「ゆりな、おはよう。昨日は偶然だったね」
わたしがぼんやりと黒板を眺めていると、ともやくんが静かに近寄ってきた。
昨日の記憶なんて消し去って欲しかったのに、とわたしは心の底から思っていたけれど、どうやらそんなの無理だったみたいだったみたいで。
クラスメイトの視線がともやくんの行動を追っているのが一瞬でわかり、気まずい気持ちに襲われる。
「うん。たまたまだったもんね」
本当は「夕陽きれいだったね」とか「あの後すぐ家にかえったの?」とか色々話しかけてみたかったけれど、そんなの身の程知らずな気がして、続きの言葉を口にすることができない。
こんなチャンス2度とないかもしれないのだから、たくさんお喋りしたい気持ちは山々なのに。
だけど、もしここで余計な会話なんかをわたしがしてしまったら、それこを目をつけられて絶好のネタにされるかもしれないって思うと、やっぱり何も言わない方が身のためだって思ってしまう。
「俺、ゆりながあんなに楽しそうにしてるの初めて見たからちょっと嬉しかった。学校でも絶対笑ってた方がいいよ。だって・・・・・・」
「なになに? 何の話をしてるの?」
みなみがいきなりわたしとともやくんの間に入り込んできて、強引に話の中に割り込んできた。
「だって・・・・・・」
ともやくんはその続きに何を言いたかったのだろう? その先の言葉を聞きたかったのに、みなみのせいで聞き逃してしまった。
「ともやくんの香水、いい香りしてるね。どこで買ってるの? 私も同じやつ欲しいなー。ちょっと今度その店連れて行ってくれない?」
みなみは一瞬鋭い目つきでわたしを睨みつけた後、声のトーンを上げて満面の笑みでともやくんに話しかけた。
わかっている。
みなみはわたしとともやくんが仲良くすることが気に食わないだけだっていうことくらい。
だからこうやってわたし達の会話をかき乱そうとするんだって。
自分の席に座っていただけなのに、一気に居心地が悪くなったわたしが席を離れようとした瞬間、どこからともなく嘲笑うかのような声が聞こえてきた。
「見てた? 今の。かわいそー。せっかくふたりでお喋りできてたのにね」
「いつもひとりぼっちだから、心優しいともやくんが気を遣ってくれてたね」
「もしかしたらゆりな、ともやくんに好意持たれてるって勘違いしてたりして」
「それ、自惚れにも程があるでしょ。まじウケるんですけど」
何人の人が話しているのかはわからないけれど、ふたりとか3人とかではないことはすぐにわかった。
誰かが口を開けばそれに合わせて、次から次へと悪口が伝染したかのように広がっていく。
教室にいる限り、この悪口からは逃げようがなくて、どこにいても勝手に耳の奥まで入ってきてしまいこだまのように鳴り響く。
お腹がキリキリと痛んできて、視界がぐわんと歪んで真っ直ぐ立っているのが、しんどい。
しっかりしないといけない、と思うけれど激しい目眩に突然襲われると同時に、吐き気までしてきて具合がすごく悪い。
教室の壁まで机に手をつきながらそろそろと歩いて向かうと、そのまま逃げるように教室の外に出た。
本当はこういった時は図書室に避難したかったけれど、今は気分が悪すぎて図書室まで歩けそうにないみたい。
だから、仕方がなかったので第二の避難場所である保健室へとゆっくりと向かうことにした。
保健室のドアを静かに開けると養護の先生がひとり椅子に座っていて、机に向かって書き物をしていた。
「あら、ゆりなさん。体調悪いの?」
「はい・・・・・・。少しだけ休ませてください」
「じゃあ奥のベッド使ってちょうだい。一応カーテンも閉めておいてね」
しょっちゅう保健室にも避難してくるせいか、養護の先生も特別驚いたような反応もなくて、いつもの穏やかな口調でわたしをベッドまで案内してくれた。
最初の頃は「この後の授業はどうする?」とか聞いてくれていたけれど、毎回わたしが反応に困ったような表情をするので、今では一切聞いてこなくなった。
その代わり
「落ち着くまでゆっくりしていっていいからね」
といって静かにカーテンを閉めてくれる。
カーテンは薄いクリーム色をしていて、綺麗に閉めていても窓からの明かりがやわらかく差し込んでくる。
