数日後、俺はまた城壁の強化にいそしんでいた。

 この間の修復で石造りの竜魔法をたくさん使ったからなのか、いつの間にか石魔法レベル3になっていたのだ。

 だから、またさらに補強をしようと考えたというわけだった。
 城壁はいくら強化しても困ることはない。

 ちょっとでも村の安全度を高めたいからな。

「ふんふんふ~ん♪」

 石を作っては、従来の城壁と入れ替える。

 また石を作っては従来の城壁と入れ替える。

 石を作るのは『石造り』の竜魔法でできるけど、城壁の石を入れ替えるには、さらにいくつかの竜魔法が必要になる。

 まず物体の移動魔法で従来の石を城壁から抜き出す。

 この際、城壁が崩れないように物体の固定魔法も併用。

 さらに城壁に新しい石をはめ込んだ後、今度は接着魔法で城壁にぴったりくっつける――と細心の注意の根気がいる作業なのだ。

 けれど、こういう作業って割と嫌いじゃない。

「楽しそうだね、ゼル」

 付き添いのソフィアが言った。

「ちょっとずつコツコツ積み上げて、形になっていくのが楽しくて」
「へえ、そういうもん?」
「性格的なものかも」
「あたしは一気に積み上がった方が爽快感があっていいな~」
「なるほど……俺はコツコツ派だ」
「確かに性格出てるかもね、ふふ」

 俺はソフィアと談笑しながら作業を続けていく。
 と、

「……?」

 ふいに、俺の感覚に『ぴん』と触れるものがあった。

 この感じは――前にも一度あった。

 そう、数日前に城壁を直していたときにも。
 俺は作業の手を止め、周囲を見回す。

「?」

 ソフィアが不審そうに俺を見つめた。

「どうしたの、ゼル――」
「しっ」

 俺は人差し指を唇に当て、黙っているように合図した。

「ん」

 ソフィアがうなずいて口をつぐむ。

 何かがいる……?

 俺は感覚を研ぎ澄ませた。

 体の中で自然と魔力が練り上がる。

 さらに感覚が鋭敏になる。

 同時に『第六感』ともいうべき超感覚も。
 人間の『第六感』とは、簡単にいえば直感だ。

 けれど、竜魔法を操る俺の『第六感』は少し異なる。

 直感を魔力で増幅させたものに加え、各種の探知魔法によってその感覚をさらに強化・補強。

 人間とは比べ物にならないほど鋭く、探知範囲も広い『超直感』――。

「そこだ!」

 その超直感が捕らえたものを、俺は魔力の矢を放って射抜いた。

 ばしゅっ……!

