魔族との戦いから一週間が過ぎた。
村には平穏な時間が流れている。
俺はもともと遠縁の貴族を頼るつもりだったんだけど、その予定をいったん取りやめた。
先方には文を送って簡単な事情を説明した。
しばらく、この村にとどまりたい、と。
とどまって、村の生活基盤の改善に向けて色々とやってみたい。
あれから竜魔法のリストを調べ、どんな種類の魔法があるのかを、色々と見ていた。
俺の竜魔法は、戦闘だけに使えるわけじゃない。
というか、むしろ戦闘に使うのは副産物みたいなもの。
生活をよりよくするために使えそうな魔法の方が、戦闘用魔法よりもずっと多かった。
「生活基盤の改善……具体的にはどうするつもりなの、ゼル?」
その日、俺はソフィアと相談していた。
「そうだな……インフラとか他の町との行き来を便利にするとか、治安をよくするとか色々あるけど……まず村の作物事情をなんとかしたい」
「作物事情……」
「ここって、あんまり作物が育たない、って前に言ってただろ? それを改善するために、きっと竜魔法が活用できると思う」
「そうね……確かに土地は痩せているし、戦争やモンスターで畑が何度も荒らされたし……そもそも、育てやすい上質な品種を手に入れることもできないしね」
説明するソフィアの顔には、どこか諦念が漂っていた。
努力したところで、どうにもならない。
この村は永遠に貧しいまま――。
そんな気持ちが表れている。
「諦めるのは早いよ、ソフィア」
俺は彼女に言った。
「育てやすい上質な品種が手に入らないなら……作ればいい」
「作る?」
ソフィアがキョトンとする。
「品種改良さ」
「……それって何年もかかるやつよね」
ソフィアが眉を寄せた。
「正直、この村には長々と品種改良をするだけの余力がないのよ」
「異なる品種をかけ合わせながら、毎年育てる……っていう通常の方法をとるなら、確かに長い時間がかかる。けど、もっと別のやり方もあるんだ」
俺はソフィアにニヤリと笑った。
「魔法を使う」
「えっ、魔法ってそんなこともできるの?」
「むしろ、そっちの方が魔法の使い道としては正しいよ」
俺は胸を張った。
「で、魔法で品種改良をした後、次に農地の方も改良する」
「農地も?」
ソフィアが目を丸くする。
「それも、魔法で?」
「ああ」
「疑うわけじゃないけど、本当にそんなことができるの?」
「……たぶん、な」
俺はうなずいた。
「試すのは初めてだから、実際にやってみないと成果は分からない。けど、やってみるだけの価値はある」
「……だね」
――というわけで、まずは品種改良に取り掛かった。
俺とソフィアは村の広場にいた。
「竜魔法起動」
俺は集中力を高めた。
今回使うのは『物質操作』系の魔法だ。
戦闘用の魔法は多少制御が甘くても、とにかく大魔力で炸裂させればいいので楽なんだけど、今回みたいな『物質操作』はそうはいかない。
細部まで丁寧に、精密に――物質に作用し、変質させる魔法を現出させる。
「ふうっ」
俺はさらに集中力を高める。
「あの」
「わわわわわっ!?」
いきなり背後から声をかけられ、俺は思わず声を上げてしまった。
「ご、ごめんなさい、作業中でしたか……」
プリムだった。
「ん、二人っきり……もしかしてお邪魔でしたか?」
「いや、そんなことは」
申し訳なさそうな顔をしたプリムに、俺は苦笑した。
が、俺の隣ではソフィアが、
「えへへ、お邪魔だなんてやだなぁ……うふふふふふ」
モジモジしながら、やたらと嬉しそうにしている。
「どうした、ソフィア?」
「うふふふふふふふふふふふふふふ」
「ソフィア?」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
めちゃくちゃにやけてる!
俺は今からやろうとしている作業について説明した。
「品種改良ですか……この間、少し言ってましたよね」
プリムがうなる。
「ん、この間って……品種改良のことでプリムさんと話してたの?」
「ああ」
「あたしを差し置いて?」
「いや、別にソフィアにも相談したし、色んな人に相談してるぞ?」
「いろんな人に手を出してるの!? けっこう浮気者……」
「いや、浮気とは言わないだろ!?」
思わずツッコむ俺。
ソフィアの方はなぜかちょっとブーっとした顔だ。
「話を戻しますが」
プリムが会話に割り込んだ。
「魔法での品種改良となれば、生命や進化に直接干渉するレベルの魔法が必要になります。ゼルさん、できるんですか?」
「ああ、【品種改良】って竜魔法があったから」
「ネーミングそのまんまだー!?」
プリムとソフィアから同時にツッコまれた。
……まあ、俺も竜魔法のリストを見たとき、同じツッコミをしたけど。
「それから土壌改良もしようかな、って」
「土壌を? それも通常の魔法では無理ですよ。そんなことができたら、世界中で農業の革命が起きます」
「だよな……」
っていうか、俺が世界中を回れば、農業がものすごく発展するんだろうか?
なんて思ったこともあるけど、かなり手間がかかる上に、膨大な魔力を使うから、あまり広範囲にやるのは無理、と俺は結論を出していた。
何よりも――まず、この村のことをなんとかしないとな。
仮に他の地域の農業の手助けをすることになったとしても、まずは村の暮らしを安定させてからだ。
「この間の魔族退治といい……ゼルさんの力はあまりにも強すぎますね」
プリムがため息をついた。
「けど――それを悪用したりはしてないだろ」
俺は真顔になって彼女を見つめた。
「この間は村を守るために使った。今回は村の食糧事情を解決するために使うんだ」