移動教室の時も、バス停でバスを待っている時も、お弁当をひとりで食べている時も。


わたしは彼の存在を無意識的に探してしまう。


どこかにいないかなって。

声が聞こえてこないかなって。


関わらないでほしいって思っているのに、話しかけないでほしいって思っているのに、優しくしないでほしいって思っているのに。


その姿が見えないだけで、すごく不安に感じてしまうし、なぜだか寂しくもなってしまう。



ともやくん、いないかな・・・・・・?



そう思ってしまう。


ともやくんは今までどおりみんなと騒いでいる方が似合っていると思うし、クラスの人気者のままでいる方がいいっては思ってる。


わざわざわたしなんかと一緒にふたりきりでパズルをする必要なんかないと思うし、優しく話しかけてくる必要もない。


だけど、わたし以外の女子と楽しそうにおしゃべりしている姿を見ると、胸がザワザワしてきて辛くなってしまう。


何を話しているのだろうってこっそり盗み聞きしたくなってくる。


どうしてこんなにもともやくんのことばかり気になってしまうのだろう。


意識すればするほど考えてしまい、ほかのことに手がつかなくなってしまう。


今まで男子とまともに話したことなんてなかったし、もちろんふたりきりになったことなんて一度もなかった。


そもそもそういった機会もなかったし、自分から壁を作って関わろうともしてこなかったからだと思う。


だけど、ともやくんはそういった壁を簡単に乗り越えてきて、わたしの閉ざされた心の中へと入ってきた。


毎日真っ暗闇で、凍えるように冷え切っていて、先が見えない長いトンネルの中にいたわたしに、あたたかなあかりを差し込んできてくれた。


最初の頃は、なんでこんなことをするんだろうって思っていたし、余計なことなんてしなくてもいいのにっても思っていた。


だけど、いつの頃からかもっと明るく照らしてほしいって思うようになったし、他の場所には行かないでほしいって願うようにもなってしまった。


わたしなんかがそんなことを身勝手に思うだなんて、迷惑だよね、鬱陶しいよね、わがままだよねって申し訳なくもなるけれど、今のわたしはともやくんがいない生活だなんて考えられない。


もっとおしゃべりしたいし、もっといろんなこと知りたいし、ふたりきりの時間をたくさん過ごしたい。


わたしがいないところには、絶対に行かないでほしい。



ずっとそばにいてほしい・・・・・・。



だから、他の女の子と笑い合っている姿を見てしまうと苦しいし、辛いし、落ち着かなくなってしまう。



こんなに思っているのに。

大切な存在なのに。

かけがえのない存在なのに。



自分から声をかけることなんてどうしてもできなくて、いつもそっと遠くから眺めておくことしかできない。


わたしにもっと自信があったら、勇気があったら、ともやくんに「告白」みたいなことをして、きちんと自分の気持ちを伝えたりとかしているのかな。


だけど、きっと今のわたしはこうやって頭の中でぐるぐる考えたりはするけれど、実際にそういった行動に移すことなんてないんだろうな。


毎日ほかの女の子たちがともやくんと話す姿を嫉妬しながら、ただ自分の席に座ったまま見つめることだけで精一杯なんだと思う。



わたしもみんなみたいに普通の女の子だったら、きっと・・・・・・。





「これ、読んでくれる?」


「俺に? ありがとう」


机に頭を伏せて休み時間が終わるのを待っていると、わたしに話しかける時とは違う、男子用の裏声で話すみなみの声が聞こえてきた。


だけど、わたしが反応したのはその後の「ありがとう」っていうともやくんの声の方。


みなみがともやくんに手紙を渡している。


座っていただけのはずなのに、心臓の音が聞こえてきそうなくらいうるさく鳴り響いてきて、嫌な胸騒ぎがする。



いやだ。

ともやくんに手紙を渡すだなんていや。

なんの手紙なの? 

なにを書いてるの?



本当はともやくんのところに走り寄っていって、手紙を今すぐにでもビリビリに破ってしまいたいけれど、わたしにはそんなこと絶対にできない。


ただ、読まないで欲しかったし、みなみと特別な関係になってほしくなかったし、これ以上遠い存在にはならないでって神様にお願いすることしかできなくて。



「みなみ、すごいじゃん」

「うまくいくといいね」

「私まで緊張するわー」



聞きたくもないのに勝手に耳に入ってくる周りの声で、その手紙の内容が想像できてしまい泣きそうになってしまう。



どうしよう。

ともやくんが、みなみのものになってしまう・・・・・・。



ブレザーの袖をギュッと握りしめたまま、両手で顔をふさいで目を思いっきり閉じた。


これ以上なにも見たくなかったし、知りたくもなかった。


だけど周りの声だけははっきりと聞こえてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。



わたしのともやくん・・・・・・。



「みなみ、ちょっといいか?」


わたしが唇を噛み締めていると、ともやくんが小さな声でみなみを呼ぶ声が聞こえた。


こんなに騒がしい教室の中で、ともやくんの声だけははっきりと聞き分けることができる自分に驚いたけれど、そのあとに聞こえてきたみなみの嬉しそうな返事で一気に不安に襲われてしまう。



「ともやくん、さっきのあれ、読んでくれた?」


「あぁ、読んだよ。ありがとう。みなみの気持ちはすげー嬉しかった。まさかそんな風に思ってくれてるなんて知らなかったから。でさ、みなみにこうやって直接言うのは言いにくいんだけど、俺、いま他に好きな人いるんだよね。だから付き合うことはできない。ごめん」


「そっか・・・・・・。そうなんだね。うん、わかった。ありがとう。でもこれからも今まで通り仲良くしてくれる?」


「それはもちろん。今まで通りでいたいって俺も思ってる」


「よかった・・・・・・。じゃあ、ありがとうね」



よかった・・・・・・。

ともやくんとみなみ、付き合わなかったんだ・・・・・・。



かたまっていた全身の力が抜けて、わたしはまた泣きそうになってしまう。


だけど、ともやくんにはいま好きな人がいるって言っていた。


その言葉だけが耳の奥で何度も反響し合い、息が苦しくなってくる。


想像すらしたくなかった。


ともやくんが誰か他の女の子と付き合ってしまうということを。


そんなこと絶対にありえないって自分に言い聞かせてみるけれど、さっきの「他に好きな人がいるんだよね」っていう言葉を思い出すと、可能性はゼロではないんだって現実を突きつけられてしまう。


ともやくんは人気があるからわたしも自分の気持ち伝えなきゃっていう気持ちだけはどんどん大きくなるけれど、わたしはみんなとはちがう。



そんなこと、あした地球が滅びるってなったとしても、わたしには絶対にできない。



悔しくて、はがゆくて、もどかしくて、だけどそんな気持ちに比例するかのように、ともやくんへの想いだけは大きくなっていてどうしようもなく苦しい。