肩のところで切りそろえた黒髪に褐色の肌。
すらりと引き締まった体つきをした野性的な雰囲気の美女だ。
「あたしはエレーン。いちおう一級傭兵だったんだ。『雷神騎士団』にも加わっていた」
「一級傭兵……それに『雷神騎士団』って――」
それは傭兵ギルドにおいて最高級の格付けだ。
平たく言えば、最強レベルの傭兵ということである。
さらに彼女が所属していたという『雷神騎士団』は対魔族用の専用部隊で、現在世界最強とも言われている。
そんな肩書きを聞いただけで、エレーンさんがすごい傭兵だっていうことは十二分に分かった。
「傭兵稼業は二年前に引退したんだけどさ、まだまだ腕は錆びついちゃいないよ」
ニヤリと笑うエレーンさん。
「なんなら試してみる?」
「試すって言われても――」
俺は戦士じゃないしな。
……まあ、竜魔法で戦闘能力を強化して、エレーンさんと模擬戦でもしてみるのもいいかもしれない。
「自警団のメンバーは、戦闘力だけで決めるわけじゃありません。トラブルの解決には話術や交渉力なんてものも必要になりますから」
俺はエレーンさんに言った。
「とはいえ、腕っぷしが強いに越したことはないです。荒っぽいことが多くなるでしょうから。一級傭兵が加わってくれるなら頼もしいですよ」
「だろ? ただ、口先だけじゃなくて、ちゃんと実力も伴っていることを証明したいからさ。ちょっと付き合ってよ」
「じゃあ、軽く模擬戦をするってことでいいですか?」
「ふふ、あんた魔族をあっさり撃破したんだった? 楽しみぃ」
舌なめずりをするエレーンさん。
「……妙に嬉しそうですね」
「あたし、戦い大好きっ娘だから」
娘っていうには、ちょっと年齢が……。
内心でつぶやく俺。
たぶんエレーンさんの年齢は三十過ぎくらいだろう。
「あ?」
いきなりエレーンさんの視線が絶対零度まで冷え込む。
その迫力は、さすがに一級傭兵だけあって半端じゃない……!
「い、いえ、なんでもないですっ!」
俺は慌てて両手を振った。
……俺の心の声がなんで分かったんだろう。
「傭兵に必要なものは単純な戦闘能力だけじゃない。戦場の隅々まで見極める観察力や、敵味方合わせて周囲の人間の機微を読み取る洞察力もなければ、生き残れない――あんたの心の声を読むくらい、造作もないさ」
ふふん、と胸を張るエレーンさん。
俺の心の声をその洞察力で読み取ったわけか。
「ん? あたしが十代の美少女に見えるって? やだなぁ、もう」
「……それは全然思ってませんけど」
彼女の腕を見るために、模擬戦をすることになった。
場所は近くの広場だ。
ざわざわ……ざわざわ……。
いつの間にかギャラリーが集まってきている。
「はい、お代はここに入れてね~」
と、エレーンさんが地面に大きな箱を置いていた。
「――って、見物料取るんですか!?」
「あたしは傭兵だ。金にはシビアなんだよ」
ツッコむ俺にエレーンさんがニヤリと笑った。
「あ、そうだ。あんたはファイトマネー払ってね」
「俺も金取られるのかよ!?」
……そんなこんなで俺とエレーンさんの模擬戦が始まった。
互いに十メートルくらいの距離を取って向かい合う。
「なあなあ、どっちが勝つかなぁ」
「やっぱり美人に勝ってほしいよな」
「じゃあ、エレーンを応援するか」
「ゼル~、エレーンにケガさせるなよ~」
観客たちは好き勝手に応援している。
……なんだか格闘技のイベントみたいになってるな。
まあ、狭い村だし、こういうのは格好の『娯楽』になるんだろう。
「盛り上がってるねぇ。見物料もっと高くしてもよかったかな」
エレーンさんはそんなことを言っている。
本当、金にシビアなんだなぁ。
まあ傭兵だったんだから、それくらいじゃないとやっていけないのかもしれないが。
「そろそろ始めようか、ゼル」
「分かりました。なら――【竜魔法】起動」
俺は魔力を高めた。
「【身体強化】【反射強化】【魔力強化】」
身体能力と魔法能力をそれぞれ強化しておく。
これでエレーンさんがどんな攻撃をしてきても対応できるだろう。
「そういえば、エレーンさんって戦士なんですか? それとも魔術師?」
「あたしが魔術師に見える?」
「いや、見えません」
っていうか、脳筋タイプに見える……って、これは本人には言えないけど。
「いちおう確認までに――」
「あ、今あたしのこと『脳筋タイプに見える』とか思わなかった」
「ぎくり」
鋭い指摘に思わず仰け反る俺。
やっぱり洞察力が鋭い。
「わかりやすいねー」
「すみません……」
俺は素直に謝った。
「ま、確かに良く誤解されるし、『誤解させてる』んだけどね」
エレーンさんが笑う。
「自分の手の内を明かさないのも、傭兵として大切な資質だからさ」
「えっ」
「【魔力チャージ】【高速詠唱】」
エレーンさんが連続して発動したのは魔法系のスキルだ。
「えっ? えっ?」
剣士にしか見えない彼女の、突然の魔法系スキルの使用に、俺は驚いた。
「【散弾光波】」
ヴ……ンッ。
そしてエレーンさんの周囲に無数の光球が出現した。
「あれは――」
魔力エネルギーの塊だ。
エレーンさんって魔術師としての能力を持っているのか。
いや、あるいは――。
「エレーンさんの本来のクラスは魔術師……!?」
「ふふ、見事にだまされてくれたね。そう、あたしは魔術師。魔法攻撃をより活かすために身体能力を高め、剣士としての訓練も積んでるけどね……とはいえ、本業はあくまで魔術師よ」
悪戯っぽく笑うエレーンさん。
「で、どうだい? この数……全部防げるかい?」
彼女の周囲に浮かんでいるのは、百近い魔法弾。
「仮に防げたとしても、その隙にあたしの剣があんたを襲う。隙を生じぬ二段構えってやつさ」
「魔法と剣のコンビネーションか……!」
「さあ、いくぞ――」
魔法弾がいっせいに放たれた。
そして。
「……嘘」
エレーンさんは呆然としている。
いや、まあ特に作戦とかは何もなくて。
「力ずくで魔法弾を全部吹っ飛ばして、反射神経頼りでエレーンさんの剣を防いだだけです」
俺は苦笑した。
そもそも『戦闘経験』において歴戦の傭兵に勝てるはずがない。
ただ俺は『力技』でそれらをねじ伏せるだけの能力があるんだ。
竜魔法、おそるべし――。
「いや、でもエレーンさんの実力はよく分かりましたよ。剣も魔法も使えるなら、荒事になったときに上手く対処できそうです。度胸もあるから、トラブルを仲裁するのにも向いてるんじゃないですか?」
俺は彼女に言った。
「はは、あたしの顔を立ててくれて、ありがと」
エレーンさんが微笑んだ。
「度胸っていうなら、あんたも十分に持ち合わせてるよ」
「えっ、そうですか」
「うん、堂々としてる。ちょっと惚れちゃいそうだもん」
「えっ? えっ?」
エレーンさんが顔を近づけ、俺をしげしげと眺める。
この人、間近で見ると凄い美人だな……。
プリムやソフィアのような同年代の美少女とは、また違った魅力がある――。
「あっはははははは! そういう話題になると、うろたえるんだねぇ。可愛い」
エレーンさんが悪戯っぽく笑った。
「そういう話題は苦手なんですよ……」
俺は軽く頬を膨らませた。