「最初から馬車の中に潜んでいたんだよ」
御者席から、御者のバーナードが笑った。
「馬車内の一部に隠れるスペースを作っておいたんだ」
「お前をこうして拘束するためにな」
さらに二人、屈強な男が現れる。
「へっへっへ、お前を人質にして身代金をふんだくらせてもらうぜ」
男たちが笑った。
「身代金? けど、俺は実家を追放されたんだぞ」
言いながら、俺の声は震えていた。
人質と言っても、殺されない保証なんてない――。
「なーに、親が簡単に子どもを斬り捨てられるわけないだろ。脅せばきっと大金を出してくれるはずだ」
「そうそう、愛する息子のためになぁ、はははははは!」
彼らの言葉を、俺はどこか冷めた気持ちで聞いていた。
――本当に、そうだろうか。
父は……あの人は、仮に俺が人質に取られたとして、容赦なく見棄てそうな気がする。
思えば、昔からあの人が俺をまともに見てくれたことはなかった。
息子というより『家を継ぐための道具か部品』程度の感慨しかないんじゃないか……そう感じてきた。
はあ……悲しい。
俺はため息をついた。
その、瞬間――。
ヴィィィィィィィィン。
振動音が響く。
「なんだ? この音、どこから――」
わけが分からない。
ごうっ!
そして次の瞬間、いきなり衝撃波が吹き荒れた。
いや、少し違う。
この衝撃波は――俺の体の中から出ている!?
「ぐあっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「な、なんだ、これ――?」
周囲が全部吹き飛んだ。
男たちは地面に倒れている。
いちおう生きているようだ。
……あちこちコゲてるけど。
一体、何が起こったんだろう……?
『我が力を継ぐ者が現れたか』
声が、響いた。
「えっ……!?」
次の瞬間、周囲が真っ白な世界に変わる。
そして、中心部に巨大な黒い竜が出現した。
全長は――数百メートルはあるだろうか。
あまりにも巨大すぎるのと、周りに比較対象となるような建造物も何もないから、正確なサイズが分かりづらいけど――。
俺が今までに見たこともないくらい、超巨大な生物だった。
『我はグラムウィーラ。災厄と滅亡の魔竜王なり』
黒い竜が名乗った。
「魔竜王……グラム……!」
俺は呆然とうめいた。
その名前は伝説に刻まれている。
正式な名前は『災厄と滅亡の魔竜王グラムウィーラ』。
『竜の因子を持つ者よ。お前こそ、我が力を継ぐ存在なり』
「えっ? えっ?」
『我は多くの種族との間に子を為した。当然、人間との間にもな。その因子を継ぐ者が世界中に散らばっている』
グラムが語る。
『お前もその一人。そして、我が力を継ぐだけの強い因子を発現している――』
「ええと、いきなり言われてもわけが分からないんですが……」
俺は戸惑っていた。
ただ、心の片隅に期待感が生まれていた。
グラムは今、俺のことをこう言った。
『我が力を継ぐ存在』と。
つまり魔竜王グラムウィーラの強大な力を、俺が受け継ぐということなのか?
だとすれば――無能として追放された俺には、実は魔竜王の力が宿っているということになる。
この世界のどんな人間も比較にならないほど、圧倒的な力が。
無能という評価など軽々とくつがえす、無双の力が――。
『お前はすでにその片鱗を知覚しているはずだ』
グラムが説明する。
『力を、発現しただろう?』
「力を……?」
いや、俺にはなんの力もないんですが……。
だからこそ実家を追放されたわけだし――。
『我が血を引く者よ……竜の王子よ……』
グラムの声が、急に小さくなった。
周囲の景色が薄れていく。
「えっ、ちょっと……?」
もしかして、と焦る俺。
わけが分からないまま、説明ターン終了!?
