壁も天井も床も――一面が純白に彩られた壮麗な神殿。
ここは聖女たちの汎国家組織『聖女機関』の本拠地だった。
「一月ぶりですね、プリム」
「はい、今月の定時報告に参りました」
プリムは目の前の女性に一礼した。
二メートル近い長身の美女。
白い羽衣をまとい、まるで女神のような荘厳な雰囲気をまとっている。
名前は、プリムも知らない。
いや、『聖女機関』内でも彼女の名や素性を知っている者が何人いるか――。
『聖女機関』を統率する役割を持つ彼女は、ただこう呼ばれている。
『大聖女』、と。
「もうそんな時期でしたか。最近は魔王軍の侵攻もなく平和です。おかげであなたを監視任務に就かせたままでいられます」
大聖女が微笑む。
「……魔王軍に動きは見られないのですか?」
「ええ。どうやら人間たちを警戒しているようですね」
「警戒?」
「この間、幹部級の高位魔族が立て続けに撃破されたからではないでしょうか?」
「あ……」
そう、それはもちろんゼルのことだ。
村にやって来た高位魔族二人を、苦も無く撃退した。
彼らはおそらく魔王軍の先遣隊。
それまでも魔王軍の陰はあちこちで見えていた。
侵攻が近いのでは、という推測はあったし、実際プリムもそう感じていた。
だが――ここ数か月、本格的な侵攻はまったくない。
ゼルが、思った以上に魔王軍から警戒を受けている……?
「さあ、報告をお願いします」
「あ、はい。すみません……」
自分の推測に没頭しそうになったところで、プリムはハッと顔を上げた。
――プリムはゼルが村でやろうとしていることや、今までやって来たことを説明した。
「……なるほど、村の農地改革ですか」
うなずく大聖女。
その表情は心なしか穏やかになっているようだ。
ゼルのことを『問題なし』と判断してくれればいいのだが――。
「現状、彼が自分の力を悪用しようとする素振りはゼロです。すべて、村の発展のために力を振るっています」
プリムはなおもゼル擁護の論を述べる。
と、
「あらあら。魔竜王の力を持つ者をそんな無警戒に評価なさるのですか?」
かつ、かつ、かつ……。
足音を立てて、この『大聖女の間』に新たな人物が入ってきた。
振り返ると、そこには赤い僧衣を着た派手な美貌の女が立っている。
楚々としたプリムの僧衣とは違い、彼女の僧衣は胸元に深い切れ込みが入っていたり、太ももがあらわになるほど丈を短くしたりと、聖女らしからぬ煽情的なデザインになっていた。
「聖女オリアナ……!?」
「聖女プリム、あなたのご判断は失礼ながら甘いのではなくて?」
オリアナがふんと鼻を鳴らした。
同じ聖女でも、穏やかな性格のプリムと違い、オリアナはとにかく勝ち気だ。
『聖女』というより『戦士』といった方が似合うような雰囲気を醸し出している。
そんな攻撃的な彼女が、プリムは苦手だった。
「……そうでしょうか?」
「たかだか数か月一緒にいただけでしょう? それで彼の何が分かるの? それとも……ふふ、肌を重ねて男女の関係にでもなったのかしら」
「なっ……!」
聖女とは思えぬ破廉恥な言いように、プリムは頭に血が上るのを感じた。
「無礼な!」
「あらあら、口が過ぎましたわね。申し訳ありません」
オリアナが微笑む。
「随分と熱心に彼を擁護するものだから、てっきり『特別な感情』でも抱いているのかと邪推してしまいましたわ」
特別な感情――。
その言葉に、プリムは一瞬言葉を詰まらせた。
意識していない、といえば嘘になる。
そもそも幼いころから聖女として魔との戦いに明け暮れていたため、異性と接する機会がなかった。
戦い続ける人生だった。
ゼルのことも、当初は戦うことになるとばかり思っていた。
だが、まったく違った。
彼は村の発展のために、ひたすら尽力していたし、自分の力を悪用したり、私利私欲のために力を使うことはいっさいなかった。
ゼルを監視するという名目ながら、プリムは彼と一緒に村で楽しい時間を過ごすことができた。
生まれて初めて――同年代の異性と穏やかな時間を過ごすことができた。
それは、プリムが今まで知らなかった心躍る体験だった。
「私は聖女です。彼が世界の敵であれば、これを断罪し、そうでなければ一人の人間として接する……それ以上でも以下でもありません」
プリムは凛とした表情で言い放つ。
内心の動揺は押し殺して。
まっすぐにオリアナを見据える。
「くっ……」
その眼光に気圧されたのか、オリアナは表情をこわばらせた。
「とにかく――あたしは彼のことを要注意人物としてマークしていますから。それを忘れないでいてくださいね?」