ふとした瞬間、別にあれはゆりなじゃなくてもよかったのかもしれない、と思う時がある。
たまたまだった。
偶然だった。
タイミング的にだった。
あの日、どん底だった俺を橋の上で助けてくれたっていうのには、もしかしたら特別な理由なんてなかったのかもしれない。
だけど、他のクラスの女子じゃなくて、部活の後輩じゃなくて、仲のいい先輩じゃなくて。
ゆりなで本当によかった。いや、ゆりなだったから、よかった。
夕方のハンバーガーショップは学生であふれ返っている。
近くに大学もあるせいなのか、パソコンに向かってレポートか何かを一生懸命書いている大学生が店内のあちらこちらにいて、俺は「大学生になるって大変なんだなぁ」なんていう呑気なことを考えていた。
部活帰りの俺たちは勉強をすることもなく、ポテトとジュースをテーブルいっぱいに広げると、自分たちだけの世界に入り込んでおしゃべりに夢中。
今日は階段ダッシュもあったせいか足がガクガクになる程疲れていて、ちょっと休憩するだけのはずが多分すでに2時間以上はここで内容のない話題で盛り上がっている。
「そろそろこの話にも飽きてきたな」ってなんて内心思ってもいたけれど、だれひとり帰る気配なんてなくて、何人かは追加のドリンクを頼みにわざわざもう一度レジに並びに行ってしまった。
だから俺は大きなあくびをして、残り少ないケチャップにしなしなになったポテトをつけながら、ぼんやりとみんなの話に耳を傾けている。
「ともやくん、いつもごめんね」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、消えかかりそうなかぼそい声で言ったゆりなの言葉。
ゆりなはいつも俺に謝ってくる。
「遅くなってごめんね」
「つまらないよね、ごめんね」
「わたし迷惑だよね、ごめんね」
俺は今まで一度もゆりなに謝ってほしいとか思ったこともないし、そもそも悪いことをされた記憶だってもちろんない。
謝るのは俺だけじゃない。クラスの他のやつらにもいつも謝り続けている。
最近よくゆりなのことを教室で観察しているけれど、ゆりながみんなに悪いことをしているだなんて思わないし、むしろ謝ってもらう方の立場だって思っている。
あからさまに悪口を言われたりだとか、物を隠されたりだとか、無理やりノートを写させてあげないといけないだとか。
どんな時も悲しそうな表情は浮かべるけれど、決して泣くこともないし、怒るようなこともしない。
もし俺が毎日同じことを誰かにされ続けたりでもしたら、学校にすら行かなくなってしまうと思うのに。
だけど、ゆりなはそんなことは一切なくて無遅刻無欠席で学校に来ている。
俺にはとうてい真似できないだろうな・・・・・・。
だけど・・・・・・、そんなゆりなには友だちと呼べる存在はいるのかな?
もしかしたら、いないんじゃないかなって思ったりもする。
毎日移動教室の時はひとりで行動をしているし、お弁当だって誰かと一緒に食べているところを見たこともない。
たしか学校に来る時も、帰る時もいつもひとりだ。
ゆりなのことがここまで気になるようになったのは、もちろん橋の上での出来事がいちばんのきっかけだとは思うけど、他にも些細なことが積み重なってのことだと思う。
先生にはきちんと挨拶をしていて偉いなとか、靴は綺麗に並べて礼儀正しいなとか、大きな瞳が綺麗だなとか、透き通るような白い肌が吸い込まれそうだなとか。
たぶんどれも大きなきっかけがあったわけじゃなくて、その程度の小さな積み重ね。
最近は図書室でしゃべる機会はあったけれど、なんだかうまく会話が弾まなくてきちんと続いたことはない。
だけど、人の悪口を言うようなことは一切ないし、言葉づかいもとても綺麗。
教室の後ろにあるロッカーにもたれかかって、人の噂話で盛り上がっている他の女子たちと比べれば何倍も品があると思うし、性格がいいのがすぐにわかる。
なのに、なぜかゆりなが少しでも発言しようものならすぐにからかいのターゲットになってしまうし、成績がいいことだって理不尽な嫌がらせの原因になってしまう。
全部努力しているのはゆりな本人だし、悪いことは何も言ってないはずなのに。
そういった人の頑張りを簡単に利用して、テスト前になると一斉にノートを借りようとする他の女子たちの神経が俺には理解できない。
ゆりなのことなんだと思っているんだよ?
