映り出された「ともやくん」という名前に、心臓の鼓動が一気に早くなった。
わたしの中で大きく感情の波が揺れ動いている。
『いいよ。おじゃまさせてもらうね』
送信ボタンを押してすぐに、返信がとどいた。
『ありがとう。助かるよ』
スマホを握る手が小さく震えているのがわかった。寒さのせいじゃない。
わたし、オッケーしちゃったよ・・・・・・。
「ゆうくん、今日は本当にありがとう」
「え、なにがですか? 俺、なんかしましたか?」
「してくれた。すっごくしてくれた。わたし、なんとかやれるかもしれない。今日もバイト頑張ろうね」
太陽が傾き、空一面が黄金色に輝きはじめると、足下にはふたりが隣り合う影が長くのびていた。