『その力を存分に使い、為すべきことを為せ――』
なんだか思わせぶりなことを言いつつ、黒い竜は消えてしまう。
えーっと……とりあえず状況を整理しよう。
・俺には魔竜王の強大な力が宿っている(推定)
・その力はすでに発現している(魔竜王・談)
「で、その力はどこにあるんだ……?」
つぶやきかけたところで、はっと気づく。
「そうか、俺のスキルが――」
俺のスキルに何が書かれているのかは、あいかわらず分からない。
けれど、あれは魔竜の力を使えるっていう内容なんじゃないだろうか。
文字が読めないのも、たとえば竜の言語だから――とか?
もう一回、スキルの名称を見てみた。
【××××・××】
じー。
目を凝らして、もっと見てみる。
【××××・××】
じー。
もっともっと。
「……ん?」
しつこく見続けていると、だんだんとスキルの文字が変化してきた。
じわり、じわり、と何かの文字が浮かんでくる。
「これは――!?」
【魔竜王子・継承】
「魔竜……王子?」
俺は魔竜王のセリフを思い出す。
そういえば魔竜王が言っていた。
『我が血を引く者よ……竜の王子よ……』
『その力を存分に使い、為すべきことを為せ――』
「そういうことだよな……やっぱり」
これで全部つながる。
暴漢たちを吹っ飛ばしたのも、魔竜王から継いだ力の一端なんだろう。
「しかし、すごい威力だな……」
これでまだ能力の一部ということなのか?
もしスキルを完全に使いこなせたら……。
ふと、そんな疑問が浮かび、俺は身を震わせた。
きっと、今よりずっと強力な攻撃ができるだろう。
「具体的に、どんな力が宿っているのかが分かればいいんだけど……」
『では、竜魔法のリストを表示します』
脳内で声が響いた。
「えっ」
『これは竜魔法用のナビゲーター音声です。「魔竜王の力」の一端として、使用者にあらかじめインストールされています』
「いんすとーる……? なんだ?」
魔法用語だろうか。
『表示します』
ヴンッ。
俺の目の前に輝く文字の羅列が表示された。
『竜魔法』
最初にそんな見出しがあり、その次にさまざまな魔法の内容や効果などが説明されている。
「うおおおおお、これは……!?」
きっと、これらの竜魔法は『魔竜王グリム』が使えるものなんだろう。
その数は――優に数万はありそうだ。
ちらっと読んだだけでも、
・滅亡の竜炎:大都市を一瞬で灰にできる威力の極大火炎魔法。
・竜王級探知魔法:世界中のあらゆる場所から指定の物体・事象を探し出すことができる。
・竜牙兵創成:一騎当千のしもべ『竜牙兵』を作り出す。その力は一国の軍をはるかにしのぐ。
その効力は、人間が扱う魔法のそれをはるかに上回っている。
はっきり言って規格外の魔法ばかりだ。
「魔竜王の力を受け継いだ……らしい俺にも、竜魔法が使えたりするのかな?」
ちょっと試してみるか。
と言っても、俺は生まれてこの方、魔法なんて使ったことがない。
いちおう使い方は習ったんだけど、せいぜい座学程度の知識だ。
魔法を使うには、それなりの才能が必要なんだ。
けれど、俺にはその才能がなかった。
妹は魔法の才能に恵まれていて、小さいころからバンバン使ってたんだけどな……。
本当、うらやましい。
まあ、ないものねだりをしても仕方ない。
それに今なら俺にも魔法が使えるかもしれないし。
「えっと……魔法において重要なのは、魔力を生み出すための『集中力の高さ』、心身を整えるための『正しい呼吸』、結果を鮮明に想起する『イメージの強さ』……だったよな」
昔教わったことを復唱していく。
ヴ……ン。
俺の右手に輝きが宿る。
「お!?」
力だ。
膨大な力を感じるぞ。
――【滅亡の竜炎】。
頭の中で声が響いた。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!
「あ……あ……」
はい。
まあ、なんだ。
……前方にクレーターができました。
「なんつー威力だ……」
俺は呆然としていた。
一瞬にして地形を変えるほどの魔法を撃てるとは。
しかも全然疲れていない。
たぶん、今ので消耗した魔力はわずかなものなんだろう。
おそるべし魔竜王の力――。
とりあえず、俺が『魔竜王の力』を継いでいるというのは間違いなさそうだ。