お前らの操り人形かよ?
最近俺はこうやってゆりなのことをひとり考える時間が増えていったような気がする。
それは家にいても、学校でみんなとふざけ合っている時も、今みたいに部活帰りに寄り道して遊んでいる時も。
「おい、ともや。ともや、さっきから聞いてんのかよ?」
隣に座っていたやつがストローを口にくわえたまま、肩を思いっきりどついてきた。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた。ちゃんと聞いてる、聞いてる」
「ともや最近ボケーってしすぎだろ。いつも人の話上の空って感じだし。もしかして誰か好きな人でもできたのかよ?」
「いないよ、好きな人なんて。できたらとっくに報告してるっつーの」
俺は残り一本になっていた短いポテトを口に押し込むと、勢いよくコーラで流し込んだ。
好きな人、かよ・・・・・・。
俺にとってゆりなは好きな人なのだろうか?
今まで何回かは女子と付き合ったこともあるし、女友だちと一緒に遊びにいったことだってある。
特別女子に嫌われたりもしていないんじゃないかな。
だけど、いつも鎧をかぶっていたような気がするし、本当は家でゆっくり映画を観たりとかしたかったのに、人混みが多いショッピングセンターへの買い物に付き合わされたりとかばかりで、今思うと表面上だけの付き合いだったのかもしれないって思う。
ゆりなのことを考えるようになる前までは、可愛い女子に話しかけられたらやっぱり嬉しいとは思っていたけれど、だからといってその人を好きになるということは一切なかった。
だけど、ゆりなという存在に出会ってからは、ゆりなに話しかけられるたびにドキドキしてしまうし、もっと一緒にいたいって思ってしまう。
そして、ふと考えてしまう。
もし、今の俺がゆりなと付き合ったらどうなるのだろうか・・・・・・? と。
一緒に笑い合える時間を過ごしたりすることはできるのかな・・・・・・。
本音で語り合うことはできるのかな、弱さを見せることもできるのかな・・・・・・。
橋の上での俺は自分でも驚くほど弱い人間だったと思うし、そんな姿なんかを誰かに見られてしまう前にすぐに死んでしまおうと思っていた。
だけど、そんな俺の弱い姿を見てもゆりなは特別驚いた様子もなかったし、軽蔑することもなく、ごく自然に話しかけてきてくれた。
真っ暗闇だった俺の心に、救いの手を差し伸べてくれた。
普通橋の下にきれいに荷物を並べてなんかしていたら、怪しんだり、不思議がったりするかもしれないのに。
ゆりなに話しかけられた瞬間の俺の心臓は、18年間で1番うるさく鳴り響いていたと思う。
翌日からもいつも通り教室で顔を合わせなければならないってことを考えると、あの時の俺は恥ずかしさでいっぱいになったはずなのに、なぜだかすごくホッとしたのを覚えている。
助かったって思ったし、安心したって思ったし、そして何より嬉しかった。
もしかしたらあの時の俺は、死にたいって思っていたはずだったけれど、きっと本当は生きていたかったのかなって今になって思う。
誰かに見つけてもらいたくて、止めて欲しかったのかもしれない。
そして、あんなに孤独だった俺を助けてくれたのは、たまたま通りかかったいつもひとりきりのゆりなだった。
あの瞬間、俺の中で何か大きなものが弾けて、世界が180度変わった。
俺はゆりなと絶対に仲良くなりたいって。
ゆりなに嫌がられても、迷惑がられても、絶対に心を開いてみせるって。
だから卒業式の展示作品を決める時も、パズルを選んでゆりなに近づこうとしたし、家にも強引に誘ったりもした。
仲良くなりたくて、喋ってみたくて、ゆりなの心のうちを聞いてみたくて。
やっと図書室で放課後パズルを一緒にするっていう時間は取れるようになったけれど、今のところゆりなが本音を話してくれそうな気配は全くない。
だけど、俺は絶対に諦めるつもりはない。
ゆりなのそばにいて、俺だけはいつまでも味方でいるんだって決めたんだから。
たまたまだった。
偶然だった。
タイミング的にだった。
あの日、どん底だった俺を橋の上で助けてくれたっていうのには、もしかしたら特別な理由なんてなかったのかもしれない。