このベッドの中で子猫のように小さく丸まって、布団を頭の上までしっかりと被せてしまうと、自分はただみんなから逃げているだけのような気がして、毎回激しい自己嫌悪に襲われてしまう。
目を瞑っていても頭の中にはクラスメイトの光景が浮かんでくるし、耳の奥まで悪口がしっかりと記憶されているから、どんなに身を隠していたとしても「怖い」という気持ちからは逃げることができない。
学校という場所がこんなに怖くて、孤独で、恐ろしい場所だということを、まだ幼かった頃のわたしは全く想像すらしていなかった。
友だちと遊んで、勉強して、部活動に励んで・・・・・・。
そうやって毎日が楽しく過ぎ去っていくものだと、勝手に思い込んでいた。
だけど、いつしかわたしはみんなから逃げることばかりに一生懸命になって、せっかく話しかけてくれた人にも自分から大きな壁を作るようになってしまった。
勉強だけはできても人間関係なんて全く築けないし、生きていく方法すらわからない。
悔しくて、情けなくて、だけどその道を選んでいるのは自分だっていうことにもムカついて、気がつくと顔を伏せていた枕がしっとりと湿っていた。
ガラガラ・・・・・・。
普段は誰もこないはずの保健室のドアが突然開いて、わたしは思わず全身がビクッと震えた。
「あの、ゆりなさん来てませんか?」
この声は・・・・・・、優しくて、守ってくれそうなやわらかい声。
ともやくんの声。
「あ、ゆりなさんのお友だち? 来てるわよ。今、奥のベッドで休んでいるけど」
「ちょっとお話があってきました。失礼します」
慣れない保健室に緊張しているのか、いつもよりも少し堅い声が聞こえたと同時に、足音がベッドの方へとゆっくり近づいてくる。
こんな逃げてばかりの姿、恥ずかしくて見られたくない。
これ以上隠れることなんてできないのに、絶対に見つかりたくなくて思わず両目をギュッと強く瞑った。
「ゆりな、ともやだけど。カーテン開けていい?」
「いいよ・・・・・・」
もう終わったって心の底から思ったわたしは、力のない声で静かに返事をした。
「ゆりな、大丈夫? さっきはごめん。俺のせいで・・・・・・」
ともやくんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、言葉を選んで慎重にしゃべっているように見えた。
謝る必要なんて何もないのに、むしろ勝手に逃げ出したのはわたしの方で、身勝手なことをしているのはこっちの方。
だから「ごめん」だなんて言われると罪悪感と申し訳なさ襲われて、目の前にいるともやくんの姿さえまともに見ることができない。
「なんで謝るの? ともやくんは何も悪いことなんてしてないよ。逃げ出したのはわたしの方なんだし、悪いことしたのはこっちの方だよ。だからそんなこと言わないで」
いつもともやくんの言葉に支えられて、ともやくんがいるっていうだけで何となく救われて。
だから本当はきちんとお礼だって言いたかったし、もっと自分の気持ちを素直に伝えたいって思っていた。
だけど、話せば話すほど自分の気持ちだけが空回りしてしまいそうな気がするし、結局いつもなにも伝えることができずに自分の想いは心の奥底にとどめたまま。
わたしは唇を歯でギュッと噛み締めて、枕元に視線を落とした。
何でこんな時も自分は逃げちゃうんだろう。
大切なひとが今、目の前にいるのに、大事なことを伝えたいはずなのに、それなのに言葉は喉の奥でヒリヒリと焼ける感覚がするだけで口から出てくることはない。
唾と一緒にごくんと飲み込んでしまった。
「俺がゆりなと一緒のパズルをしたいって言ったから、クラスの奴ら変な勘違いしてると思うんだ。俺はただ本当にパズルをしたかっただけなのに、そのせいでゆりなにも嫌な思いをさせてしまうことになって・・・・・・。迷惑かけてしまってる」
そんなの言われなくてもわかっている。
ともやくんがわたしに対して嫌がらせをしようとしてパズルをしたいって言ったわけではない、ということくらい。
ただ、クラスのみんなが勝手に変な勘違いをしてわたしに嫌がらせをするようになっただけ。
ともやくんが申し訳なく思う必要なんて全くない。
