その日の昼下がり、村は大騒ぎになっていた。
「大変だ! 帝国が攻めてきた!」
村人たちが騒いでいる。
バーンレイド帝国――。
この間の監視虫は、やっぱりピエルン村を攻めるための偵察だったわけだ。
「俺が出ます。みんなは安全な場所に避難して!」
言って、俺は村外れに向かう。
どくん、どくん……。
心臓の鼓動が痛いくらいに高まっていた。
正直、不安はある。
怖い。
恐ろしい。
帝国がこの村を侵略しようとしているなら――それはつまり戦争だ。
魔族相手に戦ったときとは、違う緊張感。
そう、今回の相手は人間なんだから――。
「ゼル……!」
「ゼルさん……!」
「こんなことになるとはねぇ」
ソフィア、プリム、エレーンさんがやって来た。
「俺が行ってくるよ。みんなは避難していて」
「……私も行きます」
と、プリム。
「これでも七聖女の一人ですからね。帝国軍くらいに負けはしません」
「聖女は中立の存在なんだろ? ましてプリムはトップクラスの聖女じゃないか。ここで戦争に介入するのは、あまりよくないと思う」
「そ、それは……」
俺の言葉にプリムが口ごもった。
本当は分かっているのだろう、そんなことは。
それでも加勢したいと思った。
思ってくれた。
この村のために――。
「気持ちだけもらっておくよ。戦いは俺に任せてくれ」
「おっと、あたしもいるからね」
「いや、エレーンさんは村の中にいてほしい」
元気に告げるエレーンさんに、俺は言った。
「別動隊が村に入ってきたり、あるいは非道や略奪が起きた場合は、これを守ってほしいんだ」
「……なるほど」
うなずくエレーンさん。
でも、本当のことを言うと、彼女が心配だったのだ。
もちろんエレーンさんは歴戦の猛者だし、相手が帝国軍でもそうそう遅れを取ることはないだろう。
けれど、これは戦争だ。
絶対安全というわけじゃない。
だから、ここは俺一人でやりたかった。
神々をも凌駕するほどの『魔竜王の力』を受け継ぐ俺なら――。
相手が帝国軍だろうと圧倒できる。
いや、圧倒しなきゃいけない。
村を守るために。
犠牲を一人も出さないために。
そして、俺は一人で現場にたどり着いた。
「本当に来たんだ――」
俺はごくりと喉を鳴らした。
前方にはずらりと並んだ黒い甲冑姿の騎士団。
その後方には弓兵部隊や魔法師団が控えているはずだ。
さすがに大陸有数の強国だけあって、その威圧感はすさまじい。
「いや、大丈夫。こっちにだって強力な防衛部隊があるんだ――」
俺は右手をさっと掲げた。
「竜牙兵団!」
ヴンッ。
ヴンッ。
ヴンッ。
俺の背後で光る無数の赤い目。
この村を守る頼もしい戦士たち――竜牙兵団だ。
「楔の陣形を取れ!」
俺は彼らに命令する。
遠距離攻撃をかいくぐり、突撃して奴らの陣形を崩す。
こちらの作戦はシンプルだ。
逆に奴らとすれば、そうなる前に遠距離攻撃でこちらを殲滅する――という心づもりだろう。
ごうっ!
ばりばりばりっ!
次の瞬間、帝国軍からいっせいに火球や雷撃などが飛んできた。
魔法師団による遠距離攻撃!
「【滅亡の竜炎】!」
俺はすかさず竜魔法による火炎で迎撃する。
おそらく数百人単位の魔術師が放ったであろう魔法攻撃の一群を、
じゅおおおっ……!
俺の放った火炎があっさりと吹き散らした。
「な、なんだと……!?」
「馬鹿な、あれだけの数の攻撃魔法を消し飛ばした……!?」
向こうからどよめきが聞こえる。
俺は、あらかじめ竜魔法で視力や聴力などを強化してあるので、そういった声も鮮明に聞こえるのだった。
強化した視力で見ると、兵士たちはいちように驚いている。
中には明らかに恐怖しているものもいる。
よし、威嚇の一発を撃っておくか。
相手の士気をくじくためにも、こっちの『力』を見せつけることは重要だ。
「【滅亡の竜雷】!」
俺は竜魔法による雷撃を放った。
着弾点は、俺と帝国軍との中間点。
ばりばりばりっ……。
ずごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
大音響と大爆発。
前方に巨大なクレーターが形成された。
「……………………」
帝国軍は全員、口をあんぐりと開け、目を点にしている。
「まだまだ――」
俺はさらに同じ魔法を立て続けに三発放った。
大音響と大爆発×3。
クレーターは全部で四つになった。
「な、ななななななななな、なんだこいつ――」
「ば、バケモンだ! 殺される――」
たちまちパニックになる帝国軍たち。
「次は――お前たちに当てようか?」
俺はニヤリと笑って言い放った。
聞こえやすいように、風を操る竜魔法で声を大きくして響き渡らせる。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ……!」
帝国軍はたちまち崩れ出した。