宴の後、俺はいい気分で自室に戻った。

 気持ちが高揚している。

 単に酔っているからだけじゃない。
 ソフィアの言葉が脳裏にずっと残っていた。

 褒められるのって――他人から感謝されるのって、こんなにも嬉しいんだな。

 胸の奥が温かくて、熱い――。



 ――翌日、一人の女が村にやって来た。

 黒いベールに修道服……シスターみたいな格好をした、すごい美少女だ。
 紫色の髪と瞳には、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。

 村の通りをまっすぐ歩きながら、彼女は盛んに周囲を見回している。
 と――彼女が俺を見て、ハッとした顔になった。

「この気配――魔力……なるほど……!」

 ……なんか俺、にらまれてるような?

 つかつかつかつかつかっ!

 足音高く、彼女が俺に向かってきた。

 ……って、足速っ!?

「初めまして『聖女機関』から参りましたプリムと申します以後お見知りおきをところであなたのお名前は?」

 一息に言いきる彼女……プリム。
 勢いもすごいな。

「俺はゼル」

 スタークという家名は言わずに、俺は名乗り返した。

「ん、今……聖女って言った……?」
「はい」

 俺のつぶやきにプリムはうなずいた。

「世間では『雷鳴の聖女』と呼ばれています」
「っ……!? それって七聖女の一人じゃないか!」

 俺は驚きの声を上げた。

『聖女』といえば、神の啓示を受けて選ばれた『神の代理人』である。
 特定の国家に所属せず、聖女全員が超国家組織である『聖女機関』に所属している。

 その権力は貴族はもちろん、王族すらしのぐ――。

 そんな聖女の頂点ともいえるのが七人の聖女。
 目の前のプリムは、その一人だという。

「ど、どうして、聖女様がこの村に……?」

 俺は思わず声を上ずらせた。

 正直、めちゃくちゃ緊張してきた。
 相手は世界的な英雄と言っていい人物だ。

「聖女様だなんて。プリムとお呼びください、ゼルさん」

 プリムが微笑んだ。

「私がここに来たのは、あなたに会うためです」
「えっ」

 戸惑う俺。

「聖女様が、俺に……ですか?」
「プリム、でよろしいですよ。敬語もいりません。同い年くらいでしょう、私たち」

 と、プリム。

「私、十七歳です」
「あ、俺も……」
「では、普通に話してくださって結構ですよ」
「なら、聖女様……じゃなかった、プリムも普通に」
「私の普通は敬語なんです。この話し方が一番楽で」

 俺の提案にプリムが微笑んだ。

 ……というわけで、俺はタメ口、プリムは敬語という流れになった。

「じゃあ、あらためて――プリム」

 聖女様を名前で呼ぶなんて緊張するな。
 とはいえ、相手の希望だ。

「この村には常駐している騎士団や魔法師団もおらず、戦闘職の人間自体がいない様子。にもかかわらず、三十体を超える魔族を撃退したと聞きました」

 プリムが俺を見つめる。

「村にいる人たちが魔族を倒した、と見るべきでしょう。ですが、一通り村を見回り、また私の力でさまざまな探知を行いましたが、そのような強力なスキルを持つ者が複数いるとは思えませんでした」

 じいいいっ。

 プリムの視線は痛いほどに、俺に突き刺さっている。

 さっき村の通りを歩きながら、周りを見回していたのは、たぶん各種の【探知】スキルを発動していたんだろう。

「あなたを除いては」

 あ、思いっきりバレてる。

「俺は、その……無能扱いされて実家を追放されたので。そんな強力なスキルは持ってないですよ」
「『聖女』の探知能力をあまり甘く見ないでください。あなたから異常なほど強大な力が伝わってきます」

 じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ。

 うわっ、視線が痛い痛い痛い痛い。
 これは誤魔化すのは無理だな……。

 ――俺は観念して本当のことを話した。

 とはいえ、『魔竜王』についてだけは内緒にしておく。

 そこはぼかして、『俺に突然強力なスキルが目覚めて魔族を倒した。スキルが目覚めた原因はまったく不明』という感じの説明だ。

「なるほど、魔族を圧倒するスキル……ですか」

 プリムが俺を見つめる。

 さっきみたいな刺すような視線ではないが、その目は笑っていない。

 あいかわらず上品な笑顔だが、その目は笑っていなかった。
 何かを探るように、俺をジッと見つめ続けている。

 うう、どこまで見抜いているんだろう。

    ※

 街道に二つのシルエットがたたずんでいた。

 スラリとした青年と、筋骨隆々とした大男。

 いずれも人間の姿をしている。

 が、彼らが放つ威圧感は人間のそれをはるかに――圧倒的に超えていた。
 周囲一キロほどにわたって、虫も動物もいっさい近づかない。
 彼らから立ち上る瘴気が、大地を腐食していく。

「こいつは――『聖女』の力か」

 青年が瞳を開き、顔を上げた。

「聖女だと?」

 大男が顔をしかめる。

「神から力の一部を授かった忌々しい眷属か」
「しかも、竜の力を持つ者と接触しているようだ」
「聖女に、竜……か」
「とはいえ、どの程度のレベルかは分からん。俺たち先遣隊のやることは一つ」
「偵察、強襲、そして――」
「殲滅だ」

 二人はまっすぐに進んでいく。

 その先には、小さな村があった――。

    ※

 もしかして、彼女は――俺の『力』のことに気づいてるんだろうか。

 それとも、単に『対魔族戦力』の一つとして、俺の情報を得たいだけなんだろうか。

 もし前者なら……。

「? なんでしょうか?」
「あ、いや、その」
「あんまり見つめられると照れてしまいます」

 プリムは真顔だ。

「照れてるようには見えないけど……」
「照れてますよ」

 プリムはさらに真顔。

「恥ずかしいのを必死で耐えてるんです」
「えっ、そうなの」
「です」

 よく見ると、彼女の体が小さくプルプル震えていた。

 意外と可愛らしいところがあるな、この子。
 相手が聖女ということで、色んな理由で身構えてしまっていたけれど――。

 こうして接していると、俺と似た年頃の女の子なんだな、って感じる。
 思ったより話しやすそうだし、もうちょっと突っこんだ話題を出してみるか。

 俺はそう考え、身を乗り出した。

「なあ、プリム。もしも……もしもの話だけど」
「はい?」

 キョトンと首をかしげるプリム。
 俺は大きく息を吸いこみ、吐きだし、呼吸を整えてから告げた。

「俺が――たとえば伝説の『魔竜王』の化身だったらどうする?」
「魔竜……王?」
「世界を滅ぼそうとした邪悪な竜王だよな、確か」



「――殺す」



 いきなりプリムの雰囲気が変わった。

「っ!?」

 両目からハイライトが消え、茫洋とした瞳に変わる。

 ごごごごご……!

 なんか黒いオーラ出てるー!?

「今、なんて……? ねえ、あなたが『魔竜王の化身』って言った? ねえ言った?」
「い、いや、だから例えばの話で――」
「やっぱり、あなたが……!」

 えっ、『やっぱり』って?

「たとえ話だって! たとえ話!」

 俺は大慌てで言いつのる。

「たとえ……ばなし……」

 ふっとプリムの両眼に焦点が戻った。

 先ほどまでの殺気が一瞬にして消える。
 全身を押しつぶさんばかりのプレッシャーも同じように消える。

「もう、変な冗談はよしてください」

 噴き出すプリム。

 俺の方は、まだ心臓がドクンドクンと波打っていた、

「あ、あはははははははははははははははははははははははははは」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 プリムはいつも通り穏やかに微笑んでいるけど、俺は内心で汗ジトだった。



 ――どんっ!



 突然、大気が揺れた。