「……いや、待て。これはまずくないか」

 だって俺の力の根源は『魔竜王』だぞ?
 もしかしたら、俺自身が『魔竜王の化身』みたいな扱いを受けるかもしれない。

 下手すると『世界の敵』として追われる可能性も――。

「……とりあえず、竜魔法はいったん使わないようにしよう。使いどころがあるかどうかは、また考えるとして」

 俺自身が魔竜王の化身として世界中から追われる身になるかもしれない――。

 そう考えると、前途多難な気がしてきた。

 とはいえ、竜魔法自体はすごい力だ。
 こいつを有効活用すれば、きっと俺の人生は切り開かれていく。

 閉ざされてしまったと思った俺の未来――。
 意外と明るいかもしれないな。



 と、そのときだった。

「な、何、今の――!?」

 遠くから声が聞こえた。

 誰だ……!?

 俺は目を凝らした。

 距離は数百メートル離れているだろうか。
 遠すぎて、よく見えない。
 と、

『【竜眼】を発動します』

 例によって頭の中で声が響くと、視界がすごい勢いで鮮明になり、遠くでぼんやりと見えた声の主の姿がはっきり見えた。

 一人の少女だ。
 赤い髪をポニーテールにした美少女で、俺より一つ二つ年下だろうか。
 町娘のような格好をしていて、たぶん近隣の住民だろう。

 思いっきり見られたよな、今の――。

「なんとか口留めしたいけど……」



『【滅亡の竜炎】で消し飛ばしますか? YES/NO』



 いきなり恐ろしい選択肢を提示された!?

「い、いやいやいやいや!」

 俺は慌てて叫んだ。

「消し飛ばすのは駄目だからな! だめ、ぜったい!」

 頭の中の声に言い聞かせる。

「それより彼女と話がしたいんだ。何かいい方法はないかな……」
『【竜翼】を展開します』

 例の声とともに、俺の背に翼が生えた。

 おお!?

 背中側だからよく見えないけど、どうも竜の翼が生えているらしい。
 それを羽ばたかせ、俺は彼女の元まで飛んだ。



「ひっ、そ、空を飛んできた……!?」

 彼女は腰を抜かしていた。

 俺の背中から生えていた【竜翼】は着地と同時に、自動的に消えた。
 便利だ。
 と、それはそれとして――。

「え、えっと……」

 俺は彼女を前に口ごもった。
 どう切り出せばいいだろう。

『今のは俺がやった! でも見なかったことにして!』

 なんて頼むのは露骨に怪しいよな。
 そもそも、俺が攻撃魔法でクレーターを作ってしまったところを彼女が目にしたのかどうか。

「地面が……えぐれてる……!」
「あ、えっと、地震があったみたいだよ」
「地震? そういえば一瞬地面が揺れたような……」

 彼女はポンと手を叩いた。

 まあ、俺が起こした爆発の振動なんだけどな。
 でも、この反応だと俺が攻撃魔法を使った瞬間を、彼女は見ていないようだ。

 これを俺がやった、とバレないように、なんとかごまかそう。

「ところで、あなたは誰? この辺りじゃ見かけない顔ね」

 少女の顔に警戒の色が現れた。

「ああ、俺は――」

 数百メートル背後には粉々になった馬車の車体がある。

 馬の方はすでに逃げた後だ。
 そして俺を襲った男たちは――まだコゲたまま。

 ……いちおう手当てしてやるか。
 襲ってきたのは向こうだけど、このまま放っておいて死んだりしたら寝覚めが悪い。

「旅をしているんだけど、同行者が事故で火傷しちゃって。手当をできる場所をしらないか?」
「ん? ならあたしの村が近くにあるから一緒に来て。見た目ほどひどいケガじゃなさそうね」

 と、俺の背後を見て、少女が言った。

「ありがとう。助かるよ。俺はゼルだ」

 家名は名乗らず――というか、実家を追放されたから名乗れないけど――俺は自分の名前を明かした。

「あたしはソフィア。よろしくね」

 にっこりと笑う彼女。

 さっきよりも険の取れた、可愛らしい笑顔だった。
 きっと今までは俺を他所者だと警戒していたんだろう。

「あ、その前にちょっと野暮用を済ませてくるから」
「?」

 ソフィアに断りを入れ、俺はふたたび【竜翼】で元の場所に戻った。

 コゲたままの暴漢たちを治療用の竜魔法で応急手当てしてやる。
 それから最低限の物資を残し、自力で近隣の町にたどり着けるようにしてから、また【竜翼】でソフィアの元まで戻った。

「お待たせ」
「……その翼、何? あなたって獣人か何かなの?」
「いや、これは魔法の一種さ」

 俺はそう説明した。
 うん、嘘は言ってない……かな?

