「……っと、【スロウ】」

 俺は急いで竜魔法を唱える。

 こいつは対象の動きを遅くする竜魔法だ。

 我先にと逃げ出すと怪我したり、最悪の場合、踏みつぶされて死亡する兵士が出てくるかもしれない。

 それを防ぐために、彼らの動きをゆっくりにしたのだ。

「逃げる奴は慌てず落ち着いて逃げろよ。追撃しないからな」

 と警告する。

「――ふん、随分とお優しいことで」

 逃げる兵士たちの向こうから、二つのシルエットが現れた。

 悠然と歩いてくる。

 どうやら、他の兵士たちと違ってパニックになったり、俺の竜魔法を恐れたりはしていないようだ。

 兵たちとは圧倒的に『格』が違う――。
 そんな雰囲気をまとっていた。

「ん……?」

 そこで俺は一つの違和感を覚えた。

 彼らの動きはまったくよどみがない。
 兵士たちは【スロウ】の影響でゆっくり逃げているのに。

 あいつら――。

 俺の【スロウ】にかかっていないぞ。

 竜魔法に抵抗(レジスト)しているのか――!

 ハッと気づく。

 魔法には『抵抗』という対抗手段があるそうだ。
 己の魔力を高めたり、あるいは専用の術式を使い、自分にかけられた魔法効果を打ち消す術。

 あの二人は『抵抗』を行うことで【スロウ】を無効化しているようだった。

 並の魔法ならともかく、竜魔法に『抵抗』するなんて――。

 さすがに帝国軍の魔術師はレベルが違う、ということか、

 と、その二人は俺の数メートル前方までやって来て、そこで足を止めた。

「俺はグラント。帝国の騎士団長を務めている」
「あたしはフィオ。魔法師団長さ」

 黒ずくめの騎士と魔術師が名乗った。
 こいつらが――おそらくはこの部隊の要だろう。

「つまり、お前たちを退ければ……他のザコどもは総崩れになる」

 ……といいなぁ。

 ま、希望的観測が多分に入っているけれど。
 まずはこいつらを撃退しよう。

「俺たちを退ける、か。はは、威勢がいいね」

 黒騎士グラントが笑った。

「身の程知らず、とでも言いたいのか?」
「いや、威勢のいい奴は嫌いじゃない、ってだけさ」

 グラントが剣を抜く。

「最近は帝国の黒騎士グラントの名を聞くだけで、誰も一騎打ちに応じてくれなくてね。武人として少々退屈していたんだ。君も俺の名前を聞いても恐れていない。いいぞ」
「……いや、そもそもよく知らないので」
「!? 知らない!? 帝国の黒騎士グラントを!? いや、戦場では有名だろ!超有名人だ!」
「自分で超有名人とか言われても……」

 なんか急に小物に見えてきたな、こいつ。

「いやいやいや、俺を知らないなんて、さてはモグリだな君」

 グラントの頬がぴくぴくと痙攣している。

 自分の名前を知られていなかったことが、かなりショックだったらしい。

「ま、名前は知らないけど、いかにも武人って感じだなーとは思ったよ。戦うのが大好きそうだ」

 俺はグラントを見据える。

「この村を侵略することも――楽しんでいるのか?」
「侵略自体は楽しくなんてない。命令だからやるだけさ」

 グラントが言った。

「ただ、君のような強者と戦うのは楽しいぜぇ。こうやって斬ったはったしているときだけは、『生きてる』って実感できる性質でねぇ」

 グラントが笑いながら大剣を構えた。
 言葉通り、本当に嬉しそうだ。

「彼、バトルマニアだから」

 魔術師のフィオが言った。

 ジト目だ。

 なんというか……若干の呆れが混じっている感じ。

「さあ、いざ尋常に勝負といこう」
「分かったよ」

 俺は魔力を高める。

「そんなに戦いが望みなら相手をする。もし負けたら、退いてくれないか?」
「命令だと言ったろ。勝とうが負けようが退けんよ」
「じゃあ、とりあえず勝たせてもらう――行け、竜牙兵」

 俺は背後に控えていた竜牙兵たちを向かわせた。

「お、おい、一対一じゃないのかよ!?」
「戦争だろ? 俺は確実に勝つ方を選ぶよ」

 慌てるグラントに、俺は平然と言った。

 奴に対しては竜牙兵をぶつけ、俺は魔術師らしきフィオの行動に備える。
 もしフィオがなんらかの魔法を使ってきたら、俺が竜魔法で対抗する。

 それがとっさに考えた戦術だった。

 ヴンッ、ヴンッ、ヴンッ!

 竜牙兵たちがそれぞれ目を光らせながら、ワラワラと向かっていく。
 なんだか戦場にそぐわない可愛らしさだ。

 ……これでグラントにあっさり破壊されると、ちょっと悲しいなぁ。
 俺はそんなことを考えてしまった。
 と、


「魔法で生み出した疑似生命体か? その程度の軍勢で――無駄だ!」

 グラントが剣を一振り。

 ごうっ!