だから、これ以上ともやくんには自分のことを責めてほしくなかったし、謝ってもほしくなかった。
「そんなこと思わないで。わたしはともやくんがパズル選んでくれて嬉しいよ。一緒に頑張ろうね」
「ありがとう。本当にごめん・・・・・・それをどうしても伝えたくて」
ともやくんはもう一度「ごめん」と付け加えてゆっくりと後ろを振り向くと、カーテンの向こう側に静かに消えていった。
ゆらゆらと揺れるカーテンを見ていると、今ここでともやくんと話したのは夢なんかじゃないって思えたけれど、今まで自分がともやくんを悩ませていたんだ、ということを知ってしまい苦しくなるほど申し訳なく感じた。
わたしはいつもともやくんに救われているんだよ。
そう伝えたかったのに、その言葉はどうしても出てこなかったし”ありがとう”の一言すら言うことができなかった自分は一体何をしているのだろう。
両手を握りしめたわたしの手のひらに爪が食い込んで、鈍い痛みがじわじわとはしる。
「ゆりなさん、大丈夫? しんどかったら今日は早退してもいいからね。顔色がすごく悪くてキツそうよ」
カーテンを少し開けて養護の先生が心配そうな声で話しかけてきた。
めまいと吐き気は落ち着いていたけれど、心がざわざわと落ち着かなくて、体調はあまり良くならずやっぱり具合が悪い。
「ありがとうございます。じゃあ今日は早退することにします」
「じゃあ、担任の先生には先生から伝えておくから。教室に荷物取りに行けそう?」
「ーーー。すみません。先生が荷物取りに行ってください」
「わかった。じゃあもうしばらくベッドで待っててね」
カーテンがそっと閉められて足音が保健室から消えたのがわかると、張り詰めていた細い糸がぷちんと切れたかのように涙がポロポロと溢れ出てきた。
ただみんなみたいに普通に学校生活を送りたいだけなのに。
友だちと楽しくおしゃべりをしたいだけなのに。
特別難しいことなんて何もないのに、わたしにはそれがどうしてもできなくて、悔しくて、歯痒くて、苦しかった。
わたしは両手で顔を押さえながら、誰もいない保健室で嗚咽を漏らして泣き続けた。
わたしがぼんやりと黒板を眺めていると、ともやくんが静かに近寄ってきた。
昨日の記憶なんて消し去って欲しかったのに、とわたしは心の底から思っていたけれど、どうやらそんなの無理だったみたいだったみたいで。
クラスメイトの視線がともやくんの行動を追っているのが一瞬でわかり、気まずい気持ちに襲われる。
「うん。たまたまだったもんね」
本当は「夕陽きれいだったね」とか「あの後すぐ家にかえったの?」とか色々話しかけてみたかったけれど、そんなの身の程知らずな気がして、続きの言葉を口にすることができない。
こんなチャンス2度とないかもしれないのだから、たくさんお喋りしたい気持ちは山々なのに。
だけど、もしここで余計な会話なんかをわたしがしてしまったら、それこを目をつけられて絶好のネタにされるかもしれないって思うと、やっぱり何も言わない方が身のためだって思ってしまう。
「俺、ゆりながあんなに楽しそうにしてるの初めて見たからちょっと嬉しかった。学校でも絶対笑ってた方がいいよ。だって・・・・・・」
「なになに? 何の話をしてるの?」
みなみがいきなりわたしとともやくんの間に入り込んできて、強引に話の中に割り込んできた。
「だって・・・・・・」
ともやくんはその続きに何を言いたかったのだろう? その先の言葉を聞きたかったのに、みなみのせいで聞き逃してしまった。
「ともやくんの香水、いい香りしてるね。どこで買ってるの? 私も同じやつ欲しいなー。ちょっと今度その店連れて行ってくれない?」
みなみは一瞬鋭い目つきでわたしを睨みつけた後、声のトーンを上げて満面の笑みでともやくんに話しかけた。
わかっている。
みなみはわたしとともやくんが仲良くすることが気に食わないだけだっていうことくらい。
だからこうやってわたし達の会話をかき乱そうとするんだって。
自分の席に座っていただけなのに、一気に居心地が悪くなったわたしが席を離れようとした瞬間、どこからともなく嘲笑うかのような声が聞こえてきた。
「見てた? 今の。かわいそー。せっかくふたりでお喋りできてたのにね」