「魔法……あなた、魔術師なんだ」
「駆け出しだけどね」

 うん、嘘は言ってない。
 竜魔法は習得したばかりだからな。

「へえ……」

 ソフィアが物珍しげに俺を見つめる。

 それから二人で出発した。



 ――さて、これからどうするか。

 俺は今後の方針や立ち回りについて考えを巡らせていた。
 ソフィアは俺の少し前を歩き、先導してくれている。

 まず、俺が身に着けた力――というか、スキルの真の効果。

 それが『魔竜王の力』だ。
 正確には、かつて神々に挑んだ超存在――『魔竜王』の力を継承するスキル。

 具体的には、俺はその『魔竜王の力』を丸々使うことができそうだ。

 それは主に竜魔法という、人間とは違う魔法体系になる……らしい。

 その辺りはさっき頭の中に声が響いて、逐一説明してくれた。
 どうやら俺が念じると、さっきの声が随時スキルの詳細を教えてくれるらしい。

 この声も竜魔法の一部なのか、あるいは魔竜王の残留思念みたいなものなのか……それは分からない。

 ともあれ、俺に強大な力が身についたことは事実だ。
 それも世界中のどんな英雄もぶっちぎりで超越するほどの。

 この力があれば、それこそ歴史に残るような英雄として成り上ることもできるだろう。
 あるいは栄耀栄華を築くことだってできる。

 でも……正直ピンとこないんだよな。

 俺にはそこまで大それた野望なんてない。
 ただ平穏に、幸せに暮らせていければ、それでいい。

 それが俺、ゼル・スタークの基本的な価値観であり人生観だからだ。

 平穏に、そして快適に過ごすための方針は、とりあえず二つほど。

 一つはこの力を活用して、俺自身の生活を便利にし、さらにこれからの仕事――今はまだ、どんな仕事に就くかも分からないけど――を楽に片づけられるように使いこなしていく。

 そしてもう一つは、俺が『魔竜王の力』を持っていると、誰にも知られないようにすること。

 もしバレたら、どんな面倒ごとが起こるか分からない。
 世界には――正義を為す英雄や聖女がいる。

 彼らに目を付けられ、『世界の敵』として攻撃されるような事態は避けなければならない。

 まあ、仮に俺の力のことがバレても、別に全然お咎めなしかもしれないけど……用心するに越したことはないからな。



 ――などと考えながら二十分ほど歩き、俺はソフィアの村にたどり着いた。



 村の外れにいくつも墓標があった。
 そのうちの一つの前で、ソフィアが手を合わせる。

「うちの両親。魔王軍に殺されたの」

 短く告げるソフィア。

「……そうか」

 俺は彼女に並んで墓標の前で手を合わせた。

 魔王軍。
 最近、異世界から現れたという魔物の軍団だ。

 汎国家軍である『雷神騎士団』や『聖女機関』が討伐に当たっているようだけど、戦いは一進一退だった。

 戦争状態になって、すでに十五年――。
 貴族たちの間で、強力なスキルを持つ者が重用されるようになったのも、この魔王軍の存在が大きい。

 スキルで持って魔王軍を撃退する――そんな英雄になることを王族や貴族は民衆から求められているのだ。

 実際、そうやって戦功を立て、弱小貴族から王族にまで成り上がった家もあると聞く。

「あたしはもともと違う町に暮らしてたんだけど、そこが魔王軍に襲われて……」
 と、ソフィア。

「両親を失った後、祖父母のいるこの村に来たのよ。その祖父母も三年くらい前に流行り病で亡くなったから、今はあたし一人だけど」
「そっか……」

 俺は彼女の両親や祖父母の墓の前に行き、祈りをささげた。

「ふふ、ありがと」
「えっ」
「両親も祖父母も、そうやって祈ってくれて喜んでると思う」

 ソフィアが目を細める。

「この村は大丈夫なのか?」
「こんな辺境に魔王軍が攻めてくることは、そうそうないからね」

 と、ソフィア。



 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……んっ。



「ん?」

 遠方から、いきなり雄たけびが聞こえてきた。

 怒号、咆哮、そして声にならない音圧。
 そのいずれもが、すさまじいまでの威圧感を伴い、押し寄せてくる。

 体が、自然と震える。

 これは、なんだ――?

 と、その嫌な感覚の正体は次の瞬間、判明する。

「魔王軍が来たぞぉ!」
「逃げろぉ!」

 村の人たちが口々に叫んでいた。

 おいおい……。

 さっきの俺たちの会話がフラグになったかのように……。
 村に、いきなりの魔王軍来襲!

「ソフィアは安全な場所に避難を!」

 叫びながら走りだす。

「ゼルはどうするの!?」
「俺は――」

 どくん、どくん、と心臓の鼓動が鳴っていた。

 怖い。
 不安だ。
 逃げたい。

 ネガティブな感情が次々に噴出する。
 けど、走るスピードは緩めなかった。

「魔族から、村の人たちを守る――」

 そう、今の俺ならできるかもしれない。

 いや、きっとできるはずだ。
 魔竜王の力を継いだ、俺なら。

 ばさりっ。

 背中に【竜翼】が出現した。

「そっか、空を飛んだ方が速いな」

 俺はそのまま羽ばたき、現場に向かう――。