 空中で撃ち抜かれたそれが、地面に落下する。

 俺とソフィアは落下点まで歩いていった。
 地面に落ちているのは小さな銀色の虫。

 いや、

「虫じゃないぞ、これ」
「機械……?」

 俺の隣でソフィアがキョトンとする。
 俺はしゃがみこんで銀色の『虫』を拾い上げた。

 そうか、以前に【探知】をしたときに引っかからなかったのは、機械だったからか。
 あのとき、機械系の魔道具の探知も行うべきだったな……。

「こいつは、もしかして――」

 俺はそいつの正体にハッと気づいた。

 知識として、いちおう知っていた。

「虫の形をした監視魔導装置だ」
「監視……魔導装置?」
「ただ、普通はもっとサイズが大きいんだ。全長50センチとかそれくらい。こいつは数センチだ」

 俺はソフィアに説明する。

「詳しいんだね、ゼル」
「実家で見たことがあるんだよ。俺の姉がこいつの研究をしていた」

 姉さんは魔導技術に精通した優秀な技術者だったからな……。

 で、これだけ高性能のモノを生み出せる国は、近隣には一つしかない。

「軍事大国――バーンレイド」

 うめく俺。

「なんで、バーンレイドがこの村を探っているんだ――」

 なんだか不穏な予感がした。

    ※

 バーンレイド帝国、帝城の一室――。
 そこに黒い軍服を着た男女がいた。

「『監視虫』が破壊された――」

 二十代半ばくらいの女がつぶやく。
 眼鏡をかけた知的な印象の美女である。

「……本当か、フィオ?」

 身長二メートルを超える巨漢が眉をひそめた。

 こちらは武骨な雰囲気をまとった精悍な顔立ちで、いかにも『武人』という感じだった。

「あれは最高級の隠密機能を備えた最新型の魔導装置なんだろう? 故障か? それとも――」
「破壊された、といったはずだよ、グラント」

 彼女――フィオが憮然とした顔で言った。

「君の言った通り、あれは最高級の隠密性能を持つ。なにせ天才の私が自ら開発した魔導装置だからな」

 ふぁさっ、と長い髪をかきわけるフィオ。

「そう、天才である私が自ら――」
「なぜ二度言った」

 巨漢……グラントがツッコんだ。

「だって天才だし」
「三回目……」
「その天才である私が作ったものを破壊した……ということは、隠密状態で存在を見抜かれたということ……まさか、私以上の天才の仕業……?」

 フィオがますます憮然となる。

「ありえない……ありえないわよ……この私より天才がいるなんて……私こそが超天才魔導科学者――」
「とりあえず『天才』というワードを自重しようか」

 グラントが冷静にツッコんだ。

「何回言うんだ」
「むしろ言い足りない」
「言い足りないのか……」

 グラントがまたツッコむ。

 普段は泰然としている彼だが、フィオと一緒にいるとつい柄でもなくツッコミ役に回ってしまう。

「私自らが探ってみるか……」

 フィオが言った。

「なら、俺も行こう」

 と、グラント。

「グラント……?」
「護衛が必要だろう?」
「もしかして、私に惚れてる?」
「いや全然」

 色々と思い込みが激しい奴だな、と内心で苦笑しつつ、グラントはきっぱりと言った。

「なるほど、ツンデレか」
「いや、ツンデレでもない」

 ツッコみながら、グラントは『こういうキャラは柄じゃないな』と内心でつぶやいていた。

    ※

「バーンレイドがこの村を監視していました」

 俺は領主と相談していた。

 この村を含む、七つの町を統治する貴族である。

 基本、村のことに関してはノータッチ……というか、ほぼ放置状態だった。

 だから俺も、この人に会いに来たのは、これで三回目くらいだ。
 ただ、今回はさすがに相談しないわけにはいかない。

「ここはエルメダとラティムの国境沿いにあります。両国に攻め入る際の橋頭保として狙いをつけているのでしょうか……?」
「うーん……そこまで重要な軍事拠点にはならなさそうなんですけどね」
「ですよね……」

 俺と領主は顔を見合わせた。

「バーンレイドの現皇帝は領土拡大の野心が大きく、実際に侵略戦争を常に行っているような政情です。なんらかの理由でここを狙ってくることもあるかもしれません」
「……バーンレイドのような大国に狙われたら、こんな小さな村は終わりですよ」
「いえ、そうはさせない」

 おびえる領主に俺はきっぱりと言った。

「たとえ相手が強国だろうと大国だろうと、俺はこの村を守りたい――守ります」
「おお、頼もしい」

 領主が笑った。

「ゼル殿の評判は聞いているぞ。素晴らしい魔術師だとか。私もいざというときは手勢を派遣しよう」
「ありがとうございます」

 ……たぶん、まともな兵は派遣してくれないだろうな。

 内心でつぶやく。

 領主にとって、きっと辺境の村なんてどうでもいいんだろう。

 もし本当にバーンレイド帝国が攻めてきたとして、下手に自分の兵を出したりして、帝国ににらまれたくはない――。

 本音はその辺りだと思う。

 だから、領主の助けは期待できない。

 俺たちの村は、いざとなれば斬り捨てられる。
 そう考えておくべきだろう。
 ならば――。

「俺が守る――必ず、村を」

 決意を、固めた。