「なんだ――?」
「これは――!」

 不審げに眉を寄せる俺と、ハッとした顔になるプリム。

「嫌な予感がします……【探知】しますね」

 と、プリム。

 目を閉じ、何事かを唱え始める。

『聖女』は神々と『交信』することで、様々な奇蹟を起こせるのだという。

 魔術師における魔法のようなものだけど、神々の力を借りているだけに、高位の聖女が操る奇蹟はその効果や威力がけた違いらしい。

 今はその力を活かした探知スキルを発動しているわけだ。

「邪悪な気配が現れました」
「えっ」

 プリムの表情は険しい。

「おそらく、これは高位の魔族。それも魔王に準ずるほどの力を持っています」
「高位魔族……」
「数は二体。名前はノークとヴァルガス。ヴァルガスは大男で第三十一回魔族フードファイト大会で優勝の実績があります。ノークは美貌の青年で、趣味はネイルと読書――」
「そんなことまで分かるの!?」

 すごいな、聖女の【探知】。

 さすがは神の奇蹟だ……。
 と、

「大変です、ゼルさん!」

 村人の一人が走ってきた。

「村のはずれに魔物が!」
「えっ……!?」
「自警団があっという間に敗走したとか……」
「――俺が行きます!」

 すぐに俺は飛び出した。

 魔竜王の力を起動。
 両脚に身体強化をかけて、一気に加速する。

「お待ちください」

 と、その俺に並走している者がいる。

 プリムだ。

「……って、足速っ!?」

 俺は思わず声を上げた。

 身体強化した今の俺の速度は、馬をもはるかに上回る。

 それに平然とついてくるとは――。

「聖女ですから。これくらいは『たしなみ』です」
「たしなみなんだ……」
「です」

 クスリと笑ってうなずくプリム。

 まあ、たぶん聖女としての能力の一つなんだろうな。

「私も一緒に行きます」
「プリム?」
「高位魔族ならば、私も聖女として戦わなければ――」
「じゃあ、共闘だな」
「です」



「この地に竜と聖女の力を感知した。よって我らが派遣されたものである!」
「竜と聖女よ、さっさと出てこい。出てこなければ――村ごと焼き払う」

 村の外れで叫んでいるのは、二人組の男だった。

 一人はスラリとした長身で、黒衣をまとった美しい青年。
 もう一人は大柄で筋骨隆々とした武人風の男だった。

「間違いなく魔族ですね」

 プリムが言った。

 さっきの彼女の探知によると、青年の方がノークで、大男はヴァルガス……だったか。

「人間みたいに見えるな」
「下位や中位の魔族は異形の者がほとんどですが、高位に関しては人間と変わらない姿を取る者もいるのです」

 と、プリム。

 詳しいな……さすが聖女だ。

「まあ、いくら人間そっくりの姿をしても、私にはお見通しですけど。聖女ですから。聖女ですから」

 すごいドヤ顔だった。

「そもそも、ここに来る前に【探知】で全部情報を得てましたからね」
「大食い大会優勝とか趣味がネイルとか、そんなことまで見抜いてたよな……」
「ふふん」

 プリムがそっくり返った。

 ……あんまりそっくり返ると後ろに転ぶぞ、プリム。

「すごいですよね、私」
「ああ、すごいぞ」
「もっと褒めてください」

「えっと、プリム有能」
「もっともっと」
「プリム最高。プリムすごい。そんでもって最高」

 あ、『最高』って二回言っちゃった。

「やった、いっぱい褒められた……!」

 プリムの顔がぱあっと輝いた。

 俺の褒め言葉って、あんまり語彙力なかったけど、喜んでくれたのなら何よりだ。

「で、どうする? 奴らの言うとおりに出て行くか?」
「いえ、どうせなら――こちらの正体を明かす前に、先手必勝で一撃叩きこんではどうでしょう?」
「不意打ちか……」

 確かに効果がありそうだ。

 けど、けっこう容赦ない手を思いつくな、プリムって。

「聖女ですから」
「えっ、そこ聖女と関係あるの?」

 むしろ悪女風だけど……。

 そう思ったけど、黙っておいた。



 俺たちは魔族に向かって進む。

 一歩ごとに緊張感が増していく。

 いくら俺に『魔竜王の力』が宿っているとはいえ、これは実戦だ。

 怖いものは怖いし、不安なものは不安だった。
 けれど、大勢の村人が襲われている以上、これを守るのは『力』を持つ者の務めだろう。

 貴族は『持つ者』として『持たざる者』に手を差し伸べる――ノブレス・オブリージュという言葉があるけど、それに似ているかもしれない。

 ……なんて考えると、俺も自分が貴族っぽいぞと思えて、なんだか誇らしくなった。

「私は最強の聖女! 必ずこの村を守ってみせます!」

 言いながら、錫杖をかかげるプリム。

 カッ!

 その先端にまばゆい光が宿った。

「分かる……凄いエネルギーが集まっているのが」
「『神の奇蹟』をこの世界に顕現する力――それを『聖力』と呼びます」

 プリムが言った。

「高位の僧侶や司祭になればなるほど、より強い奇蹟を神から授かり、より強い聖力を発揮できます。まして聖女である私ならば――」

 ごうっ……!

 彼女の全身から黄金の輝きが弾ける。

「くっ……!」

 俺が操るのは魔竜王に由来した『魔力』で、プリムが顕現させるのは『聖力』――と対極にあるんだけど、そのエネルギー量は大差ないかもしれない。

 やっぱり、プリムはすごい――。

「神よ、聖女プリムが祈りを捧げます……悪を打ち倒す奇蹟を、ここに!」

 プリムの呪言とともに、空が曇っていく。

 ぱりぱりぱり……っ。

 あちこちで雷が鳴り始める。

 天候すら操る奇蹟――。
 これがプリムの聖女としての本領か。

「【神の雷鳴】!」

 そして、彼女の力が解放された。

 プリムの二つ名は『雷鳴の聖女』だという。

 その名の通り、神の力を借りた稲妻を操ることを得意とし、その威力は小さな城くらいなら一撃で消し飛ばすほど。

 ばりばりばり……どーんっ!

 曇天から降り注いだ無数の稲妻が、二体の魔族を直撃する。

 大爆発と衝撃波で周囲が地震のように揺れた。