だけど、他のクラスの女子じゃなくて、部活の後輩じゃなくて、仲のいい先輩じゃなくて。
ゆりなで本当によかった。いや、ゆりなだったから、よかった。
夕方のハンバーガーショップは学生であふれ返っている。
近くに大学もあるせいなのか、パソコンに向かってレポートか何かを一生懸命書いている大学生が店内のあちらこちらにいて、俺は「大学生になるって大変なんだなぁ」なんていう呑気なことを考えていた。
部活帰りの俺たちは勉強をすることもなく、ポテトとジュースをテーブルいっぱいに広げると、自分たちだけの世界に入り込んでおしゃべりに夢中。
今日は階段ダッシュもあったせいか足がガクガクになる程疲れていて、ちょっと休憩するだけのはずが多分すでに2時間以上はここで内容のない話題で盛り上がっている。
「そろそろこの話にも飽きてきたな」ってなんて内心思ってもいたけれど、だれひとり帰る気配なんてなくて、何人かは追加のドリンクを頼みにわざわざもう一度レジに並びに行ってしまった。
だから俺は大きなあくびをして、残り少ないケチャップにしなしなになったポテトをつけながら、ぼんやりとみんなの話に耳を傾けている。
「ともやくん、いつもごめんね」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、消えかかりそうなかぼそい声で言ったゆりなの言葉。
ゆりなはいつも俺に謝ってくる。
「遅くなってごめんね」
「つまらないよね、ごめんね」
「わたし迷惑だよね、ごめんね」
俺は今まで一度もゆりなに謝ってほしいとか思ったこともないし、そもそも悪いことをされた記憶だってもちろんない。
謝るのは俺だけじゃない。クラスの他のやつらにもいつも謝り続けている。
最近よくゆりなのことを教室で観察しているけれど、ゆりながみんなに悪いことをしているだなんて思わないし、むしろ謝ってもらう方の立場だって思っている。
あからさまに悪口を言われたりだとか、物を隠されたりだとか、無理やりノートを写させてあげないといけないだとか。
どんな時も悲しそうな表情は浮かべるけれど、決して泣くこともないし、怒るようなこともしない。
もし俺が毎日同じことを誰かにされ続けたりでもしたら、学校にすら行かなくなってしまうと思うのに。
だけど、ゆりなはそんなことは一切なくて無遅刻無欠席で学校に来ている。
俺にはとうてい真似できないだろうな・・・・・・。
だけど・・・・・・、そんなゆりなには友だちと呼べる存在はいるのかな?
もしかしたら、いないんじゃないかなって思ったりもする。
毎日移動教室の時はひとりで行動をしているし、お弁当だって誰かと一緒に食べているところを見たこともない。
たしか学校に来る時も、帰る時もいつもひとりだ。
ゆりなのことがここまで気になるようになったのは、もちろん橋の上での出来事がいちばんのきっかけだとは思うけど、他にも些細なことが積み重なってのことだと思う。
先生にはきちんと挨拶をしていて偉いなとか、靴は綺麗に並べて礼儀正しいなとか、大きな瞳が綺麗だなとか、透き通るような白い肌が吸い込まれそうだなとか。
たぶんどれも大きなきっかけがあったわけじゃなくて、その程度の小さな積み重ね。
最近は図書室でしゃべる機会はあったけれど、なんだかうまく会話が弾まなくてきちんと続いたことはない。
だけど、人の悪口を言うようなことは一切ないし、言葉づかいもとても綺麗。
教室の後ろにあるロッカーにもたれかかって、人の噂話で盛り上がっている他の女子たちと比べれば何倍も品があると思うし、性格がいいのがすぐにわかる。
なのに、なぜかゆりなが少しでも発言しようものならすぐにからかいのターゲットになってしまうし、成績がいいことだって理不尽な嫌がらせの原因になってしまう。
全部努力しているのはゆりな本人だし、悪いことは何も言ってないはずなのに。
そういった人の頑張りを簡単に利用して、テスト前になると一斉にノートを借りようとする他の女子たちの神経が俺には理解できない。
ゆりなのことなんだと思っているんだよ?