 すさまじい猛風が発生し、竜牙兵が数十体まとめてバラバラになった。

「あーっ! せっかく作ったのに!」

 思わず叫ぶ俺。

 ちなみに竜牙兵はバラバラになっても再生可能だ。

 ただし、数日は復活できず、ふたたびよみがえらせるにも、それなりに面倒な工程を踏まなきゃいけない。

 竜牙兵は、『作る』のは簡単だけど、『修復する』のは段違いに難しいのだ。

 とはいえ、これは戦争である。
 壊されたからと言って文句を言うわけにもいかない。

「へえ、これって……竜牙兵だ」

 フィオが驚いたような顔をして、竜牙兵の残骸を見つめた。

「ってことは、竜魔法使い?」
「まあ、いちおう――」
「すごーい! めちゃくちゃレアじゃない!」

 フィオが目をキラキラさせた。

「ねえねえ、よかったら帝国に来ない? きっと最高待遇で迎えてくれるよ?」

 いきなりスカウトされた。

「いや、俺はこの村が気にいってるから」
「ふーん、残念」
「ええい、今は俺と彼との勝負だ。水を差すな、フィオ」

 と、グラントが横から言った。

「――いや、どうせなら二人まとめてかかってくればいい」

 俺は彼らに言った。

 竜牙兵は全部壊されちゃったし、見れば、他の兵士たちは軒並み敗走している。

 今この場にいるのは、俺と彼らのみ。
 なら――竜魔法の威力を多少上げても被害は最小限で済む。

「遠慮せずに、大きいのを一発行っておくか」
「えっ、あの……」
「ち、ちょっと、何この魔力……桁が――」
「寝覚めが悪いから死ぬなよ。ちょっとだけ痛い思いをしてから逃げ帰ってくれ。で、上の人間に進言しておいてくれ」

 ボウッ……!

 俺の背後に竜の形をしたオーラが立ち上がる。

「ピエルン村には手を出さず、撤退するべき――ってな! 竜魔法発動!」

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ。

 竜のオーラがまるで本物の竜のように雄たけびを上げた。
 その口から、紅蓮の炎が吐き出された。

【滅亡の竜炎】。

 大規模広範囲破壊用の竜魔法だ。

 初めて使った時は、クレーターができて地形が変わっちゃったけど――。

 あれから俺なりに研究して、今では多少はアレンジできるようになっている。

 範囲をある程度限定的に絞った、【滅亡の竜炎・改】――!



 グラントもフィオも衝撃波で吹っ飛ばされ、地面に横たわっていた。

「ば、馬鹿な……俺たちが、ここまで簡単に……」

 グラントは愕然とした顔でその場に崩れ落ちた。

「あーあ、これまでか」

 フィオもその場に座り込む。

「ま、あんたと一緒に死ねるなら悪くないよ、グラント」
「馬鹿を言うな。まだあきらめてたまるか」

 グラントが剣を手に立ち上がる。

「せめて君だけでも守ってみせる――」
「えっ、グラント?」
「俺の命に代えても……」
「い、いやだよ! そんなの! 死ぬときは二人一緒! 生きるときも二人一緒だよ!」
「君は――」
「私の気持ち、全然気づいてくれないんだから! そのせいで、こんな土壇場のギリギリの死ぬかもしれないところで告白なんて……ああ、もう最低っ」
「す、すまん……朴念仁だとよく言われる……」
「もう」
「あ、あの……」

 うわ、めちゃくちゃ入りづらい空気だ。

 けど、いつまでも二人だけの世界にしておくわけにもいかない。

 いちおう戦争中だし。

「っ! き、聞かれていた――」
「いや、ここ戦場のど真ん中だから」

 っていうか、完全にイチャイチャカップルだよな、この二人……。

 うーん、ちょっと意外な展開。

「な、なあ、もしも……侵略に納得がいかないなら、いっそこっちで暮らさないか?」

 俺はそう切り出してみた。

『侵略に納得がいかない』というのは、一種のカマかけだ。

 でも、二人とも悪人には見えない。

 それに、グラントは『侵略は命令に従ってのこと』って言ってたけど、裏を返せば『皇帝からの命令でもない限り、侵略をよしとはしない』って意思を言外ににじませていたんじゃないかな?

「えっ……?」

 グラントとフィオが目を丸くして俺を見つめる。

 よし、少なくとも『侵略に納得がいかない』という俺の言葉を、否定はしないみたいだ。

 それなら……説得できる可能性はある。

「あんたたちは悪人には見えない。もちろん、監視や多少の行動制限はつけさせてもらうけど……どうかな?」

 俺は二人に呼びかける。

「村としても強い人たちが護衛に回ってくれるのは、すごく助かるんだ」
「……正気か。さっきまで戦っていた敵を相手に」
「投降してくれれば味方だ」

 俺はニヤリと笑う。

「俺が言うのもなんだが、帝国軍を信用すると?」
「いや」

 俺は首を振り、

「帝国じゃない。あんたたちを信用する。したい」