「や、やりましたか……?」
爆炎の向こうを見据えるプリム。
俺もまた、それを注視していた。
魔族は、どうなったんだ?
いくら高位魔族とはいえ、先ほどのすさまじい雷撃を受けて無傷とは思えない。
たとえ生きていたとしても、かなり弱っているはず。
そこを俺が竜魔法でトドメを――。
「ふうっ……死ぬかと思ったぜ」
「何者だ、女――」
二体の魔族は、何事もなかったかのようにたたずんでいた。
生き残っている……どころではない。
ほとんどノーダメージに見える。
「そんな、効かない……!?」
プリムは愕然とうめいた。
俺も正直驚いていた。
今の彼女の一撃は、すさまじいエネルギーだったはず。
あれを食らっても無事でいられるのか。
プリムもすごいけど、高位魔族もすごい――!
「いや、効いたぜぇ」
言いながら、大男が腕を振りかぶる。
「この俺様がちょっぴり火傷しちまう程度にはなぁ!」
言いながら、その手に巨大な光弾が出現した。
「礼代わりだ! 食らいな!」
どんっ!
光弾が放たれる。
「【雷鳴の盾】!」
プリムが次の奇蹟を発動した。
空から降り注いだ雷が一点に集まり、巨大な壁となって光弾を防ぐ。
ばりばりばりっ……!
が、雷の壁はその一撃だけでほとんど消滅してしまった。
「ふん、このヴァルゴス様の攻撃を一発防いだことは褒めてやる。だが二発目はどうかな?」
大男の魔族――ヴァルゴスの手にふたたび光弾が生まれる。
「お前もやるか、ノーク」
「……俺はいい。なぶり殺しの趣味はない」
青年魔族ノークは静かに首を振った。
「お前がやれ」
「了解だ。なら、俺の手で全員血みどろにしてやるぜぇ……くくく」
どうやら大男の方が暴力的で、青年の方はクールな性格らしい。
「プリム、代わるよ。後は俺が――」
「結構です」
プリムは意外と頑固に言い放った。
「最強聖女と呼ばれる私が、魔族二体を相手に退いたとあっては『聖女機関』の名折れです」
「けど、あいつらは強そうだぞ。命あっての物種っていうし」
「だとしても――私は聖女の力を示さねばなりません」
プリムの意志は固い。
『頑固』なんじゃない。
これは――『心の強さ』だ。
俺は、そのことにようやく気付いた。
「ここで私が魔族に敗れても、『戦う意思』さえ示せば、人々の意志はくじけません。今は、世界中に魔族の危機があります。私たち聖女は、率先して『戦う意思』を示さなければならないのです。それが神の代理人としての務めです」
プリムの言葉はよどみがない。
それはつまり迷いがないということだった。
「私にもしものことがあれば――後のことはお任せします、ゼルさん」
死ぬ気か――。
俺はごくりと息を飲んだ。
と、そのとき。
しゅるるるるるっ……!
青年の魔族のマントの裾から何かが延びてきた。
「黒い蛇――?」
いや、違う。
「これは……!?」
プリムがハッとした顔になる。
蛇じゃない、これは――触手!?
無数の触手はあっという間に数十本に分かれ、数百メートルも伸びていき――。
俺やプリム、さらに遠くの方で逃げる途中の村人たちにまで追いつき、巻き付いていく。
「わわっ……」
俺や他の村人たちは巻き付かれた触手によって、動きを封じられてしまった。
「ほ、ほどけない……っ!」
この触手、けっこう頑丈だぞ。
見た目は柔らかそうなんだけど、千切れそうにない。
竜魔法で破壊するしかないか。
……けど、竜魔法って威力が強すぎるからな。
下手に使うと、触手ごと俺の体まで吹っ飛ばしかねない。
「どの魔法を使うのか、慎重に選ばないと……」
などと考えていると、
「はあっ!」
プリムの全身から光があふれ、触手が消し飛んだ。
「おお、さすが聖女様!」
思わず叫ぶ俺。
「ふふん」
プリムはドヤ顔だ。
「さすがに聖女だけのことはある、か」
青年魔族がうなった。
「ならば、なおのこと――まずお前を殺す。他の連中は絶望しながら見ているといい」
と、冷ややかに笑う。
「その絶望こそ、俺たちにとって極上の糧――」
「……趣味が悪い奴だな」
まあ、魔族だから当たり前か。
……っと、竜魔法のリストの中で使い勝手がよさそうなのを見つけたぞ。
「【パワー超増加】」
一時的に筋力だけを圧倒的に上げる竜魔法。
この状況だとうってつけだ。
ぶちんっ。
俺は触手を力任せにちぎり、プリムの元に歩み寄った。
「な、何っ!?」
驚く魔族たち。
「馬鹿な、たかが人間がこの触手を――」
「後は俺がやるよ」
確かに今戦えば、俺の『魔竜王の力』はバレてしまうだろう。
ソフィアたちと違って、プリムはそういった『魔に由来する力』を見抜く専門職だ。
彼女を通じて『聖女機関』に俺のことを報告されるかもしれない。
けど、もういい。
そんなことより、俺は今――。
「みんなを助ける。安心して見ていてくれ」
そう、それがすべてだ。
それだけが俺の行動原理なんだ――。
「すぐに終わらせてやる」
「あ? 今、なんて言った?」
「すぐに終わらせる? 俺たち二人を相手にか?」
ヴァルゴスが爆笑し、ノークが冷笑する。
そんな二人の魔族の反応を、俺は冷静に見据えていた。
勝てるだろうか――?
頭の中で何度もシミュレーションする。
相手は『最強の聖女』と名高いプリムですら遅れをとった相手だ。
高位魔族は、やはり伊達じゃない。
けれど俺だって――。
「竜魔法を全開にして使う」
決意を固めていた。
前に使った竜魔法は、威力を加減していた。
本能で分かっていたんだ。
『全力を出したら、周囲にとんでもない被害が出る』って。
けれど、今回の相手は手加減できるような相手じゃない。
そして、もちろん村に被害を出すわけにはいかない。
周囲に被害を与えず、この強敵たちを撃破する――そんな二つの条件を同時に成立させることが、この戦いの鍵だった。
「村から距離をとることができれば……」
「それは、彼らを吹き飛ばせばいいということですか?」
プリムが耳打ちした。
「えっ」
「おそらくゼルさんは村への被害を恐れているのでしょう? ならば、私にも協力させてください」
「プリム――」
「はああああああああああああっ……!」
プリムの全身からすさまじい聖力がほとばしるのが分かった。
その聖力が雷撃となって放たれる。
「無駄だ。俺たちには通じん」
魔族たちが冷笑する。
「でしょうね」
微笑むプリム。
彼女が放った雷撃は魔族に直接向かっていなかった。
その足元で爆発する。
「むっ……!?」
爆風が巻き起こり、二体の魔族を大きく吹き飛ばした。
「攻撃ではなく『吹き飛ばす力』に特化させました……これならダメージにはならないけど、村から遠ざけることができる――」
プリムがハアハアと息を荒げた。
本当に全力を振り絞ったんだろう。
「これで私の聖力は空っぽです……あとはお願いします……」
「ああ、助かったよ!」
魔族たちは数百メートル上空まで吹き飛ばされていた。
さすがにそれでパニックになるようなことはないようだが、吹き寄せ続ける爆風で地上に戻ってこられないらしい。
「よし、決着は空中で――」
俺は【竜翼】を展開し、魔族を追って空へ飛んだ。