お前らの操り人形かよ?
最近俺はこうやってゆりなのことをひとり考える時間が増えていったような気がする。
それは家にいても、学校でみんなとふざけ合っている時も、今みたいに部活帰りに寄り道して遊んでいる時も。
「おい、ともや。ともや、さっきから聞いてんのかよ?」
隣に座っていたやつがストローを口にくわえたまま、肩を思いっきりどついてきた。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた。ちゃんと聞いてる、聞いてる」
「ともや最近ボケーってしすぎだろ。いつも人の話上の空って感じだし。もしかして誰か好きな人でもできたのかよ?」
「いないよ、好きな人なんて。できたらとっくに報告してるっつーの」
俺は残り一本になっていた短いポテトを口に押し込むと、勢いよくコーラで流し込んだ。
好きな人、かよ・・・・・・。
俺にとってゆりなは好きな人なのだろうか?
今まで何回かは女子と付き合ったこともあるし、女友だちと一緒に遊びにいったことだってある。
特別女子に嫌われたりもしていないんじゃないかな。
だけど、いつも鎧をかぶっていたような気がするし、本当は家でゆっくり映画を観たりとかしたかったのに、人混みが多いショッピングセンターへの買い物に付き合わされたりとかばかりで、今思うと表面上だけの付き合いだったのかもしれないって思う。
ゆりなのことを考えるようになる前までは、可愛い女子に話しかけられたらやっぱり嬉しいとは思っていたけれど、だからといってその人を好きになるということは一切なかった。
だけど、ゆりなという存在に出会ってからは、ゆりなに話しかけられるたびにドキドキしてしまうし、もっと一緒にいたいって思ってしまう。
そして、ふと考えてしまう。
もし、今の俺がゆりなと付き合ったらどうなるのだろうか・・・・・・? と。
一緒に笑い合える時間を過ごしたりすることはできるのかな・・・・・・。
本音で語り合うことはできるのかな、弱さを見せることもできるのかな・・・・・・。
橋の上での俺は自分でも驚くほど弱い人間だったと思うし、そんな姿なんかを誰かに見られてしまう前にすぐに死んでしまおうと思っていた。
だけど、そんな俺の弱い姿を見てもゆりなは特別驚いた様子もなかったし、軽蔑することもなく、ごく自然に話しかけてきてくれた。
真っ暗闇だった俺の心に、救いの手を差し伸べてくれた。
普通橋の下にきれいに荷物を並べてなんかしていたら、怪しんだり、不思議がったりするかもしれないのに。
ゆりなに話しかけられた瞬間の俺の心臓は、18年間で1番うるさく鳴り響いていたと思う。
翌日からもいつも通り教室で顔を合わせなければならないってことを考えると、あの時の俺は恥ずかしさでいっぱいになったはずなのに、なぜだかすごくホッとしたのを覚えている。
助かったって思ったし、安心したって思ったし、そして何より嬉しかった。
もしかしたらあの時の俺は、死にたいって思っていたはずだったけれど、きっと本当は生きていたかったのかなって今になって思う。
誰かに見つけてもらいたくて、止めて欲しかったのかもしれない。
そして、あんなに孤独だった俺を助けてくれたのは、たまたま通りかかったいつもひとりきりのゆりなだった。
あの瞬間、俺の中で何か大きなものが弾けて、世界が180度変わった。
俺はゆりなと絶対に仲良くなりたいって。
ゆりなに嫌がられても、迷惑がられても、絶対に心を開いてみせるって。
だから卒業式の展示作品を決める時も、パズルを選んでゆりなに近づこうとしたし、家にも強引に誘ったりもした。
仲良くなりたくて、喋ってみたくて、ゆりなの心のうちを聞いてみたくて。
やっと図書室で放課後パズルを一緒にするっていう時間は取れるようになったけれど、今のところゆりなが本音を話してくれそうな気配は全くない。
だけど、俺は絶対に諦めるつもりはない。
ゆりなのそばにいて、俺だけはいつまでも味方でいるんだって決めたんだから。