「いつもひとりぼっちだから、心優しいともやくんが気を遣ってくれてたね」
「もしかしたらゆりな、ともやくんに好意持たれてるって勘違いしてたりして」
「それ、自惚れにも程があるでしょ。まじウケるんですけど」
何人の人が話しているのかはわからないけれど、ふたりとか3人とかではないことはすぐにわかった。
誰かが口を開けばそれに合わせて、次から次へと悪口が伝染したかのように広がっていく。
教室にいる限り、この悪口からは逃げようがなくて、どこにいても勝手に耳の奥まで入ってきてしまいこだまのように鳴り響く。
お腹がキリキリと痛んできて、視界がぐわんと歪んで真っ直ぐ立っているのが、しんどい。
しっかりしないといけない、と思うけれど激しい目眩に突然襲われると同時に、吐き気までしてきて具合がすごく悪い。
教室の壁まで机に手をつきながらそろそろと歩いて向かうと、そのまま逃げるように教室の外に出た。
本当はこういった時は図書室に避難したかったけれど、今は気分が悪すぎて図書室まで歩けそうにないみたい。
だから、仕方がなかったので第二の避難場所である保健室へとゆっくりと向かうことにした。
保健室のドアを静かに開けると養護の先生がひとり椅子に座っていて、机に向かって書き物をしていた。
「あら、ゆりなさん。体調悪いの?」
「はい・・・・・・。少しだけ休ませてください」
「じゃあ奥のベッド使ってちょうだい。一応カーテンも閉めておいてね」
しょっちゅう保健室にも避難してくるせいか、養護の先生も特別驚いたような反応もなくて、いつもの穏やかな口調でわたしをベッドまで案内してくれた。
最初の頃は「この後の授業はどうする?」とか聞いてくれていたけれど、毎回わたしが反応に困ったような表情をするので、今では一切聞いてこなくなった。
その代わり
「落ち着くまでゆっくりしていっていいからね」
といって静かにカーテンを閉めてくれる。
カーテンは薄いクリーム色をしていて、綺麗に閉めていても窓からの明かりがやわらかく差し込んでくる。
このベッドの中で子猫のように小さく丸まって、布団を頭の上までしっかりと被せてしまうと、自分はただみんなから逃げているだけのような気がして、毎回激しい自己嫌悪に襲われてしまう。
目を瞑っていても頭の中にはクラスメイトの光景が浮かんでくるし、耳の奥まで悪口がしっかりと記憶されているから、どんなに身を隠していたとしても「怖い」という気持ちからは逃げることができない。
学校という場所がこんなに怖くて、孤独で、恐ろしい場所だということを、まだ幼かった頃のわたしは全く想像すらしていなかった。
友だちと遊んで、勉強して、部活動に励んで・・・・・・。
そうやって毎日が楽しく過ぎ去っていくものだと、勝手に思い込んでいた。
だけど、いつしかわたしはみんなから逃げることばかりに一生懸命になって、せっかく話しかけてくれた人にも自分から大きな壁を作るようになってしまった。
勉強だけはできても人間関係なんて全く築けないし、生きていく方法すらわからない。
悔しくて、情けなくて、だけどその道を選んでいるのは自分だっていうことにもムカついて、気がつくと顔を伏せていた枕がしっとりと湿っていた。
ガラガラ・・・・・・。
普段は誰もこないはずの保健室のドアが突然開いて、わたしは思わず全身がビクッと震えた。
「あの、ゆりなさん来てませんか?」
この声は・・・・・・、優しくて、守ってくれそうなやわらかい声。
ともやくんの声。
「あ、ゆりなさんのお友だち? 来てるわよ。今、奥のベッドで休んでいるけど」
「ちょっとお話があってきました。失礼します」
慣れない保健室に緊張しているのか、いつもよりも少し堅い声が聞こえたと同時に、足音がベッドの方へとゆっくり近づいてくる。
こんな逃げてばかりの姿、恥ずかしくて見られたくない。
これ以上隠れることなんてできないのに、絶対に見つかりたくなくて思わず両目をギュッと強く瞑った。
「ゆりな、ともやだけど。カーテン開けていい?」
「いいよ・・・・・・」
もう終わったって心の底から思ったわたしは、力のない声で静かに返事をした。
