季節は夏から秋に移り変わろうとしていた。
俺がこの村に来てから、そろそろ五か月だ。
そんなある日のこと、俺はソフィアや農家の人たちと今後のことについて話し合っていた。
これは定期的な話し合いで、農作物の販売戦略のことだ。
村の中心にある集会所で、これからどうしようかと話し合っている。
といっても、俺たちは商売に関しては素人だった。
農作物も近隣の村と昔ながらの値段で取引する程度。
けど、今後はそれだけじゃすまない。
もっと遠くの都市でも『ピエルン村ブランド』として売り上げはどんどん上がっている。
これに乗じて、もっと村が栄えるように……そして、農家の人たちやその他の村人たちがもっと豊かに暮らせるように、熱心に話し合いを続ける。
必要なのは、村の作物のことをより多くの人に知ってもらい、より多くの販売客のもとへ届けること。
そのためには幅広い販売ルートも必要だし、知名度ももっと上げたいところだ。
その方法は――。
中々アイデアが出ず、悩んでいたところ、救世主ともいうべき相手がやって来たのは数日後のことだった。
「こんにちは。ウチはゼラニ商会の者です~」
二十代半ばくらいの美女がにっこり笑う。
眼鏡をかけた知的な印象の女性だった。
いかにも商人という感じで、頭がよさそうな雰囲気だ。
「ゼルといいます。俺に何か?」
「ウチはレオニ-アといいます。はじめまして~」
彼女……レオニーアさんが名乗った。
「この村の作物、えらい評判がいいようで。よろしければ、ウチの商会で一手に取り引きさせてもらえへんかと思いまして~」
「ん? それって独占で販売したい、ってことですか?」
「そ。まさにそれ!」
レオニーアさんが眼鏡の奥の瞳を輝かせる。
「いや、ここの作物、実際にウチも食べさせてもろたんですが、評判以上に美味やと思いまして。ぜひぜひ、ウチで扱わせていただきたいんです~」
「えっと、急に言われても……」
正直、こういう商会との取引ってどうすればいいのか分からない。
もう少し詳しい人と相談してみたいな。
「ふふ、他にもここの作物を狙っている商会はたくさんあります。けど、中にはあくどいところもいるんですよ?」
レオニーアさんが俺を見つめた。
「そういうところに騙される前に、ウチらみたいな良心的なところと組みましょうよ。ね? ね?」
グイグイ来るなぁ……。
商人って、取引のときはみんなこうなんだろうか?
「……どう思う、ソフィア?」
「うーん……急に言われても、よく分からな」
「ぜひ、我がゼラニ商会にお願いしますぅ!」
相談しようとしたところで、畳みかけてくるレオニーアさん。
「だいたい、これだけの価値のある作物ならもっと高く売れますって! この村はちと良心的すぎますわ」
「そ、そう……?」
「あなたたちはいい人なんやと思いますけど、だからこそ商売にはあんまり向いてへんのかも……その点、ウチらプロに任せてもらえれば!」
レオニーアさんが身を乗り出す。
目がキラキラしていた。
「まあ、商売のことは商人に任せるのもいいかもしれないな」
「だね」
俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。
まあ、正直レオニーアさんの勢いに押された部分もあるんだけど。
「では、さっそく契約書にサインを」
レオニーアさんがニコニコして契約書を差し出す。
クイクイと眼鏡のつるを何度も上下させながら、目だけは鋭くこちらを見据えていた。
強烈な眼光――これが商売人の目ってことだろうか。
「いやぁ、この村の作物は絶対売れますよって。ウチも全力でやりますから、見ててくださいよ」
おお、頼もしい。
俺とソフィアは顔を見合わせ、またうなずいた。
村の作物、もっともっと売れて、村の発展に寄与してくれたらいいなぁ、と願っていた――。
「ちょっと待って、売り上げのほとんどがレオニーアさんの商会に行くみたいなんだけど!」
二週間後、ソフィアが俺に相談に来ていた。
血相を変えている。
「あらあら、どうしたんですか~?」
折よく……と言っていいのか、そこにレオニーアさんがやって来た。
俺はレオニーアさんを交え、あらためて契約書を確認することにした。
そして、驚きの事実が浮かび上がった。
「な、なんだ、これ……!」
たとえば、契約書内の文言に巧妙にカモフラージュされていたのだが、よく読むと、俺たちの作物の独占販売権が契約に含まれていた。
最初は良心的な商会と思っていたし、レオニーアさん自身もいい人だと感じていた。
けれど、その実態は他の商会を排除して自分たちの商会でこの商品を――ひいては市場を独占するための策略だったのだ。
「こんなの……ひどいだろう」
こんな取引はもちろん望んでいない。
村の人たちの利益を考えるなら、このまま契約を続けるわけにはいかない。
不法な契約だと訴えかけなければ――。
「レオニーアさん、この部分とこの部分、他にもいろいろと――明らかに俺たちに不利な条件になっていますよね?」
「ふん、署名した以上は有効やで」
レオニーアさんは眼鏡をクイクイさせながら、鋭い眼光を浴びせる。
これは商売人の目じゃない。
詐欺師の目だったんだ。
今さら気づいても、もう遅いけれど――。
「ちょっと待ったーっ!」
そこにやって来たのはプリムだった。
なぜか彼女も眼鏡をかけている。
そしてレオニーアさん同様に、その眼鏡をクイクイさせながら、
「レオニーアさん、意義ありです!」
右手を上げて歩み寄ってきた。
「なんやて?」
「その契約書……以前にゼルさんから見せてもらいました。ちょっと貸してもらえますか」
俺から契約書を受け取ったプリムが、とあるページの一文を指し示す。
「明らかに不当な契約の場合は無効となるケースがあるんです。この国の法にはそんな条項があるはずですが?」
「えっ、そうなの」
「そうです」
「詳しいな……」
「……ゼルさんや村の人たちに任せていると、きっと騙されると思ったので。あらかじめ『聖女機関』の法務部の方と相談して対策していました」
プリムはこともなげに言った。
「助かったよ。プリムって本当に有能なんだな」
「偉い」
「いいぞ、聖女様~!」
と、ソフィアや村人たちが歓声を上げる。
「ぐぬぬ……」
一方のレオニーアさんは歯噛みしていた。
「素直そうな顔して、意外と駆け引きもできるんやな、あんた……」
「人を見る目に秀でていなければ、聖女なんていう稼業はやれませんよ」
プリムが微笑んだ。
そして――ふたたび眼鏡クイクイ。
おお、なんかカッコよく見えるぞ、プリム!
「邪悪な魔族の企みを見抜く眼力、知能、そして野生の勘――それらは人を相手にしたときも活かされるのです。特に、邪な心を持った者たちとの駆け引きにおいて、ね」
うっ、今度はちょっと黒いオーラが出てるぞ、プリム!?
「ウチは心を入れ替えたんや。もう悪徳商人やないで!」
「じー」
「そ、そんな目で見んといて!? 本当に入れ替えたから」
「じー」
「う、疑わんといて!?」
「聖女の眼力の前では嘘偽りなど通じません」
「うう、なんか『見抜かれてる』感がすごい……」
「悔い改めるのです。心を入れ替えるなら、あなたの更生にこのプリム、力添えしましょう」
――結局、これは不当契約ということで無効になった。
俺たちは良心的な商人をふたたび探し、今度は適正な契約をすることができた。