「ゆりな、大丈夫? さっきはごめん。俺のせいで・・・・・・」
ともやくんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、言葉を選んで慎重にしゃべっているように見えた。
謝る必要なんて何もないのに、むしろ勝手に逃げ出したのはわたしの方で、身勝手なことをしているのはこっちの方。
だから「ごめん」だなんて言われると罪悪感と申し訳なさ襲われて、目の前にいるともやくんの姿さえまともに見ることができない。
「なんで謝るの? ともやくんは何も悪いことなんてしてないよ。逃げ出したのはわたしの方なんだし、悪いことしたのはこっちの方だよ。だからそんなこと言わないで」
いつもともやくんの言葉に支えられて、ともやくんがいるっていうだけで何となく救われて。
だから本当はきちんとお礼だって言いたかったし、もっと自分の気持ちを素直に伝えたいって思っていた。
だけど、話せば話すほど自分の気持ちだけが空回りしてしまいそうな気がするし、結局いつもなにも伝えることができずに自分の想いは心の奥底にとどめたまま。
わたしは唇を歯でギュッと噛み締めて、枕元に視線を落とした。
何でこんな時も自分は逃げちゃうんだろう。
大切なひとが今、目の前にいるのに、大事なことを伝えたいはずなのに、それなのに言葉は喉の奥でヒリヒリと焼ける感覚がするだけで口から出てくることはない。
唾と一緒にごくんと飲み込んでしまった。
「俺がゆりなと一緒のパズルをしたいって言ったから、クラスの奴ら変な勘違いしてると思うんだ。俺はただ本当にパズルをしたかっただけなのに、そのせいでゆりなにも嫌な思いをさせてしまうことになって・・・・・・。迷惑かけてしまってる」
そんなの言われなくてもわかっている。
ともやくんがわたしに対して嫌がらせをしようとしてパズルをしたいって言ったわけではない、ということくらい。
ただ、クラスのみんなが勝手に変な勘違いをしてわたしに嫌がらせをするようになっただけ。
ともやくんが申し訳なく思う必要なんて全くない。
だから、これ以上ともやくんには自分のことを責めてほしくなかったし、謝ってもほしくなかった。
「そんなこと思わないで。わたしはともやくんがパズル選んでくれて嬉しいよ。一緒に頑張ろうね」
「ありがとう。本当にごめん・・・・・・それをどうしても伝えたくて」
ともやくんはもう一度「ごめん」と付け加えてゆっくりと後ろを振り向くと、カーテンの向こう側に静かに消えていった。
ゆらゆらと揺れるカーテンを見ていると、今ここでともやくんと話したのは夢なんかじゃないって思えたけれど、今まで自分がともやくんを悩ませていたんだ、ということを知ってしまい苦しくなるほど申し訳なく感じた。
わたしはいつもともやくんに救われているんだよ。
そう伝えたかったのに、その言葉はどうしても出てこなかったし”ありがとう”の一言すら言うことができなかった自分は一体何をしているのだろう。
両手を握りしめたわたしの手のひらに爪が食い込んで、鈍い痛みがじわじわとはしる。
「ゆりなさん、大丈夫? しんどかったら今日は早退してもいいからね。顔色がすごく悪くてキツそうよ」
カーテンを少し開けて養護の先生が心配そうな声で話しかけてきた。
めまいと吐き気は落ち着いていたけれど、心がざわざわと落ち着かなくて、体調はあまり良くならずやっぱり具合が悪い。
「ありがとうございます。じゃあ今日は早退することにします」
「じゃあ、担任の先生には先生から伝えておくから。教室に荷物取りに行けそう?」
「ーーー。すみません。先生が荷物取りに行ってください」
「わかった。じゃあもうしばらくベッドで待っててね」
カーテンがそっと閉められて足音が保健室から消えたのがわかると、張り詰めていた細い糸がぷちんと切れたかのように涙がポロポロと溢れ出てきた。
ただみんなみたいに普通に学校生活を送りたいだけなのに。
友だちと楽しくおしゃべりをしたいだけなのに。
特別難しいことなんて何もないのに、わたしにはそれがどうしてもできなくて、悔しくて、歯痒くて、苦しかった。
わたしは両手で顔を押さえながら、誰もいない保健室で嗚咽を漏らして泣き続けた。